Spica2 The first rebellion
最新話を更新します。最後まで読んでいただけたら幸いです。藤波真夏
Spica2 The first rebellion
翌日。アルテミスはカリストーと共にゼウスの宮殿へ赴いた。アルテミスが日常的に過ごしている森とは大違い。光を浴びて宮殿が光り輝いている。流石、全知全能の神ともいうべきか。
「アルテミスである。父に呼ばれて参りました」
宮殿の神たちにそう伝えると早急にゼウスの耳に入れる。するとゼウスは自分のいる謁見の間に通すように指示を出し、アルテミスは案内された部屋の前に立つ。アルテミスは緊張する間もなく扉をノックし中へ入った。
そこにはゼウスとヘラが玉座に座ってアルテミスを待ち構えていた。アルテミスは二人に礼をする。さて、なんの御用でしょうか? とアルテミスが聞いた。
「よく来たな、アルテミス。お前に頼みがある」
「頼み? あなたともあろう方が珍しい。なんでしょうか?」
アルテミスがゼウスに問いかけるとゼウスがニヤリと笑い、杖を床に勢い良く叩きつけた。ゼウスはアルテミスを見て口を開いた。
「アルテミス。お前には純潔の女神になってもらう」
アルテミスの思考が止まる。ゼウスの言っている意味が理解し難かった。そばに控えていたカリストーはその意味をすぐに汲み取り驚きの表情を見せている。
アルテミスにイエスかノーかを問おうとするゼウスにカリストーが待ってください! と割って入る。
「ゼウスさま! それは本気で言っているのですか?!」
カリストーの言葉は却下されてしまい、ゼウスに言い返しが効く者はアルテミスだけだ。アルテミスはその真意をゼウスに問うた。
「純潔を守るということは婚姻関係を結べないことになる。なぜ私なのですか?」
「簡単だ。お前が、醜女だからだ」
「っ?!」
「その顔では嫁の貰い手はないだろう。だから俺が道を決めた」
アルテミスにこみ上げてきたのは怒りの憎悪だった。アルテミスは珍しく声を荒げてゼウスに猛抗議をする。ゼウスの理由が女性であるアルテミスの怒りのスイッチを押してしまったのだ。
「勝手に決めるな! どうしてそんな理由で純潔を守らねばならない?!」
「お前に拒否をする権利はない。お前は醜女だ」
ゼウスは意見を変えない。アルテミスの怒りはだんだんと積もっていく。カリストーにもアルテミスが怒っているのが分かる。獲物を追いかけるときの好戦的なものではなく、心の底から恨んでいる顔だ。
「醜女でも恋をする権利はあるはずだ。どうしてその権利を剥奪する?!」
「現実を受け入れられないなど本当に図々しい女だ。呆れたぞ、アルテミス」
ゼウスの要求を断固として受け入れたくないアルテミスは睨みつける。その様子を傍観するヘラもアルテミスの言い分も分からなくはない、と告げる。
ヘラもゼウスの浮気癖に呆れていた。その度に嫉妬の炎を燃やし、女性たちを奈落の底へ自ら突き落としてきた。アルテミスもヘラにとってみれば浮気相手の娘だ。しかし、彼女の純粋さに心打たれ、彼女だけには優しく接している。
「アルテミスも年頃。あなただけで決めてはいけないことです」
「お前は黙っていろ」
ゼウスがヘラを牽制する。妻にも意見させないとはなんとも傲慢な男だ、とアルテミスは悔しさを募らせた。ヘラの気持ちに応えるようにアルテミスも黙ってはいなかった。
アルテミスは咄嗟にある言葉をぶつけた。
「条件がある。もし、私に恋人ができたらこの約束、破談にしてもらう」
アルテミスの言葉にヘラもゼウスもカリストーも凍りついた。ゼウスはあまりにも可笑しくて笑いだす。
「アルテミス! 何を馬鹿なことを! お前のような醜女に惹かれる男などいるものか! 夢のようなことを言って俺の言うことを聞かないのか?!」
「私は本気だ! 私のような醜女でも恋人ができて純潔性を失えば・・・、もう約束は果たせない!」
アルテミスにとってみれば賭けだった。彼女自身でも一体どうしてこんなことを切り出したのかは分からない。アルテミスはまっすぐな瞳でゼウスを見つめてきた。まっすぐな青い瞳。この瞳に見つめられれば誰も嘘はつけない。
恐ろしくまっすぐな目だ。
「・・・いいだろう」
ついにゼウスが折れた。ゼウスがアルテミスの押しに負けた。アルテミスはよし! とガッツポーズを心の中でした。しかし安心も束の間、アルテミスが条件を出すならばこちらも条件を出すと言い出す。
「期限を設ける。期限は三ヶ月だ」
「は?!」
アルテミスは抗議の声を上げる。あまりにも短すぎる。あんまりだ、と。しかし最初に条件を突きつけたアルテミスは言い返すことができない。不公平な条件を突きつけられても仕方がない。
