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英雄奪還異世界戦線 -異世界人曰く、この娘は俺の妹らしい-  作者: あおきりゅーじ
一章 目覚め
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1−1 諍い①

その日は珍しく自然に目が覚めた。

気が付くと瞼が上がり、見知った天井が目に入って、意識が覚醒を向える。

「夢……か」

(ハル)は独り言ちて、体を起こした。

誰かに起こされる前に目覚めるのは久しぶりのことだ。

眠りが深すぎる事は、晴の持つ深刻な悩みの一つだったのだが……奇妙な夢を見たせいだろうか。


「暑い……」

窓から差し込む日光が体を焼く。

外を見ると東には太陽がすっかり昇りきった後だった。

時間的にはまだ朝だが、夏の気温には朝と昼との区別など無いらしい。

意識が完全に覚醒していくにつれ、夢の中で凍えていた体が、噎せ返るような真夏の熱気で溶かされて行く。

額の汗を拭いながら、晴は脳裏の映像の回想を試みた。

「あれ、一体どこなんだ……?」

瞼の裏に映る、一面の白銀。


徐々に輪郭が朧になり始めているその光景を、晴は再び自分の脳内へと描き出す。

雪が景色を作る世界。自分が訪れたことのない風景。

そして、幼い少女。まだ子供ながら、陽の光を浴びて煌めく氷のような美しさを持つ少女。

彼女の姿もまた、自分の記憶の中に見ることは出来ない。

夢の中の世界は、この1年の間に経験したものではない。


――睡眠中に脳が記憶の整理をする際に、無数の記憶の中からランダムに繋ぎ合わせたものを、人は夢として見るという。


ならば、この夢は、以前の自分を知る手掛かり。

見えない奥底に入り込んでしまった昔の記憶を探る、一本の糸。


目を瞑り、全神経を傾注して、その糸を手繰り寄せる。

薄く細い糸を切って仕舞わぬように、慎重に、慎重に。

しかし、

 バンバンバンッ!

「あ、」

切れた。

細心の注意を払って手繰っていた糸は、部屋の外から飛び込んで来たその音によって、無残に切り刻まれてしまった。

「あーあ……」

晴は溜め息混じりに天を仰ぎ、意識は現実へと引き戻される。

もう夢の中へ帰ることは叶いそうになかった。

 バンバンバンッ!

「ったく、なんだ?この音……」

何かを叩くようなその音は、晴の集中を掻き乱すだけでは飽き足らず、晴の鼓膜に不快な刺激を与え続ける。

布団から抜け出し、音のする方へ足を向けると、

「あれは……弁天(べんてん)組のヤツらか」

窓から顔を出し、玄関のほうを覗き込むと、1階の店舗部分の入り口に、3人の男が立っているのが見えた。

男たちの顔には見覚えがあった。

 バンバンバンッ!

耳障りな騒音は、3人組の1人が開店前の店の扉を叩く音だったようだ。

「邪魔するでぇ!神崎はん!」

1人が戸を叩きながら叫び、下品な声が朝の街に響く。

「仕方ないヤツらだな……」

晴は寝癖を軽く直し、部屋を出て1階へと降りた。


階段の下では、1人の制服姿の少女が柱の影に立っていた。

心配そうな面持ちを下げ、柱に身を隠しつつ、リビングの奥を見つめている。

晴が近づく気配に気づき、少女はポニーテールを翻して振り返った。

「あ、晴くん。おはよう」

憂い顔を解いて、笑顔を見せる。

快活な声と朗らかな表情は、17歳という年齢にしてはややあどけなく、しかし、その無邪気さは自然と見るものに活力を与える不思議な力を持っていた。

「おはようございます。(リン)さん」

晴は微笑を携えて、恭しく頭を垂れた。

「珍しいね。晴くんが一人で起きてくるなんて」

「ええ、まぁ」

琳の指摘に、晴は苦笑で返答する。

「偶然、目が覚めまして。普段だったらあえなく睡魔に負けて、二度寝でもしているところなんでしょうけど」

今日は不愉快な騒音が、ちょうど良い眠気覚ましになったのだ。


「またヤツらですか?」

「うん、そう見たい。まだ開店前なのに、店の方に来てて……」

この家は、二階建ての一軒家に雑貨店が併設されており、家と店は戸一枚で仕切られているだけで、内部で自由に行き来が出来るようになっている。

3人組の男たちは、その店舗側からこの家を訪れてきたようだ。

「さっきからずっと扉叩いてて……。近所迷惑だからって言って、お母さんが出て行ったんだけど……」

琳が状況を話す間にも、乱暴な言葉遣いの大声は、店舗と住居部を隔てる戸を突き抜けて家全体へと響き続けている。

その怒号に、琳は怯えるように身を縮こまらせる。

「どうしよう、晴くん……。お母さん大丈夫かな……。警察とかに連絡した方がいいのかな……?」

琳は不安げに晴の顔を見つめ、無意識に袖を引っ張る。

「僕も出てきます」

「え、ええっ!?やめなよ、晴くん!危ないよ……」

「分かってます。けど、理詠花さんを一人には出来ません」

「で、でもでも、晴くんに何かあったら大変だよ!相手は何してくるか分かんない人たちなんだし……」

「だからこそ、僕も側にいた方が良いかと思って。理詠花さんに何かある方が大変でしょう?」

「でも……でも……」

袖を弱々しく引っ張って制止する琳の頭に、ポン、と軽く手を乗せて、

「大丈夫。すぐ、戻ります」

晴は柔和に微笑んだ。

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