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Spica  作者: 藤波真夏
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Spica3 Probably you are out of love

最新話を更新します。最後まで読んでいただければ幸いです。藤波真夏

Spica3 Probably you are out of love

 夜が明けた。

 アルテミスは森に差し込む太陽の光に目を刺激されて目を覚ました。小鳥のさえずりが聞こえて来る。アルテミスは髪の毛を整えて結び直すとカリストーの元へ向かった。

「アルテミスさま。お外で眠ると風邪引きますよ?」

「ごめん、つい・・・」

 カリストーと共に朝食を食べていつもの日課である狩猟へ行こうとする。しかし昨日の出来事を思い出した。

 三ヶ月以内に恋人ができなければ、純潔の女神になるというもの。

 アルテミスは手に持った弓を見つめてカリストーに問う。

「お前が男なら・・・弓矢を持って狩猟をする女を恋愛対象に見れる?」

「ん〜。私はありかと思いますけど、もう長いことアルテミスさまにお仕えしておりますので、少々頭が麻痺している可能性も・・・」

 カリストーもなかなかはっきりとした答えが出なかった。カリストーも自分がもし男であったらアルテミスでも悪くない。しかし一緒にいる日数が長いため、他の女性達と感覚がずれている可能性があったために答えが出せなかった。

「やっぱり私たちだけでは答えは出せないか・・・」

 アルテミスはよし! とフードをかぶり、馬へ跨った。カリストーも急いで馬に乗る。アルテミスはそのまま馬を刺激して走らせた。カリストーもそれに続く。理由を話してくれないアルテミスにカリストーは聞いた。

「これからどこに?!」

「私が尊敬する女の人!」

 アルテミスはそう言ってスピードをさらに早めた。

 森を抜けると所々にオリンポスの美しい風景が映る。虹、青空に反射する雲、美味しい空気。まさに楽園だ。オリンポスにはたくさんの神々が住んでいる。アルテミス以外にも。

 アルテミスがやってきたのは森から数キロ先にある池の畔。池の上には花が咲いて、魚が優雅に泳いでいる。その近くに人がいる。茶色の長い髪に月桂樹を形作った銀色の髪飾り、薄水色のなめらかな生地のドレス。

 池の畔に一人でいる女性にアルテミスは声をかけた。

「エウリディケさま・・・」

 エウリディケと呼ばれたその女性が振り返る。アルテミスとは違い緑色の瞳をこちらに向けた。エウリディケは彼女を暖かく出迎えた。

 エウリディケはとても美しい森の精霊。その優しさと寛大さからアルテミスから尊敬されている。そしてアルテミスの兄であるアポロンの息子・オルフェウスの愛妻である。二人は非常に仲睦まじく周囲が羨むカップルであった。

 彼女は池の畔の近くにある家に夫であるオルフェウスと暮らしている。理想の妻というのはこういう人を指すのだろうとアルテミスは考えていた。

「ご連絡もなく来るなんて珍しい。アルテミス、何かあったの?」

「実は・・・」

 アルテミスは昨日のことをエウリディケに話した。ゼウスに人生を狂わされるかもしれないこと、自分は純潔の女神になど決してなりたくないこと、ゼウスに無謀すぎる賭けを挑んでいること、全てを話した。

 エウリディケは驚いていた。ゼウスの横暴だけでなく、アルテミスが賭けを挑んだことにさらに驚いている。

「エウリディケさまは私を醜いと思いますか?」

 アルテミスは直球な質問をエウリディケにぶつけた。するとエウリディケは首を横に振る。

「そんなことあるわけないじゃない。アルテミスは純粋で美しいわ。どんなに容姿端麗でも心の中が綺麗じゃないといけない」

 エウリディケはアルテミスの味方だった。やっぱりエウリディケはアルテミスの一番の理解者だ。だからアルテミスは兄の息子の妻であり、身分的にはアルテミスの方が上でだが尊敬を寄せているのだ。

「エウリディケさま・・・」

「ただ、ちょっとその汚れたドレスはすぐに洗わなきゃダメね」

 エウリディケはクスッと笑う。アルテミスがドレスを見ると少し、土などで汚れているのがわかった。カリストーも気づかなかった、と話す。エウリディケはアルテミスの手を取って立ち上がる。

「あなたが狩猟の女神でアクティブなのは素敵なこと。だけどドレスは清潔でないといけないわ。私のドレスに一旦着替えなさいな」

 アルテミスはエウリディケに手を引かれ、家の中へ吸い込まれていった。カリストーは外で待機をする。あのアルテミスがどんな雰囲気になるのか、楽しみである。

 数分後。アルテミスが家の中からでてくると、カリストーは言葉を失った。

「・・・可愛い」

 カリストーが呟いた。それもそのはず、エウリディケが貸してくれたドレスはアルテミスの魅力を最大限に引き出すものであった。薄い水色のドレスに裾が少し長めで、風が吹くたびに滑らかに広がるフレアドレス。白一色であったドレスから色の入ったドレスを着た時、彼女の印象は一瞬で変わる。

