1−2 琳
男どもが敗走するのを最後まで確認した後、晴が店の中へ戻ると、
「晴くんすっごーい!!」
向けられる満面の笑み、そして体を包む柔い感触。
「わっ、ちょ、」
琳は駆け寄って来たかと思うと、そのまま晴の胸に飛び込むように抱きついてきた。
「ちょっと、琳さん、何を……」
「すごいよ晴くん!大人三人に、しかもあんな怖そうな人たち相手に、ラクショーで勝っちゃうなんて!」
思わず狼狽する晴を無視して、琳は興奮冷めやらぬ口調で言う。
家の中にいた琳も、いつの間にか店の外へ出て、経緯を見届けていたようだ。
「いやぁ、楽勝って程では……。それに、大人相手とは言っても、僕ももう19ですし」
「そんなことない!謙遜だよ!晴くんホントにすごかった!カッコよかった!あたし、晴くんの動き見てて、痺れちゃったもん!」
「そんな大げさな……」
「大げさじゃないよ!本当だよ?急に体の奥のほうが熱くなってきて、お腹の中がぞわぞわぁ~ってしてきて、なんか分かんないけど、涙が出ちゃいそうになったりして、えーと、それから…………」
晴を映し込む琳の瞳は、興奮、快感、憧憬、恭悦、親愛……、その他諸々の感情が無秩序に主張し合い、キラキラと煌いていた。
そして、琳は晴の胸に顔を埋めて、より強く、ぎゅっと抱きしめてくる。
「ちょ、あの、琳さん!?」
あまりに人目を憚らない琳の行動に、晴はそわそわ、そしてどぎまぎする。
と言っても、ここは琳の家なので、琳にとっては憚る人目が無いのかも知れないが、晴にしてみれば、開店準備をしている琳の実母の目が非常に気になるところだ。
引き離すことも抱きしめ返すことも出来ずにいると、
「本当に、よかった……。無事で、何もなくて、良かった……」
胸の中で琳が小さく言った。
晴はその小さな頭を、そっと撫でる。
「無事だったのは、琳さんのお陰です」
「ええっ、何で?あたし何もしてないよ?お店の中で隠れて見てただけだし……」
「そんなことない。あの時……僕が鉄パイプで殴られそうになった時、琳さんの声が僕を助けてくれたんです。琳さんの声が無かったら、僕は今ここに立ってすらいなかったかもしれない」
「え、えっと、それは……なんていうか……勝手に、言葉が出たの」
「勝手に?」
「そう。……あたし、晴くんたちの動きとか、全然目で追えないし、それに、相手がピストルを出してきたとき、もう、なんか頭が真っ白になっちゃって……。でも、その後、晴くんが殴られそうになった時、何でもいいから何かしなきゃって思って……。そしたら、何でか自分でも分からないけど、体の中から声が出てきて、それで……」
早口に言葉を紡ぐ琳の頭に、晴はもう一度手を乗せた。
「ありがとう」
「そんな、ありがとうなんて!晴くんはありがとうって言われる立場なのに……」
「いいんです。僕がお礼を言いたいんです」
「じゃ、じゃあ……晴くんもありがと」
「ふふっ、これでおあいこですね」
にっこりと微笑むと、琳は気恥ずかしそうに目を逸らし、少し赤くなった。
「アンタら、いつまでそこで乳繰り合ってる気だ」
「ひゃぃっ!?」
声と共に琳の体が大きくが跳ねる。
「り、理詠花さん!」
気が付くと、琳のすぐ後ろで、理詠花が胸焼けでも起こしたかのような顔をして立っていた。
「お母さん!いつの間に!」
「何が『いつの間に』だ。……二人の世界に没頭するのは構わないけど、やるなら家の中でしたまえ」
「や、べ、別にそんなんじゃないって!!」
否定の言葉を発してから、自分の科白と行動が矛盾していることを悟り、琳は慌てて晴の体から身を離す。
遠ざかる温もりは、やはり少し名残惜しかった。
「あたしはただ晴くんが無事でよかったって思って……」
「はいはい。もういいから、さっさと家の中に入りなさい。そんな所に立っていられたら、店が開けられないだろう」
邪魔邪魔と、理詠花にせっつかれ、二人はそそくさと家の中に戻った。