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Spica  作者: 藤波真夏
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Spica4 Two people unbalanced

最新話を更新します。最後まで読んでいただければ幸いです。藤波真夏

Spica4  Two people unbalanced

 アルテミスはカリストーとは別行動を起こしていた。カリストーはドレスに必要な生地を手に入れるために町へ出かけた。

 そしてアルテミスは狩猟、ではなくある人物に呼び出されていた。エウリディケからもらったドレスを身にまとい、歩いて向かった。目的地は歩いて行ける距離ではない。

 すると空から馬の声が聞こえてきた。アルテミスが振り返ると空から白いたてがみをしたペガサスが舞い降りた。

 ペガサスは真っ白い体にたてがみ、美しい翼を持つ空飛ぶ馬だ。アルテミスを見つけるとそばに降りて礼をする。どうやらアルテミスを迎えに来たらしい。アルテミスがペガサスの頭を撫でるとよろしく、と一言添えた。

 そしてペガサスに跨ると一気に空に飛んだ。今まで歩いていた場所がだんだんと遠くに感じる。アルテミスはペガサスに捕まって抵抗に耐える。

 アルテミスがペガサスに乗ってやってきたのは大理石で出来た美しい宮殿にたどり着いた。アルテミスとカリストーが暮らしている森の家とは桁違いだ。アルテミスはそれっぽい、とため息をついた。

「アルテミス。待っていたわ」

 宮殿から現れたのは煌びやかな装飾品を身につけて、桃色のドレス、長い金髪を持つ女性が現れた。そして美しい顔。これこそ美人というべきというほど。アルテミスと比べるとその差は言うまでもない。

「アフロディテさま。お招きありがとうございます」

 アルテミスを呼び出したのは大理石で出来た屋敷の主人・アフロディテ。

 愛と美を司る女神でその美しさはオリンポス一番だ。アルテミスの父であるゼウスの養女となり、オリンポスを支える立派な女神。しかし一方で男性にモテるため、たくさんの男たちを虜にし侍らせている。

 言葉で表すならば「酒池肉林パラダイス」だ。

「アルテミス。ささ、中へ入りなさい」

 アフロディテに急かされてアルテミスは宮殿の中へ入る。中は豪華絢爛。アルテミスは自分の家と比べる。雲泥の差だ。アルテミスは一瞬で察する。あ、場違いだ、と。

 アルテミスはいつものドレスではなく、エウリディケから譲ってもらったドレスを着ているのでなんとか浮いてはいないようだった。アルテミスは安心感を覚える。

 屋敷の中は優しい花の香りが漂う。まるで誘惑だ。

 アフロディテに付いていくと目の前に広がるのは大きくて長いテーブル。その上にはたくさんのご馳走が並んでいる。アルテミスは息を飲んだ。アフロディテはアルテミスの肩に手を乗せた。

「アルテミス。今日はパーティーをやるの。美味しい料理にお菓子、たくさん用意してあるから夜まで楽しんでもらいたいわ」

「あ、ありがとうございます」

 アルテミスはアフロディテの気持ちに押され気味だ。なかなか来ない場所であるために緊張が抜けない。アフロディテはアルテミスの他にもたくさんのゲストを招いているから楽しみにしていて、と言った。



 そしてアフロディテ主催のパーティーが始まった。先ほどまで二人きりだった大広間に人がたくさん入った。煌びやかなドレスに身を包んだ女性たち、カッコよく決めている男性たち、そして場違いだと震えているアルテミス。三者三様である。

 アルテミスを含めたゲストたちに歓迎としてぶどう酒の入ったグラスが配られた。紫色のぶどう酒を眺めるアルテミス。ぶどう酒なんて何年以来だろうか、と考えた。

 アルテミスの周りにいる女性たちは美しい人たちばかりだ。アルテミスは華やかなパーティーだと言うのにため息が出てしまう。

「よくお集まりくださいました。今回のパーティーは交流を図るために開催したものです。堅いことなどなしにしてどうぞ夜までお楽しみくださいませ」

 アフロディテが宣言をする。そしてぶどう酒の入ったグラスを掲げて乾杯をする。会場にいる者全員がグラスを煽り、口の中にぶどう酒を注ぎ込んだ。アルテミスもそれに習った。口に広がるぶどう酒はどこか苦く感じた。

