すずみはお泊りしたい
今までの投稿時間だとあまり人目につかない様なので、投稿時間をずらしてみました
読んでもらってナンボですので、ご容赦ください
後、これ以降はまだ書き始めていないので、次の投稿は遅れるかもしれません
内容には関係ないですが、投稿予定日、13日の金曜日ですね
逃げなきゃ
「と・こ・ろ・で、幸太郎さん」
そう言いながらすずみが俺の方を振り返ったのは、そろそろ俺の家に着こうかといった頃合いだった。
何だかニヤニヤしている。
「……どうかしたのか? すずみ」
俺は何となく嫌な予感がしたが、無視するわけにもいかず、問い返す。
「幸太郎さん、喫茶店で言いましたよね? 言いましたよね? すずみの我儘を一つ、聞いてくれるって」
すずみの口調は、何というか、得意そうというか、はしゃいでいる。
俺はその場に立ち止まり、喫茶店での出来事を最初から順番に思い出していく。
……。
言った。
俺は、確かに、すずみに、何でも我儘を聞いてやると言った。
だが、あれは勢いに任せて言ってしまった事で、深く考えていたわけではなく、何と言おうか、単なる口約束に過ぎないし、果たして俺に履行義務があるのだろうか?
と、みっともない考えが頭の中に浮かんでくるが、俺はそれを振り払う。
無様な言い訳はやめよう。俺は間違いなく、すずみの我儘を聞くと約束したのだから。
「分かった。どうして欲しいんだ? だけど、俺にできそうな事にしてくれよ? 」
すずみの要望に対して出来得る限りの事をする。俺はそう決めていたが、一応の予防線は張らなければならなかった。実現不可能な要求をされても、できないものはできない。例えば、主に、俺の財布的な事情もある。
内心身構えている俺の事などお構いなし、といった様子ですずみは俺に詰め寄ると、勢いよく俺の両手を手に取った。
「すずみ、今晩、幸太郎さんの家にお泊りしたいです! 」
そして、すずみは、瞳をきらきらさせながら、そんな事を言うのだ。
俺は胸の内で、お金のかからない要望だったのでほっとした後、それがどういう事態なのかを冷静に考え、困惑した。
だが、このすずみの願いは、できるか、できないかで言えば、できる方だ。
我が家は現状、もっぱら俺1人が暮らしているのに過ぎない。持ち家でもあり、部屋に余裕はあるし、家族に迷惑がかかる心配もない。
断ろうにも、説得力のある理由が思い浮かばなかった。
「はぁ……。分かった。好きにしてくれ」
俺は諦めのため息を吐き、すずみの要望を受け入れざるを得なかった。
すずみは、それはもう、大喜びだった。
飛び跳ねて全身で喜びを表し、俺がその喜び様に圧倒されている内に、準備をしてきます! と言うや否や、あっという間に駆け去ってしまった。
あんまりはしゃいで走って、また車にひかれそうになるんじゃないかと俺は不安に思ったが、俺がそう思った時には、もう、すずみの姿はどこにも見えなかった。俺はすずみのケイタイの番号を知らないし(というより、すずみがケイタイを持っているのかどうかも知らない)、どうする事もできなかった。
俺は首筋に手を当て、手の平で首筋を撫でながら呟くしかない。
「まいったな」
とにかく、すずみが今晩家に泊ると決まった以上、準備はしなければならない。
俺は家まで残りわずかとなった帰路を歩きながら、考える。
まずは、すずみを泊める部屋だ。
これは、まぁ、問題はないだろう。我が家には寝室として使える部屋が3つある。両親の部屋と、俺の部屋と、もう1つだ。両親の部屋は何となく気が引けるので、すずみには空いている3つ目の部屋を使ってもらう事にしよう。
3つ目の部屋には、実際の所、持ち主がいる。俺の弟だ。だが、弟は両親と共に暮らしているためこちらにはおらず、一晩くらいすずみに使わせても怒りはしないだろう。
弟に遠慮して、俺の部屋に泊めるというのも考えたが、まぁ、それはこの際、選択肢には入れない事にする。
正直、すずみだったらそれでもいいと言いそうだったが、それは彼女に人間としての常識があまりないためであって、一般常識を有する(と自負している)俺としては、その様なすずみの非常識に付け込んで女の子を自室に泊めよう等とする事はできない。
いいか、幸太郎。お前は良識的な人間であるべきなんだ。
幸い、我が弟の部屋には寝具一式が揃っている。今は収納棚に納まっているそれらを取り出して適当に準備しておけば、快適に眠る事ができるだろう。
他に準備をする事はあるだろうか?
例えば、風呂だ。俺は普段湯船に漬かる事をせずシャワーで済ませているが、すずみもそうなのだろうか?もし湯船に漬かりたいというのであれば、久しぶりにお湯を張らねばならないだろう。そのためには湯船も洗っておく必要がある。さほど時間を要せずに準備できるだろう。
後は、そうだな……、歯ブラシとかはどうだろうか?