「・・・わかった」
アルテミスは苦渋の決断をした。ゼウスがニヤッと笑う。まるで遊戯を楽しんでいるかのようだ。その態度がアルテミスに嫌悪感を与えた。
怒涛の展開にカリストーは固まってしまう。ゼウスは黄金の杖をアルテミスに向けて言い放った。
「お前のような醜女がどこまで抗えるか・・・、楽しみだ。アルテミス」
アルテミスは表情を変えなかった。ゼウスはそう言って謁見の間を後にした。ヘラもそれに続く。謁見の間にはアルテミスとカリストーだけが残された。カリストーはすぐにアルテミスに真意を確かめるために真意をつく。
「アルテミスさま! ゼウスさまに反抗したらどんな目に遭うかわかりませんよ?!」
カリストーの言葉は正論だった。今までゼウスに反抗した者などいない。それにも関わらずアルテミスはそれに異を唱え反抗したのだ。
しかも反抗した内容が恐ろしい内容だった。三ヶ月という短い期間の間に恋人ができれば純潔の女神になるという約束が破談になる。普通なら無理というが、アルテミスはそれを受け入れた。
カリストーの質問にアルテミスは何も答えず表情も変えず謁見の間を出て行った。それをカリストーは追いかけた。
宮殿をそそくさと後にしアルテミスは森へと戻って来た。馬から降りたアルテミスはそのまま崩れ落ちた。力なく流れるように。カリストーが駆け寄るとアルテミスの表情が動揺していた。
「アルテミスさま?」
「あーぁ・・・」
アルテミスは喉からやっと声を絞り出すように話し出す。
「私は・・・馬鹿だ・・・」
アルテミスの口からでた言葉は後悔だった。ゼウスに対する毅然な態度はどこへやら。カリストーはもしかしてその場しのぎで言ったなんていいませんよね? と聞いてみる。アルテミスは言った。
「あいつの言うことが納得できなくて気がついたときには口が勝手に動いてた・・・。純潔の女神なんかになりたくない・・・」
カリストーの悪い予感は的中した。アルテミスの性格が丸見えになった瞬間だ。カリストーは純粋すぎるアルテミスをこれ以上責め立てることはできない。カリストーもゼウスの強引さには難色を示している。
「元はと言えば私が蒔いた種。全部自分でなんとかするから。カリストーは心配しないで」
「アルテミスさま。本気で言ってます?!」
カリストーは恋愛経験ゼロのアルテミスを心配する。無謀すぎる挑戦であるとも。するとアルテミスはカリストーに言い放った。
「カリストーにとってみれば無駄な足掻きかもしれないけど、こうなった以上何とかしてみせる。三ヶ月、足掻いてみせる」
アルテミスはいつもの好戦的な笑顔に戻る。まるで獲物を狙う獣のような。森から風が吹いた。その風はアルテミスにとっての追い風か向かい風か・・・まだ分からない。
夜になった。
アルテミスはカリストーと共に森の中にある家で暮らしている。カリストーは部屋の中にある寝台の上で眠りについた。アルテミスは眠れなくて家の近くにある木にぶら下げたハンモックに体重を預けて弓の手入れをしていた。
森には虫の声が聞こえ、夜空には月と星が輝いている。アルテミスにはそれが眩しかった。普段あげている髪の毛が下ろされて風になびく。漆黒の髪の毛が波打った。
私は醜女だ。醜女は結婚するのが遅くなる。だから、道を決めてしまおう。もしかしたらそれの方が楽で自らを苦しめることはないかもしれない。でも理不尽な理由で人生を狂わせるなんて言語道断。
未来を決める権利を持っているのは第三者じゃない。その人生を生きる者だけだ。だったら醜女は醜女なりに足掻いてみますか!
アルテミスはまっすぐと星を見つめた。星は何も語らないが静かにアルテミスを見守っていた。
一方の宮殿でも星空をみている人物がいる。ゼウスだった。あの誠実で純粋なアルテミスが起こした初めての反抗。ゼウスは予想外であったがそれも面白く感じた。あの純粋なアルテミスがどのように変わり、そして苦しむのか楽しみだ。
「アルテミス。醜女の宿命を背負った我が娘よ・・・。足掻いてみせよ、そして俺を楽しませるのだ・・・」
黒い思惑がゼウスの中でうごめいている。
そんな思惑に包まれてアルテミスは家に戻ることなく、ハンモックの上で眠ってしまった。
アルテミスがゼウスに反抗したその日を境に彼女の人生と行く末を賭けた、三ヶ月が幕を開けた。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。感想&評価等よろしくお願いします。
*この小説はギリシャ神話をモチーフにしたフィクションです。原作に少しのストーリー性をもたせている、藤波真夏の思ったギリシャ神話の「もしも」の世界です。
藤波真夏