世にも現実的な学校の怪談 〜人間、オバケなんかよりも怖いものはたくさんあるハズ〜
新設ピカピカの私立高校にだって、七不思議はある。
それを調査するため、俺と枝菜は夜中の学校に忍び込んだ。
時刻はちょうど夜の零時。
本格的な怪談シーズンを後に控え、空気はぬるくて気持ちが悪い。
「わー、夜の学校ってワクワクするね」
「ワクワクはしないだろ」
俺は不気味な闇の広がる校舎を前に、枝菜に答える。
すると枝菜は目を輝かせながら「じゃあドキドキ?」とかわいく冗談を言った。
こんなかわいい顔をしておいて、枝菜はガチのオカルトマニアだ。顔がかわいいから、と下心を持って近づいてきた男子を俺はかなりの人数知っている。
「……いいよねぇ、七不思議……うふふ、ゾクゾクするぅ……」
「好きの方向性が」
そしてその大半が枝菜の本性を知って彼女と距離を置いたことも。
そんなワケで、学校一の変わり者美少女と対等に話せる男子は、物心つく前から一緒にいる俺だけだった。ちなみに俺はオバケの存在は信じない。怪異に対する興味もほぼゼロだ。
でも、枝菜に付き合う時間は決して嫌いではなくて。
こうして、たまーに心霊スポットに付き合うこともある。
「じゃ、準備はいい?」
「おうよ」
懐中電灯を手に、俺と枝菜は裏口から校舎に入った。
肌に感じるのは生温かい空気。しかし同時にどこか背筋が寒くなるような寒気も感じる。日頃から通っている学校とは思えない、いるだけで平衡感覚がマヒしそうな気味悪さ。
非科学的なことは信じない性分の俺でも、本能的な恐怖は感じてしまう。
「最初の七不思議は昇降口で体験できるよ」
「昇降口? ……そうか、珍しいな」
あまり詳しくないから名言はできないが、七不思議というのはもっとこう、美術室とか音楽室とかで起きるものでは……?
「それなんだけどほら、この高校って新設校じゃない? だから古い学校に伝わる七不思議とはちょっと違うんだよね」
「へえ」
七不思議なんて全国どの学校でも似たようなものだと思っていたが、それは違うらしい。まあこの学校が創立二年目ピッカピカの新設校だってのも関係しているらしいが。
そんな風に自分で答えを出して納得していると
「あ、啓くん見えてきたよ。昇降口」
「ああ」
「ここから先は啓くんだけで行ってくれる? なんか、女の子が一緒にいると出てこない七不思議らしいから」
「……まあいいけど?」
男子限定の七不思議ってどういうことだよ、と思いながら俺は昇降口へ。
特に何かやることを指定されていないので、靴箱をパタンパタンと開け閉め。
その、瞬間だった。
「え?」
ゾワッ、と。
今が夏だと忘れるほどの寒気が背中を駆け巡って。
それは、目の前に現れたのだ。
暗い顔をした、女子生徒が。
しかも、一人じゃない。
その数は音もなく二人、三人と増えて。
「か、囲まれた……?」
俺を中心に輪をつくる。
息苦しいほどの圧迫感。
人間の物とも思えないような迫力。
まさかこれは……ホンモノ?
いや待て待てそんなことが起きるはずは。
いやでも突然こんなことになった説明がつかないじゃないか。
そんな風に、パニックになって右往左往していると、最初に現れた女子生徒の一人が、ゆっくりと、口を開く――
『ちょっとさァー、アンタに話あるんだけど、こっち来てェー』
「…………え?」
まったく別のベクトルでパニックになった。
そして気づいた。彼女たちはみんな暗い顔をしていたわけじゃない、と。
顔が黒かったんだ。全員ギャルだったんだ。
俺は余計にパニックになった。
『ほらアケミ、がんばれ!』
『あ、あのっ、わたし!』
しかし状況は待ってくれない。
戸惑う俺をしり目に、アケミと呼ばれた女子が叱咤激励されながら一歩近づいてきた。キリンみたいな付け睫毛の女子だった。
『わたし、あなたのことが好きです! 付き合ってください!』
「いや、ムリです」
俺は即答した。こんな状態で即お断りできたのは、相手が正体不明の怪異的な存在だからというのもあるけど、大部分はギャル女子への苦手意識が原因だ。
『…………ううっ、ぐすっ……ふええ……』
「え? 泣いてる……?」
しかし、俺の即レスは状況を最悪な方向へ導いた。
囲んでいた女子たちが臨戦態勢に入る。
『アケミ泣いちゃった。うわー、カワイソー』
『女子泣かせるとかサイアク。責任とれや!』
『ちょっと好きって言われただけでチョーシこいてんじゃねえぞ!』
そのまま嵐のような攻撃――いや口撃が続いた。
『こんな童貞サイアクキモ男、好きになるんじゃなかった! あたしのトキメキ返せや!』
七分くらい経った辺りで泣き止んだアケミも俺の人格攻撃に加わり始めた。
そのまま理不尽な人格攻撃と一方的な罵詈雑言が一〇分ほど続き、言いたいことを言って満足したのか、ギャル女子五人は『あー、スッキリした。ロイ行こー』と闇の中に消えた。
あまりに突然のことに、俺は床にへたり込むだけだった。
しばらくして、ギャルじゃない女子が俺に近づいてきた。と思ったら何をいまさら、俺をこの場に送り込んだ枝菜だった。
「いやー、すごかったねー」
「…………」
「ありゃ、茫然自失?」
「…………こ」
「怖かった?」
「ああ怖かったよ!」
これまでの人生で一番怖かったよ!
