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倭王の軍  作者: 讃嘆若人
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第一章 まだ平和であったころの話3

1930年4月19日昼、帝都・筑紫――

 高村に帝都観光の案内をしてもらっていた広野と小林だが、そろそろ昼ごはんの時間となった。

「私は、また焼き鱈子丼がいいですね。」

「・・・・俺は、もう、辛子明太子は食べたくないがな。」

「あれ?あんなに美味しそうに食べていたのに?」

「広野君、あんたの目はどういう構造をしているのか・・・・。我慢して食べていただけだよ!」

「素直でいいね!」

「というわけで、高村さん、別の店をお願いします!」

「いいぞ!博多水炊きを案内しよう!」

 というわけで、3人は水炊き屋へ向かうこととなった。

 高村の後を二人は無言でついていく。道案内をされると無言になるのは広野だけではなく、小林もそうだったようだ。

 歩きながら、広野はいろいろと考える。鬼塚のことも思い出した。

 この国は、立憲君主制国家であり天皇が絶対権力を握っているわけでは、ない。緊急勅令も政府が判断するのだ。

 しかし、鬼塚は高村に対して「『治安警察法』改悪のような悪法を、天子様が認める訳がない」と言った。そんなことはありえないにもかかわらず、だ。

 鬼塚には、恐ろしいものを感じる。そして、彼は正義のためにはいくら手を汚しても、後悔などしない人間だということもわかる。

 最近、鬼塚の姿が見られないというのも、嫌な予感がするのだ。

「よし、着いたぞ!」

 高村が言う。

「博多水炊きは美味しいけん、俺がおごるから安心して食え!」

「おお、ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」








同日、民政党総本部――

 民政党は、帝国連邦全土の各地方に「支部」があり、各連邦加盟国ごとに「本部」を置いており、そして連邦全体を統括する「総本部」が帝都・筑紫に存在する。

 その、筑紫にある民政党総本部の幹事会室で、議事運営の会議が行われていた。

 帝国議会は衆議院と貴族院から構成され、国民の選挙によってえらばれる衆議院は全1590議席である。

 内訳は、九州から500議席、21の大王国から50議席、2の自治国から20議席だ。九州は連邦政府の直轄領であるため、帝国議会の定員も多めに見積もられているのである。選挙制度は一つの選挙区から2人から8人が当選する中選挙区制である。

 民政党は九州においては253議席を獲得し、最大野党の立憲公民党の238議席を超えて過半数を獲得している。しかし、全体を見ると746議席と辛うじて第一党の座は保っているものの、過半数には届かず第二党の立憲公民党の692議席と比べると圧倒的優位とは言っても、少数政党がキャスティングボートを握る状況である。

 過半数を得るためにはあと50議席必要で、民政党に好意的な地域政党である流鬼民政党の12議席、日高同盟の5議席、与党系無所属の14議席を合わせてもあと19議席足りない。そのため、民政党は無産政党(社会主義政党)の社会民衆党(10議席)や革新党(4議席)、耽羅農民党(8議席)と議会運営において協調するようにしていた。

 しかしながら、今回の『治安警察法』改正案には無産政党はもちろん、与党系無所属の政治家の協力も得られない恐れがあった。というのは、この法律は警察の権限を過度に付与することによって政治家の活動が萎縮(いしゅく)しないよう、政党の自律性を尊重する旨の規定が存在するものの、政党に所属しない政治家にとってはそのような規定は無意味だからだ。なお、現在、帝国議会衆議院の無所属議員は与党系・野党系を合わせると、合計20人存在する。

 また、無産政党にとって「政党の自律性を尊重する」等という文言は有名無実のものである。今回の『治安警察法』改正案が議題に上った理由も、無産政党である労働農民党(6議席)に隠れ共産党員が多く所属することが判明したからだ。国家社会主義者が多く所属する山丹農民党(6議席)や九州民憲党(2議席)、沖縄人民党(1議席)、任那社会党(1議席)、百済民憲党(1議席)も強く反対している。また、無産政党ではないが、国家社会主義に近い立場の出雲政友会(3議席)と山東国民党(2議席)や「ハワイ独立」を掲げる白人系移民を母体とする布哇(はわい)自由党(12議席)も否定的な立場だ。

