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倭王の軍  作者: 讃嘆若人
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第一章 まだ平和であったころの話2

1930年4月19日――

 鬼塚と高村は気前のいい男であった。広野はこの二人に宿泊施設の面倒まで見てもらった。

 東はサモアから西は渤海まで、広大な連邦の各地から活動家がここ、筑紫に集まっている。

 朝、広野が目を覚ますと、まだ朝の5時だというのに外はにぎやかだ。朝から政治活動をするわけではあるまい、各国から集まった男が地元の人間とお祭り騒ぎを繰り広げているだけだ。

「平和だなぁ。」

 広野は、そう思った。『治安警察法』反対運動に集まっている群衆とは言えど、怒りだけで動いているのでは、ない。こうして連邦各地から帝都に集まって楽しむことも目的の一つのはずだ。

「にしても、皮肉なもんだなぁ。」

 広野はボヤいた。いまの民政党政権は、初めての連邦全土で行われた普通選挙の結果、誕生した政権だ。

 それが、こんなに多くの群衆の抗議を受けることになっている。


 大倭帝国連邦は、天皇直轄の「九州」と各地の大王が統治する内秦(うちまさ)国、出雲国、双名(そうみょう)国、日本国、総漢国、荒覇吐(あらはばき)国、日高国、新羅国、百済国、任那国、耽羅(たんら)国、渤海国、山丹国、流鬼国、千島国、角陽国、琉球国、高砂国、典羅(てんら)国、布哇(ハワイ)国、沙望(サモア)国の21の大王国に山東国、南洋国の2つの自治国で構成され、「九州二十三国」と言われている。

 連邦を構成する大王は、皇室の親王と同格とされる。従って、天皇家の下に親王や王がいるように、大王家の下に王や公が存在する。また、天皇家や大王家以外にも、「王」「公」「侯」を名乗ることができる諸侯も存在しており、天皇家・大王家・王家・公家・侯家の者を合わせて「朝族(ちょうぞく)」という。朝族は上級の神官や僧侶、陰陽師らと並んで「神民」と呼ばれてこの国の超上流階級を構成する。

 彼らは、まさに「神聖にして侵すべからず」存在であるから、俗世の政治に直接かかわることはない。貴族と公民(庶民)、雑色人(下層民)を合わせて「良民」といい、現実に政治を行っているのは良民の中でもエリート階級の官僚たちだ。さらにその下に「賤民」と呼ばれる被差別階級が存在している。

 一応、表向きは帝国議会の衆議院では良民による普通選挙が保障されているが、千年以上もの歴史を受け継ぐ連邦政府の官僚機構の力は大きく、また、そもそも賤民には参政権が与えられないといった露骨な差別が存在している。

 また、オセアニアから中国大陸までまたがる帝国においては、当然のことながら民族間の摩擦は存在している。

 前回の衆議院議員選挙において、連邦全土での直接選挙と雑色人も含めた全良民による普通選挙が初めて施行された。その際、民政党は格差是正、差別撤廃を掲げて勝利し、今の大庭内閣が成立したのである。


 広野が宿屋を出て散歩をしてみると、部屋の窓からのぞくよりも騒がしがった。

 日本国の堺から来た活動家が、何かを売りつけている光景も見られる。また、聞いたこともない言語も飛び交う。

 それでいて、どことなく暖かい感じがした。

「おい、そこの学生さん、どこの出身?」

 一人の中年の若干紳士風の男に声をかけられた。若干紳士風と言っても、商売人の雰囲気を出している。

 学生服を着て街を歩いていると、どうしても目立つようだ。しかし、「どこの出身?」と聞くところを見ると、広野以外にも大学生や高校生が多数、筑紫に集まっているのだろう。

「内秦国です。」

「そうか、あの桃太郎の国ですかぁ。それはそれは、では、是非とも、博多名物・明太子丼を食べていただきたい!」

「め、明太子丼?なんか、辛そうですね・・・・。」

「そんなことなか・・・いや、内秦国の方には少しきついかもしれませんが、焼き鱈子(たらこ)丼もありますよ。焼き鱈子丼ならば、そんなに辛くありません。」

「そうなんですか?」

「朝食は食べられましたか?」

「いえ、食べていません。」

「そうですか、それならちょうどよかった、では、ぜひ!」

 見ると、目の前に「御笠(みかさ)(どんぶり)食堂」との看板を掲げた店がある。なるほど、彼はこの店の店長かその一族の者なのだろう。ほかの店よりも若干は上品な感じがする。

