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英雄奪還異世界戦線 -異世界人曰く、この娘は俺の妹らしい-  作者: あおきりゅーじ
一章 目覚め
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1−1 諍い⑤

「後悔させたる言うたな!その意味、たった今、理解()からせたるわ!」

リーゼントが怒鳴るのと、琳が叫ぶのは全くの同時だった。

「晴くん!!後ろー!!」

琳の声が、張り詰めた空気の中を一直線に飛んでくる。

その声でようやく気が付いた。背後に感じる人の気配、明確な敵意。

晴は慌てて振り向いたが、遅かった。

思い切り振り下ろされた鉄パイプは、既に晴の眼前にまで迫り――


その場にいた全員が、同じ光景を見た。


ゴォン、という鈍い音。

晴の額に直撃した鉄の棒は、その衝撃で大きく湾曲する。

グギリ、といやな音がして、晴の頭部は異常な向きへ曲がる。

その額から飛び散った鮮血が、アスファルトに赤い雨を降らす。

晴の四肢からは力が消え、重力に抗うことさえも出来ない。

そして、静かに足元の血溜まりへと崩れ落ちて行く。


琳も、理詠花も、リーゼントも、鉄パイプを振り下ろした角刈りも、殴られた晴でさえ、脳裏にそのビジョンを共有した。


晴は、確かに、一度負けた。


――鉄パイプは地面へ突き刺さった。


皆が目を疑った。

鉄柱の餌食になるはずの晴の体は、気が付けばアスファルトに生える鉄棒の上にあった。

どうやってそれを避けたのか。それを理解できた者は誰もいない。

ある者の目には、晴の体が瞬間的に消え失せ、次の瞬間にはまた顕れたように見えた。

ある者の目には、晴の体がグニャリと変形し、鉄パイプの軌道を避けたように見えた。

ある者の目には、晴の体が実態を失くし、鉄パイプが晴の体をすり抜けたように見えた。


数多の錯覚が交錯し、最後に残ったのは、晴の確定的勝利という歴然たる事実だけだった。


角刈りの顔面に左腕の突き、みぞおちに右腕のエルボーが突き刺さる。

「っぬご!」

声を上げた角刈りは、今度こそ完全に気を失った。

晴の鋭利な視線が残った最後の敵を射抜く。

「ひぃっ……」

鬼の目。

先程までの柔和な好青年の顔ではない。

それは紛れも無く、軍場(いくさば)に身を置く戦士の顔だった。

狂戦士は、紅い目に敵を捕らえたまま地を蹴り、風を切って猪突する。

もはやその敵に戦意が無いことも、今となっては勘案の埒外にあった。

徹底的に叩き潰す。拳はその目的のみを乗せて、リーゼントの顔面に――


「そこまでだ!」


――あと1センチのところでピタリと止まった。

パンチの風圧が、自慢のリーゼントをめちゃくちゃに掻き乱す。が、『待った』の声が、もう0.1秒遅ければ、崩れるのは髪型だけでは済まなかっただろう。


「そこまでだよ、晴くん」

「理詠花さん……?」

「それ以上、手を出してはいけない。見たまえ、そいつの(ツラ)を」

見下げた男の、自分を写すその目が、恐怖に支配されていることに、晴はようやく気が付いた。

「もういい。もう、勝負はついた」

理詠花の静かな声が晴の狂気をそぎ落としていく。

晴がしぶしぶ拳を下ろすと、リーゼントは膝から崩れ落ちその場にへたり込んだ。

「晴くん。気持ちは分かるが……大切なことを忘れてはいけない」

「大切なこと……?」

「そう。戦う上で大切なことだ」

晴を見る理詠花の目は真剣そのものだった。

「……何ですか?その、大切なことって……」

「それは…………『目の前の敵を、本当に斃すべきなのか、否か。』それを常に考えることだ」

「倒すべきか、否か……」

その意味を正しく理解しようと、晴は理詠花の言葉を反芻する。

目の前の男は、本当に倒すべき相手なのか。――晴には、Yes以外の答えが見つからない。

「無為な戦いは避けるべきだ。でなければ、お互いに取って不幸な事が起きる」

理詠花は、晴に言い聞かせるように続ける。

「なぜならば、」

理詠花は無表情のまま、晴が蹴散らした二人の大男を指差し、

「倒した敵は、『ゲームのように自然消滅』などしない」

「………………へ?」

「分からないか?全員を伸してしまったら、この木偶の坊どもを片付ける人間がいなくなるだろう?」

「…………」

「移動させようにも、捨てる場所を私は存じない。それに移動させる手段もない。ウチにある台車には全員は乗らないだろう」

「…………」

「かと言って、放置していてはお客が気味悪がって寄り付かなくなるし、厄介なことになるやも知れない。それはそれで困る」

「…………」

「だから、この男は無傷で返すべきなんだ。分かったかい?」

絶句するより他なかった。

“一体、何の心配をしているのだ、この人は……!”


若干拍子抜けしつつ、晴は腰の抜けたリーゼントに、

「良かったですね。理詠花さんが慈悲深くて」

晴が近づこうとすると、リーゼントは顔を引き攣らせて「ひぃっ」と悲鳴を上げる。

確かに、この男には拳をくれてやる価値すらない。

「じゃあそういうことなんで、そろそろお仲間を連れて帰ってもらえますか?店の前に居られると迷惑なんで。あと、また懲りずにウチに手出しをするようだったら、次はアンタの無事も保証はしませんからね」

リーゼントは、もう何も言い返してこなかった。

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