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4−1 デートというもの①

翌日、店は理詠花の宣言通りに午前中で閉められた。


「私は出発の準備があるから、しばらく部屋にいる。出掛けるなら、二人とも気を付けて」


昼食の後、理詠花はそう言い残して自室に戻った。


晴は自分の部屋に戻って一度着替えた後、玄関で琳が支度を終えるのを待つ。

わざわざ着替えたのは、晴の意思ではなく、琳に着ていく服を指定されたからだった。

晴は普段は服装にはほとほと無頓着だった。

快適性と動きやすさの二点こそが、衣服の満たすべき必要十分条件だと考えており、理詠花とは意見がぴったりと一致したのだが、この考えは琳には全く受け入れられず、晴や理詠花は琳から「もっと身なりに気を遣え」とよく小言のよう言われていた。

特に、今日は大勢の人の往来の中を歩くということで、それに相応しい格好として、琳が「これを着ろ」と命令してきたわけだ。

やはり、若干の動きにくさは残る。特にズボンがやけにタイトで、走ったりする際の窮屈さは否めないだろう。

そのことを琳に申し出たのだが、「晴くんには絶対こういうのが似合うから!」という主張を、琳が曲げることはなかった。



「ごめーん晴くん。おまたせ~」

しばらくすると、階段からパタパタという忙しない音と共に、その声が振ってきた。

見ると、服を着替えた琳が、トレードマークのポニーテールをぴょこぴょこと揺らして、二階から降りて来るところだった。

珍しくワンピースを着ていた。それも透けるような、薄い水色のワンピースだった。

琳は普段、家ではTシャツに短パンというスタイルが多く、スカートでさえ、学校の制服以外では着用しているのを見たことがなかった。


琳は小さなバッグを、体の前で両手で持ち、

「どう、かな?」

意味ありげな視線を投げかけてくる。


「ええと……どうって?」

「だから、あたしの服とか。変じゃない、かな?」

「あぁ、うん。全然変じゃないよ」

「そ?」

「うん。珍しいね、その格好」

「あー、まぁ、たまにはね」

「……」

「……。…………それだけ?」

「? それだけって?」

「だから!感想!他にないの?」

「か、感想?ええと…………いい、と思う……よ?」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


琳は、晴をジトッとした目で一頻り凝視した後、晴がそれ以上言葉を発さないことを悟ると、

「……………………はぁ」

と、わざとらしく溜息を吐いた。

「これは、今日で晴くんの美的センスを底上げしないとだね……」

「ええと……。僕が、何?」

「なんでもなーい!さ、もう行こう?」

「あ、あぁ」

首を傾げる晴をよそに、琳は晴の腕を引っ張って外へと連れ出した。



外は紛れもない真夏だった。

燦々と降り注ぐ太陽の恵みに焼かれ、最寄りの駅までの道を並んで歩く。電車に乗ってたどり着いたのは、数駅先の大型ショッピングモール近くの駅だった。

この近辺で買い物をすると言えば、まず間違いなくここが第一の候補地に挙がる。

ここには多種多様な店が数え切れないほど集められており、生活に関わるありとあらゆる物を手に入れることができる。

盛況でない日は無く、広大な敷地にもかかわらず、いつでも人で溢れかえっていた。

現地に近づくに連れて二人の周りの人の数は増え、頭数に比例して、晴の警戒心も留まることなく助長されていく。


「やっぱりすごい人だね……。はぐれちゃいそう」

「…………」

「晴くん、ケータイ持ってないもんね。絶対はぐれちゃヤダよ?」

「…………」

「晴くん?」

「……はっ、えっ、なに?」

「何じゃないよ、もう!人が多いからはぐれないでねって言ったの!晴くん、一人で帰って来れないでしょ?」

「あ、あぁ、ごめん。……うん。そうだね、気を付けるよ」

と答えながらも、言葉の終わりには視線を琳から外し、周囲を鋭い目つきで見回す晴。

ついには琳も見兼ねて、

「ちょっと、晴くん?さっきからどうしたの?ずっとキョロキョロして」

単なる注意というよりは立腹に近いトーンだった。

「それに、顔がすっごく怖いよ?」

「あぁ……ごめん、琳さん。こう周りに人が多いと、どうにも落ち着かなくて……」

晴はきまり悪く答えた。

「弁天組のこともあったし、不審な人間がいないかは常に警戒しておかないと」

「うーん……。気持ちは分かるけどさぁ。そんなことしてたら余計目立つと思うよ?」

琳の言い分は一理ある。わざわざ自らの居場所を教えるような行動を取るのは、愚以外の何物でもない。

とは言え、人混みというのは、時に、暗闇と同じくらい危険な場所になり得るのも事実だ。

警戒するなという方が無理がある。


「相手もこんな白昼堂々と襲ってきたりしないって、きっと。それに、もし襲ってこられても、晴くんならよゆーで倒せちゃうでしょ?」

「いやぁ、でも……」

状況や己の力を過信しすぎるのは、敗北を引き寄せる大きな要因になり得るのだが、晴の強さを信頼し切った琳の言葉を、無下に断じるのも気が引ける。

返答しあぐねる晴に、琳が、すっ、と右手を伸ばす。

掌が晴の頬に触れ、視線を引き寄せる。神妙な面持ちが、晴を見ていた。

「あの、琳さん?」という晴の言葉に重ねて、琳は固く閉じた口を開いた。


「今は、あたしとの時間に、集中してほしいな」


その一言は晴を黙らせるに容易かった。

琳の掌は異常なほどに熱く、頬から伝わる熱に侵されたように、一瞬、頭の回転速度が急激に落ちる。

散漫になっていた意識が、琳の少し潤んだ瞳と朱が差した頬に集約されて行く。

「……うん」

半分自失のまま肯くと、琳は穏やかに破顔した。頬から手が離れる。

その手はそのまま晴の腕を伝うように下り、晴の少し汗ばんだ左手を取った。

「……行こっ」

琳はそう言って、晴の手を引いて少し前を歩く。晴の視線から逃れるように、ずっと前を向いたままだった。

晴は黙って、その真っ赤に染まった耳を後ろから見ていた。

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