3−1 閑話①
次の日、夕食後にリビングで一服をしてる時のことだ。
「はいはいはーい!じゅーだいはっぴょー!!」
テレビをぼんやりと眺めていた晴と理詠花の前に、両腕を大きく広げた琳が、液晶を遮るように割って入ってきた。
「何だ、急に大きな声を出して」
理詠花が怪訝そうに娘を見る。
「重大発表だよ!重大発表!なんとなんとなんとぉ…………じゃっじゃーん!!あたしたちの部が、ついにライブに出ることが決まりましたー!」
と、携帯を嬉しそうに見せる琳。映し出された画面には『野外ステージ』の文字が躍る。
「ライブ?部って、琳の学校のクラブのことか?」
「もーお母さんってば、そうに決まってんじゃーん!あたし、軽音部なんだよ?」
琳は母の言葉に呆れた様子を見せる。
理詠花は琳の携帯を手に取り、内容を確認すると、
「なんだ、結構ちゃんとしたステージじゃないか」
「そうそうそうなの!あたしの部のOGの人がこの前プロデビューして、その凱旋を兼ねて、市とタッグを組んでステージを開くことになったんだって!そのライブに、現役部員のあたしたちが、特別に招待されちゃったってわけ!文化祭とか、そんなのじゃないんだよ?学外の、しかもプロの人が主催するステージに出るんだよ?ね、すごいでしょ?すごいよね!すごいに決まってるもん!」
琳の目は期待の念を多分に孕んで輝き、無意識的にだろうか、脚をバタつかせて軽く小躍りでもしているように見えた。
「場所は?」
「湊駅の傍の公園!」
「結構山手だな。いつなんだ?」
「それが、結構すぐなんだ~。急遽決まったみたいで、あたしたちも今日知らされたばっかりで」
琳は目をキュッと瞑り「緊張する~」と両腕を抱えて天を仰ぐが、口元は喜びや楽しみに釣られて緩みっぱなしだった。
「……大丈夫なのか?高校の部なんかが出て」
「『なんか』ってなによ、『なんか』って!あたしたち、めっちゃ上手いって評判なんだから!」
「そうなのか?まともに練習なんかしてなかったように記憶してるが?」
「そんなことない!ちゃんとしてるよ!二年生からは!」
「でも琳は補欠かなにかだろう?」
「はぁ?ちょっとお母さん、何言っているの?そんなわけないじゃん!ていうか、軽音に補欠とかないし」
「しかし軽音部と言えばギターとかをジャンジャンやる部だろう?私は琳が楽器を弾いてるところなんか――いや、持っているところすら見たことがない」
「ひっどい!前に言ったでしょ?今の私はボーカルなの!ボーカルに転身したの!」
「なんだそうだったのか。……ってことはやっぱりちゃんと練習して無かったんじゃないのか?」
「違う!そんなことない!ただ私よりうまい子が現れたの!だからギターの座は譲ってあげたの!分かんないかなぁこの譲り合いの精神が!」
理詠花は眉を顰め、首を傾げるばかりだった。
「でもボーカルだよ!花形だよ!分かる?お母さんも誇りに思ってよ!この自慢の娘の才能を!」
「そう言われてもなぁ。すごいのは理解出来たが……。済まないが、こういうものには疎いんだ、私は」
「はいはい、お母さんに期待したあたしが愚かだったわ。お母さんに芸術はまだ早かったわね~」
理詠花は思わず苦笑する。あれだけ精巧な品を手作りする母に芸術を語るとは。
「晴くんは分かってくれるよね、この偉業を!」
黙って母子の会話を聞いていた晴は、突然水を向けられて当惑する。琳の満面の笑みに向けて、遠慮がちに、
「……ええと、ごめん琳さん。『らいぶ』って…………何?」
琳が白目を剥いて、ガックシと肩を落とす。
「いい?晴くん。ライブっていうのは――」
やにわに開催される琳の緊急レクチャー『ライブ編』。
こういった琳の高説は特段珍しいものではなく、一般的な知識に乏しい晴に、常識、特に俗っぽい事柄に関する知識を、琳はしばしば、喜んで植え付けていた。
「――だから、あたしたちはそういう超超狭き門をくぐり抜けてきた、選び抜かれた真の精鋭ってわけ!なんたって、アーティストってのは、民衆の心を惹きつけて、人々に希望や幸福感を与えて、迷える人心を光差す方へと導く、いわば象徴的な先導者かつ救済者なんだから!」
琳は自分の肩を抱いて身悶えながら、熱気を帯びた口調で語らう。
「つまり、ライブはそんなメシアたちが一堂に会し、大勢の人々の渇ききった心に、明日を生きるための活力を授ける神聖な儀式の場なのよ!その一角を担うのがあたしたち………………あぁ!信じられない!まさかこんな日が来るなんて!しかもこんなに早くに!」
よくもまあ、こんなにもあることないことをペラペラと口走れるものだ。理詠花は呆れずにはいられない。
“一体誰に似たんだか、この子は”




