4−3 現れし異能の者たち①
そこには、ローブを纏った男の姿。晴たちのすぐ10mほど先で、待ち構えるかのように立っていた。
――まさか、先回りをされていたとは。
しかも、これほど至近距離に接近されるまで、晴はその気配を一切察知できなかった。
この2点だけでも、自分たちが置かれている状況が、想定していた何倍も危殆を孕んだものであることを、晴は如実に悟らされる。
が、その精神を最も大きく揺れ動かしたのは、また別の事実だった。先の2点を大きく凌駕する驚嘆が晴の目の前にはあった。
それは、ローブの数。
顔から体全てを覆い隠した見覚えのある灰色の外套。それが今、視線の先で二つ並んで立っていたのだ。
あの薄気味悪い姿が、この数分の間に数を倍に増やし、行く先を阻むように直立していたのだ。
⇔
「お。なんか来たぜ、おい」
人気の一切ない駐車場に、ほとんど転がり込むようにして建物から飛び出して来た少年を遠目で見、一人の男がそう言った。
その赤茶髪の男は地面に座り込んだまま、その少年を指差して、
「アレがそうじゃないですか?」
右隣で腕組みし仁王立ちするもう一人の男に尋ねた。
問いを投げられた黒短髪の男は、ローブの懐から一枚の紙を取り出し、
「……そのようだな。手配書(WANTED)の顔とよく似ている」
紙に書かれた絵と、同伴する少女と話している少年の顔を見比べて、そう答えた。
「しかし、報告にあった年齢よりはかなり若く見える。これだけでは判断しかねるな。――”蒼”の方はどうだ?」
黒短髪は赤茶髪に問う。その声は地を這うように低く、いやに落ち着いた口調でありながら、よく通る芯の固い音だった。
「蒼波は……ごく微弱ながら検出できてますね」
赤茶髪は懐から手のひら大の機器を取り出し、画面に映し出された解析結果を、そのダラっと粘ついた口調で読み上げる。
「蒼紋パターンも、誤差は大きいですが、許容範囲内で一致してます。まあ、本人で間違いないでしょ」
やけに軽い口調で断定する赤茶髪の言葉とは対照的に、黒短髪は肯きながらも幾分怪訝そうな表情を浮かべる。
「ふん、驚きだな。こうも容易く姿を現すとは」
「安寧に胡坐を掻いてるんでしょ。全く、油断ってのは怖いねぇ。――よいしょ、っと」
嘲笑うように吐き捨て、赤茶髪は勢い良く立ち上がった。
「横の女はなんですかね。蒼波は検出できませんけど」
「手配書にも同一人物と思われる顔は載ってないな」
「じゃあ……まさか、アレの現地人の連れってことですか?」
「ふん、そう考えるのが妥当だろうな」
「カッ、罪も償わずのうのうと生きながらえているばかりか、新天地で女まで作っていやがるとはな。良いご身分だぜ、ますます許せねぇ」
赤茶髪は侮蔑と憤懣を同率で混ぜ合わせたような口調で吐き捨てる。
「まあ、その気の緩みのお陰でこんなに早く発見できたと思えば、気も収まるだろう。予定ではあと数日は捜索に費やすはずだったんだからな」
「確かに、そのことに関しては、ある意味驚きですね。コソコソ逃げ回るだけが取り柄の能無しかと思ったが、なかなか役に立つじゃねぇか、『4th』の能力も」
「こと密偵としての能力に関して言えば、『キール』は連盟の中でもかなり優秀な人材と聞く。情報収集能力の高さも連盟のお墨付きだ」
半ば馬鹿にするように仲間の名を口にする赤茶髪に、黒短髪は厳格な表情で諫めた。
「それに、連盟軍の正規兵としての歴は、アラド、お前よりも長い。侮るには値しないぞ」
「はいはい、分かりましたよ。ホント、グラーツ隊長はお堅い人だぜ」
『アラド』と呼ばれた赤茶髪は、その整った面相を煙たそうに歪め、黒短髪――『グラーツ』の言葉を流す。
「お。野郎、こっちに気が付きやがったみたいですよ」
能天気なその言葉に、グラーツはアラドを見下ろして、溜め息混じりに言う。
「お前の殺気が強すぎるからだ。我々の作戦は隠密行動が基本。所構わず殺気立つのは止せと何度も言ってるだろう」
「いやいや、原因は俺じゃないですよ。隊長のデカすぎる図体が放つ圧のせいでしょ?」
おおよそ上官に対する態度とは思えない言い草で、ケラケラと嗤う。
グラーツは鋭い目つきで不敬な部下を睨視したが、アラドの一顧だにしない様子を受けて、呆れた、あるいは諦めたように「ふん」と鼻を鳴らした。
「で、どうするんですか?このまま眺めて終わるってことはないでしょう」
アラドの試すような笑みに、グラーツは静かに首肯し、
「無論だ。――よし。あの者を、『罪人番号06 アンハルト』と認定。拘束する」
手配書を懐に仕舞いつつ、出撃命令を下した。
「へへっ、そう来なくっちゃ」
大きな双眸を剥き、白い歯を全面に露わにして、アラドは笑みを浮かべた。
そして男たちは、共に自分のローブの襟を掴み、荒々しくそれを脱ぎ捨てた。
2着の灰色のローブは勢いに乗って空中を舞った後、自由落下を始めるその寸前で、ローブの形のまま無数の青い光の粒の集合体へと変化した。光の粒は眩い煌めきを放ちながら、空を散り散りに飛散し、水の中で消えゆく氷の欠片の如き儚さを振りまいて、空気に溶けるように実体を失った。




