1−1 諍い②
店先では3人組の男と、それと対峙して1人の女性が門番よろしく仁王立ちをしていた。
男どもと睨み合っている女性の仏頂面は、琳の母、神崎理詠花のそれに相違なかった。
上半身は真っ白な無地のTシャツ、下はデニム生地のショートパンツという、動きやすさと夏の暑さ対策を兼ね備えた肌色多めの服装には、30代半ばという年齢を感じさせない若々しさがある。
並の男ならば、その剥き出しの腿や、Tシャツから見え隠れする鎖骨に、あるいは胸の谷間に自然と目が行ってしまうというものだ。
だが、理詠花があえて必要以上にラフな服装をしているのは、客の視線を集約し、篭絡するためではない。
今訪れている客が、理詠花にとって、身なりを正すに値しない人物である、ということを暗に示している。
そのことは、気怠そうな表情からも見て取れた。
「わざわざ朝っぱらから出向いてもらってご苦労だが、」
男たちに向かって、理詠花は面倒くさそうに、
「君たちと話す事など無い。お引取り願えるかな?」
しかし毅然とした口調で言った。
「ふん。そんな願いに『はいはい』と応じる訳にはいかんなぁ」
3人組の内の1人が理詠花の言葉を一蹴する。
痛々しい光沢のある銀色のスーツを身にまとい、ポマードで固めたリーゼントをテカらせたこの男が、この3人のリーダー格だった。
「こっちもこれが仕事や。アンタが素直にワテらに従うっちゅうまでは帰れん。分かるやろ?」
リーゼント男がそう言って凄むと、後ろにいる2人もそれに倣って理詠花を睨む。
『和柄Tシャツを着たいかり肩の角刈り』の男と、『アロハシャツを羽織った肥満体型の丸刈り』の男という、如何にも「風貌で相手を威嚇したい」という魂胆あり気な取り巻きだった。
「知らんね。君たちの事情など」
どう見ても堅気ではない大柄の男たちに囲まれてなお、理詠花は少しも怖気づく様子はなかった。
男たちは、みな『弁天組』の使い走りだった。
弁天組は古風な地上げ屋で、目的を達成するためには、少々強引な手を使うこともいとわないと言う特徴から、昔からこの界隈では(主に悪い意味で)有名だった。
そんな弁天の人間が、理詠花の営む雑貨店、『Magi・Regal -マギ・リーガル-』に初めて訪れたのは1週間前のことだ。
7日間の内に再三と訪れて来た弁天側の要求は、案の定、店の立ち退きだった。
「何度来られようが、君たちの要求には応じられない」
「チッ……。アンタも聞き分けあらへんのう、神崎はん」
リーゼント男はイラつきを露わにして、
「ワテらはアンタの承認なんざ求めとらんのじゃ。これは命令や。四の五の抜かさず早う立ち退いてくれるか」
「前々から言っているが、それは無理な相談だ。この場所は黄桜さんからお借りしている土地だからね。黄桜さんに命令されるなら未だしも、君たちのような『どこの馬の骨とも分からない』ような輩に、おいそれと渡すわけにはいかないんだよ」
「アンタ、話聞いとらんかったんかぁ?アンタがさっきから『黄門様の印籠』みたいに口にしてるその黄桜が、こないだウチの傘下に入ったんじゃ。つまり、この土地はワテら『弁天』のもんも同然。分かったら、こんなカスみたいな店、さっさと畳んでとっとと去ねや」
「理論が破綻してるな。君、論理的思考を事務所に置き忘れて来たんじゃないのか?」
「んだとこのアマァ!!」「ナメた口利いとんちゃうぞ!!」
後ろの2人がずい、と前に出て、大声で理詠花に怒鳴る。
鼓膜から直接相手の本能的恐怖心に訴え掛けんばかりの罵声だが、理詠花は一切怯まず、むしろ失笑して、
「組の事情などまるで関係ない。ここは黄桜さん本人から直々にお借りしているんだから。それに、私はこの店を辞める訳にはいかない。黄桜さんへの借りを返すためにも、キチンと稼がなければいけないんだよ」
「はぁ?銭を?稼ぐ?こんなクソしょぼくれた雑貨屋でか? ハッ、とんだお笑い種やな」
今度はリーゼントの方が笑止とでも言いたげに理詠花を嘲弄する。
「こんなオモチャみたいなもんをアホみたいにチマチマ売ってか?」
リーゼントは棚に並んでいる小物を一つ手に取り、手先で雑に弄ぶ。
この店の商品は、ほとんどが理詠花の手作りの作品で、家の中には理詠花の作業スペースも設けられている。
この家と店は、神崎家にとっての生命線でもあった。
手作りだからと言って、商品の質が悪いわけではなく、むしろその逆で、理詠花の熟練の手業が創り出す作品は、どれも精巧で芸術的であった。
しかしながら、そう大きな利益を生み出すような稼業ではないことも、また事実だった。
当然、リーゼント男もそれを理解している。
「しょぼくれていようがなんだろうが、私はこの店に誇りを持っている。分かったら、その手を離せ。貴様の薄汚い手で商品に触るな」
理詠花が睨むと、リーゼントは汚らしくほくそ笑む。
初めて向けられた明確な敵意を味わうかのように。
「なら、このガラクタは今この場でワイが買い取ったるわい。値段は…………ふん、ガキの小遣いにもならんような額やな」
リーゼントは商品を野球のボールでも扱うかのように、ポン、ポン、と手のひらで垂直に投げる。
理詠花の表情にじわじわと怒りが浮かび上がるのを見て、リーゼントは商品への狼藉を止め、それを強く握り込んだ。
「こんな何の価値も無いガラクタ作って、屁みたいな値ェで売って、」
嫌な予感が走る。
「おい、何をする気だ」
リーゼントは腕を大きく振りかぶり、
「一体、なんぼの銭が稼げるっちゅうんじゃい!!」
手のひらの商品を、店の床に思い切り叩き付けた――