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2-1 朝②

「原因不明だって。怖いなぁ」

顔をしかめる琳に、晴も「そうですね」と同調する。すると、理詠花は「くふふ」と笑い、

「君にも怖いものがあるんだね」

可笑しそうに、随分と失礼なことを言う。

「……お母さん、晴くんのこと、なんだと思ってるの?」

晴の気持ちを代弁するかのように、琳は呆れ口調で母に言う。

「いや、悪い。晴くんほど腕の立つ者でも、恐れを抱くことが意外に思えてね」

「そりゃあ、僕だって怖いことくらいありますよ。得体の知れないものは、誰だって怖いです」

「ふむ……。確かに、理解()からないということは、人間にとって一番忌避したいものだからね」

理詠花は一瞬だけバツの悪い顔をしたが、すぐにいつもの無表情に切り替えて言う。

その表現変化に、晴は気がつかなかった。そして、娘の琳はしっかりと気がついていた。


「目に見えて、仕組みが理解できるものなら、恐怖には値しないんですけどね」

「ふふ。本当に君は、普段は涼しい顔をしているのに、内心はいつも強気だね」

「そうですか? でも、仕組みさえ分かれば、何かしらの対処法を考えることも可能なのは事実なので」

「ふむ。しかし、世の中、正しく理解出来ていることの方が、実は少なかったりもするからね。足元を掬われないようにだけ、気を付けたまえよ」

「はい、承知しています」

晴は自信満々で言う。理詠花は「ならいいが」と苦笑していたが。


「……どうかしましたか?琳さん」

晴が急に黙り込んだ琳に水を向ける。

食事の手も止めて、ぼぉっと虚空を見つめている。何か考え事でもするかのように。

「え、あ、うん。なんでもない」

琳は歯切れ悪く答えた。らしくない。

晴は幾分違和感を覚えたが、琳はすぐにいつもの快活なテンションを取り戻したので、深くは気にしなかった。



  ◇



朝食を済ませると、琳は午前中から部活へと出て行った。

夏休みという長期休暇期間をあえて返上するのにもかかわらず、見送った琳の表情には憂鬱さの欠片もなかった。

むしろ、待ち遠しく感じているように見えた。

それは、この家とは異なる次元にある別の日常が琳の中に存在していることを表していた。

店のカウンターから見送った琳の嬉しそうな、楽しそうな様子が、晴には微笑ましくもあり、同時に羨ましくも思えた。


『マギ・リーガル』の経営を成り立たせている要因の内、最も大きなものと言えば、土日祝日の客足だと言って、先ず間違えない。

平日ならば閑散とした店の前の通りも、週末だけは、日中でも多少の賑わいを見せる。

メインストリートに集った人々が、その人混みから溢れて零れ落ちるように、気まぐれに理詠花の店まで足を伸ばす。

そして、視界に入った理詠花の店に、するりと吸い寄せられるように入って来る。

この店は、目に付きさえすれば、それだけで足を踏み入れたくなるような魅力的な外観をしていた。


外壁には木目調のサイディングを横張りに。黒く塗装された無垢材のウエスタンレッドシダーは、日常から浮き出たような高級感を演出させる。

玄関屋根に掛かるスカイブルーの短いカーテンは、雨よけと共に外観のアクセントも担う。

店外に並べられた数点の鉢に座る観葉植物は、カラフルとモノトーンを繋ぎ、さながら、客を店へと引き込むための飛び石のようだ。

店内は、外観とは対照的に、ホワイトを基調としたオフカラー。白い壁と、リノリウム加工が施された、薄いグレーのタイルの床。

照明はみな暖色系で、無機質な印象の店内を暖かい空間へと変貌させる。

棚はすべからく木製で、そのほとんどが木目を残したまま白く塗られているが、中には本来の木の色のままのものもあり、その統一性の無さが逆に特徴的でもある。

棚の上の小物類は、実用性や機能性の高いスマートなアイテムから、洗練されたデザインを纏うインテリアまで様々ある。

棚に並んだ品たちは、ハンドメイドならではの温もりを持ちながら、凄まじい職人技によって細部は実に精巧に作られているという、一見相反する特徴を共通して持っている。

全面ガラス張りの玄関戸は、外界と店の中を隔てていながら、店内の雰囲気や特別性をありありと写し出すという、表裏一体の役割を果たし、人の目を惹きつけて止まない。


シンプルさと、小賢しいハイセンスを有する『マギ・リーガル』は、お洒落なものへ目が無い女心を一目で鷲掴みにし、その見た目だけでも十分な集客力があった。

空間の特別性という付加価値はこの上なく整っているのだから、これでカフェでも兼業していれば、普段からもう少しは盛況だったのかもしれない。

『手先は器用なのだが…………料理は苦手でね』

以前、店主が照れ笑いと共に明かした事実が、今の店の経営の在り方の作ったのだろう。

理詠花の料理の腕前は、晴も身をもって体感したことがあるが…………確かに、客に出すクオリティには程遠いものだった。

実際に、料理は琳や晴が作っている。

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