「わかりました・・・・。手ごろな値段であれば。」

 朝から高い飯は御免(ごめん)(こうむ)りたい。

 と、まぁ、そういう感じで広野は御笠丼食堂に入った。そこで焼き鱈子丼を注文すると、同じく学生服を着ている一人の男から声をかけられた。

「一緒に食べていいか?」

「いいですよ。」

「俺は総漢国からきたのだが、君はどこから来たの?」

「内秦国ですよ。貴方の名前は?」

「小林和夫(かずお)です。君は?」

「広野道彦です。」

「そうか、広野君、よろしく。」

「こちらこそ。小林さんは総漢国からはるばるやってきたんですね。」

「ああ。活きは陸路で日本に、内秦も通ってきた。」

「そうなんですか!どうでしたか?」

「どうと言われても、鉄道に載ったり沿線で泊まったりしただけだからなぁ。」

「まぁ、そうですよね。」

「帰りしは、出雲国によろうと思っているんだ。」

「へえ、それはどうして?」

「縁結びの神様だというからな、出雲大社に参拝すると良縁があるかもしれない。」

「ああ、なるほど。」

「今回の憲政擁護運動に参加した若者が、ついでに出雲大社によるとあら不思議、現地の女性とデートができたとかいう話がたくさんあるそうだ。」

「それは、遠くから来た人が珍しいのと、政治活動をしに九州まで来た『ついでに』出雲まで行ける若者は金持ちの家の人間が多いからでしょうね。」

「夢のないことを言うなよ。あと、学生はさらにモテるらしい。」

「高校の学生服を着ていると女がよってくることはよくありますよ。総漢国でもそうでしょ?」

 この時代の倭国では、「学歴貴族」という言葉もあるほど、学生はエリートの象徴だった。

「おい、広野、男のロマンを初対面でぶち壊すなよ。」

「すみません。まぁ、だけど、政府へ抗議しに遠路はるばる九州まで来たついでに、出雲にまで行くとはみんな随分暇なんですね。」

「俺たち学生は特に暇だから、ここ帝都に結集しているんだろ。で、帝都に来ても何もすることがないから、宗像大社や宇佐神宮に参拝したり、出雲大社に行ったり、中には九州一周をしたりしている奴も、結構いるらしいぞ。挙句の果てには、連邦全土一周旅行を企画している暇人もいる。」

