鳳 司の事情
会長視点です。
「司さん、ちょっと宜しいですか。」
夏休みも終わって暫くした日のこと。
会社にいる父に用があって出向くと、その帰りにさくらさんの兄、誠司さんに引き止められた。
帰りがてら話しましょう、と誠司さんの運転する車に乗り込む。
自分も年の割には落ち着いているほうだと思うが、この人が醸し出す大人の余裕には遠く及ばない。
さくらさんはきっとこの人に大切にされているんだろう…
どこかぼんやりと考えている間に車は走り出す。
少し他愛もない話ーーといっても他の人間にはちんぷんかんぷんであろう経営のことーーを話した後、ようやく切り出された話題は、やはり。
「さくらのことなのですが。」
久々に聞く名前に知らず体が硬くなる。
「最近何かありましたか?痩せて本来の自分に戻ったのに、なんだか元気がないんです」
あのお見舞いの日から、さくらさんには会っていない。
「さぁ、僕は何も…」
「そうですか」
じっとこちらを見つめる瞳は心の奥底を覗かれているようだ。
「妹を泣かせたら、社長のご子息とか関係なくぶっ飛ばしますよ」
目が笑っていない。猛禽類の獰猛なオーラをまとう微笑みに、この人を怒らせたらやばいと本能が告げている。
別の意味でも体が強張ってくる。
「じ、実は、会うのが怖くて暫く会ってないので。本当にわからないんです」
「…怖い、とは?」
「僕の母は病の末、帰らぬ人となりました。痩せている女性を見ると、病気で痩せ細っていった母と重なってしまって…」
だから僕はふくよかで健康そうな人の方が安心するんだ。
病院で見たさくらさんが、亡くなる前に入院していた時の母親に一瞬ダブって見えてしまった。
本当は、会いたい。
ハッキリと意見を言う鈴のような声、子供好きな優しさ、恥じらいながら怒ったりくるくる変わる表情、近くで眺められたなら。
でも、次にまた母と重ねてしまったら、もう会うことすら苦しくなってしまうかもしれない。そう思うと、恐怖で凍りついてしまいそうだ。
考えただけで震えそうになる拳を強く握り締める。
誠司さんが何かを言おうとしたその時、彼の携帯に着信が入った。
「と、電話だ。…あれ?……司さん、すみません運転中なので出てもらえますか」
僕に頼むということは、父からの電話なのかな?
そう思って電話口に耳を当てると、
『…あ、お兄ちゃん?いま帰り道なんだけど、なんかつけられてるみたいなんだよね。』
聞こえてきたのは久しぶりのさくらさんの声。
伝えてくる内容はのっぴきならないものだった。
次くらいで終わります