すずみが自分の歯ブラシを持ってくるのかどうかは分からなかったが、もしすずみが歯ブラシを持参せず、我が家にも予備が無いとなればちょっと困った事になる。幸いな事に、確か、買い置きがあったはずだ。
洗面所には、普段そこを利用する者が俺1人しかいないから、歯磨き用の歯ブラシとコップは1セットしか用意が無い。他の家族の分はしまってあるが、それを使わせる訳にもいかないだろう。一応、歯ブラシとコップを用意して置いておくべきだ。コップは確か、客用のものがあったはずだ。
後は、家の掃除だ。自分の部屋とか、普段使っている場所は不定期だが掃除はしているので問題は無いだろうと思うが、弟の部屋とかは手を付けていない。すずみをそこに泊めるのなら、一応確認して軽く掃除をするべきだろうが、時間も道具も無いから箒で掃くだけで済ますしかないだろう。
俺の方で準備しておかなければならなさそうな事はざっくりこんなものだと思うが、他には何か無いだろうか?
すずみはお客さんとして来るのだから、形だけでも整えなければ、我が家の沽券に関わって来る。
お客さんと言えば、そうだ。何かでおもてなしをするべきだろう。
例えば、お茶請けとか、お茶とかを用意した方がいい。お菓子はスナック菓子だが買い置きがあるはずだが、お茶を入れる道具はどこにしまってあるだろうか。そもそも茶葉はあるだろうか。これは一応、探しておかねばなるまい。
後は、もし、足りないものがあれば、近所のコンビニで何とかするしかない。近所にスーパーもあるが、そんなにまともに買い物をする時間も無いだろう。
俺の頭で考えられる準備は、とりあえずこのくらいか。
すずみがどれくらいの時間で準備を整えて戻って来るのか分からなかったが、それほど時間は無いだろう。とにかく、効率的に動かなければ。
そんな事を考えている内に家に辿り着いた。俺は玄関の鍵を開け、家の中に入ると、さっそくすずみを出迎えるための準備を開始する。
そうだ。
俺は今、これ以上ないほど、緊張している!
だって、俺の家に、女の子が泊まりに来るんだぜ?
その相手がすずみで、犬から人間になったとか意味の分からない事を本気で主張してくる存在で、ただ単に一泊するだけだとしても、だ。
こんな状況になるなんて予想した事など無かったし、はっきり言って、どうするのが正解なのか分からない。だから、やっておけそうな事はとにかく全部やらないといけない気がするんだ。
俺は無我夢中で、慌ただしくすずみのお泊りのための準備に邁進した。
その甲斐あってか、玄関の呼び鈴が、ぴんぽーん、と鳴らされるまでには、俺が考え付いた限りの準備は終わっていた。買い物に行く必要が無かったのが幸いした。
やはり緊張したままだった俺は、今回もまた、不用心な事に、玄関先にいるのが誰なのか確認もせずに扉を開けてしまう。
幸い、そこにいたのは、にこにことしていて、嬉しそうな様子を隠そうともしていないすずみだった。
「こんばんは! 幸太郎さん! 」
そう言って笑うすずみは、昼間と変わらないセーラー服姿だ。小さ目な手提げ袋を持って来ているから、その中に、着替えとか、必要なものは全部入っているのだろうか?
「おっ、おぅ。と、とりあえず中にどうぞ」
「はい! お邪魔します」
ぎこちない笑顔を浮かべて案内する俺に、すずみは実に元気の良い返事を返した。
何というか、賑やかな奴だ。
本当に、すずみといると落ち着いている暇がない。
とりあえずすずみを家に招き入れた俺は、彼女をリビングへと通した。本来であれば客間にでも通すべきなのだろうが、我が家にはその様な部屋は無い。
リビングのテーブルには、予め、お茶請けと、急須等の茶道具が準備してある。すずみが気に入るかどうかは分からないが、形だけは何とか整えたつもりだ。
すずみにソファに腰かける様に促し、自分も対面のソファに腰かけた俺は、すずみにどんな風に話しかけようか、と、思案する。
「えっと……、すずみ、お茶、いるか? 」
とりあえず、せっかく準備したのだからと、俺はそう提案をした。
「お茶ですか? そうですねぇ……、それじゃぁ、お願いします! 」
すずみはちょっと悩んだ後、相変わらずの元気の良さで肯定した。
ならば、と、俺は立ち上がり、急須を持って台所へと向かう。急須の茶漉しに目分量で茶葉を入れ、ポットからお湯を注ぐ。たったこれだけの事なのだが、やはり平静さを欠いている俺の手は微かに震え、じわりと手汗が滲み出てくる。