「それって、憲政擁護運動とは完全に無縁ですね・・・・。」

「学生とは、そんなもんだ。人生、楽しまないとな。」

「人生の無駄遣いにならなければいいんですけどね・・・。まぁ、私も高校はもう、留年する気でいますけど。」

「俺もだ。3回以上留年しなければ卒業できるらしいからな。計画留年、ってやつだ。」

「政治活動をしている学生って、結構計画留年していますよね。」

「ああ。」

 走行話している内に、丼が運び込まれた。

「じゃあ、焼き鱈子丼いただきます。」

「俺は、辛子明太子丼に挑戦だ!」

「多分、死にますよ?」

「うん?何を言っとる!折角博多まで来たんだし、本場の味に挑戦しないとな!」

「辛子明太子は、そもそも、九州ではなく任那(みまな)の郷土料理なんですけどね。」

「なに!帝都の料理ではなく、朝鮮の料理だったのか!?」

「まぁ、九州と朝鮮半島は玄界灘をはさんですぐそこですから。鱈子(たらこ)を『明太子』というのも任那や百済の言葉だそうですよ。」

「そういえば、この憲政擁護運動には任那や百済、新羅の若者も多数参加しているそうだな。」

「ええ、耽羅や渤海からも来ていますしね。朝鮮半島の人はかなりいますね。」

「まぁ、政治活動に熱心な若者がいるのは頼もしいよな。俺たちの同類がいると思うだけで、心強い!」

「政治活動に来るはずが、九州一周旅行ですか。憲政擁護運動のために計画留年したのと、九州一周のために計画留年したのとでは全然違いそうですね。」

「まぁ、俺は九州一周をするだけの金はないがな。それでも、九州一周をして憲政擁護を祈願したりすれば、それは立派な政治活動じゃないか?」

「だけど、貴方も帰りに出雲大社で縁結びのお祈りをするんでしょ?それが果たして、憲政擁護や『治安警察法』と何の関係があるというのか・・・。」

「そう、堅いこと言うなって!今、若い活動家が出雲大社に行くブームが来ているんだ。だから、見ろよ、長期間帝都まで来て活動できるほど暇がある人間は、ほとんどが学生なのに、連邦政府や帝国議会の前で抗議している学生はいることにはいるけど、全体の4割ほどだ。残りの学生運動家は、出雲大社に行っているんだ。」

「その比率は極端というか、4割でも結構多いですけど、要するに、帝都まで抗議に来たのは良いものの、学生にできることはほとんどなかったから、今度は出雲大社に行こう、ってノリなわけですね。」

「そういうことだよ。」

「う~ん、だけど、みんなが行っているのなら私も行きたくなるなぁ。」

「な、そうだろ?みんなそういう感じなんだよ。」

「ところで、小林さんは何年生ですか?」

「一年生の二回目だ。」

「ああ、そうですか。私は幸いにも一年生は一回で済んで、今は二年生です。じゃあ、本来なら同学年なんですね。まぁ、私は今年は留年するつもりでここに来ましたけど。」

「俺もだ。二回ぐらい留年しても大丈夫だからな。」

「・・・・なんか、ヤバい計画ですね。」

 そうこうしていると、一人の男が歩み寄ってきた。

「おお、広野君に小林君!」

「あ、広野君も高村さんの知り合いだったんですか!」

「私も同じことを思っています。」

 出会って数日で世間が狭いことを高校生相手に示しつけた高村は、こう言った。

「暇か?俺は最近、鬼塚兄貴の姿を見かいなから、暇なんだ。せっかくだし、二人を帝都観光に案内してやろか?」








同日、出雲大社――

 連邦内務省警保局保安課に所属する村上義男(よしお)は、連邦公安局に出向中に突如、保安局での部下数名と一緒に出雲への出張を命じられていた。

 内務省の若手キャリア官僚として警保局に配属された村上は、慣例により連邦政府全体の法執行機関である連邦公安局に出向するか、各加盟国の内務省所属の警察に出向するかが、求められていた。内務省と言っても、連邦内務省と各加盟国の内務省の二種類があり、警察は基本的に各加盟国の内務省の管轄下にあるのだが、連邦政府も広域犯罪等に対処するために帝国全体の法執行機関として連邦公安局という組織を持っている。

 なお、九州地方は同じく連邦内務省の管轄下にある警察組織の警視庁が存在する。村上が加盟国の内務省や九州の警視庁ではなく、連邦公安局への出向を選んだ理由はそちらの方が面白そうだったからだ。

 どうせ、キャリア官僚が現場に派遣されるのは数年だけである。ならば、地方での雑用をするのではなく、連邦全体の犯罪を取り扱う連邦公安局の方が断然面白い、ましてや、村上の所属する保安課は思想犯罪やテロリスト、クーデター防止といった国家レベルの大きな事件を管轄するのだから、連邦公安局の方がふさわしいと判断したのだ。

 今回の憲政擁護運動で、警視庁に出向に行った同期は警備の仕事の駆り出されている。そんなことよりも、今、村上に与えられた仕事の方がはるかにやりがいがあるといえる。

「今日も、ですね。」

 部下が言った。

「ああ。」

 今の村上の仕事は、出雲に集まっている噂のある政治活動家や学生運動家の監視だ。国家社会主義や共産主義に染まった活動家が多数、出雲に来ているという噂があった。

「捕まらないように気をつけろよ。」

 村上はそういって、部下と別れて出雲大社に向かう。部下も別ルートで大社に向かうのだ。

 「捕まらないように」というのは、連邦政府の官吏が地方の神社に許可なく立ち入ることは禁じられているからである。なお、出雲大社は特別な神社で、警察権を行使するのも出雲国内務省の警察ではなく、出雲国宮内省の管轄である大社庁警務局(通称:大社警察)である。宮内省は出雲国大王の直属の部署であり、政府からも独立している。