「どうかしら、カリストー」

「すごいです! 雰囲気変わりましたね! エウリディケさますごいです!」

 カリストーも興奮気味でエウリディケを褒める。エウリディケは口元を押さえて微笑んだ。カリストーはそろそろ帰らないと、と言った。アルテミスはもうそんな時間? と返す。アルテミスは着ていたドレスをエウリディケから受け取ると馬に跨った。

「あれ、動きやすい」

 エウリディケのフレアドレスは生地が大きく伸びる。見た目に反してかなり動きやすい。エウリディケはそれにして正解だった、と頷いた。

 そしてエウリディケはそのドレスは少し古いものだからアルテミスに譲ると言った。最初こそ贅沢品だと言って断ったが、自分よりもアルテミスの方が似合うと言ってアルテミスが折れた。

「エウリディケさま。ありがとうございます」

「アルテミス。あなたは醜女じゃない。あなたは変われるの。自信を持って、何かあったらいつでもいらっしゃい」

 エウリディケはそう言った。

 アルテミスはエウリディケに礼を言うと馬を走らせて森へ帰って行った。

 そして馬で風を切って走っている時、ドレスはさらに魅力を増していく。風で広がったドレスが波打ってとても美しいのだ。生地は滑らかなのでその魅力をさらに増してく。

 アルテミスは馬から降りる。カリストーに馬を見ているように頼んで自分は森の奥へずんずんと進んで行く。少し裾の長いドレスのため、森の中を歩くには適していないのかもしれない。アルテミスは裾をつかんで歩き出す。

 森の中を進むとウサギが二羽草を食んでいる。いつもは獲物として追いかけていることが多いアルテミスであるが、今は弓矢を持ち合わせていない。ウサギたちはアルテミスに気づき、草を食むのをやめてこちらへやってくる。

 アルテミスはしゃがんでウサギたちを迎い入れる。

「いつも追いかけて悪いな。そんなに私が好きか?」

 アルテミスの手や腕に顔をすり寄せ、体を擦り寄せる。アルテミスが大好きと言っているかのように。ウサギはアルテミスに全力で甘えてくる。ウサギと戯れているアルテミスを見ている人影が一人いる。

「アル・・・?」

 聞き覚えのある男の声がした。アルテミスが振り返るとそこにはアルテミスと同じ年頃の若者がこちらを見ていた。筋肉のある体に狩人の装束、弓矢を持った若者だ。

「オリオン?」

 アルテミスは若者をオリオンと呼んだ。

 オリオンは海の覇者・ポセイドンの息子である。丈夫な体の持ち主で陸でも海でも歩くことのできる不思議な力を持っていた。アルテミスと同じ狩猟を嗜んでいて、アルテミスとは幼馴染のような関係である。そのため、オリオンはアルテミスを「アル」という愛称で呼んでいる。

「びっくりした・・・」

「びっくりしたのはこっちだよ。どうしたの、その格好」

 オリオンは普段見ないアルテミスの格好に少し驚いている。薄水色のドレスにオリオンの心が少しざわついた。アルテミスはいたって冷静に答えた。

「エウリディケさまにもらったの」

「なーるほど。それなら納得いく」

 オリオンはそう言ったが、アルテミスと過ごしている時間が一番長い彼はどうして彼女がこのような格好をしたのかよく分からない。

 オリオンはそれに関して聞きだそうとするが、アルテミスはたまたまドレスをもらっただけだ、と言った。アルテミスはゼウスとの賭け事をオリオンには言わなかった。オリオンは多少納得いかない気持ちにはなったが、アルテミスが嘘をつくはずがないと考えてこれ以上のことは聞かないことにした。

「そうだ、カリストー待たせてたんだった。また一緒に狩猟しようよ」

「そうだな。今度は俺が大物仕留める」

「それは私のセリフ」

 アルテミスは立ち上がり、ドレスの裾をつかんでカリストーの待っている森の外へ急いで向かった。その後ろ姿を見つめるオリオン。オリオンのそばに先ほどアルテミスと戯れていたウサギが寄ってくる。

 アルテミスが行っちゃったから代わりに遊んでくれ、と言っているかのように。オリオンは仕方ねえなとウサギを一羽抱き上げ、頭を指で撫で始める。ウサギは気持ちよさそうに目を細めた。