実を言うと、俺はお茶を淹れた事がない。だから茶葉の量はどれくらいが適量か、お湯の量はどの程度か、さっぱり分からない。適当にやっているだけだ。だから余計に緊張する。
リビングに戻った俺は、ひっくり返した状態でお盆に置いてあった陶器製の湯呑を取り出し、木製の受け皿にセットすると、急須からお茶を注ぎ入れる。急須で作ったお茶は、ちょうど2杯分ある様子だった。
「ど、ど、ど、どうぞ」
緊張のせいか舌がうまく回らないが、とにかくお茶を準備し終えると、俺はすずみにそれを勧めた。
すずみは緊張でどもっている俺の様子に、怪訝そうに首をかしげたが、とにかく湯呑を手に取って顔に近づけ、まずは、くんくん、とその香りを確認した。
「いい匂いです。何だかお婆ちゃんを思い出します」
確かに、高齢の人はよくお茶を飲んでいる様な気がする。少なくとも、昔遊びに行ったじいちゃんの家ではそうだった。何でも、温かいお茶は身体にいいのだとか。
「アチっ」
俺がそんな事を思っている間に湯呑に口をつけたすずみは、小さく悲鳴をあげ、慌てた様子で湯呑から口を離した。それから、舌を出して、はー、はー、と大きく呼吸を繰り返す。
「わ、わりぃっ、熱かったか!? 」
俺は慌てふためく事しかできなかった。注ぐのはもう少し冷ましてからにするべきだったか。
「ぅー、びっくりしましたけど、別に大丈夫です。お婆ちゃんもよくやってましたから」
ちょっと悔しそうなすずみは、それから、湯呑を再び口に寄せ、ふー、ふー、と吐息で冷ましにかかる。
初手から躓いてしまったが、後悔してもどうにかできるものでもない。気持ちを切り替えるためにお茶を飲もうと、俺もすずみに習って湯呑を持ち上げ、吐息で冷ましにかかった。
しばらく冷ますと、指に伝わってくる熱気が和らいでくる。そろそろ飲めそうだ。
「ぅげ、にがっ」
だが、一口お茶をすすった俺は、思わず渋面になった。
恐らく、お茶を淹れる時の茶葉の量が多かったのだ。
すずみの様子を伺うために視線を上げると、案の定、すずみも渋い顔になっている。
「幸太郎さん、クリームとお砂糖って、あります? 」
受け皿に湯呑を戻したすずみは、渋い表情のままそう尋ねて来た。
クリームと、砂糖だって?
お茶に入れるっていう話は聞いた事が無いが……、喫茶店でコーヒーを飲んだ時に使ったから、同じ様にすずみは考えているのだろうか?
しかし、緑茶にクリームと砂糖を加えたところで、美味いのだろうか。
確かに、同じく茶葉から作られる紅茶では、ミルクティーなどといって、ミルクと砂糖を入れるのはポピュラーな飲み方だし、実際美味い。ミルクの代わりにクリームを入れてもおいしく飲めるかもしれない。だが、緑茶に入れるというのは聞いた事がない。
が、そんな一般論を考えてみても、この苦いお茶が美味しくなるわけでも無い、か。
「分かった。ちょっと探してくる」
そう考え直した俺は、湯呑を受け皿の上に戻すと、立ち上がってキッチンへと向かった。
残念な事に、我が家にクリームの買い置きは無かった。砂糖は、コーヒー等を飲む時に使うスティックタイプのものがいくらか残っていた。
少し考えた俺は、クリームは無いが、冷蔵庫の中に自分で飲もうと買っておいた牛乳がある事を思い出した。厳密に言えばクリームとミルクは味が違うのだろうが、俺には大した違いは無いように思えるし、この際、代用しても良いだろう。
そう考えた俺は、とりあえず、スティックシュガーと、牛乳パック、そしてかき混ぜるためのスプーンを2つ持ってリビングへと戻った。
「悪いな、すずみ。クリームは無いんで、牛乳でもいいか? 」
「ぁっ、はいっ。すずみ、牛乳大好きです! 」
興味深そうに部屋の中を見回していたすずみは、どこか頓珍漢な返事をした。
とりあえず持って来たものをテーブルの上に置き、俺はすずみの対面のソファに腰かけ直した。
視線を上げると、すずみが、こちらの方をじっと見ている。
「……何だよ? 」
俺が問い掛けると、すずみは言いにくそうに口を開いた。
「あの……、入れてもらっても、いいですか? ちょっと、すずみはどのくらいがいいのか、分からないので」
なるほど。喫茶店でして見せた様に、ここでも、すずみのお茶に牛乳と砂糖を入れるのを俺にやってくれという事か。
いや、俺だって、緑茶に牛乳や砂糖を入れた事は無いんだが。
だが、自分でやれ、と邪険にするのも気が引けた。そもそも、俺がきちんと美味いお茶を淹れていれば良かった話なのだ、そもそもは。
「分かった。湯呑を貸してくれ」
