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亡国の夜告は銀貨と共に  作者: 長良道々
プロローグ
8/10

プロローグ -了-


 瘴気の霧が晴れた。


 核である王を弑したからだろう。天上の殻が砕け、あたかも世界が崩壊したいるかの様にも見える。

 だが、それはあくまで見かけ上の話で、もちろん真に世界が滅んだ訳ではない。むしろこの世界の夢が醒めたといった方が正しい。

 夢から醒める瞬間というのは呆気ないものだ。どれ程甘美で、どれ程美しく或いは残酷な夢であろうと、醒めてしまえばどうという事は無い。その一瞬先の現実を迎えて、粛々と身支度をするだけなのだから。

 だからこの世界の住人には同情する。夢を見ていたのだろう。耽美な夢に耽って安寧を貪っていたのだろう。その夢の続きが無いとも知らずに。目覚めた後のなんて事のない日常が来ないとも知らずに。

 それはとても残酷な事に思えた。



 崩壊した城壁の隙間から流星群が見える。夢の殻の空ではなく、その先の現実の空に。

 私はそれを見て少し安堵する。私が信じたもの、私が美しいと思うものはやはり現実にある。この光景を護りたいと思ったから戦う事を選んだのだと思える。



 全ての価値あるものに祝福を。



 美しくも儚いだけの夢に価値あるものなど無い。凡ゆる価値は現実の中で、血と汗の先に見出されるもので無ければならない筈だ。

 だからコレで良かった。良かったのだ。

 それなのに手に残る現実(リアル)な感触が、夢とそうで無いものとの境界を曖昧にしてくれやがる。

 こんなのはもうコレっきりでいい。たかが最近名誉男爵になったばかりの商家の息子には荷が勝ちすぎる話だ。

 現に隣の女なんて俺が吐きそうになってる横で眉一つ動かさない。王にとどめを刺した頭目もそうだ。

 この2人だけじゃない、集まった連中と自分とじゃ根本的に違うのだろう。育ってきた環境から、飯の一つに至るまで何もかもが。



「核はやはり王であったか」

 王の胸深くに突き刺さった剣を抜き、その刀身に付いた血を払いながら頭目が言った。何か腑に落ちないと言った風に、じっとその亡骸を見つめながら。

 そして、その瞳はボンヤリと空を眺めていた俺の方に向く。



「ハイル。アルギスからの連絡はあったか?」

 何て事ない報連相の確認なのだが、この頭目に言われるとどうも緊張させられる様でいけない。毎回凄む旦那も悪いといえば悪いが、俺自身も自分の尺度で測りきれないあの金の瞳が苦手なのだ。

 だが、それを表に出す様な馬鹿はしない。自分が吐きそうなのも、緊張してるのも全て他人には見せてはならない隙だ。あくまで飄飄といつも通りに。



「えっと、ちょっと待って下さいなっと……」

 震えそうになる手を気合いで抑え込みながら、手首に巻いた翡翠を二回叩く。それに応える様に翡翠が二度点滅した。



「あっちは終わったらしいよ」

 一度の点滅は任務遂行中、二度は完了の合図。予め決めていた事だ。この翡翠の魔道具によって、遠隔で常に状況を伝え合うことが出来る。残念ながら国宝級でも無ければ音声までは拾えないが。