「アル・・・。何を隠してやがる・・・」

 オリオンはアルテミスが走って行った先をただ見つめていた。



 カリストーが待っているところへ向かうと遅いですよ! と返答が返ってきた。アルテミスはウサギが可愛くてと笑った。そして森の中でオリオンと出会ったことも話した。

「オリオンさまも狩猟してたんですかね?」

「さあ。でも、弓矢持ってたし目的は狩猟だろうね。ただ獲物を持っている気配はなかったよ」

 アルテミスはそう言った。そうだったんですか、とカリストーも返し、そのまま馬に跨り、家へ戻った。しかし頭の中ではオリオンの言葉が引っかかっていた。


「どうしたの? その格好」


 その言葉にはどんな真意が隠されているのだろうか。アルテミスが結局考えたのはあまりいい方向の考えではない。


 場違いな格好だと思ってるんだろうな。きっとオリオンの反応は万人共通なのかもしれない。エウリディケさまのドレスはエウリディケさまが着るから栄えて美しいのであって、私が着たら逆に違和感を生んでいるんだ。

 よく分かりません、エウリディケさま。


 アルテミスはそう思った。アルテミスの青い瞳は迷いで霞んでいた。

 家に戻り、馬を繋ぐ。日が傾いて夜になり、アルテミスは家の近くにある木に体重を預けていた。

「アルテミスさま。またですか?」

 カリストーが呼びに来た。アルテミスが振り返りごめんね、と声をかけた。アルテミスの隣に座る。ドレスは洗濯しましたから安心してくださいね、とカリストーは告げた。するとドレスがなびいた。まるで池に浮かんだ小さな波のように。

「エウリディケさま。相変わらずでしたね」

「ええ。本当に。あの人こそ、理想の奥さんで美人って言うんだなーって思うよ」

 それは確かに思います、とカリストーも肯定した。だから私にはこのドレスは似合わないと思うんだよね、とカリストーに言うがそんなはずはない、と否定する。その理由を聞くとカリストーはドレスを指差して言った。

「エウリディケさまはアルテミスさまのことをよく知っている方です。その色を選んだのもアルテミスさまに似合うということを知っているからこそ選んだのですよ、きっと」

 そうなのかな、と半信半疑のアルテミス。しかしこの調子ではあっという間に三ヶ月というタイムリミットを迎えてしまう。男っ気ゼロのアルテミスには厳しい戦いだ。

 しかしカリストーは知っている。エウリディケから譲られたドレスを着て馬に乗って颯爽と駆ける姿を何度も振り返る男性を何人も見ていたのだ。

 効果は抜群にある。カリストーの心のどこかで確信がある。しかしこれ以上のことをいうとアルテミスは自分を責めかねないので今は言わないでおこうと決めた。

「そういえば醜女醜女言われてきたけど、オリオンにだけは醜女だなんて言われたことないかも」

「そうなんですか?」

「多分だけどな。言われた記憶がない。もしかしたら口に出さないだけかもしれないからな。よく分からない」

 カリストーはアルテミスの表情が明るくなったのに気づく。もしかして、とカリストーは深く入り込む。

「なんかオリオンさまの話をしている時のアルテミスさま、楽しそうですね」

「そうかな?」

「もしかしてオリオンさまのこと好きだったりして」

 カリストーは割と真面目に聞いたが、誠実で純粋なアルテミスの悪い癖「鈍感」が発動する。アルテミスは首を横に振った。

「それはない!」

 カリストーはえー?! と拍子抜けしてしまう。その理由を聞くとアルテミスはさも当たり前のように答える。

「オリオンは幼馴染。だけど友達なんだよなー。男として見たことはない」

「でもオリオンさまは人柄も申し分ないですし、アルテミスさまとは長い時間一緒に過ごしているじゃないですか。だから私はありだと思うんです」

 カリストーの意見にアルテミスはふーん、と聞き流した。しかしアルテミスはカリストーにあるお願いをした。

「今度、ドレスを作る時は薄水色の生地にしようと思う。どう思う?」

「いいですね!」

 アルテミスも少し容姿を気にし始めた。その第一歩だ。

 しかしアルテミスの身近な存在であるオリオンはただの「友達」。相手がどう思っているのか不明ではるが、きっと彼女にとっても彼にとってもおそらく「恋愛外」。

 アルテミスの賭けは早くも暗礁に乗り上げつつあった。


最後まで読んでいただきありがとうございました。感想&評価等よろしくお願いします。


*この小説はギリシャ神話をモチーフにしたフィクションです、原作に少しのストーリー性をもたせている藤波真夏の思ったギリシャ神話の「もしも」の世界です。


藤波真夏

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