女子生徒がどうとか、急に現れて消えたのがどうとかじゃなく、もっと別の方向性で!
「これで七不思議一つ目ゲットね」
「悪いけどこれ、なんて七不思議か教えてくれる?」
「『女子四、五人に囲まれる』」
いろいろ聞きたいことがあり過ぎる。
一体なんだって七不思議にそんな現実的に怖い状況が含まれ……
キーンコーンカーンコーン
俺が問い詰めようとしたその瞬間、校内放送のチャイムが。
もちろんこんな夜遅くにチャイムが鳴るはずがない。
「おっ、さっそく次の七不思議が来たね」
戸惑い顔の俺と、ワクワク顔の枝菜。
そしてガーガーというノイズに続いて……
『…………くん………………に……なさ……』
この世のものとは思えないような、かすれ声が。
聞く者を呪い殺すかのように怨嗟のこもった恐怖の声色が校内に響く。
そして「聞いてはいけない」という本能の声に逆らって耳を澄まし……
『枡島啓示くん、至急生徒指導室に来なさい』
であることに気づいた。
「…………」
…………なるほど。
なんとなくパターンがわかってきた。
つまり、七不思議の『一部』が現実的っていうんじゃなく。
この学校の七不思議は『すべて』現実的に怖いっていう……
「きゃああっ! 生徒指導っ! 啓くん一体なにやったのぉぉぉぉぉぉぉ!」
「叫ぶような怖さじゃないでしょコレ!」
そして枝菜はこの状況を心から怖楽しんでいた。
「ごめん、腰ぬけちゃった……立たせて」
「どこのどの時点で?」
残る現実的な七不思議は、あと五つ。
★
「さ、次は教室いこ。思ったより怖いねー。ホラーだねー」
「お、おう」
ノリノリの枝菜は、腰が回復したと同時にさっさと教室に向かって歩き出していた。
さっきまでの腰を抜かした表情とはまるで別人だが、いつものことだった。枝菜の中で『怖い』と『楽しい』は紙一重なのだから。
……でも生徒指導室からの呼び出しで腰を抜かすって。
いや怖いけど、実際生徒指導室から至急呼び出されたら。
そう思っている間に暗い無人の教室に到着。適当な席に座る。
「それで次の七不思議は……」
「次は二連発だよー。特に恐怖度が高いから失神しないようにね」
いや、失神って大げさな。
そう思って鼻で笑ったその時だった。
ガラガラッ、といきなり教室のドアが開いた。
反射的に振り向く。
するとそこにいたのは……
『枡島、啓示くん…………』
俺を名指しで呼ぶ、メガネをかけた男子生徒だった。
隣に座った枝菜と顔を見合わせる。少し迷って俺は手を挙げた。
「お、俺だ。枡島啓示は」
青白い顔をしたまま、男子生徒は俺と枝菜に近づいてくる。
そして俺の前の席に座って……
『勉強を、教えて……』
と言い始めた。今のところ、少しも怖くない。枝菜の表情を窺うと『教えてあげなよ』という顔をされたので、俺は枝菜を信じることにした。
「わ、わかった。教科は? 国語? 数学? 美術以外ならどれでも教えられ……」
『…………算数』
一気に雲行きが怪しくなってきた。
「算数……数学だな?」
『ううん、算数』
「そ、そうか」
『百分率』
「……ちなみに一つ聞くけど……偏差値はいくつ?」
『……………………』
聞いて、押し黙られた瞬間、しまったと思った。相手が怪異とはいえ失礼過ぎたか。
こんな失言一つで呪い殺されても困る。必死に弁明の言葉を考え――
『へんさちって、なに?』
あ、こいつマジなバカだ。
枝菜を睨むと「この七不思議は『すごいバカに勉強を教える』だよ」と耳打ちしてきた。
俺はとても辛い気持ちになった。
『ねえ、へんさちってなに? ねえねえねえねえ! ねえってば』
このレベルに勉強を教えるって怖いっていうかほぼ拷問だろ……。
「わかったわかった。偏差値っていうのはなぁ……」
平均点を偏差値『五十』として、平均より高い値は五五とか六〇とかになる。逆に平均より低いと四五とか四三とかになる。点数だけで良し悪しを決めるのではなく、全体と比較して自分がどの位置にいるのかをわかりやすく示した指標なのだ。
三十分くらいかけて丁寧に説明すると、ようやく男子生徒は大きくうなずいた。
『なるほど。要するに一部分が破れた地図みたいなものなんだね』
「そういうことだ、わかってるじゃないか!」
