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亡国の夜告は銀貨と共に  作者: 長良道々
プロローグ
6/10

プロローグ⑥



「"水宮の矢(ウォーターアロー)"!」

 相手が何か行動をする前に、私は先手を取った。

 喚び声に応えた水精により形成された流体の矢を、引き絞るように螺旋に捻り放つ。

 本来無形の水であるが故に単純な貫通力、速度なら随一の矢の魔法。それだけでも十分な脅威になり得るが、眼前の得体の知れぬ男が見切ったように重心を動かすのが見えた。



「≪炸裂(バースト)≫!」

 なれば、と着弾寸前で矢を無数に散らせる。点で刺せないならば面で抑えればいい。



「破っ!!」

「っ!何それ!やんなっちゃう!!」

 まるで事もなげに男はその全てを両拳でもって撃ち落とした。その拳からは僅かに血が出ているが、男にとっては大した痛痒でも無いのだろう。表情一つ変えずに、冷淡な目で此方を睨んでいる。

 先に仕掛けたのは私達だが、こんな夜更けにこの状況で、見知らぬ男が回廊を闊歩していれば賊と断定するのにそれ以上の理由はいらない。だから怖い目で睨まれたって困る。



 私はその男を一目見て、典型的な武闘家だと判断した。左手を前に右手を胸元深くに置き、右脚を開いてどっしり半身に構えているその姿も、老兵とは思えない鍛え上げられた肉体もそうだが、何よりも拳が厚く平たい。所謂拳ダコという奴なのだろう。

 単純な事だが、武器や魔法による遠距離攻撃をメインにする戦い方ならこうはならない。

 故にこの男は自分の肉体そのものを得物にする武闘家の類、それも私が放った魔法を素手で撃ち落とす程の。



「"修羅道"」

「…ちっ!"身体強化(ポテンシャルアップ)"≪加速(アクセル)≫!」

 男は一歩で私との間合いを詰め上段蹴りを放った。私は直撃すれば首を撥ねそうなそれを上体を逸らして躱したが、即座に次の連撃に備える。

 正拳突きから右肘打ち、掌底打ちから貫手。

 目を閉じる事も、息をする暇もない程速く的確に繰り出される技の数々を紙一重の所で躱し続ける。一発でもまともに喰らえば、戦況が一気に傾くだろう事が直感で分かった。



「フィオラ様っ!」

 男がほんの一呼吸するその一瞬をついて、親衛隊の剣士が背後から男に剣を振り落とした。



「遅い!」

「なっ!ぐわぁ!!」

 正確に首を撥ねる様に放たれた剣士の一撃。だが、それは雲を切ったかの様に男の身体をすり抜けた。少なくとも、身体強化で加速中の私以外の者にはそう見えたに違いない。

 極々最小の動作での回避運動、斬撃の軌跡を身体に沿わすように流し、更にその一連の動作を無駄にする事なく次の攻撃(しょさ)に繋げる。

 敵ながら惚れ惚れする程の技量、もしかしたら切り込んだ剣士には男の幻でも見えたかも知れない。現実には振り向き様に胴回し蹴り(カウンター)喰らって、読んで字の如く身体を真っ二つにされた訳だが。



「アレンっ!!……くっ、フィオラ様の援護を!魔法を使える者は自身の身体強化を忘れるな!」

「サイクス!私の援護はいい!!銀二枚程度で躱せるなら幾らでもくれてやるわ。それよりも戦い方を変えなさい!遠距離中心、持久戦に持ち込む!」

 私はそう言うと、親衛隊の隊長であるサイクスと目を合わせた。サイクスは親衛隊隊長にして幼い頃から共にある従騎士でもある。だからこそ、私の意をすぐに汲んでくれた。



「全員!盾構えっ!!」

 私の前にサイクスを含めた三人の親衛隊が腰を低くして盾を構える。同じく男の背後に回った二人も同様に。



「ディアン!ジョット!賊に妨害魔法(ジャマー)をかけろ!!ライアンは全員に身体強化を!他の者は各自牽制して姫様に賊を近づけるな!!」

「"火天の矢(ファイヤアロー)"」

 号令と同時に私は銀貨を弾いて呪文を唱えた。

 親衛隊員が男を取り囲み、その後ろから私が火矢で狙う形になる。そう、私が言った作戦通りに。



「愚か者が。敵を前に作戦を語る阿呆がどこにいる」

 御もっともな言い文に口の端が釣り上がりそうになる。そうですとも、敵の前で作戦を語る馬鹿なんていない。



「"転身(チェンジ)"」

「なっ!?」

 火矢を放った瞬間、"転身"の魔法をかける。自身が触れた者と位置を入れ換えるという"転身"の魔法は、通常であればそれ程使い途が無い。だが、例外として魔法に付与する様に使えば、自身にその効力を付与する事が出来るのだ。

