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4−1 デートというもの②

ショッピングモールにたどり着いた後、二人は日が傾くまで、買い物を楽しんだ。

と言っても、買い物をしていたのは琳だけで、晴はあちらこちらの店を行ったり来たりする琳について回っていただけだった。

洋服、靴、鞄、雑貨、小物類……。買う買わないにかかわらず、目に付いた店には片っ端から突撃だった。時には、男性用の衣類を取り扱っている店に入り、適当な服を選んでは、晴をマネキンにして、様々な格好にさせたりもしていた。

「これどう?」と、琳からはたびたび意見を求められたが、晴は基本的にイエスマンな返事しかせず、その点に関しては、琳はやや物足りなさそうにしており、晴も返答に困り果てていた。

それでも、二人の気分は終始晴れやかだった。


琳の気が済んだタイミングで、二人は休息を求め、「座れて、飲み物が近くにあって、長居しても怒られないとこ!」へ向かうことにした。

ちょうど、一階から八階まで続く広い吹き抜けの下に大きなフードコートがあり、都合よく琳の掲げた条件も全て満たしていた。

設けられたスペースには、無数の椅子とテーブルが設置されており、周りを囲む飲食店のテラス席のようになっていた。

「はぁ~つかれたぁ~」

椅子に座るなり、琳はぐでっとした様子で言う。

休憩を申し出たのは、買い物に満足したというよりは、単に歩き疲れただけだったのかもしれない。


「お疲れさま」 晴は売店で購入した飲み物を琳に手渡す。

「ありがと、晴くんも。荷物持ち、ご苦労さま。ごめんね、いろいろ引っ張りまわして」

「ううん、全然。僕も楽しかった。いい休日になったよ」

「ホント?なら、あたしも嬉しい!」

ストローを口にくわえて、琳は屈託なく笑う。そして、「あ、そうだ」と何かを思い出したように言い、荷物をあさり始めた。


琳は取り出した小袋を、

「これ、あげる」

言って、晴に手渡した。

「え……?」

「なに、その反応」

琳はおかしそうに言う。しかし、晴には琳の意図が読めず、当惑を露わにしてしまう。


「プレゼントだよ。今日、付き合ってくれたお礼」

あえて言及しなかったことを口にさせられ、その面映ゆさからか、琳は照れくさそうに言う。

「琳さんが、僕に?」

「そうに決まってるでしょ~?」

「あ、ありがとうっ」

「んふ、こちらこそ。ね、開けてみてよ」

促されて開封する。覗くと、中には銀色の鎖のようなものが入っていた。

「……これは、ネックレス?」

取り出した細い鎖の先には小さな玉が付いていて、幾何学的な模様がデザインされていた。

「そっ。これ、面白いんだよ」

琳がネックレスの先を晴の耳元へと近づける。そして、先っぽの玉を指で軽く弾くと、

「……あっ。音がする」

「でしょ?」

耳元から微かに『リーン』という、鈴か風鈴に似たような音色が聞こえた。

曰く、中が特殊な構造になっており、振ったり揺られたりしても音は鳴らず、軽く弾いた時にだけ、小さな音を放つのだと言う。

「キレイな音じゃない?」

「うん……、うん!すごく!」

再び、晴も自ら弾いてみる。

音の大きさこそ往来の喧騒に紛れて消えてしまいそうな程に微かなのだが、その少し高い澄んだ音色は、どうしてか、しっかりと耳の奥まで届き、鼓膜に心地よい振動をもたらす。


「ありがとう、琳さん。本当に嬉しいよ」

晴はネックレスをぐっと握り、噛み締めるように言う。

思えば、記憶をなくして以来、贈り物として何かをもらうことは初めてだった。


「そ?なら、あたしも嬉しい。そんなに喜んでくれると思わなかったから。失くさないでよね?」

「うん。大切にするよ。肌身離さず持ってる」

冗談交じりに言ったのに、晴は大真面目に答えるのもだから、琳は「そんな大げさだよ~」などと、逆に困ったような顔をしていた。

でも、晴は本当に嬉しかった。

大切なものが増えていくということが。

世界と自分とを繋ぐ線が色濃くなるということが。

堪らなく嬉しかったのだ。




ふと、何の気なしに空中に視線を泳がせた時だった。

“………………?”

視界の端に、不意に浮かび上がる灰色の影。

一瞬看過しかけたその影に、晴は慌てて焦点を当て直し、


“なっ……!?”


そして、瞠目した。


灰色の、人型の、布の塊。

それが、頭から足首まで、体全体を覆うグレーの外套を纏った人間であることは、少し離れているこの場所からでも、すぐに理解できた。

吹き抜けの向かい側、対岸の棟の三階に、そいつは立っていた。

相変わらず視線の方向は判然としないが、頭部は明らかに晴たちの方を真っ直ぐに向いているように見えた。

晴の背に冷たい汗が流れる。


一度目は、その姿に違和感こそ覚えたが、それ以上気にかけることはなかった。

二度目も、警戒はしたものの、大きな脅威ではないと高を括っていた。


しかし、ここまでくれば、さすがに気が付く。

これは偶然などではなく、また、憂慮を欠くべき事態でもない。

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