少しも理解できなかったけど俺は空気を読んでテンションを上げました。
『やっぱり啓示くんは頭がいいね』
「そ、そりゃどうも……」
『偏差値一〇〇〇〇〇〇くらい?』
すごいバカはすごくバカっぽく俺を褒めた。
そして『よくわかったよ、ありがとう。僕はこれで消えるね……』と言って消えて行った。算数については聞かれずじまいだった。
結果、ほんっとうにバカだった。
「つ、辛い……」
「おー、いい感じに恐怖してるね。でも今回の七不思議は二連発だよ?」
「……あっ」
「ということで待ってはくれない次の七不思議は……『迷い込んだ外国人と会話する』」
枝菜がそう言った瞬間。
身長二メートルを優に超える黒人男性がぬぅっと入ってきた。
『ヲーモレン、ニーガッ、ダハハハハ』
ドレッドヘアに馬鹿デカいラジカセを担いで俺にハイタッチしてきた。もう怪異なのかそうじゃないのか判別付かないただのヤバい外国人じゃねえか……
「な、ナイストゥーミチュー」
『サプレコーン、カプリオ? ニャージドレッカ!』
英語じゃないと気づいた瞬間、全身から汗が噴き出した。
『プレップニィーオ。サジャーンバリバリィンヌ』
なんか手を挙げて俺に質問をし始めてきた。
「あ、はははは……はは……」
『ウヲウ! ウヲウウヲウ、ナッチュリバッ! シーヤンシーヤンガッ!』
挙句、急に怒り出した。
なにこれ怖い。すごいバカの数倍怖い。
俺はこのままワケのわからないまま呪い殺されるのではないか……
そう思った瞬間だった。
『啓示くーん、そういえば算数のこと聞いてなかったやー。あれ?』
すごいバカが帰って来たーっ!
すごいバカは俺と黒人男性を不思議そうに見つめる。
そして俺たちに近づいてきて……
『ケッハ』
『ヌーッ! ケッハ! ニュ、ケム、クマリェ?』
『クマリェー』
なんか通じてるぞこの二人!?
『ニュリッ、「ピザ」ドップタム』
『ピザ? ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ』
『ニュコムドニッリッ?』
『ニッ? ひざ』
『ムン。ニッリッ……ひじ』
『……オウ、ダムヌーンガッ! ダハハハハ、ヌーウェイ!』
しかも十回クイズでめちゃくちゃ盛り上がってるぞ!?
そしてひとしきり盛り上がり、二人が友情を深め合っていく。最終的には肩を組み仲良く歌いながら教室から出て行った。すごいバカは去り際に『あれー、何しに来たのか忘れちゃった。まあいいや、バイバイ』と最後の最後までバカっぽいことを言っていたが、俺はそのまま黒人男性もろとも立ち去って欲しかったので無視した。
そして教室に俺と枝菜だけが残される。
しばらくして枝菜が疲弊した俺に声をかけてくる。
「それでさ、へんさち、って結局何なの?」
「枝菜、お前もか……」
残る七不思議、あと三つ。
★
「これで六つ目、か……」
「啓くん、もうヘトヘトって感じだね」
「ああ……」
生返事をしながら思い出す。
『男の保健医がゲイ』
『マークシートの回答が最初の段階でズレる』
この二つを経て、俺のライフポイントは底を尽きそうになっていた。
特にマークシート。
実は昔一回やったことがあるだけに、あの頃のどこにもやりようのない気持ちを思い出して俺の精神はガリガリ削られて行った。そして今に至る。
「……それで、七つ目は?」
「啓くんそれ素人発言だよー」
「……ああ、そうか。七不思議を全部知ると死ぬんだっけか」
「そう。まあ、この七不思議は現実的だから死ぬようなことはないけどね」
七つ知っただけで死ぬというのは、まったく因果になっていない。
その辺りまでもかなり現実的にできているようだった。
「じゃあもう終わりか」
「うん、そういうことになるね」
「じゃあ早く帰ろうぜ……早く眠りたい」
「そうだね。あ、ちょっとだけ待っててくれる?」
「どうした?」
「ちょっとお手洗い」
「ああ」
俺は小さく返事をして、枝菜を見送った。
こんな暗くて気味悪い中、よくトイレなんて行けるな……俺だって薄気味悪いぞ。
と、そう思っていると。
ヒラヒラと、俺の頭の上に紙が舞っていた。
「……なんだこれ?」
いくつかの項目と数字が並んでいる。
これはもしかして……健康診断表?