 


「それは、鵜呑みにする馬鹿にいるからかしら!」

 完全に男の不意をついた一撃。正しく飛矢の如く飛んだ私の拳が、男の意識の外側からその顔面をとらえた。身体強化の効果が健在の今、女の膂力を持ってしても男を吹き飛ばす事なぞ造作もない。



「抑えろっ!」

「はっ!!うおおおおおお!!」

 男の後ろを囲む様に立っていた親衛隊達が、サイクスの号令で吹き飛んだ男を受け止める様に回った。

 ガシャんと大きな金属の衝突音が響き、次の瞬間男を抑えていた親衛隊が男の背を突き刺す。

 堪らず男が血反吐を吐き出した。だが、それでも男の眼はまだ死んでいない。



「……ぬっ!むぅん!!"烈震脚"!!」

 ただ蹴り落としが凄まじい衝撃波を伴って回廊を伝う。私や魔法を使える者は即座に"浮遊(フロート)"を唱えて回避したが、男を串刺していた親衛隊の一人が逃げ遅れてモロに直撃を喰らった。

 全身を駆け巡る振動に身体が麻痺したのだろう、その瞬間を男が逃すはずもなく首を手刀で刈り取られ、その首を掴むと自分を串刺したもう一人に向けて放る。

 "浮遊(フロート)"の弱点はコレだ。あまりの至近距離では回避運動が遅れる。

 放られた首は仲間の腹を深々と抉り風穴を開けた。

 たった一回の魔法で二人死んだのだ。

 剣は身体深くに突き刺さっていた筈。男が血を吹き出したのを見てもそれは間違いない。それでも動けるのが正直おかしい。

 だが事実として動いているのであれば、それを疑うよりも畳み掛けるまで。相手は間違いなくダメージを負っているのだから。

 私は金貨を一枚、大きく弾き上げた。



「"電光石火(ライトニング)"≪剣舞(ダンス)≫!出し惜しみするな!私ごと狙って撃て!!」

「そ、それでは姫様がっ!!」

「私は自分で避ける!」

 残りの盾は四つ。まだ足りない。

 身体強化の中でも速度特化の呪文を唱え、かつ舞う様に剣を振りながら、味方から放たれる矢を躱す。剣は絶え間なく男の体を切り刻み、矢は全弾外さず男身体を貫いた。

 それなのに、何だこの嫌な感じは……。



「"修羅道"≪(ことごとく)≫」

 まただ。またこの呪文を男は唱えた。

 ウルクレシアには馴染みも無ければ、聞いた事も無い呪文。男の様子から身体強化の一種と見ていいだろうが、それだけでは無い筈だ。

 魔法というものには国毎に源流がある。大きく雑に分かれば大陸の西方と東方。北方と南方はどちらに寄っているかで、更に細かく分かれる。それでいえばウルクレシアは東方寄りの魔法。

 だからこの男が使っているのは西方源流の魔法なのだろう。ウルクレシアに馴染みが無くとも無理はない。だが分からない魔法というのは、それだけで脅威になり得る。



「散開っ!!」

 私は自分の感じた悪寒を信じて、一旦親衛隊を後退させた。直後、男の皮膚が赤黒く燃えるような色に変わった。



「"泥濘(マッド)"ぉぉぉぉおお!」

 何が、そう思うより早く何かが私の頬を掠めた。焼き付くような熱さが、私の頬が裂けた事を教えてくれた。

 攻撃を受けたのだ。全身を切り裂き串刺しにしたあの状況から。サイクスが唱えた妨害魔法"泥濘"が無ければ、その踏み込みの分ずれ無ければ、私の首と胴体は今頃繋がっていないだろう。

