4−5 異能の力―炎―
「お前、今なんつった?」
アラドは意外にも晴の挑発に敏感な反応を見せた。
眉尻を吊り上げて、整った眉目の奥に真っ黒な瞳孔を光らせている。
「『どうして』、だって?俺たちの『目的』が分からない?……それって、自分の鼻っ面に刃が向けられてる理由が、皆目見当が付きません、とでも言いたいわけ?」
晴の言葉を復唱し、アラドはその語尾に明確な怒気を滲ませる。
アラドは、いとも容易く晴の思惑に乗ってきたということになる。
しかし、その怒りは、晴が想定していたものとは、毛色も、矛先も、まるで異なったものだった。
「こっちこそ聞きたいね。『どうして』、お前がそんなことを問える?他でもないお前が。……んなこと、テメェの胸に聞きゃあ大体判るだろうがよ」
「……? なにを……」
「なんだ、そのすっ呆けた顔は。……おいおいまさか、忘れたってか?自分が世界に犯した罪を?あれ程の大戦災を?たかが隣の世界に逃げ果せただけで、テメェの罪からも逃れられたと思ってんのか?あァ!?」
アラドは語気を強め、表情や言葉尻から漏れる殺気を一切隠そうともせず、アラドの脳内を憤怒と苛立ちが侵食し支配しつつあることを、有り有りと物語っていた。
対する晴は、予想だにしない怒りの熱量と、謂れの無い罪に怪訝を隠し切れない。
罪?戦災?隣の世界?逃げた……?一体何の話だ。身に覚えがないにも程がある。
人違いなのか。アラドの記憶違いなのか。
いや、それともあるいは晴の記憶が消失しているせいなのか――
「いいぜいいぜ。忘れたってんなら、思い出させてやるよ……」
そして、そんな晴の様子がより一層アラドの怒りを沸き立たせた。
アラドは、それまでの中段の構えを止め、剣を頭よりも高く上げて上段の構えを取った。
刀身を垂直に、剣先を天に刺す。
胴はがら空きに見えるが、そこを突かせる隙は寸分も無い。
禍々しささえも感じさせる気迫が、明確な制空権となってアラドを取り巻いている。
「苦痛と恐怖で理解からせてやる……ッ!お前らが、同胞に!世界に!!何より、俺たちの未来に犯した罪をなァ!!」
アラドの怒号に怯えるかのように、大気が大きく震え、ビリビリとした振動が晴の内臓にまで伝播する。
それは、先ほどまでの狂喜に捻じ曲がった気迫とはまた違う、怒りを携えた真っ直ぐに突き刺さる殺気だった。
『目覚めろ!Spyrol―スパイロル!』
地を裂くようなアラドの咆哮に狂わされたかのように、突き上げられた剣を中心にして、周りの空気が激しくうねる。
“な、なんだ……”
余りの威圧に、晴は我知らず後退りをしてしまう。
それは、何か得体の知れない大きな力が、輝く白銀の刀身へと集約している様を体現しているように感じられた。見えない渦の中心の刃が、空間から活力を吸い上げている……そんな感覚だった。
そして、白銀の剣の腹に真紅の紋様が浮かび上がる。
それは無数の渦紋、あるいは、乱れる流体、またあるいは、連なる陽炎を思わせる。
「上層部からは殺さず捕獲しろとのお達しらしいが……残念、作戦は失敗だ。『捕獲対象は発見時には既に死亡。残っていたのは、真っ黒な消し炭となった焼死体のみだった』……上が得るのはこの情報のみ」
アラドはその場に直立したまま、両手で柄を強く握り込んだ剣を目にも留まらぬ速さで振り下ろした――
「!!」
同時に赤色の何かが高速で自分に迫って来るのを感じ、晴は咄嗟に横へ飛び退いた。
「痛っ……!」
左足に激痛が走る。
直後、そこに熱砂に半身を獲られたかのような感覚を覚えた。
思わず晴はその場で片膝を着く。
見ると、着用しているジーンズの裾とスニーカーが、左足の方だけ少し黒く変色をしている。ジーンズに至っては裾がボロボロと崩れ落ちて、晴の素肌が見えている状態にまでなっていた。
そこに漂う、先程までは感じなかった異臭がする。物が焼け焦げた時の独特な臭いだった。
そして晴は今この一瞬で起こった事を理解し、同時に自分の理解を疑った。
“焼け焦げた……?焼かれた……ってのか……?”
今なら分かる。自分が左足に受けた痛みは、間違いなく火傷による痛みだ。
「あーあーあー。無駄に避けちゃって。苦痛な時間が続くだけだぜ?」
口元だけで笑むアラド。
その足元からは、ちょうど晴のいた位置の真後ろまで、一直線の亀裂が地面を走っていた。アスファルトが高温によって変形を起こして捲れ上がったことによるものだった。
更に驚愕すべきは、アラドの立ち位置が一切変化していないということだ。
手にしている長剣は、先刻までの様相から一変し、その刀身に真っ赤な炎を纏って、火柱のように燃え上がっていた。
その場から一歩も動かず、剣を振り下ろすのみで、離れた位置に尋常ならざる熱量を帯びた剣戟を浴びせられる力。
目の当たりにしたアラドの能力を正しく認識すると共に、晴は愕然とし、絶望した。
“勝てない”
勝ちようがない。
突き付けられたアラドの非現実的な能力は、常人の中で秀でているだけの晴の強さとは、明らかに一線を画すものだった。
異常。
物理法則を超えた力。
理解の範疇を遥かに凌駕した技。
いくら脳内を巡らせて打開策を考えようとも、浮かんだ次の瞬間には、目の前の燃ゆる剣によって策の根底から焼き焦がされてしまう。
アラドの力は完全に晴の発想の外側にあった。




