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4−5 異能の力―風―

「理解したか?」

心中を気取られたか、アラドは余裕に満ちた笑みを浮かべて言った。

「所詮お前はこの世界では凡人(ノーマル)。いや、それ以下の無能(ギフトレス)でしかない。お前が世界を貶めた能力も、この世界(ここ)では、俺の前に開くことすら出来やしない」


アラドは再び、燃え上がった真紅の剣を天高く掲げた。それは、またあの攻撃が来るという合図でもあった。

“避けるしかない……!”

間合いを詰めてこちらから攻撃することは敵わない。

逆に、相手の間合いの外まで逃げるという手もありそうだが、剣の届くはずのない距離から攻撃できる相手をして、そもそもどこまでが間合いかも分からない。身を翻し、背を見せるのは危険すぎる。

ならば、やはり先ほどと同じく、全ての注ぎ込み、相手の攻撃を避けるしかない。

ほとんど目にも止まらなかった攻撃だが、先ほどは辛うじて躱すことができた。

早くなる動悸を必死に抑えて、集中力を高めつつ、晴は立ち上がる。

――と、晴はそこで初めて気がついた。

自分の左脚に、全く力が入らないことを。

“うそ……だろ……”

最初の熱波を受けたせいなのか、まるで踏ん張ることができず、立ち上がろうにも立ち上がれない。

これでは飛び去るどころの話ではない。

“くそっ……動け……動け!…………動け動け動け!動け!!!”

必死の命令にも脚は応答せず、沈黙のままぶら下がっているだけだった。

そんな晴の様子を嘲笑うかのように、アラドはクククと嗤い、

「思い知れ、絶望を。」

刀身を真っ直ぐと振り下ろした。


――眼前に迫る真紅に、晴は死を悟った。


 烈ッ

大気が唸る音がした。

同時に猛烈な風の塊が場に吹き荒れ、打ち当たる烈風に晴は思わず目を伏せる。

空気の渦は瞬く間に消え、場は刹那に()ぐ。晴は目を開けた。


――銀色。

開目し、頭に真っ先に浮かんだ印象はそれだった。


いつの間にか、へたり込む晴の目の前には一人の女性の姿があった。

腰の下まである長い髪。美しく麗しいその銀髪は、陽の光受けて、キラキラとした煌めきを放っていた。


「何の真似だ!5thフィフス!」

アラドが声を荒らげる。睨み殺さんばかりに目を剥き、その視線は目の前の女性に向いていた。


彼女は、晴とアラドの一直線上に、二人の間を割って入るように立っていた。

晴に背を向け、怒気を放つアラドと正対している。


「邪魔だ!今すぐそこを退きやがれ!さもねぇと、テメェごと消し炭にするぞ!」

強い威圧感を放ち、アラドの怒号が響き渡る。

しかし彼女は微動だにしなかった。

落ち着き払った顔をし、その深い藍色の瞳でアラドをジッと見ている。


よく見れば、その彼女はまだ少女のようだった。

やや幼さが残る顔立ちは、15,16の年の頃を想像させる。

それでいて、はっきりとした目鼻立ちの実に端整な眉目であった。


その身に纏っているのは白と濃い青を基調とした隊服。アラドが着用しているものと酷似している。

さらにその両手には1本の剣が握られており、アラドの物とはまた異なった、細身で純白の剣だった。


晴でも気圧されそうなほどのアラドの圧力にも、少女は顔を歪ませることなく、

「…………この人に、手出しはさせない」

少し低い、とても落ち着いた声で言い放った。


「はァ!?何言ってんだテメェ!!自分の口にしてることが分かってんのか?テメェの真後ろのいるのは、俺たちの世界をめちゃくちゃにした大悪党なんだぞ!?数えきれない程の同胞の仇なんだよ!分かったらさっさとそこを退け!」

少女は何も答えず、また、アラドの命令通りに立ち退くこともなかった。


「……チッ。意地でも退かねえってんなら、仕方ねェ。そんなに炭化したいなら、お望み通り、テメェごと丸焼きにしてやらァ!!」

アラドの剣が瞬時に燃え上がる。と同時に振り下ろされ、炎の塊が少女と晴を目掛けて放たれる――


「……ッ!」

小さな音吐と共に一薙ぎされる少女の剣。そして巻き起こる一陣の烈風。

その太刀風は一瞬にしてアラドの放った炎弾を掻き消した。


「すごい……」

思わず晴は感嘆した。形容しかねる尋常なる力と技を前に、敵も味方もなく、素直にそう感じたのだ。


「風……。俺の炎を掻き消した……。クク、そうか。さっきそいつを守った烈風も、やっぱりお前の仕業だったのか」

アラドはクククと不気味に嗤い、左手で目元を覆って天を仰ぐ。

「紛れもない裏切り行為。任務の妨害をした上に、仲間に剣を向けるっていうのはそういうことだよなぁ……。それはつまり……」

アラドの冷笑が止まる。そして、


「つまり、お前は俺の敵。つまり、ぶっ殺してもいいってことだ」

血走った目玉を剥き、裂けんばかりに口角を上げて笑んだ。

その形相に、晴は血の気が引くのを感じた。


「もともとテメェは気に食わなかったんだ。ガキのくせに生意気でよぉ。命令無視もしょっちゅう。なのにいつもお咎めなし。いつかぶん殴ってやりてぇとは常々思っていたが、これは僥倖、僥倖。いまなら、全力の一撃を叩き込もうが、さばいてハラワタ散らそうが、打ち砕いて脳髄噴かせようが、いて骨まで蒸発させようが、なにしたって軍務違反にもなりやしねぇ。なにせ、なにせお前は、俺の敵なんだから」

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