Spica7 Never compatible
最新話を更新します。最後まで読んでいたければ幸いです。毎日更新ができるのは調子良いからかもしれません。こっちは必死なんですけどね。藤波真夏
Spica7 Never compatible
オリオンの衝撃告白から数週間が経過した。
結局オリオンに返事を返すこともできていない。アルテミスは毎日ため息ばかりだ。
そんなある日だった。カリストーからある知らせを聞いた。アフロディテが主催するパーティーに招待されているというのだ。また? とアルテミスは首をかしげた。しかし、断る理由はない。行くことを決めた。
「カリストーも行こう。一人はさすがに辛い」
「分かりました!」
カリストーも承諾した。カリストーは楽しみでアルテミスに話しかける。
「どういうドレスで行きましょうか? どういう髪型で? あ! 私、頑張ってアルテミスさまの髪整えるんで!」
「カリストー、張り切りすぎ」
「いいじゃないですか! 張り切って! だってオリンポス一番の美人さんであるアフロディテさま主催のパーティーですよ?! 相応の格好をしないと逆に浮いちゃいます!」
カリストーの張り切りぶりにドン引きするアルテミスであった。
実はしばらく狩猟をしていない。狩猟をしてオリオンに鉢合わせをしてしまったら大変なことになる。アルテミスはオリオンに合わせる顔がないのだ。カリストーはため息ばかりつくアルテミスが心配する。
すると扉がノックされる。カリストーが扉を開けるとそこに立っていたのはアクタイオンだった。カリストーが驚いている。アクタイオンはカリストーにアルテミスはいるかと聞いた。
カリストーはすぐにアルテミスに取り次いだ。アルテミスを見た瞬間万年の笑みになる。それとは逆にアルテミスはゲッと苦虫を噛んだような表情になった。
「アルテミス! 君に似合うドレスが完成したんだ! これを着て三日後のアフロディテさまのパーティーに一緒に行こう!」
「・・・は?」
アルテミスは口をあんぐり開けた。ドレスの完成は二の次だ。一番耳を疑ったのは「三日後のアフロディテさまのパーティー」という文言。アルテミスの頭の中に可能性が浮かんだ。
「もしかしてあなたもパーティーに行くの?」
「そうだけど?」
アルテミスはやっぱりと頭を抱えた。カリストーは嘘っ?! と驚愕と歓喜の眼差しを向けてくる。その視線が今はアルテミスには痛すぎる。
「いつの間に約束なんか---」
「してないから!」
アルテミスが大声でカリストーを制した。するとアクタイオンはアルテミスの前で膝をついて手を差し出す。
「アルテミス。俺のパートナーとして一緒にパーティーへ参りませんか?」
王子様のようなシチュエーションだ。しかしアルテミスの考えは変わらなかった。結局アクタイオンはアルテミスから承諾を得られないまま追い返されてしまった。アクタイオンは馬に乗って少し笑った。
「アルテミス。面白い! 俺をここまで本気にさせたのは彼女だけ。だからもっと知りたくなる」
アクタイオンは馬を止めてアルテミスの住んでいる森を振り返る。森は静寂に包まれている。オリンポスきってのプレイボーイであるアクタイオンが手こずる。あまり見ない光景だ。アルテミスが気になって仕方ない。
甘い言葉を囁くことが得意なアクタイオンが口を動かして呟いた。
俺の名前を呼んでよ、アルテミス---。
三日後。アフロディテ主催のパーティーの日がやってきた。カリストーも黄色いパーティードレスにおめかしをした。そしてアルテミスも髪型をセットし、着ないのも勿体無いので仕方なくドレスをきた。
色は淡いエメラルドグリーン。裾は膝丈の長さで上等な布なので風で広がり、波打つ。アルテミスに一番似合う色として仕立て屋が繕ってくれた特注のドレスだ。カリストーもアルテミスの容姿に大絶賛だ。
アルテミスはカリストーを連れて家を出て行った。
森を抜けた道にはアフロディテからの使いであるペガサスが待っていた。初めてペガサスに乗るカリストーは興味津々だ。二人はペガサスにまたがり、アフロディテの屋敷へと向かった。
二人は無事にアフロディテの屋敷に到着する。何度見ても屋敷は美しい。言葉が出ない。アルテミスは二度目ではあるがまだすごい、と思う。
「ここでやるんですね! さすが!」
「私たちの家とは大違いね。行きますか」
アルテミスとカリストーは屋敷の中へ入っていった。パーティーはすでに始まっていた。テーブルにはゲストをもてなすための豪華な食事やお菓子がたくさん並び、二人は驚いた。目の前がとても華やかでキラキラしていたのだ。
そして髪型とメイク、新調したドレスの効果でゲストたちはアルテミスだとは気づかない。
「アル!」
聞き覚えのある声が聞こえてきた。振り返るとオリオンがいた。アルテミスは驚いてその場から動けない。数週間前の出来事を思い出してしまう。思い出すだけで心の中はざわめいた。
「オリオン」