 だけど、お陰で男の使う魔法の仕掛が分かった。

 銀貨一枚を男の眼前で弾く。



「"来光(イルミラ)"ぁぁ!!」

 ただの極大の光源。しかし、それは時に殴打や斬撃よりも有効な攻撃となる。男が突然の目を焼かれるほどの光量に思わず目を閉じた隙をついて離れる。



「身体強化系なのは間違いない。ただし返し技(カウンター)ね。攻撃を受ければ受けるほど使った時の揺り返しが強くなるタイプかしら。まぁ種が割れてしまえばそこまで恐れるものでもないわね」

 私の言葉に男が目を見開いた。その様を見て更に余裕綽々とほくそ笑んでやる。こういうのは上にたった(マウントを取った)者勝ちだ。

 男は私のその表情を見て苦虫をすり潰した様な顔をしたが、それも直ぐに元のしかめっ面に戻った。



「ふむ。見破るか……敵ながら見事」

「それはどーも……。ねぇ?一つ聞いていいかしら?」

「…………何だ?」

「何でそんな非効率的な戦い方してるの?」

 男は束の間の逡巡の後、静かに答えた

「それに答える義理はない」

「そう……なら代わりに私が答えてあげる。あなた、えーっと……なんて名前かしら?」

「一つでは無いのか?」

「いいじゃない?それくらい。それとも名前がないとか?」

「…………玄无(げんぶ)

 聞き慣れない名前だ。やはり西側の生まれであるのは間違いないだろう。となれば、これは西側諸国の何処かによる侵略行為か、断定するには向こうは国がごちゃごちゃあり過ぎる。



黄奕(ハンイ)の人?」

「一つと言った筈だが?」

 流石に鎌掛けには乗らないか。つまらないな。

 ……っといけないいけない。妹も大きくなったんだから、いつまでもヤンチャしては姉の威厳が保たない。私はあの子に優しくて美しい姉で通ってるのだから。



「そう……まぁいいわ。話を戻すけど、あなた過剰摂取(オーバードーズ)が近いんでしょ?だから強力な魔法は使わずに、私達の力を利用するような戦法を取る。どうかしら?」

 理由は分からないが、玄无というこの男は私と出会う前にかなり消耗したのだろう。本来であれば先の"烈震脚"といった武術を駆使しながら戦うスタイルなのだろう。その方が余程早くカタがつくからだ。



(おのれ)は童か。正解など答えるわけがなかろう」

 男は表情を変えずに答えたが、八割方答えの出た事など今更どうでもいい。私はにっこり笑って淑女の礼をすると、ドレスの裾に仕込んだそれを取り出した。



「いいのいいの。その代わり大人しく捕まってくれないかしら」



 金五枚。これだけあれば城下街の一等地に一軒や二軒邸宅を建てる事が出来る額を軽々と宙に放つ。

 だからこその王族、なればこその王族。



「"戦神の檻(ヴァルハラ)"。あなたが強者であればある程、この檻はあなたを愛して離さない」

 漆黒の牢獄が玄无を包み込む。つまるところ玄无が私たちの力を利用する戦法を取るならば、こちらも玄无の力を利用する魔法を使えばいい。

 この魔法は相手の実力に応じて硬度を上げる。それ故に堅牢であり、一度閉じ込められれば何人たりとも抜け出す事は出来ない。だが、この魔法の唯一の欠点を挙げれば、"陣"を描く必要がある事だろう。効果の範囲を決めてやる必要があるのだ。それも私がほんの僅かな刻を稼ぐ間にサイクス達が描いていた。仲間の、アレンの血で。



「事が収まるまで、そこでじっとしていて下さいな。食糧も水も運ばないから、落ち着いたらそこで餓えて死になさい」

 


 私達から攻撃を加えない以上、"修羅道"という魔法でこの檻を破る事はできない。逆に性質上私たちも玄无に攻撃を加える事は出来ないが、こいつはこのままここに閉じ込めておく。このまま付き合っている時間は無いのだ。