 今回の反対運動の盛り上がりを受けて勢いづいた無産政党9党(社会民衆党、耽羅農民党、労働農民党、山丹農民党、革新党、九州民憲党、百済民憲党、沖縄人民党、任那社会党)は逆に『治安警察法』廃止法案を提出する有様である。この9党を合わせると39議席もの勢力となり、少数与党としては敵に回したくない。

 一方、最大野党の立憲公民党と4議席を有する実業同志連盟は、世論の反対を受けて表向きは反対意見を唱えているが、こちらについては交渉次第では賛成派になる可能性がある。実業同志連盟はブルジョワの政党であるから、内心では共産主義や国家社会主義への弾圧には大賛成であるし、立憲公民党は無産政党の躍進で反民政党票が分裂して政権が取れなくなったという思いがあるから、条件次第では無産政党への弾圧にも賛成する可能性がある。

 これは、言い換えると無産政党を弾圧して得をするのは立憲公民党であって、民政党ではない、という意味でもある。民政党は無産政党のおかげで野党票が分裂して政権を保てているという面もあるし、そもそも民政党内部にも相当数の国家社会主義者がいる。民政党政権は連邦内務省の圧力でこの法案を提出したが、内心では内務省に過度の権限を与えたくはないのだ。

 そのため、民政党内部は内心では『治安警察法』改正案を審議未了で廃案にし、無産政党と議事運営で協力しようとする勢力と、立憲公民党や実業同志連盟と手を組んででも『治安警察法』改正案を成立させるべきだとする勢力とに二分されていた。前者は党の職員や院外団の構成員から支持を受けていたため「党人派」と呼ばれ、後者は政権に近い立場であるから「政権派」と呼ばれた。

 幹事会でも「党人派」と「政権派」との間で激しい議論が繰り広げられていた。

「公民党と組むというが如き主張は、反党行為である!政権派の者は、政権を維持するために党を売り渡すものではあるまいか!」

 こう喝破したのは、党人派の中堅議員である瑞野(みずの)陽介(ようすけ)であった。

「政府に逆らうものこそが反党行為だ!」

「大場総裁に逆らう気か!」

「瑞野はアカか!」

 たちまち、政権派の幹事がヤジを飛ばした。

「そもそも、無産政党と手を組むが如き党人派の議事運営は、それこそ党利党略であり、大義なき野合であります!」

 政権派の若手である波戸本静雄(しずお)がそういうと、「そうだ」「そうだ」と合いの手が入る。

「ほう、波戸本君は党利党略を考えない政党があるとでもいうのかね?」

 党人派の大物議員で民政党副幹事長の金丸光雄(みつお)がそういうと、党人派の人間が大爆笑する。

「まぁ、それは良いとしても、この『治安警察法』改正案にどのような大義があるのか、波戸本君に教えてもらいたいものだ。」

 金丸がそういうと、政権派の議員が「ふざけるな!」「お前はアカか!」と、一斉にヤジを飛ばした。対して党人派の人間が「黙れ!」「内務省の犬が!」「公民党の走狗!」と対抗してヤジを飛ばす。

 幹事会がここまで荒れるのは、民政党結党以来のことであった。

 数の上では党人派が圧倒的多数であったが、政権派は内務省をはじめとする官僚機構をバックにつけて勢力を拡大しつつあった。もっとも、幹事会においては表立っては政権派に正面から否定はしないものの、内心では党人派寄りの人間も多くいる。幹事長の岡村(ただし)からしてそうであった。