「一緒にどう?」
アルテミスが返答に戸惑っているとカリストーが気を利かせてくれた。カリストーはここからは別行動ですね、と言って離れていき、オリオンとアルテミス二人きりになった。オリオンはアルテミスに手を出して誘った。
「行こうか、アル」
「・・・うん」
アルテミスは恐る恐る手を差し出して握り返す。するとオリオンがアルテミスを引っ張って歩き出した。握る手が熱くてアルテミスは俯いた。
オリオンのエスコートでアルテミスはパーティーを楽しんだ。一人で来たときとは雲泥の差だ。オリオンには気を許していて、アルテミスのいいところも悪いところも全て分かっている間柄だから遠慮の必要はない。
「オリオン! この料理、美味しいよ」
「本当?」
「食べてみればいいじゃん。どうぞ」
アルテミスはオリオンの皿の上に料理を取り分ける。オリオンが料理を口に運ぶ。美味しい! と笑みを浮かべた。アルテミスはその顔を見ていると落ち着いた。ようやく自覚し始める。
私は・・・オリオンのことが好き。
アルテミスは決して飾ることのない本来の笑顔を見せた。その顔はオリオンにとっては美しく映った。醜女とは程遠い純粋な聖女のような顔であった。
楽しんでいるアルテミスを見ている人影が二つ。一つはアクタイオンだった。見知らぬ男と楽しんでいるアルテミスの姿が目に入る。その表情はアクタイオンの心を抉った。アクタイオンはアルテミスを遠い目で見つめていた。
そしてもう一人は美しいドレスに身を包んだ女性。顔はよく見えない。しかしその目線にはまっすぐと鋭利な刃物のように鋭い視線をしていた。
アルテミスはオリオンと一緒にバルコニーにいた。夜空に輝く星を見つめていた。こんなに晴れやかな気持ちで星空を見上げるのはいつぶりだろうか、とアルテミスは思った。心なしか不安は一つもない。清々しい気分だ。
オリオンに対する気持ちがようやく決着がついた。あとは返事をするだけだ。しかし心臓が大きく駆動を打つ。アルテミスがオリオンに語りかける。
「こんな綺麗な星、久しぶりに見た気がする」
「そうだな」
オリオンも同意する。星空が二人を包み込んでくれているかのようだ。そしてアルテミスはオリオンの胸に手を当てた。オリオンが行動の理由を聞くがアルテミスは答えようとしない。
「初めてだった。男の人からこんな風に言われたのは。オリオンに気持ちを生まれたとき、変な気持ちになった。今まで醜女醜女言われて自分はそういうことには縁がないって思った。あの人との賭けのせいで自分を犠牲にしているだけかもって思った」
「アル・・・」
「でもオリオンと一緒にいるだけで楽しくていつもの自分でいれる。だから・・・」
アルテミスは自分からオリオンの胸の中に飛び込んだ。オリオンはアルテミスの行動に驚きを隠せない。アルテミスは今まででは考えられないくらい気持ちが溢れる。アルテミスはオリオンに告げた。
「私は・・・あなたが、好きです」
オリオンの顔が驚きの顔から嬉しそうな表情に変わった。想いが通じて実った喜びの顔だった。オリオンはアルテミスの背中に腕を回してきつく閉じ込める。アルテミスの耳に入ったのはオリオンのすすり泣く声だった。
アルテミスがオリオンの顔を覗き込むと涙を流すオリオンの顔がそこにあった。アルテミスがオリオンの涙を拭い、大丈夫? と聞いた。
「いや・・・、嬉しいんだよ。アルに気持ちが伝わって」
それを聞いたアルテミスも涙が溢れそうになるが我慢した。オリオンはアルテミスの髪を撫で頬に触り、過ぎていった時間を取り戻すかのように触れ合う。オリオンはアルテミスにきっぱり言った。
「これでお前は純潔の女神にならなくていい。アルは俺にとって何にも代えられない大事なものだから・・・。俺のそばから離れんなよ」
オリオンの言葉にアルテミスは頷いた。
「アルテミス!」
アルテミスを呼ぶ声がしてアルテミスが振り返るとそこにいたのはアクタイオンだった。アクタイオンはアルテミスに近づいてくる。少し傷ついた顔をして近づいてくる。
「アルテミス。ひどいなあ、俺以外の男を選ぶなんて」
オリオンがアルテミスを守ろうと前へ出る。オリオンもプレイボーイのアクタイオンのことを知っている。するとアルテミスはオリオンの守りを押しのけて前へ出た。オリオンの制止もきかなかった。
「俺はずっと本気の恋をしたことがなかった。でも君だけは違った。君は怖いくらいに真っ直ぐな純粋な目で俺を見てくる。君の前で嘘なんかつけない。君のドレスを見繕った時、魅力はすぐに爆発した」
アクタイオンがアルテミスに近づいてくる。アルテミスは平常心を保ちながら表情を変えず真っ直ぐと見る。アクタイオンが真剣な顔になった。
「アルテミス。君は俺を本気にさせた。でも・・・」
アルテミスの手を握った。その手にはじわりと汗を感じた。今まで女性たちを虜にしてきたプレイボーイがここまで緊張しているのは前代未聞であった。アクタイオンは顔を赤くして口を動かした。