俺はすずみの分の湯呑を受け取ると、少し考えてから、スティックシュガーを2本ぶち込み、それから、牛乳をかき回してもお茶がこぼれないくらいまで目いっぱい加えてみた。
それから、スプーンでお茶がこぼれない様に慎重にかき混ぜ、すずみに返してやる。
「ありがとうございます、幸太郎さん」
湯呑を受け取ったすずみは、わざわざ礼を述べると、お茶を一口すすった。
俺は、固唾をのんですずみの反応を待つ。
「んー……、よく分からないです」
すずみの反応は、コーヒーを飲んだ時の反応とさほど変わらなかった。あまり気に入らなかったのだろうが、二口目をすすっている事から、飲めない事は無いらしい。
やはり、緑茶に牛乳と砂糖を加えても、ミルクティーの様にはいかないらしい。それでもどんな味なのか気になった俺は、この際だからと、自分のお茶にも牛乳と砂糖を加え、かき混ぜてみる。
正直、あまりいい色合いでは無かった。だが、今更、飲まずに捨てるというのも良くない気がする。
逡巡した後、意を決した俺は、白く濁ったお茶をすすってみた。
……。
思ったよりは、悪くは無い。
緑茶の香ばしい匂いと、ミルクと砂糖の甘み。さっきまでの苦みや渋みはかなり緩和されていて飲みやすい。
が、やはり、ミルクティーの方が美味い気がするし、毎日積極的に飲みたいという様な味で無い事は確かだった。
俺が微妙な印象と共に湯呑を受け皿に置くと、すずみも同じ様に湯呑を受け皿に戻していた。
捨てるのはもったいない気もするが、ここはやはり、考慮しなければならないだろう。
「あの、すずみ? お茶、淹れ直そうか? 」
「はい? ぁあ、お気遣いなく。これはこれで、全然飲めますので」
ぎこちなく尋ねた俺に、首を振ったすずみは、再び湯呑を手に取ってお茶をすすった。
「せっかく、幸太郎さんに淹れてもらったわけですし」
すずみがそう言ってくれるのは、嬉しい様な、恥ずかしい様な、そんな心地がする。
後頭部を手の平で撫でた俺は、気まずい空気をどうにかしようと、何かいい案は無いかと思案する。
「えっと、すずみ、良かったら、お茶菓子も、遠慮しないで食べてくれよな? 」
とりあえず俺は、お茶菓子として用意しておいたスナック菓子を勧めた。何の変哲もないポテトチップスだが、浅い竹籠にキッチンペーパーを被せ、その上に盛り付けてあるので、一応の格好はついている。
すずみはテーブルの上のポテチに視線をやり、興味深そうに眺めた。
「幸太郎さん、これ、何ですか? 」
「えっと、ポテトチップスだ。塩味の」
「ぽてとちっぷす? それって何ですか? 」
「ぇえっと……、じゃがいもを薄くスライスして、油で揚げて、味付けをしたものだ」
「ははぁ、じゃがいもですか」
納得した様に頷いたすずみは、ポテチに手を伸ばす。
パリッとした小気味よい音が響いた。
「んんっ! ぽてとちっぷす、美味しいです! 」
サクサクとポテチを咀嚼しながら、すずみは幸せそうに微笑んだ。
良かった!
さすがはポテチ! 外れが無い!
ありがとう、お菓子会社の人達! そして農家の人達!
出だしがちょっと散々だっただけに、俺は心の底から感謝を捧げた。
すずみはと言うと、嬉しそうにポテチを数枚立て続けに食べ進め、塩気で水分が欲しくなったのか、お茶を二口程すすった。
「はぁっ。何となく、これも悪くない様な気がしてきました」
「そ、そうか」
どこかほっとした様な様子でそう言うすずみに、俺もほっとした心地だった。
しばらくの間、すずみがポテチを咀嚼する音が部屋に響く。
気のせいかもしれないが、ひとまず、気まずかった空気は和んだように思える。
だが、会話が繋がらない。
このままでは、また、気まずい雰囲気に逆戻りしてしまうだろう。
俺は真剣に、必死に、どう話しかけるべきかを考えた。
すずみが、学校の友人とかだったら話は簡単だった。共通の話題はいくつも思いつくし、お互いに相手の事を知っているから気兼ねなく話す事ができる。
だが、すずみとは、実際の所はつい一昨日出会った様なもので、どんな話題を好むのか、逆に、どんな話題はダメなのか、見当もつかない。
「ど、どど、どうだ、すずみ? テレビとか見るか? 」
沈黙に耐えきれなくなった俺は、文明の利器に頼る事にした。
「テレビですか? んー、すずみ、騒がしいのはあんまり好きじゃないんです」
だが、すずみの反応は悪い。
俺は持ち上げかけていたテレビのリモコンから、仕方なく手を離した。
……。
どうしよう?