 岡村は、時計を見た。もう、午後10時だ。議論が始まったのは午後1時である。

「申し訳ございませんが、既に定刻を過ぎています。明日には明後日の予算の集中審議の準備会合があります。申し訳ございませんが、これにて幹事会を閉会とします。」

 岡村がそう宣告すると、幹事たちは静まって帰る準備を始めた。

 波戸本は部屋を出ると、職員が一人、やってきた。

「今日も宿泊されるのですか?」

「ああ、下手に外に出ると命が危ないからな。」

「党の建物の中でも、生命の安全は保障できませんが。院外団の方に殺されても知りませんよ?」

「さすがに総本部で流血騒ぎを起こすわけにはいかんだろ。まぁ、私も常にピストルを持ち歩いているが。」

「波戸本先生も、激しく党人派を攻撃したりするから・・・・・。全く、そこまでして『治安警察法』改正案を通したい理由が、私にはわかりませんな。」

「日本をソヴィエトのような国にしたくはない、それだけさ。」

「『治安警察法』で捕まった人は、民政党の中にも多数います。党人派の人間がみんなアカだというわけではないのですよ?」

「そうやって職員の皆様総出で党人派への勧誘活動を行っているのは素晴らしいが、私も信念を曲げる訳にはいかないのでね。」

「わかりました。先生の秘書の皆様はもうすでに食事はすんでいます。党の食堂はコックが総出で残業する羽目になっていますが、どうしますか?部屋まで運んだ方がいいですか?」

「そうだな。一人で食堂に行くと、何が起きるかわからない。」

「私は中学校を卒業してから20年間、ここに勤めていますが、まさか党員同士が命がけの議論をする日が来るとは思っていませんでしたよ?」

「命をかけようとしてまで、信念を持つ政治家がいるのはいいことじゃないのかね?」

「まぁ、そうですね。それでは、20分ほどすれば料理が運ばれてくると思います。」

「ありがとう。」








4月20日、出雲国――

 この日、出雲国の新聞社は一斉に朝刊で連邦内務省のキャリア官僚が出雲大社に侵入したことを報道した。

不逞(ふてい)連邦官吏 大社の境内を(けが)す!」

「大社を『土人・賤民の社』と侮辱」

「『大王はアカ』許されざる殿下への暴言」

 各見出しには、村上連邦公安官への敵意を隠そうともしない文言が躍る。

 歴史的な経緯から、出雲国には筑紫への対抗心が根強い。今回の事件は、出雲国の国民の連邦政府への敵愾心(てきがいしん)に火をつけるものとなった。

 記事には村上による出雲国大王や出雲大社への不敬発言や、出雲国住民への差別的発言が多数掲載されたが、その多くは実際には村上が行っていない発言であった。情報源は大社庁の官僚であるが、既に村上の身柄は出雲国内務省へと移されており、そこで取り調べが行われている。

 出雲国内務省は連邦内務省との全面対立を避けるため、マスコミの報道する村上発言が虚偽である旨を説明したが、既に火の着いた世論は止めようがなかった。なにより、情報源が大社庁であれば、内務省と言えども迂闊に手を出せない。


 出雲国内閣書記官室では、官僚たちが頭を抱えていた。

 世論と宮内省を敵に回すか、連邦政府を敵に回すか――いずれにせよ、無傷では済まない。

 出雲国保安省から書記官室に出向している内部(うちべ)博一(ひろかず)参事官は自分の仕事にひと段落着くと、同僚の木佐(きさ)紀夫(のりお)参事官に声をかけた。

「書記官室に出向したら暇になれると思ったら、一気に忙しくなったな。」

「俺たち内務省出向組は元から忙しいがな。」

「ああ、内務省の高等官の皆さんは、どこの役所に出向になってもキャリアを積んで上の役職を目指されるもんな。」

「上の役職を目指さなくてどうするんだ?まさか、内部は30代の若さで天下りでもするつもりか?」

「まさか。俺は保安隊で戦うのが本職だからな。」

 保安省は保安隊を統括する役所である。帝国全体の軍隊は連邦政府が握るが、各加盟国は保安隊と呼ばれる独自の軍事組織を有していた。

 一方、木佐は内務省の官僚で元々は警察の担当である。警察と保安隊は縄張り争いもあって仲が悪い、とよく言われているが、木佐は内部にはライバル心を抱くより、むしろ書記官室において話の通じる数少ない相手として好感を持った。