 ゲストたちはぶどう酒と料理を肴にいろいろなところで話を始める。とても楽しそうだ。

 しかし、アルテミスはそうはいかなかった。彼女も勇気を振り絞って声をかけようとするが、アルテミスを見るなり「醜女だ」「狩猟の女神なぜここに?」「汚れた女神さま」と揶揄して止まってくれない。

 アルテミスは少し淡い期待をしていた。

 このゲストの中でもしかしたら恋に落ちて恋人ができるかもしれないという淡い期待だ。しかしその期待は悉く粉砕される。アルテミスの願いむなしく、パーティー会場で完全独りぼっちになってしまった。

「アフロディテさま」

 アルテミスはアフロディテのほうへ行くがアフロディテはたくさんの男性たちに囲まれて取り込み中だ。この状態が俗に言う「ハーレム」なのだと悟る。

 アフロディテは愛と美の女神。そして彼女を取り巻く男たちは彼女の美しさと妖艶な魅力に取り込まれて一瞬で虜になる。まさに小悪魔。そして一輪の花。たとえ出したらきりがない。アフロディテがどういう理由でアルテミスをパーティーに招待したのか分からないが、疎外感を感じる。

 アルテミスの胸を締め付けた。尊敬するエウリディケは醜女じゃない、と言ってくれたのにこの状況を見ると受け入れざるを得ないかもしれない。醜女と言われるのは慣れているはずだった。なのになんでこんなに胸を締め付けるのだろう。アルテミスはテーブルに置かれたお菓子を食べる。

「・・・甘い」

 口に広がるイチゴの甘み。その甘みはどこか寂しい味がした。そんなアルテミスを遠くから見つめている目がある。シルクで出来た真っ白な衣装に黄色の刺繍、金色の月桂樹の冠。その瞳はまっすぐとアルテミスを見つめていた。

 アルテミスはめげずに性別関係なく何度も話しかけた。しかし結果は全敗であった。誰もアルテミスのことを気にかけなかった。すっかり落ち込んだアルテミスはひたすら用意された料理を食べることしかできなかった。

「はあ・・・。帰りたい」

 アルテミスはバルコニーに備え付けられたベンチで休んでいた。空は暗くなりすっかり夜になる。パーティーは賑やかさを増すが、アルテミスはそこから逃げた。アルテミスを気にかける人物などいない。それどころかアルテミスがパーティーに来ていることすらないような振る舞いだった。

 アルテミスはいつもの癖で弓を引く真似事をやった。弦が弾くあの感覚が今では恋しく感じる。狩猟は相変わらず続けているが、人目を避けるように行った。まるで自分に重い罰を課しているようだった。

「おひとりですか?」

 突然背後から声をかけられてアルテミスは振り返る。そこにいたのは茶色の髪に白い衣装に入った黄色の刺繍、金色の月桂樹の冠。会場で独りぼっちのアルテミスを見つめていた正体である。

「・・・誰?」

 アルテミスは警戒して体を強張らせる。男性はアルテミスを見て微笑んだ。

「俺はアクタイオン。君がアルテミス?」

 アクタイオンはアフロディテにパーティーに招待されたゲストの一人だ。こう見えてケンタウルスに育てられた男で実は狩猟の腕がある。その反面、女性に非常に好かれており女性経験は豊富。いわゆるプレイボーイだ。

 そんなことすら知らないアルテミスは今までの人々の反応が反動となってアルテミスを前に動かす。

「私のこと知ってるの?」

「ええ。パーティー会場で一生懸命お話をしようと声をかけているあなたが見えました。あなたは狩猟の女神。是非、お話したいなと」

 アクタイオンは丁寧に答えた。アルテミスはうつむきがちにそうですか、と呟いた。アクタイオンはアルテミスが照れ隠しをしているように見えた。アクタイオンはアルテミスに近づいて優しく顎に手を添えて上を向かせた。

 アクタイオンはプレイボーイの本気を出してアルテミスを落とそうとした。ところがアクタイオンの瞳に映ったのはアルテミスの純粋な青い瞳だった。それを見た瞬間、アクタイオンは今まで女性たちに言ってきた言葉の一切が出てこなくなってしまった。