俺は結局、何も思い浮かばなかった。
とうとうポテチも無くなり(ほとんどすずみが食べてしまった)、これ以上、場を保たせるものは何も無い。
「なぁ、すずみ。その……、何かやりたい事とか無いか? 」
お茶を飲み干し、満足そうにしているすずみに、追い詰められた俺は、とうとう、直球でそう尋ねていた。他には何も思い浮かばなかったんだ、本当に。
「やりたい事ですか? 」
「ああ。例えば、漫画が読みたいとか、風呂に入りたい、とか」
日はすっかり暮れているが、しかし、寝るにはまだ早い時間帯だった。寝る時間になるまでここでぼーっとしていても何も面白くは無いだろう。
「そうですねぇ……」
湯呑を受け皿に置いたすずみは、顎に人差し指を当て、やけに人間臭い仕草で考え込む。
「お風呂は、すずみ、実は入ってきちゃったんです。悪いかなって思って。だから、すずみ、漫画が読んでみたいです」
俺は、救われた様な思いがした。
漫画ならば、無理に会話しようとしなくても済むじゃないか。すずみが気に入る様な漫画があるかは分からなかったが、気に入る様な漫画を探すだけでも結構時間が潰せるだろう。その上、何なら、漫画の内容で何か話を盛り上げる事ができるかもしれない。
そうと決まれば、善は急げだ。
「おっけ。なら、すずみ、俺の部屋に行ってくれ。棚に漫画がたくさんあるから、好きに読んでくれ。椅子も、座布団も、好きな様に使ってくれて構わない。俺はここを片づけてから行くから」
「えっ? すずみも、お片付け、手伝いますよ? 」
「いや、気にしないでくれ」
「でも、幸太郎さんだけにお片付けしてもらうんじゃ」
「いいから。お前は今、うちのお客さんなんだからな」
すずみの申し出を強引に退けると、俺はすずみを急かしてリビングから追い出した。
曖昧な態度をとっていると、すずみがうるさくつきまといそうな気がしたからだ。
それに、お茶は美味く淹れられずとも、片づけくらいは俺一人でもできるんだ。
俺は使ったものを手早くまとめ、捨てられるものはゴミ箱へ、残った牛乳は冷蔵庫へ、食器や道具類は流しへ持って行って綺麗に洗浄した。
我ながらなかなかの手際だ。
少しだけいい気分になった俺は、節約のために不要な明かりを消して回った後、2階の自室へと向かった。
「すずみ、入るぞー」
自分の部屋だったが、一応、コンコン、と軽くノックをし、部屋へと入る。
だが、そこにすずみの姿は無かった。
漫画を読んでいるなら、俺の机の椅子に腰かけているか、床のカーペットの上に座布団でも敷いて座っているだろうと思っていたのだが。
怪訝に思いながら部屋の中を見回した俺は、俺のベッドの上に被せられた布団が、奇妙に盛り上がっているのを発見した。
まさかと思いつつ、布団をめくる。
そこには、案の定、うつ伏せになって寝転がっているすずみの姿があった。
「お前なぁ……、もう眠いのか? 」
まったく。漫画を読みたいと言っていたくせに。
「えー、違いますよぅ。すずみ、眠たく何てありません」
俺の枕を両手で抱えて顔をうずめているためか、すずみの声は若干くぐもって聞こえる。
「じゃ、何してるんだよ?」
俺の問いかけにすずみは答えず、すーっ、と大きく鼻で息を吸い込み、ちょっと貯めた後、どこか幸せそうに吐き出した。
「はぁ……。幸太郎さんの匂いがしますぅ」
「嗅ぐなっ!! 」
俺は大慌てで、すずみの手から枕をひったくった。
「ぁあっ、何するんですか幸太郎さんっ? 返してくださいよぅっ! 」
奪われた枕を取り返そうとすずみが掴みかかって来るが、俺は腕を精一杯伸ばして枕を高く掲げ、すずみの手から遠ざけてそれを阻止する。
「ばっか! 誰が返すか! 」
「いいじゃないですかっ? 幸太郎さんのケチっ! 」
すずみは飛び跳ねたりしながら、しつこく枕を狙ってくる。
「だーっ! ダメだって言ってるだろ! 」
「何でですかっ! 何でダメなんですかっ? 」
「ダメなものはダメなのっ! 」
「むぅっ、幸太郎さんのいじわる! 」
すずみは俺の手から枕を奪還しようと、なおもしつこく食い下がって来る。
ええい、埒があかん。
「すずみ、お座り! 」
ダメ元で言ってみたが、効果があった。
俺がそう言った瞬間、すずみはびくっと電撃を受けた様に震え、それから大人しくその場に座った。条件反射という奴だろうか?