 俺の回答に得心がいがなかったのか、頭目は首を少し捻る。

 それはそうだ。向こうが終わっているというなら、此方に取りこぼしがあるという事になる。



「玄无かトルイか、或いはその両方が取り零したか」

「玄无の旦那がしくじるとは思えないけどな。トルイなら……今頃人間狩り(マンハント)に夢中で任務を覚えてるかも怪しい」

 おっと失言。頭目が鋭い眼光で俺を睨んだ。どうも頭目は俺らの中に優劣だの差別だのが入るのを嫌う。

 だけど俺はそんなの無理だね。嫌いなものは嫌いだし、醜いものは醜いと測る。それで言えばトルイは最悪の部類だ。あんなのと仲間だと思われたくは無い。



「悪い悪い。でも実際トルイとも玄无の旦那とも連絡つかないんだよ。遅れをとるってのはちょっと考えられないし。あー……(フェイ)なら玄无の事は分かる?」

「……………」

 反応なしかよ。この吊り目能面女は本当に何考えてるか分からねぇな。

 これでも俺は戦闘中、こいつのサポートを結構してたりするんだけどな。まぁそんなの無くてもこの脳筋女は平気な顔で突っ込んでいくんだろうけど。



(フェイ)、何か分かるか?」

 見かねた頭目が声をかける。すると元気な声で「はっ!」と緋が返事を返す。俺の時とはだいぶ違う。



「彼は死んではいないかと。ただ、戦闘に夢中になり過ぎるきらいがあります」

 あー、お前も一回鏡見ろよ。そんで同じ事をもう一回言え。

 勿論口には出さないが、本当にそうして欲しい。こいつに使った宝石は十や二十じゃ足りないのだから。



「確かに玄无はそういう所があるな。ハイル、もう一度玄无に連絡を。トルイの方は放っておけ、あいつは宝物庫の制圧さえ完遂させれば良い」

「りょーかい」

 頭目に命令されるがまま、翡翠を三度叩く。登録順は二度叩けばアルギス、三度叩けば玄无、四度叩けばトルイ、一度だけ叩くと設定を更新できる様になっている。

 叩いてからほんの数秒して、僅かに翡翠が点滅した。一回、二回、三回。なるほど、玄无の旦那で当たりだ。



「異常事態だそうで。玄无の旦那の方で取り零しがあったっぽい」

 得心がいったのか頭目が俺の言葉に頷く。



「どうする?玄无の旦那のとこに向かうか?」

「いや、ここで待つ」

「ここで?」

 待てと言われたら待つけど、ここで良いのか?正直、どうして頭目が一目散にここに来たのかは俺にだって分かる。何故なら王と王妃が()()()()()のだから。ここに居たのではなく、ここに来たのだ。

 ここは城内にある礼拝堂。この国の民が信じる宗教と神に祈る場所だろう。そんな所にこの状況で近衛と共に血相変えて走ってきたのだ。

 つまり、王族専用の隠し通路でもあるのだろう。

 普通の貴族や王族なら皆一つや二つ持っているものだ。

 だからこそ不安になる。本当にここで良いのかと。



「旦那、言っちゃ悪いけどここには王族の抜け道みたいなのがあるんだろ?王が死んだ今、ここ知ってる奴なんているか?」

「あぁ、俺の予想では生き残りはもう一人の王族だろう。フィオラ・クィル・ウルクレシア。王女が死んで無ければここに来るだろう」

「あー、そういえばいたね。でも俺はちょっと17やそこらの嬢さんが生き残ってるとは思えないな。だったら近衛の一人でも逃げ出して、奇跡的に包囲網を擦り抜けたって方がまだ分かる」

 俺がそう言うと背後から視線が突き刺さる。それもやや殺気混じりの。

 勘弁して欲しいと溜息をつき、背後の女に気を払いながらも続ける。



「それに仮にその嬢さんだとしてだ。それこそ城の抜け道なんて幾らでもあるだろ?この道に違和感感じて別の道選ばれたら、俺ら待ちぼうけなんじゃ……」

 って近い近い緋さん。頼むから俺の真後ろに立つのをやめてくれ。



「緋、やめろ」

 頭目の一言で緋が俺から二三歩離れた。まるで猟犬の様だなと思う。トルイのそれとは違うのは人間である事くらいか。

 器量は良い方だろうに。俺はこの女を美しいとは思わないし、価値あるものとも思わない。強いて言えば綺麗な装飾を施した兵器のようなものだ。

 つまり武器商人でない俺にとっては興味の対象外。測ったところで武器としての値段しか付けられないのだから。



「ハイルの言い分にも一理ある。だが、その王女であれば間違いなくここに来る」

「なんで?」

「単純な話だ。この道だけが外に通じている」

「隠し通路なんだから、そりゃ外に通じてるんじゃないの?いや……待て、この道だけがって……」

 なる程、そういう事か。それならばこの道を使われるのは不味い。他の道が何処に通じていようが時間をかければ潰せるが、此処だけは不味い。



「そう。ここにあるとされる隠し通路だけが国の外に通じている。この状況なら城の外に出なければとまずは思うだろう。諸侯に助けを求めようとするかもしれない。だが王がそうであったように、最後は必ずその考えを改める」