 つまり、出雲大社は連邦政府は無論、出雲国政府からも独立した存在なのだ。これは、古代出雲国の王者であった大国主命(おおくにぬしのみこと)が出雲大社の主祭神であるという歴史的経緯による。大国主命から国譲りを受けて今の大倭帝国が誕生した、という神話があるからだ。

 さて、村上は出雲大社でターゲットを待つ。縁結びの神等ということで、かなり若者が大社を参拝していてすごい混雑だ。これに紛れて国家社会主義者らが連絡を取り合っていることは、これまでの調査からわかっていた。

 村上の人ごみの中で、同じ場所を行ったり来たりしていた。じっとしていると怪しまれるが、動いていると怪しまれない。また、人ごみの中なので上手いこと動けば、村上が同じ場所をぐるぐる回っているなどとは、誰も気づかない。

 と、その時だ。

「お兄さん、そこで何をしているのですか?」

「え?」

 村上が振り向くと、一人の30代ぐらいの男性が身分証明書を見せてきた。

 そこには、「大社庁警務局」の六文字があった。

 どこを怪しまれたのかはわからないが、「怪しいものではありません。連邦内務省の職員です。」というと自己の違法行為を告白してしまったことになる。

 私服警官がいたのか、と自己の不覚を後悔しながら、村上は大社警察の男をスルーして駆け足で人ごみに紛れ込む。

 さっさっさと、人ごみの中を歩き回りながら周りを確認すると、私服警官らしきものがほかにも数人、近くにいた。大社警察もかなりの警戒態勢をしいているようだ。これは、速く大社から抜け出さなくてはいけない。

 と、見ると大社庁警務局の制服を着たものもやってきた。ここで、村上はどうやら自分が大社警察のターゲットになっているらしいことに気付いた。

 それにしても、何も言わずに無言のまま、人ごみをかき分けて近づいてくる彼らは、プロだ。人ごみの中を移動する際にも、ナチュラルな動きである。

 そのことが、村上を焦らせた。彼は、大社から出ようと走り出した。すると――

「おい!待て!」

 一人の若い男が叫んでいる。

「人にぶつかっておいて、無視か!」

 年配の男性の声で「大社で騒ぐものではありません」という言葉が聞こえる。

「おい、お前や、お前!」

 再び後方から若者の声がして、村上はやっと、彼が自分のことを言っていることに気付いたが、その時にはもう遅かった。

「うぐっ・・・。」

「いい加減にしろよ、この野郎!」

 気が付くと、チンピラ風の男が後ろから村上に飛び蹴りを行っていた。

「どうかされましたか?」

 みると、大社警察の制服を着た警察官がいる。これは、不味い。

「こいつがなぁ――」

 チンピラが村上を指さして因縁を語るよりも先に、村上は全速力で走っていた。

「こら!待ちなさい!」

 後ろから大社警察の者が追いかけてくる。村上に周囲の視線が集まった。

「身柄確保!」

 大社警察の警察官が叫ぶ。

「貴方、身分証明書持ってる?」

 答えることなど、できない。

「この似顔絵の人に似ている気がするけど、気のせい?」

 そう言って、彼は村上そっくりな顔をした似顔絵を見せる。

「この人は確か、連邦内務省の人だったと聞いたけど――」

「ああ!俺は連邦内務省の者だ!で、どうするんだ?」

 村上は、開き直ることにした。いくら出雲大社と言えども、連邦内務省に逆らえるはずがない。

 しかし、村上には周囲の冷たい視線が集まる。権力の象徴である連邦内務省の官吏が大社に入っていることに、不快感を覚えない参拝客はいない。

「連邦政府の官吏が許可なく大社に出入りすることは禁じられています。村上義男さん、貴方を『大社法』違反で現行犯逮捕します。」

 最初から村上が連邦内務省の人間だと調べていたらしい。大社警察の調査能力、恐るべし、だ。

 というよりも、これは大社警察による連邦政府への敵意の表れなのかもしれない。

「さあ、こちらで取り調べを行いますので。」

 村上は、大社警察の警察官複数の手によって連行されていった。

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