「?」

「あ・・・」

 アルテミスが目を丸くしてまっすぐにアクタイオンの目を見つめた。それにアクタイオンは根を上げた。すごいな、アルテミスはと頭をかきむしって笑った。

 アルテミスは一体何のことを言っているのかよく分からない。アルテミスはバルコニーから外を眺める。眼下にはゲストたちがパーティーを楽しんでいる。アルテミスとアクタイオンのいるバルコニーは完全に世界から隔絶された場所だ。

「行かないんですか?」

「何がです?」

「パーティー。あなたもアフロディテさまに呼ばれて来たんでしょ? どうしてみんなと混ざって楽しまないの?」

 アルテミスの質問にアクタイオンはそれは愚問だよアルテミス、と笑う。

「僕も嫌で抜け出したんだ。君と同じだよ、アルテミス」

 それを聞いたアルテミスはあっ、と声を上げた。アクタイオンがわけを聞くとアルテミスはニコッと笑って答えた。

「敬語じゃないね。敬語じゃないほうが素敵だよ」

 アクタイオンは気がついた。今までアルテミスに対して丁寧で優しい男を演出するために敬語を使っていたのにも関わらず、どこかで自制が切れて本来の姿が見えた。アクタイオンをアルテミスが無意識に翻弄している。

 この子、本当に純粋なんだな・・・。逆に心配になる・・・。

 そう思っているとアフロディテがぶどう酒の入ったデキャンタを持ってバルコニーへやってきた。楽しんでますか? と聞いたのち、ぶどう酒を二人のグラスに注いだ。

 場に慣れなくて逃げてきました、なんて言えないアルテミスは必死にその場凌ぎの嘘をつくろう。

「ぶ、ぶどう酒に酔っちゃって・・・その酔い覚ましで」

 アルテミスに同調するようにアクタイオンも同じことを言った。するとアフロディテがアルテミスの髪の毛に触れた。なんだかくすぐったくて肩を震わせた。アフロディテは妖艶に含んで笑う。

「そうなの? てっきり、好きな人ができたのかと思ったわ」

 それを聞いたアルテミスは恥ずかしくなって顔が熱くなった。その熱さを消し去るようにアフロディテに言った。

「そんなんじゃないです! 私は・・・醜女です。綺麗なアフロディテさまの隣に立てば阻害するだけ。その人はすごく社交的な人だけど、私とは相性合いません。不釣り合いですから」

 アルテミスはそう言い捨てるとバルコニーから逃げ出した。アクタイオンが声をかけようとするがアルテミスの瞳が水で満たされていたために、かけられなかった。アルテミスはドレスを風で揺らして宮殿の奥へ行ってしまった。

「ゼウスの言った通りね」

 アフロディテが呟いた。どういうことですか? とアクタイオンが聞くアフロディテがなんでもないと回避してゲストたちがいる会場へ戻り、バルコニーにはアクタイオンだけが残された。

 アクタイオンはグラスに残ったぶどう酒を一気に飲み干す。彼は酒に強い。この量の酒では酔わない。アルテミスが行った方向を見つめるアクタイオン。アフロディテの呟きが気になっている。

 アクタイオンもゼウスを知らないわけがない。そのゼウスの名前が出たことで疑念が浮かぶ。そして心の中で思った。


 アルテミス・・・。無意識に俺を翻弄するとは・・・。面白い・・・。


 その反面、切ない思いが知らないうちに声にならない声で口を動かしていた。


 どうして俺を名前で呼んでくれないんだ、アルテミス。



 アルテミスの純粋な心がプレイボーイの心に大きな傷跡を残す結果となった。

 一方その場から逃げ出したアルテミスは薄暗い部屋の角にうずくまっていた。アフロディテに対して咄嗟に出た言葉。それが心を深くえぐった。あんなに言われ続けた「醜女」がここまで自分を苦しめるとは思わなかった。

「嫌いだ。私のことを好きになってくれる人なんか・・・きっと、いない・・・」

 アルテミスは悲しみに押しつぶされそうになり、涙を流した。アクタイオンの明るさに耐えられない。


「不釣り合いだ・・・」


 光を見すぎて改めて自らの闇に気づく。

 アルテミスに大きくのしかかった重りは彼女が抱えきれないほどに大きかった。



最後まで読んでいただきありがとうございます。感想&評価等よろしくお願いします。


*この小説はギリシャ神話をモチーフにしたフィクションです。原作に少しストーリー性をもたせている藤波真夏の思ったギリシャ神話の「もしも」の世界です。


藤波真夏

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