 そう言って頭目は俺の腕輪を指差した。

 あぁそういう事、そりゃ王族なら何かしら持ってるよな。俺のよりも高機能(ハイスペック)な奴で、それこそ諸侯(そいつら)の安否ぐらい分かっちまう奴が。



 そこで会話は終わった。

 何処からともなく足音が聞こえ、緋が鎌を構える。それに合わせて俺も残り僅かな宝石を握り締める。

 頭目だけはいつもと変わらず自然体のまま、静かに入り口の方を見つめていた。



「ひとつ、聞いてもいいかしら」



 その声は堂々としたものだった。恐怖に震えるわけでもなく、怒りに任せたものでもない。

 堂々として、聞いてる相手に有無を言わせないような声。だが何よりも澄んだ美しい声色だった。

 俺がその声に聴き惚れていると、緋が俺の横を弾丸のように駆け抜けた。



 あ、死んだ。



「"一の太刀"」

 緋が横薙ぎにに鎌を振るう。()()()の流儀には明るくないが、これは何度か見た事がある。初撃の威力、速度を同時に上げるものだが、緋が使った場合には最早目で追うことすら困難なものになる。

 初撃必殺。正にその為の魔法だが、それ故にデメリットもある。



「…………なにっ?」

 鎌はいとも容易く女の胴体を両断した。でも、それだけだ。直ぐにそれは陽炎の如く霧散した。



「"水宮の檻(アクアリウム)"」

 緋の足元から発現した水の玉が、緋を包んで宙に浮かぶ。緋は鎌でその球を切り裂いて抜け出そうとするが、無形の水を相手にそれは意味が無かった。

 正にこれがデメリットだ。あの魔法は威力こそ強いが、それ故に外すと僅かに硬直する時間がある。平時であれば発現したタイミングで後ろに飛ぶなりして逃れられただろうに。



「まったく……!搦手に弱いっ!!」

 左手の中指に嵌めておいた指輪。その指輪に付けられたアメジストの効果を使う。

 "解呪(デスペル)"。身体強化系には効かず、攻撃系には当てないと意味が無い為使い途が難しいが、こういった持続し留まる魔法には有効だ。

 魔法の解除と共に緋に駆け寄って抱え上げる。少し飲んだ水が肺に入ったか。



「あら、珍しいもの使うのね。魔法に宝石使うなんて、良いセンスしてるわ」

「あー……そりゃど……も?」



 女が俺を見下ろしていた。いつの間にこれほど近づかれたのか。だけど、そんな事はどうだって良い。

 彼女を見上げた瞬間、あまりの美しさに見惚れてしまった。その瞳に、あどけなく微笑む口元に。

 その瞬間全てのことを忘れそうになった。身体に稲妻が走るとはこの事なのだろう。



「褒めてるのよ?」

 彼女はそう言うが、まるで頭が回らなかった。頭の中ではずっと一つの言葉だけが延々と繰り返されている。そう、心が浮き立ちスキップしてしまうような。



「?……まぁいいわ。それで話の続きだけど、貴方に聞けば良いかしら」

 彼女の瞳が俺から頭目の方に移る。それが何故かとても寂しく思えた。似たような瞳の色をしているのに、何故頭目と彼女ではこうも感じるものが違うのだろうか。否、その意味はもう心が理解している。



「お、俺が答えようか?」

「あら、そう?」

「ハイル、落ち着け」

「俺はおち、おちち着いてる!」

「お前に乳は付いて……はいるか」

「付いてるの?」

「付いてますとも、女神よ。い、いや嘘です……付いてません」

「そうなの?どっちなのかしら?」

「乳は付いてるだろう阿呆。……いや、どうでも良いことを言ってしまったな。それともこれは貴方流の時間稼ぎなのかな?」

 少し頭が混乱したが、そうだな、確かに俺にだって乳は付いてたな。最初ので合ってた訳だ。

 いやいや、そんな事言ってる場合じゃない。落ち着け俺、落ち着け俺。



「本当に気になっただけなのだけれど……そういう事でいいわ。それで?」

 あっけらかんとしたその言い様に、頭目が普段は見られないような顔をする。巨人(トロル)が小石に躓いた時のような顔。そして、これまた聞いたことの無いような楽しそうな笑い声