 最初はガンガンと内から檻を撃つ音が聞こえたが、それも束の間、直ぐに静寂が訪れた。



 諦めたのだろう。その様子にホッと一息つく。



「姫様…….お見事でございます」

「いいえ、あなた達も良く私の意を汲んでくれました」

「それにしても、あの賊は一体……」

「分からないわ。分からないけど……今は置いておきましょう。先を急ぐわ」

「分かりました。いくらあの様な猛者であっても、姫様の牢を破る事など出来ますまい」



 そういうことを言われると、逆に不安が押し寄せるからやめて欲しい。コインの表があれば、裏がある様に。完璧や絶対という言葉の裏には、必ずそれを破る何かが存在する。

 私の魔法は完璧だ、完璧で絶対に破る事は出来ない。ただ、それは私の尺度での話。

 破る方法は間違い無くあるのだ。



 そして檻を背に歩み出した瞬間、小さくコツンと音が鳴る。先程の猛獣が檻の中で暴れる様な音からすれば、極微小で聞き逃してしまいそうな音。




「善い。善いぞ。限界を超え、極みを破る事こそ(われ)の望み。で、あれば(おのれ)は好ましい。稀に相見える(つわもの)である」

「ねぇ、大人しくしてたら命は取らないっていうのはどうかしら?」



 返事の代わりに檻にヒビが入る。

 単純な話だ。単純に上回ればいい。私が使ったのは()()()()()()()なのだから。それを上回る力でもって蓋を叩けばいいのだ。

 だからこそ、それが出来ないと踏んだから"戦場の檻"を使ったというのに。



「身体、壊すわよ?」

(われ)の極みとは、その先にある!」



 轟音と共に檻が弾け飛ぶ。私は即座に隣にいたジョットの腕を掴んだ。

 衝撃で舞った土埃の影から幻无の腕が伸び、私の頭を掴んだ。そして……



「"転身(チェンジ)"!!」

 私と位置を入れ替えたジョットの頭部が砕け散る。咄嗟の判断、だが彼に謝意はあろうと『悪いことをした』などとは思わない。彼らは私に命を捧げたのだ。それならば私が先に死ぬ事だけは、彼らに申し訳が立たない。



「"電光石火(ライトニング)"!!」

「足りぬ!!まだ、足りぬ!!」

 自身の速度を上げて次撃を避ける。だが速い、先程の倍では済まない程に。私を庇う様に立ち回ったディアンもその臓腑をぶち撒けた。これ程の力だ、一体どれだけの金貨を使ったのだろうか。

 玄无を見れば血管は浮き立ち、所々血を吹き出している。何故、これで動けると今一度問いただしたくなる。一つと言わず、質問は二つ三つあるとしておけば良かった。


 

「姫様をお護りしろ!!敵はそう長くは保たない!」

「違う!!サイクス、後ろよっ!!」

 あっ、という間も無くサイクスの胸元から腕が生えた。その腕の先にはドクンドクンと脈打つ真っ赤な塊。サイクスはそれを見ると、私の方を一瞥し優しく微笑んだ。



「姫様……先に……」

 そして最後の力で玄无の腕を掴むと、その腕に向かって剣を振り落とした。腕毎落とすつもりだった筈だ。たが、力無い腕では玄无の腕を抑えておくことが出来ず、宙を切る。



「無駄だ」

「それは貴方が決める事じゃないわ」

 足元に転がっていたジョットの剣を掲げ、それを玄无に向けて放つ。



「"神槍(グングニル)全解放(フルリリース)≫!!」

 剣を雷が伝い、その形状を槍の様に変質させる。祈る間も無く相手を貫くという神槍が、魔力の全解放と共に放たれ、サイクス諸共玄无を貫いた。



 これで私はもう空っぽ。全てを出し切った。

 それでもあいつが立つというならそれは……。



「……見事、見事也」



 ははは、渇いた笑いしか出てこない。私の全力で()()一本だけか。既に私は満身創痍、でも相手だって過剰摂取(オーバードーズ)に出血多量と大差ない筈だ。それなのに、コイツは歩みを止めない。改めて、異常だ。



「フィオラ様!!」

 その時、私のよく知っている声が聞こえた。小さい頃から私を知る執事。その腕には妹を抱え、お供に付けた筈のエバンスはいない。

 それで私は向こうでも何かあったのだと察する。

 ダメだ。こいつは立ち向かってはいけない。どこか、どこでもいい、遠くへ逃げなければ。



「爺っ!!ダメよ!こっちに来てはいけないわ!!」

 私の気が爺と妹に向いたその一瞬、ほんの僅かな隙をつかれた。



 玄无の左腕が高々と振り上げられ、そして。





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