イト
顔に糸が付いていた。
手で払うが、手に糸は付いていなかった。
電車が揺れる。
じとっとした秋になりかけの季節。
すし詰めで蒸し暑い車内。
やはり顔に糸が付いている気がする。
再び払うも、やはり糸は付いていない。
電車が止まった。
どうやら間隔調整らしい。
アナウンスを聞きながら身じろぎする。
押される形になった前のサラリーマンに押し返された。
ふと、視界に真っ白な糸が見えた気がした。
サラリーマンの頭にまっすぐ伸びている糸。
どうなってるんだ?
先端は上に向かって伸び、車内の天井にくっついている。
それに気付いた時、周りの他の人間からも糸が出ている事に気付く。
?
三度顔を払う。
やはり糸は付いていない。
その時。
「発車致します。揺れにご注意下さい」
アナウンスとともに電車が揺れた。
天井から伸びていた糸が、切れた。
プツリ、プツリ。
一斉に切れた糸の音は、どこか金属がへしゃげる音に似ていた。
ふと、頭に触れる。
糸があった。
先端は千切れ、繋がって居なかった。
アナウンスが流れる。
駅に到着する。
「地上、地上ー。終点です」
地上?
扉が開くが、誰も降りない。
降りなければ。
無性にそう思って、人をかき分ける。
迷惑そうにこちらを見る人。人。人。
ようやく降りると、何もない暗闇だった。
振り返れば、電気が消えて鉄屑になった地下鉄。
乗客は糸が切れたように動かない。
血だらけだ。
死んでいる。
それを思い出した時、頭上から光が落ちる。
「大丈夫ですか?!」
助かった。
そして意識が途絶えた。
***
首都圏直下型地震は、多くの命を奪った。
地下鉄が潰れ、通勤時間帯の多くの人が死んだ。
奇跡的に助けられ、気が付いた時には病院のベッドにいた。
顔に触れる。
糸は付いていなかった。