「はははははは。まぁいい。貴方で最後なのだから、そうだな……強いて言えば世界の平穏の為、それを達成する為だ」

「抽象的ね。それが私達ウルクレシアを滅ぼすのと何の関係があるっていうの?」

 ウルクレシアを滅ぼす。その言葉が放たれた時、初めて彼女の声の中に怒りが混じっていたような気がした。美しい水面は幽かに波だった程度だが、その水中深くにぐつぐつと煮えたぎる焔が見える。



「それは言えない。言う必要もない貴方は今から死ぬのだから」

 頭目は正しい。その通りだ。

 俺たちは正しい事をしている。少なくとも俺は自分にそう言い聞かせている。



「抵抗はするけど、良いかしら?」

「勿論。だが、貴方はもう限界のように見える。貴方が望むのであれば、痛みを感じずに逝く方法もあります」

「それは王族に対する一応の礼かしら?優しいのね」

 そんな事があるものか。父と母の亡骸を前に、そんな事を言える彼女が理解できない。怒りに任せて喚き散らすのが普通だ。恐怖に泣き叫ぶのが普通だ。



「い、いや!貴方だけで……」

「ハイルっ!!」

 俺は何を言おうとしたのだろうか。この状況で彼女だけ救おうと?まさか、王妃を手に掛けたのは俺だ。頭目と緋が王を討つ間に、俺が王妃を殺した。俺は彼女の仇だ。

 そんな俺が彼女だけを助けてどうする。この思いのままに妾にでもするか。何て下卑た貴族らしい考えだ。最高すぎて反吐が出る。

 そうだ。俺は、俺たちはそういう事をしたんだ。たとえ夢の中であろうと。



「そうね……そう……じゃあ、もう抵抗するのは止めるわ」

 彼女が両手を広げた。抱擁を待つ様にそっと。

 自分にはどうする事も出来ない。情けなくて涙が出そうだ。彼女を助けられなくて、とかじゃない。俺は俺のエゴの為にそう思っているのだから情けない。

 ただ、美しいものがこの世から消えるのは悲しい。



「分かりました。それでは一思いに」

 頭目が彼女の額を指差す。これで終わる。

 頭目が魔法を唱える間も、俺はずっと彼女の事を見ていた。最後の瞬間まで。

 だから、最後の最後で彼女の唇が幽かに動くのが俺には見えた。



「"舜雷(ユピセル)"」

 一条の雷。光弾となったそれが彼女の額を貫く。



 彼女で正真正銘最後の人間だったのだろう。彼女は重量に従って倒れ込む寸前で霧散した。正しく跡形も残っていない。

 そして、それにつられる様に王や王妃の亡骸も、近衛達も霧となって消え始める。時間が経てば、今俺たちのいる礼拝堂も消えて無くなるのだろう。



 あまりに呆気ない最後だった。いや、自分でも分かっていた事じゃないか。

 夢から醒める瞬間というのは呆気ないものだ。どれ程甘美で、どれ程美しく或いは残酷な夢であろうと、醒めてしまえばどうという事は無い。



 夢が終わるのだ。そして、これから俺達は世界を救いにいかなければならない。

 だからまた、次の現実を迎えて、粛々と身支度をするだけなのだ。

 





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 

一年後

シャムラ山脈北西



霊峰を臨む緑豊かな森林地帯。

その中央に小さな祠があった。



人里離れているが故に誰の目にも止まる事は無い。

けれども、その祠の扉が今日は開かれていた。



そしてその前には小さな人影。

骸の如く這いつくばり、息はない。



だがそれも終わる。

それは夢から醒めた様に飛び上がった。



瞬きを一つ二つ。

美しい黒髪に月のような瞳。

それは、まだ幼く小さな娘であった。



娘は寝惚け眼のまま誰にともなく問いかけた



「あれ?私また寝てた?今日どうしたんだろ……あれ?唯香?ゆーいーかー?………」



…………




「って、此処どこ?」


日曜更新

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