「君はもう俺ではない別の誰かのものになった。そんな人に手を出そうなんて思わない。アルテミスなら尚更だ。俺を振るなんてどうかしてるよ、アルテミス」
ここまで想った人に振り向いてもらえない想いをしたのは久しぶりで涙が溢れ出す。アルテミスはアクタイオンに今まで言わなかったことを話した。それはゼウスとの賭けの話。アクタイオンは全てを察する。
アクタイオンは恋人ができたことでその約束が破談になり、アルテミスの幸せになったのだと感じる。それはアルテミスの優しい笑顔が全てを物語っている。
アルテミスはアクタイオンがここまで優しくしてくれたことを感謝し、あなたと出逢わなければドレスやメイク、髪型をガラリと変えることはできなかった。オリオンに対する想いを整理することもできなかった。
アクタイオンに取ってみれば敵に塩を送るような行為だったのかもしれない。しかし結果としてアルテミスが本当の恋を知り、美しくなっていった。蛹から蝶になったアルテミスを見た瞬間に、アクタイオンは彼女に本気の恋をしたのだ。
「アルテミスにそう言ってもらえるなんて俺は嬉しいな。俺の恋人にできないのが悔しいよ」
アクタイオンがオリオンの方を見る。オリオンは何も言わずに真っ直ぐと見つめた。アクタイオンはアルテミスに言う。
「でも君が選んだ相手なんだ。俺には文句が言えない。アルテミスには文句が言えない」
アルテミスは返す言葉が見つからない。するとアクタイオンはそろそろ行かなくちゃな、と立ち上がった。アルテミスはそう・・・、と呟いた。すると最後にアクタイオンがアルテミスにこう言った。
「お願いだ、アルテミス。俺からの最後の頼みだ。俺のことを名前で呼んでくれないか? 君の声で聞きたい」
アクタイオンがずっと抱えていた想い。アクタイオンが一番に願っていたこと。アルテミスはアクタイオンの手を握った。
「私を変えてくれたのも、幼馴染以外の接点もない私を最初に好きになってくれたのもあなただけ。ありがとう、そしてごめんなさい・・・、アクタイオン・・・」
アルテミスが初めてアクタイオンの名前を言った。
アクタイオンはその言葉を心の中にしっかりと刻みつけた。アクタイオンは跪いてアルテミスの手の甲に敬愛の印で口付けをする。
「さようなら、俺の愛しいアルテミス。俺はたとえ報われなくても君を想い続ける。俺はどんな時でもアルテミスの味方だよ」
アクタイオンはそう言うと立ち上がってオリオンの方を見る。オリオンはアクタイオンの方を真っ直ぐ見つめてくる。二人の視線が火花のように散る。アクタイオンが最初に口を開いた。
「アルテミスを泣かせて酷い目に遭わせたら、今度は容赦なく彼女を奪いにくるからね」
「そうはさせない」
二人の視線がぶつかって火花が散る。アクタイオンは静かに笑ってバルコニーから出て行った。オリオンがアルテミスの手を取る。想いは変わらなかった。アルテミスは驚かせてごめんなさい、と言った。オリオンは大丈夫と何度も言い続けた。アルテミスが自分のものであることを何度も確かめる。
「俺はアルを酷い目になんか絶対に遭わせない。信じてくれる?」
「信じるよ」
オリオンはアルテミスの手の甲を取ってアクタイオンがしたように口付けた。オリオンは彼女を決して手放すものかと誓った。
アルテミスを探しているカリストーとアクタイオンがすれ違った。カリストーがアクタイオンにアルテミスの居場所を聞いた。アクタイオンはバルコニーにいるよ、と言った。するとカリストーにアルテミスに伝言を頼んだ。
「俺のことを忘れないで」
アルテミスの前では決して言えない言葉。儚げな言葉。たとえオリオンに恋い焦がれているアルテミスの中に少しでもアクタイオンという男を刻ませておきたいという最後の足掻きであった。
「アルテミスに恋人が?」
「はい、そうです」
ゼウスの宮殿でこんな報告がなされた。ゼウスは悔しそうな表情をした。無謀すぎる賭けはアルテミスの勝ちに終わるのかもしれない。しかしその賭けを破談にしてはゼウスの護憲に関わる。
ゼウスはこれ以上何も言わなかった。アルテミスのことを完全に甘く見ていたのだ。ゼウスは息を吐いた。ゼウスに報告した人物は思案した。このままではゼウスの目的が達成できない。
「なんとかせねば・・・」
これで純潔の女神にならないで済む。私は醜女なんかじゃない。私でも幸せをつかめる。
アルテミスはそう思った。
青い瞳に映った星は本当に綺麗でアルテミスは満たされた気分になる。オリオンという愛しい人とずっと一緒にいたい。この時間が永遠に続けばいいのに、と思うのであった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。感想&評価等よろしくお願いします。
*この小説はギリシャ神話をモチーフにしたフィクションです。原作に少しストーリー性をもたせている藤波真夏の思うギリシャ神話の「もしも」の世界です。
藤波真夏