Spica6 Feeling without color
最新話を更新しました。最後まで読んでいただけたら幸いです。藤波真夏
Spica6 Feeling without color
「こんにちは、アルテミス」
アルテミスを訪ねてきたのは意外な人物だった。あのパーティーで知り合ったアクタイオンだった。アルテミスは扉を閉めようとしたがアクタイオンは必死にそれを阻止しようとする。二人の攻防戦が始まった。
「なんの御用ですか?!」
「君と話し足りないんだ。続きをしよう」
アルテミスはそんな気分じゃないと断るが、アクタイオンは負けじと猛アタックを仕掛けてくる。猛アタックにアルテミスは根負けした。仕方なく行くことに自分で作ったドレスを着ていつものように髪をあげる。
アクタイオンがその格好を見て何かの思案を始める。アルテミスが困惑しているとよし、とアクタイオンが言った。
「さあ行こう、アルテミス。俺が君を醜女じゃないってことを証明してあげよう」
「は?」
アクタイオンはうやうやしくアルテミスの手を取って馬に乗せ、森を飛び出した。アルテミスが何度も目的地を聞くがアクタイオンは内緒! と教えてくれない。
アクタイオンが連れてきたのは町のドレス職人の店。アルテミスはフードを深くかぶっていた。顔を見られれば「醜女」と呼ばれるのは当たり前だからだ。今まで以上に敏感になっていた。
「アルテミス。フードをとりなよ。怪しいよ」
「嫌」
するとアクタイオンはニヤリと笑い、フードを無理やりはがした。アルテミスが驚いているのも束の間、あげていた髪の毛が一瞬で解かれた。アルテミスの真っ黒な髪が風に揺れた。髪の毛を結ばないだけでここまで印象がガラリと変わった。
「へえ、意外と」
アクタイオンは思った通りだ、と考える。アルテミスは不機嫌極まりない。笑顔はなくなりアクタイオンを睨みつけている。アクタイオンはアルテミスを連れてどんどん進んで行く。
アクタイオンが店の中に入ると女主人が現れる。
「あーら、アクタイオンさま。今日はどういったご用件で?」
アクタイオンはアルテミスを前へ出す。挙動不審なアルテミスをよそに女主人はじろじろと見てくる。もしかしたら自分がアルテミスだと知られたのかもしれない、と。目をキュッとつぶるとアクタイオンが言った。
「この子に似合う、ドレスを新調してくれないか?」
「かしこまりました。お色はどうしましょう?」
「君のさじ加減で頼みたい」
アルテミスは女主人に店の奥に連れて行かれる。そしてドレスを脱がされ体のサイズを測る。ドレスを着なおしたアルテミスは店の奥から出てきた。女主人は数日で完成します、と言った。
「じゃあこれで。完成したら俺の家に届けておくれ」
「かしこまりました」
アクタイオンは料金を払い、アルテミスを連れてまた歩き出す。今度連れて行かれるのは髪結処だった。アクタイオンはアルテミスの髪をアレンジするように頼んだ。髪結はアルテミスの髪を触り上質な髪だと絶賛し、ハサミを入れる。
パラパラと落ちるアルテミスの髪の毛。少し軽く少し短くなった髪を丁寧に結い上げる。編み込みを施し、髪の毛を一つに結い上げうなじに流した。少しセクシーな髪型に仕上がる。
「すごい」
鏡を見てアルテミスは一言。その一言だけ呟いてこれ以上は言えなかった。変身したアルテミスの姿を見てアクタイオンも言葉を失う。予想以上の出来だったからだ。
「上出来だ」
アルテミスが歩いていても誰も自分を醜女と指差す人は誰一人としていなかった。変身前と後では落差が激しく、誰もアルテミスだとは思わないだろう。アルテミスはその光景が不思議で仕方なかった。
「なんで私だって気付かないんだろう?」
「君が本当はこんなに綺麗な女性だって気付かないだけだよ」
「へえ」
アクタイオンがカッコよくて少しキザな言葉を言った。しかしアルテミスは横流し。アクタイオンの褒め言葉が一切通用しない。気付かないだけかもしや計算高いだけなのか、分からない。
アクタイオンは結局まともにアルテミスを振り向かせる事はできなかった。
アクタイオンの馬に乗って森の方へ帰る。アルテミスは変わりゆく景色を眺めている。アクタイオンはアルテミスに話しかける。
「アルテミスは恋人いるの?」
「いませんけど」
「じゃあさ、僕の恋人にならない?」
いつも女性たちにしているようにアルテミスを口説く。しかしアルテミスは一切通用しない。アルテミスはそんな軽い形で恋人にはなりたくない、という根っこからの信念があったので断る。
アクタイオンは理由を聞く。
「私には成し遂げなければならない約束がある。たとえあなたを恋人にしてもすぐに飽きられる。そんな軽いあなたの恋人になんか、絶対になりたくない」
アルテミスはきっぱりと言った。アクタイオンは頭を殴られたような感覚に陥った。アルテミスの拒絶がアクタイオンの心に痛みを与えた。真っ直ぐすぎる言葉がさらに追い討ちをかける。
アルテミスの暮らしている森の近くに到着し、アルテミスは馬から降りて帰ろうとする。
「ありがとうございました」
アルテミスが礼を言うとアクタイオンが待って! と声をかける。アルテミスが振り返る。最初とは雰囲気が変わる。アクタイオンが言葉に詰まるがかろうじて話す。
「今日頼んだドレス、今度渡すから!」
アルテミスは声を出さずに口で「ありがとう」と動かした。アルテミスは森の中に向かって歩き出した。アクタイオンは追いかける気力もなくただ後ろ姿を見送るだけしか出来なかった。