とりあえずすずみの抵抗を退けた俺は、枕を、ひとまず安全そうなクローゼットの中に押し込んだ。すずみはと言うと、俺のそういった行動に、何とも恨みがましい視線をじっと向けてくる。
「幸太郎さん、ヒドイですっ! ちょっと匂いを嗅いだだけじゃないですかっ! 」
喫茶店で待てと言った時は無言のまま待ての姿勢を貫いたすずみだったが、今回は腹に据えかねているらしい。すずみはいかにも不満げに頬を膨らませ、恨みがましい口調で俺にそう抗議して来る。
「それがダメだっての! においを嗅いじゃダメ! 」
「どうしてですか? においを嗅がないでどうするっていうんですかっ? 」
くそっ、話が噛み合わない。
俺は、すずみが犬から人間になったなんて、初めからこれっぽっちも信じちゃいないが、確かに、犬の世界観で言えばにおいは重要な要素には違いない。
犬は、においを元に、個体識別から健康状態の判断まで行うという。そのにおいを嗅ぎ分ける能力は、警察犬等として活躍している事で知られる様に非常に高い。
だから、すずみの感覚で言えば、においを嗅ぐ事は当たり前の動作であり、ちっともおかしな事では無いのだろう。
だがな、すずみ。俺は人間なんだ。
「いいか、すずみ。人間はお互いのにおいを嗅いだりしない。それは人間の間ではやったらダメな事なんだ」
「えー。でも、すずみ、元は犬なんですよぅ? 」
「でもじゃない。ダメなものはダメなの! 」
俺は、半ばムキになって言った。
ええい、何て奴だ。ちょっと目を離した隙に、人のにおいを嗅ごうとするなんて。
枕カバーは定期的に交換して洗濯したりしているが、最後に交換したのはいつの事だったか。そのにおいを嗅がれたと思うと、恥ずかしさでどうにかなりそうな気分だった。
「むー。仕方がありません。すずみ、我慢します」
とても納得した様な様子では無かったが、すずみは引き下がってくれるらしい。
いや、そもそも、人間同士であれば当たり前の事だと思うのだが、その点を追求しても意味は無いだろう。何しろ、すずみは自分を、犬から人間になったとか言っているのだから。人間の常識など知りませんと言われてお終いだろう。
俺は、気持ちを落ち着けるために数回、深呼吸を繰り返した。
「はぁ……、まったく。漫画を読むんじゃなかったのかよ? 」
「漫画は読んでみたいのはホントですけど、においの方が大切なんです」
すずみはなおも不満そうに、唇を尖らせている。
「それより、いつまで座っていればいいんですか? 」
すずみの問いかけに、俺は数回、瞬きを繰り返した。
「終わりって言わなきゃダメなのか? 」
「ダメに決まってるじゃないですか! お座りをしている間は、すずみ、何があっても動いちゃいけないんです。お婆ちゃんとの約束です。おいしいものをちらつかされても、くすぐられても、すずみ、動きませんから! 」
俺は小さくため息を吐き、肩をすくめた。
そういうものなのだろうか?
「分かった。それじゃぁ……、よし」
喫茶店の時と同じ様に俺が許可を出すと、すずみはすっと立ち上がって、両手で腕組みをした。やはり不満そうな顔だ。
だが、この件ばかりは、俺も譲歩するわけにはいかない。
「とにかく、すずみ。人間の流儀に従ってくれ」
「むぅ。分かりました。けど、犬の常識で言わせてもらえば」
「分かった、分かったから。それより、漫画を読むんじゃなかったのか? 」
すずみの言葉を遮り、俺は、漫画がぎっしり詰まった棚を指し示した。
俺が小学生だった頃から、小遣いでコツコツ買い集めて来た漫画が、本棚にずらっと並んでいる。多くは単行本で、いくつかはおじさんからのもらい物だ。
決して納得はしていないが、ひとまずは人間の流儀を尊重する事にしたらしいすずみは、本棚に並んだ漫画本を興味深そうに眺める。
やがて、すずみが指さしたのは、漫画本では無かった。
「漫画も面白そうですけど……、すずみ、あっちが気になります」
その先にあったのは、俺が今朝、起動したまま、何だかんだあったおかげで電源が入りっぱなしになっていたゲーム機だった。
唐突だが、遊園地って、いいよな。
家族や友人、恋人と一緒に、アトラクションに乗ったり、美味しい食事をしたり。かわいいマスコットキャラクターと写真を撮ったり、グッズを選んだり。一人で遊びに行ってもいい。アトラクションを極めたり、ゲームの得点を競ったり。
遊園地というのは、夢を売って商売をしているんだ。
もし、そんな遊園地を、自分の思い通りに作れたら。
ゲーム機にセットされていたのは、そういうゲームだった。
遊園地の経営者となって、自分の思い描いた遊園地を作り上げていく。
アトラクションがたくさんある遊園地にしてもいいし、ジェットコースターにこだわり抜いてもいい。レストランをずらっと並べてグルメな遊園地を目指してもいいし、観覧車みたいなのんびりしたアトラクションをたくさん設置して、ファミリーに喜ばれる様な遊園地を目指したっていい。
とにかく、これは、遊園地を経営するシミュレーションゲームだ。
古いゲームであるがために、最近のゲームでよくある協力プレイという要素は無い。プレイできる人数は、一度に一人しかいない。
最初からすずみにコントローラを渡してもまともに遊べるはずも無いので、俺はまず、すずみに遊び方のお手本を見せる事にした。すずみの理解が早かったので、教えるのは簡単だった。
「私、遊園地って、行った事ないんですよ。どんな場所なんでしょう? 児童公園とは違うんでしょうか? 」
「あそこよりずっとでかいぞ」
児童公園と言うのは、家から少し離れた場所にある、ちょっとしたアトラクションのある公園の事だ。俺ももっと小さかった頃、親に連れて行かれた記憶がある。ゴーカートとかぐるぐる周る飛行機の乗り物とかがあったのを覚えている。他にも何かあった様な気がするが、もう覚えちゃいない。10年以上昔の話だ。
「それで? すずみはどんな遊園地を作りたいんだ? 」
「それは、もちろん! みんなを笑顔にできる遊園地です! 」
「ほー、そうか、そうか」
元気のいいすずみの返事に、俺は適当な返事を返す。
すずみ、その心意気は買おう。
だが、そううまく行くかな?
