2-4 高校
外は既に空が赤らみ始めていた。
さて、琳の学校はどっちだったかな、と考えながら、暗い路地を抜ける。
琳の通う高校は繁華街からほど近い場所にある。
特別危険な所ではないが、女子が夜に一人で歩く場合は、多少の警戒心を有しておくことが推奨される程度には危ないのも事実だ。
晴は出来るだけ人通りの少ない道を選んで、街の中心街へ向かった。
人々の生活の息吹が色濃い所は好きではなかった。
◇
人気のない裏通りを進む途中、晴は後ろを振り返った。
「…………」
視線というか、気配というか、何かそういうものを感じたのだが、
「……気のせいか?」
背後には人一人いない真っ直ぐな道が大通りまで続いているだけだった。
一つ首を傾げ、晴は異様なまでに静かな通りを進んで行った。
◇
琳の高校が公立だったことに、晴は感謝するべきなのだろう。
私立であれば、校門の前で一時間も立ち尽くすなどという芸当は到底成し得なかったはずだ。
5分もしない内に制服を着た男が厳めしい顔で近づいて来、身分証明の提示を求めるはずだ。
そうなれば晴にはその場を去るか、退場を抗うしか選択肢はないが、後者を選択した場合は、さらに屈強な男たちが増援として現れて、その者たちに連行されるのがオチだっただろう。
そんな未来を迎えることはなく、空が青から赤、赤から暗い紫に移り変わっていくのを眺めている間に時間は過ぎて行った。
紫の空にポツンと浮いた、空高い真っ赤な雲の行方をぼんやりと眺めていると、校内から話し声が近づいて来るのを感じた。
声の主は5人の女生徒だった。内2人は背中に、身の丈程の大きな黒い物体を背負っていた。
「琳さん」
晴が声を掛けると、5つの疑問の表情がこちらを向き、その内1つが、
「えっ……はるくん!?」
感嘆を伴うものに変化した。
「ど、どうして晴くんがここにいるの!?」
琳は集団から離れ、晴に駆け寄って来る。
「迎えに来ました」
「迎えに?あたしを?」
「ええ。琳さんを」
「え、どうして?」
「帰りが遅くなると聞いたので」
「お母さんに頼まれたの?」
「いえ、そういうわけではありませんが」
「それなのにわざわざ?」
「はい」
「な、なんで?」
「琳さんのことが心配だったので」
「そっか……そうなんだ」
「要らぬ心配でしたか?」
「えっ、あ、そういうんじゃないけど……」
琳は言い淀み、怖々と振り返った。
琳の視線の先では、残された4人の女子が顔を突き合わせ、
「ねぇ、アレってもしかして」
「うん、噂の」
「え、迎えに来たって言ったよね?」
「じゃあ一緒に住んでるって本当だったんだ」
「一つ屋根の下なんでしょ?」
「え、それってめっちゃエロくない?」
「やばいねぇ」
「やるなぁ、神崎さん」
「うん、あたし正直琳のこと見くびってた」
晴や琳をチラチラと見ながら、声を潜めて談合を繰り広げていた。
「ちょっともう!さっきから何適当なこと言ってるのよ!!」
琳は精一杯険しい顔を作り、ガルルと吠えるも、4人は素知らぬふりだ。
「あの、琳さん。もしかして、迷惑だったでしょうか?」
「あ、いや、ちがうちがう!違うんだけど……」
「しかし、琳さん」
「違うから!違うんだけど、晴くんはちょっと黙ってて!お願いだから!」
晴には琳の言葉の意味が分からなかったが、琳が懸念した通り、晴の発言は友人たちの会話の燃料となった。
「ねぇちょっとちょっと!聞いた?『琳さん』だって!さん付けだよ!」
「うん、年上だよね?幾つくらいなんだろう」
「20歳くらいって言ってたような」
「え、うっそ!年上の男の人に敬語使わせて、迎えに来させてんの!?」
「しつじとお嬢さまじゃん!」
「確かに。紳士っぽいしねぇ」
「しかも結構イケメンだし」
「琳ちゃん、お姫様だったんだー」
「姫!?」
「姫!!」
「よっ!姫!」
ひーめ!ひーめ!ひーめ!ひーめ!
琳の背に姫コールを投げかける4つの声。
「も゛おおおお!!うるさいなぁ!!わたし先に帰るから!!」
琳は顔を真っ赤にして吐き捨てるように叫ぶ。
4人は笑顔で手を振って、
「はーい」
「じゃあね、琳ちゃん」
「ばいばーい」
「今度感想聞かせてよね~」
「え、なに!?何の感想!?」
「何って、そりゃあ色々と、ねぇ」
「うん、『ナニ』のね」
「うわー。神崎さんに先越されたー」
「えっ!?えっ!なになになに!『ナニ』ってなにー!!??」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛もうっ!!行こっ晴くん!」
琳は荒々しく晴の手を掴み、晴は手を引かれるように、足早に校門を出た。
最後に一瞥した4人の、琳を見送る表情が親愛に満ち満ちたものであるように見え、それが晴には印象的だった。