一人残されたアクタイオンは深いため息をついて髪をかきあげた。
蛹が蝶になったようだ。知らないうちにアルテミスのペースを取られてる。俺好みの女に変身させようと思ったのに・・・、予想以上だ。君は罪な女神だよ、アルテミス。美しい羽を隠すなんてずるい女神さまだ。
俺はどうやら・・・君の事・・・。
プレイボーイのアクタイオンの心に小さな本気の炎が灯った。
アルテミスは家に到着した。待っていたカリストーは髪型が変わった事に驚いたがとても似合う! と絶賛してくれた。あの人は一体誰なんですか? とカリストーに聞かれ、アルテミスは答えた。
「この前のアフロディテさまに呼ばれたパーティーで知り合ったの。アクタイオンとか言ったっけ」
「アクタイオン?!」
カリストーは声を上げた。少し興奮気味だ。どうしてそんな興奮気味なの、と聞くとカリストーはアクタイオンさまを知らないんですか?! と逆に詰め寄ってくる。
「アクタイオンさまはオリンポスきってのプレイボーイですよ?! あの方に声をかけられたら落ちる女性はいませんよ! もしかしてアルテミスさま、アクタイオンさまに声を・・・!」
「かけられて色々連れまわされたけど・・・別になんとも」
カリストーはやっぱりかー! と頭を抱えた。アルテミスの鈍感は相手がプレイボーイであっても発揮されるのはある意味尊敬に価する。カリストーがじゃあその髪型もアクタイオンさまが?! と聞くとそうだよ、とすんなりと答えた。
「さすがアクタイオンさま! センスある! アルテミスさま、別人みたいですよ!」
「それは私も思った」
アルテミスとカリストーがお互いの顔を見合い笑いあった。するとドアをノックする音がした。カリストーが扉を開けると真っ白な鳩がちょこんといた。カリストーがしゃがむと鳩の足に手紙がくくりつけられている。
伝書鳩だ。カリストーは鳩の足につけたられた手紙を外した。外れた瞬間に鳩は飛び立って行った。
「アルテミスさま。お手紙みたいです」
「手紙?」
カリストーから手紙を受け取ったアルテミスは封を開ける。手紙の中身に目を通したアルテミス。カリストーが誰ですか? と聞くとアルテミスは手紙を置いて急いで家を飛び出した。
「ごめん、カリストー。ちょっと出かけてくる!」
「アルテミスさま?!」
カリストーの制止も聞かず、アルテミスは家を飛び出した。アルテミスは暗い森の道を一心不乱に走り出す。手紙に指定された場所へ走る。そこは森の中にある大木。そこに行くと一人の人影がいる。
アルテミスは息を切らしている。
「待ってたよ」
「手紙で呼び出すなんて、何かあったの? オリオン」
あの手紙をアルテミスに送ったのはオリオンであった。オリオンが振り返ると目を見開いた。いつもと髪型が違うアルテミスがそこにいたのだ。魅力が髪型だけでも最大限に引き出されている。オリオンの頬が赤く染まった。
「オリオン?」
「やっぱり、俺は・・・お前を手放すなんて嫌だ!」
アルテミスの腕がオリオンによって引っ張られる。気付いた時にはアルテミスの体はオリオンの腕の中に閉じ込められた。オリオンのたくましい腕が肌に触れる。離れようとしてもオリオンがそれを許さない。
「俺たちは幼馴染。それなのに・・・、俺はいつのまにかアルに惹かれてた。口に出すのが恥ずかしくて、ずっと隠してた」
オリオンに駆け巡るのはアルテミスに対する激情。堰き止めていた想いが一気に溢れる。今アルテミスを離せばもう二度と掴めない気がする。アルテミスはオリオンの胸を押し返す。
「オリオン・・・。私が純潔の女神になるのが嫌って話したから、自分を犠牲するなんて・・・間違ってるよ・・・」
「自分を犠牲になんかしてない・・・。俺は・・・本気だよ、アル。俺は、アルのことが・・・好きなんだ。まだ信じてくれない?」
「し・・・信じるも何も・・・、急に呼び出すから・・・」
アルテミスの顔も真っ赤だ。純粋な青い瞳は動揺であふれた涙が溜まっている。それを見たオリオンがアルテミスの頭に手を乗せた。急に言ったからびっくりしたんだな、と言った。
ポセイドンが会いたがっていたから今度会いに来てやってほしい、とオリオンは言ったアルテミスは承諾した。オリオンはアルテミスの拘束を解く。アルテミスが赤い顔を隠すように俯いた。
「じゃあまた・・・」
「返事、待ってるから」
アルテミスは声を出さずに頷いた。オリオンは絶対だからな、と言ってそのまま帰ってしまった。その場に残されたアルテミスは腕を触る。まだオリオンの温もりが残っている。
「これが恋なのか? こんな感情、知らない」
アルテミスは呟いた。
恋を知らない純粋な女神が初めての感情を知った。この感情に色をつけるならどんな色だろう。桃色か、爽やかな水色か、それはわからない。心の中にうごめく知らない生き物の正体をアルテミスは分からなかった。
アルテミスが家に戻るとカリストーが不思議そうに見つめている。一体何があったのだろう、と聞こうとしても聞ける雰囲気ではない。言葉で表すならば「上の空」。花の甘い香りに酔わされた蜜蜂のようだ。
アルテミスはそんな想いを胸に眠りについた。
ゼウスの儲けたタイムリミットまであと二ヶ月であった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。感想&評価等よろしくお願いします。
*この小説はギリシャ神話をモチーフにしらフィクションです。原作に少しストーリー性をもたせている藤波真夏の思うギリシャ神話の「もしも」の世界です。
藤波真夏