「よーし、おっきな遊園地を作りますよ! 」
すずみはやたら自信ありげにそう言うと、さっそく遊園地の建設に取り掛かった。
「まずは、乗り物をいっぱい作りましょう! たくさんあった方が楽しいはずです! お金も、ちっちゃい子でもお小遣いで乗れる様に低くしてあげちゃいます! 」
その通りだ。その方がお客様は喜んでくれる。
「それから、お腹が空いた時のために、食べ物屋さんも用意しましょう! 飲み物屋さんも建てましょう! お客さんにお腹いっぱいになって帰ってもらえるように、お値段もお得にしちゃいます! 」
素晴らしい事だ。遊園地を訪れたお客様達は、みな好印象を抱くだろう。
「着ぐるみのマスコットさん達もたくさん雇っちゃいます! 遊びに来てくれた人を賑やかにお出迎えしたいです! 」
遊園地と言えば着ぐるみのマスコットだ。みんなで写真撮ったり握手したり、遊園地には欠かせない存在だろう。
すずみは勢いよく次々と遊園地を拡大していった。
だが、ゲームの遊び始めでは、設置できるものは限られているし、設備の拡大に使える資金も潤沢とは言い難い。
「むー、全然、作り足りません! 」
すずみは残念そうに唸り、不満そうに、コントローラを上下に振り回した。
「まーまー、とりあえず遊園地にお客さんを呼んで、お金を稼げばいいんじゃないか? 」
「仕方ありません……」
「おっと、セーブは忘れずに」
すずみは渋々、と言った感じで、遊園地の開園手続きを行った。
さっそく、遊園地には続々とお客様達がやって来る。家族連れ、恋人同士、友人同士、お一人様など、様々な組み合わせのお客様達は、すずみが設置したアトラクションやお店にどんどん入って行く。
「わぁっ! 幸太郎さん、幸太郎さん! 見てくださいっ、お客さんがこんなにたくさん! 」
すずみは明るい声で、何とも嬉しそうに大はしゃぎだ。
お客様達が自分の作ったパークを訪れ、実際にアトラクションに乗ったり、お店に出入りしたりする様子を眺められるのは、このゲームの醍醐味と言っていい。自分の作ったものでたくさんの人々に喜んでもらえるのを、直接目にする事ができるのだ。
実際、すずみの遊園地は、お客様から大変好評だった。アトラクションには安く乗れる、食べ物や飲み物はお手軽な上にボリュームもあって美味しい。これで満足しないお客様などいるだろうか?
お客様がやって来た事で、すずみの遊園地にはお金が入る様になった。時間が経つにつれ新しいアトラクションやお店も登場し、すずみはそれらも次々と建てて行った。
とても順調だった。
ここまでは。
「あれぇ? 何だか、お金が貯まらなくなっちゃいました」
やがて、すずみは遊園地の資金が一向に増えなくなっている事に気付く。
「お客さんはこんなにたくさんいるのに……。どうしてでしょう? 」
すずみの言う通りだった。すずみの遊園地の中では、たくさんのお客様達が、とても楽しそうに動き回っている。アトラクションやお店はどこも賑やかだ。
「そうだな、とりあえず、アトラクションとか、お店の値段をいじってみたらどうだ? 」
「そうですね……。それじゃぁ、もっとお客さんに来てもらえるように、値下げしましょう」
俺のアドバイスに頷いたすずみは、さっそく、全てのアトラクションとお店の値下げを実施した。
当然、お客様は更に増えたし、一層満足そうな様子だ。
だが、遊園地の資金は急速に減少を始めた。
「ああああっ、どうしましょう! お金がどんどん無くなって……、ああっ、資金がマイナスになっちゃいました! 」
「銀行に行ってお金を借りるしかないなー」
「そうしましょう! でも、またすぐにお金が無くなっちゃいます……」
すずみは遊園地を担保にして当面の資金を確保したが、それもすぐに底をつき、いよいよ経営は行き詰ってしまった。
そして、画面が切り替わる。
寒々しい空を背景に、白い教会の尖塔がそびえ立っている。
尖塔では、真鍮製の鐘が打ち鳴らされ、どこか物悲しい雰囲気だ。
そして、その尖塔に立つ人影が1人。
それは、ゲーム内で遊園地を経営しているという事になっているキャラクターだった。つまりは社長さんだ。今風に言えば、すずみのアバターという事になる。
尖塔のふちに立った社長は、感慨深げな様子で天を仰ぐ。