そう思って一つの欄を見て、俺は驚いた。
「コレステロール値……高いな。基準の1.3倍って……」
そのコメント欄は『生活改善が早急に必要です。医師と相談してください』と締めくくられていた。
一体誰の結果なのだろうと思って上を見ると……
『枡島啓示』
「お、俺!?」
俺って健康に問題抱えてるの? 太ってないのに?
しかし、言われてみると暇さえあれば間食をしている気がする。ポテチとか炭酸とか。
太っていないから安心というわけではなさそうだ。
ああ、怖い怖い……
「え、今俺なんて……?」
現実的に怖い、と。
俺はこの結果を見て思ったのだ。
つまりこれは。
七不思議の知ってはいけない『七つ目』……?
「え、枝菜! 枝菜ちょっと来てくれ早く!」
「…………うん、どうしたのー? 啓くんもお手洗い?」
「そうじゃなくてコレ! 見てくれよ!」
俺は枝菜に上から降ってきた健康診断表を見せた。
詳しく説明していくうちに枝菜はひきつった笑みを浮かべるようになり……
「あー……なんていうか…………ご、ご愁傷様?」
「ご愁傷様じゃないよ! どうにかならないのか!?」
「わかってたら早く逃げられたんだけど、もう知っちゃったものは手遅れだもん」
「そんな……」
「大丈夫。さっきも言った通り死ぬようなことはないから」
「じゃあ一体何が?」
「……明日になればわかるよ。言ったって信じてくれないだろうし」
「え、ええー……」
こうして。
俺と枝菜の現実的七不思議ツアーは、もやもやしたものを残して終わった。
★
そして、次の日。
「結局……眠れなかった」
俺は大きなクマをつけて登校していた。
死ぬようなことはないと言われて安心して眠れるほど、俺は図太くない。
枝菜の言うことだから本当に命を落とすことはないだろうが……
そう思っていると、ポケットの中で携帯が鳴った。
枝菜からの着信。俺は通話ボタンを押した。
『おはよー、元気ー?』
「全然元気じゃねえよ……」
『やっぱり気になって眠れなかったんだ?』
「そりゃそうだろ」
『でも大丈夫だよ、今日一日の辛抱だから。がんばってねー』
「? あ、ああ」
『…………ま、わたしは巻き込まれたくないから今日は啓くんに一歩も近づかないけど』
気になる言葉を残して、枝菜からの電話は切れた。ますます混乱するだけに終わった。
どういう意味だ……?
そう思いながら昇降口へ。
昨晩見た昇降口とは違って、人気があり、あまり怖いイメージはしない。
さて一体何が起きるのか……
そう考えて、靴を下駄箱に入れた瞬間だった。
「ちょっとォー、話アんだけどさァー」
俺は、激しいデジャヴに襲われた。
反射的に振り向く。そこにいたのは……鬼盛りギャルが、四、五人。
そして……
キーンコーンカーンコーン
その音が聞こえた瞬間、痛烈にイヤな予感が現実味を帯びてきた。
『枡島啓示くん、至急生徒指導室まで来なさい』
そして、俺の予感は現実に変わり。
「啓示くーん、小数点って何点からのことを言うのかな?」
「クマーン! ダリュソニックソッス! ベーヤン!」
「なあ啓示クン、よかったら午後の授業抜けて保健室に来ないかい? ぬふふふ」
「おーい枡島。お前この前のテスト、マークがズレて赤点だぞー」
「枡島くん、ちょっといい? 若年性脂肪肝の恐れが……」
「ぎゃああああああああああああああああああああああっ!」
俺はあまりの衝撃に卒倒し、七不思議を心の底から恐れるようになった。
七不思議をすべて知った者に課される罰、それは……
『次の日、全部現実になる』
終わり