4−4 本物の死闘①
男どもは何事かを会話しながら、ゆっくりと晴たちへと近づいて来る。
その一歩一歩に合わせて、奴等の放つ異様なまでに攻撃的な威圧感が、あたかも空気のうねりのように、晴の肌へと伝わっては、その神経を打ち、掻き、削り、刺し、斬ろうとする。
追い払う……。そんなことが本当に可能なのか?
事実、晴は今、全身にひしひしと危機を感じていた。
ローブ男どもの動きにほんの少し触れただけだが、それでも、奴等が並大抵の人間とは大きくかけ離れた、高い戦闘のノウハウと力を有していることは、理解を超えた第六感が感じ取っていた。
しかも、数では圧倒的に不利。
まともにぶつかれば、無事では済まないだろう。
いや、それどころか…………
「ねぇ、晴くん。晴くんが逃げた方がいいって思うなら、一緒に逃げようよ?ホントにヤバい人たちなんでしょ?晴くんも相手にしない方がいいよ……」
琳の説得に晴の焦燥感が高まっていく。琳の言葉の方が正しいのか?
その逡巡に、一瞬だが、視線を泳がせてしまった。
「逃がすわけねぇじゃん?」
嘲笑を含んだ言葉が、晴を駆け抜けていった。
「な、
――目の前には影。人の形の影。否、人だ。大きく、腕を振り上げた人。手には、長いもの。棒。いや、刃物。銀の、剣。それを、振り下ろそうとしている。どこに。真っ直ぐと。軌道の先には、肌色。皮膚。腕。僕の腕。僕の左腕の上腕二頭筋長頭の――
ズアッ
通常の何倍もの時間感覚を持った思考状態を打ち止めにしたのは、鼓膜に突き刺さった、銀色の長剣が空を裂いた音だった。
「ぐっ」
左腕に電流が走ったかのような感覚があり、続いて熱傷の如き痛みと灼熱感を覚えた。
思わず左腕を右手で抑えるとヌルッとした感触がある。
開いて見た右の掌には、真紅の血が塗られていた。
「へぇ。避けるんだ」
声の方を向く。
そこには、さっきまで離れた位置にいたはずの赤茶髪の姿があった。
その男――アラドは意外そうな、退屈そうな表情を下げ、晴を見下ろしていた。
その左手には白い剣。
剣先はわずかに赤く染まっている。
晴はそこで初めて現状を理解した。
“……斬られた、のか?”
左腕を斬り落とさんとする長剣の強襲を、晴は咄嗟に、ほとんど本能の域で避けようとした。
しかし、それは完全には成功せず、剣先が晴の皮膚を薄く裂いていったのだ。
「晴くんっっ!!!」
琳が、悲鳴にも近い声を上げて立ち上がる。
「来ちゃだめだ!」
「……っ!」
駆け寄ろうとした琳の脚が、ひたと止まった。
それと同時に、遠くから苛立ちを伴った声が響いた。
「アラド!話を聞いていなかったのか!目標を不用意に傷つけるなと言ったはずだ!お前はソレの逃避を阻止すればいい!」
背後に控えていた黒短髪の男――グラーツが険しい表情で叫ぶ。
「聞いてましたよー、もちろん。 でも、相手は名ばかりにも名声を得た一端の戦士ですよ?いくら魔雫源が無いとは言え、反撃の芽は摘んでおくべきじゃないですか?」
半ば鬱陶しそうに、不可解な言葉を羅列するアラド。
「それに、ちょろちょろ動き回られたら面倒です。腕の一本くらい落としゃ、流石に大人しくなるでしょ」
その口調はどこか愉し気でさえあり、それが一層、晴に危機感を、琳に恐怖心を芽生えさせて行く。
「琳さん、僕のことはいいから、早くここを離れて……」
「でもっ……」
「早くっ!!」
「……!」
声を荒らげた晴を見る琳の表情は痛々しく引き攣って、恐怖と混乱に支配されつつある心境をむき出しにしていた。
「他人のこと心配してる余裕あんの?」
人を侮蔑するとき特有の冷徹さを有した口調が、剣と共に振り下ろされる。
「っ!」
空を切った銀剣は、勢いを保ったまま地と衝突し、アスファルトを砕く。
再び晴はそれを間一髪で回避した。――いや、此度もそれは完全ではなかった。
今度は顔。
右腕を狙った一振りを躱した際に、剣先が右頬を掠め、切傷を受けてしまった。浅い傷口から血が頬を伝う。
だが、その痛みを味わう暇も、敵は与えようとしない。
地を抉った剣は、次は下から斜め上に、三度晴の腕を目がけて斬り上がる。
それをすんでのところで避けると、空気のうねりが鞭のように晴の体を打つ。
すると今度は、右から左に凶刃が晴を裂こうと襲い掛かる。
それを躱すと、次は高速の突き。斬り下ろし。薙ぎ払い。縦斬り。斬り上げ……
幾度も振り抜かれた剣戟を全て回避すると、――とは言えど、致命的な直撃を免れたのみで、剣先は晴の体の様々な場所に細い傷を残した――アラドは剣を振るうのを止めた。
晴はすかさず間合いを取る。一瞥すると、琳は少し離れた位置にへたり込み、硬直していた。少し震えているようにも見えた。
「ふーん。意外によく動くじゃん」
瞳孔を開いた目を剥いて、悦を滲ませた声が言う。
「悪くねぇな。アコンカグアを慣らすには丁度いい」
毀し甲斐のある玩具の発見に狂喜する瞳に、晴は慄かずにはいられなかった。
そして、その恐怖に呼応するように体の内側から湧き上がる、戦いに対峙する意識。
――やらなきゃ、やられる