 内閣書記官室は各官庁から出向してきた人員で占められている。話の合う人間はそう多くはないのだ。

「ところで、木佐さん、こういう問題は内務省の人間が一番詳しいはずなのにみんな黙り込んでいるが、大丈夫なのか?」

 内部は周りに人がいないことを確認したうえで、木佐と喫煙所に入るなり切り出した。

「そりゃ、例の公安官の身柄を連邦政府に引き渡したら宮内省と世論を敵に回すし、引き渡さなかったら連邦政府を敵に回す、そんな状況で迂闊(うかつ)に発言できるわけないだろ。」

「それがよくわからんのだよな。これまで内務省は連邦政府の言いなりだったじゃないか。」

「まぁ、確かに加盟国の自治と言っても形だけだからな。連邦政府、特に連邦内務省には逆らえっこない。」

「それじゃあ、話は簡単じゃないか。出雲国政府が連邦内務省の官吏を拘束していて大丈夫なわけがない、さっさと身柄を引き渡さないと。それとも、我が国の政府は連邦相手に戦争でも始める気なのか?」

「まさか!『出雲国独立戦争』なんか起きたら、歴史に残りそうだがな。」

「そうときたら、俺も保安隊に戻って戦わないとな。」

「残念ながら、君が期待するような戦争を計画しているわけじゃない、もっと単純な話だ。」

「ほう、保安隊に活躍の場は与えないと来たか。」

「あんたらが活躍してると、世界が平和じゃないって事だろが!保安隊には、活躍されちゃ困るんだよ。」

「確かに、そうだな。」

「出雲国政府はな、確かに連邦政府には逆らえない。だけど、俺たちは出雲国大王の官吏でもある。」

「うん?」

「建前だけとはいえ、俺たちは連邦政府の部下ではないんだ。そして、俺たち出雲国政府の官僚は、天皇の臣民ではあっても、天皇の官吏では、ない。大王の官吏なんだよ。」

「よくわからん理屈だなぁ。」

「理屈で考えるから難しくなるんだ。連邦政府の官吏が出雲大社に無断で立ち入るというのはな、例えてみると本家のやんちゃ坊主が分家の仏壇を勝手にこじ開けるようなもんだ。いくらこちらが分家、向こうが本家とはいえ、そう簡単に許せるか?」

「すまんが、俺の家の仏壇はいつでもオープンだ。」

「それなら、あんたの親父が奥さんと喧嘩したと考えてみろ。困るだろ?連邦政府と大社庁の対立は、それと一緒だ。」

「ああ、確かにそれは困る。」

「これは、帝国の危機だぞ?これまで大倭帝国は官僚制と連邦制を大きな柱にして発展してきた。近代化以降は議会政治も重要な要素だった。ところが、今や官僚制と連邦制が正面から対立しているんだ。」

「連邦政府の官僚機構が、連邦制の枠組みを壊そうとしている、ということか?」

「そうだ。元々、官僚は形式的なことを重んじる人種だ。少なくとも、建て前は連邦政府は出雲国政府の自治を尊重してきたし、その表れとして連邦政府の官吏は出雲大社に入ってはいけない、という慣習があった。こうした慣習があるからこそ、連邦政府と出雲国政府は共存できていたんだ。」

「ところが、もう、共存はできない、と?」

「共存ができなければ、帝国は崩壊だ。それだけは防がなくてはならない。だが、連邦政府の横暴を放置しておくわけにも、いかない。」

「何かいい手はあるのか?」

「ないね。」

「思うんだが、君たちは賢すぎて物事を複雑に考えて過ぎちゃっているんじゃないか?」

「どういうことだ?」

「俺は本職が軍人で、士官学校を卒業した人間だからこういう発想になるのかもしれないが――」

「うん?まさか、お前――」

「いや、そうだろ?帝国の崩壊を防ぐことがでいないのなら、一つしかないじゃないか。――どうせ帝国が崩壊するのなら、連邦政府相手に戦争でもしたらどうだ?」

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