そして、おもむろに、空に身を投げ出した。
「ええええええええええええええっ! 」
突然流れたムービーの成り行きを見守っていたすずみが、悲鳴をあげた。
「ちょっ、どうなったんですかっ? 社長さん、飛び降りちゃいましたよっ! 」
「ああ、そうだな」
既に何度も同じムービーを見てきた俺は、素っ気なく答えた。
「経営に失敗して、借金も返せなくなっちまったんだ。……社長さんは、人生についての答えを出しちまったのさ」
「そっ、そんなっ! 何でッ、どうしてっ! 」
あからさまに取り乱したすずみは、ショックを隠し切れない様子で涙ぐんでいる。
正直に言おう。
俺は、だいぶ前からこうなる事の予想はついていた。
何故なら、すずみが作り上げた遊園地は、かつての俺が作り上げた遊園地とそっくりだったからだ。俺はその遊園地がたどった運命を知っていたし、すずみの遊園地は事実として全く同じ結末をたどった。
黙っていたのは、このムービーを見た時のすずみのリアクションが見たかったからだ。
経営に失敗した遊園地の社長が、自らの人生を清算する。こんなムービーは他のゲームでは見られないし、現代のゲームでは絶対に作れないだろう。ある意味で、このゲームの一番の特徴となっているシーンだ。
だが、俺は自分の考えの浅はかさを後悔した。
すずみのあまりの取り乱し様には、罪悪感を覚えずにはいられない。
「すずみ、ちょっと落ち着けって」
俺はバツの悪さを感じながら、すずみの頭を撫でて慰める。
「俺が何とかしてやるから、ちょっと、貸してみ」
それから、すずみからコントローラを受け取り、先ほどセーブしたところからゲームを再開した。
さて。
経営改革を実施しなければ。
まずは、料金設定の見直しだ。全体的に値上げを実施していく。人気のあるアトラクションは一回で遊べる時間を削ってお客様の回転率を上げ、お店で提供する食べ物や飲み物はお客様から不満が出ない程度にまで質と量を落とす。さらに、遊園地の評価に合わせて入園料を設定し、収入の機会を増やしていく。
次は、リストラの断行だ。やる気が無く仕事の能率の悪い従業員から、必要最低限の人数になるまでクビにする。胸が痛むが、やらなければ全員で路頭に迷う事になってしまうし、我が分身たる社長さんは翼も無いのに空中を舞ってしまうのだ。
一方で、やる気があって一生懸命働いてくれる従業員の給与は、少しだが上乗せする。これでさらにやる気を出してくれれば仕事の能率が上がって、少数精鋭でも遊園地を運営していく事ができる。これに加えて、技能向上のための講習を行い、リストラの嵐を生き延びた従業員たちの質をさらに向上させていく。
当然、遊園地に対するお客様からの評判は落ちる。
「何だか、世知辛いです」
遊園地の経営は順調に黒字化したのだが、すずみはちっとも嬉しそうでは無かった。
「仕方ないだろ? 遊園地が潰れちまったんじゃ、誰も遊べないじゃないか」
「それは、そうですけど」
すずみはやはり不満そうだった。
まぁ、気持ちは分かる。
俺だって、好きでこんな事をやっているんじゃない。
一体、誰が好き好んで、氷で嵩増ししたジュースを販売したり、薄っぺらいステーキを提供したり、お肉がほとんど挟まっていないハンバーガーを売りさばいたり、水増しのビールをお父さん達に飲ませたりするだろうか?
だが、こうしなければこっちも生きていけないんだ。
世の中というのは世知辛い。本当に、ままならないものだ。
「むー。別のソフトにしませんか? 」
だが、すずみはやはり納得しかねるようで、棚に詰めてある別のゲームソフトをあさり始める。遊園地は飽きられてしまった様だ。
こういう、世間の世知辛さをストレートに突きつけてくる点でも、このゲームは良作だと思うんだが。
結局、その後、俺達は、すずみが眠くなるまでゲームをして遊ぶ事になった。
何というか、不思議な気分だ。
誰かと一緒にゲームをして遊ぶなんてのは、一体、いつぶりだっただろうか。
言っておくが、別に、俺に友達がいないという訳じゃない。
ただ、何となく、声をかけづらいというか。そんな気がするだけだ。
ああ、昔は、こんな事、考えもしなかったのにな。
以前は、特に何も考えずに友達を誘えたし、それが当たり前だったのに。
今は、どうして、こんなにも不安なんだろう?