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とりつきがたり  作者: 仁野久洋
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魔性生物”業刹”、新兵衛と澄に接触す

 夜もとっぷりと更けた頃、新兵衛は澄を伴い城の寝室へ戻っていた。柳生城は小さな城だ。砦と呼んだ方がしっくりくる。そのため、新兵衛も普段は城の敷地内にある館で寝起きしているのだが、今日は澄がいるため戻れない。城の寝室は有事の際に使われる。他にも何室かあるが、それらはみな城の詰番が使っていた。それでも館よりは人目につく心配が少ないのだ。

 澄が現れてくれたおかげで、稽古をサボったことなど誰にも咎められずに済んだ。新兵衛は「ま、その点では良かったかもな」とほくそ笑んだ。


「しかし」

「ほえ? なんですかっ、しんべー?」


 いざ眠ろうとして困ったことに気がついた。滅多に使うことのない城の寝室には、布団がひと組しか用意されていないのだ。しかし、すぐに思いつく。


「澄。お前、眠ったりするの?」


 澄が睡眠を必要としないなら、その辺で座ってもらっていればいい。これなら何も問題ない。そもそも睡眠とは生者の営みだ。幽霊が必要とするとは思えない。だが。


「さぁ? 私、今までどうしていたのかもさっぱりなのでっ。でも、しんべーが眠るなら私も寝たいと思いますっ」

「いや、無理に寝なくてもいいんだぞ?」

「いえいえ、無理なんかじゃありませんっ。私、やれば出来る子なんですよっ」

「自分で言うなよ」


 澄は、眠れないのは悔しいらしい。新兵衛に張り合うような様子は、まるで子供のようだった。


「では、おやすみなさいですっ」


 澄が布団に潜り込んだ。意外なことに、布団はちゃんと盛り上がる。


「いや、ちょっと待て。なんで布団に入るんだ?」

「え? 眠るんですから、布団に入るのは当然ですっ」

「知ってるけど。そういうことじゃなくてだな。布団、ひと組しかないんだが」

「私だって知ってますっ。しんべーは、またそうやって馬鹿にしてっ」

「馬鹿にしてるわけじゃないけど。だから、俺が言いたいのは、お前がその布団で眠ったら、俺はどこで寝るんだよ?」

「この布団、結構大きいじゃないですかっ」

「だから何?」

「ふふん。意外と頭の回転が遅いですねっ、新兵衛は。ふっふーんですっ」

「なんかムカつくな、お前。だから何って聞いたのは、自分が何言ってんのか分かってんのかって意味なんだが。兄者かお前は」


 そう、分からないはずがない。澄は掛布団をめくり上げ、新兵衛に来い来いと手招きしているのだから。新兵衛もお年頃の男子である。相手が幽霊とは言え、やはり結婚もしていない男女が同じ床につくということには抵抗があった。童貞乙。


「もちろん、そんなの分かってますよぅ。何を意識してるんですかっ、新兵衛はっ?」

「何って……」


 澄の表情には一点の汚れもない。無邪気な笑顔がそこにある。澄に何の他意も無いらしいことが分かると、新兵衛はなぜだか急に腹が立った。


「ああ、もういいよ。一緒に寝ればいいんだろ」

「えっへっへー。そうそう、それでいいのですっ」


 ずぼんと勢いよく布団に滑り込んだ新兵衛を、澄は大歓迎で迎え入れた。二人は仲良く並んで横になった。行動だけ見れば、まるでビッチのようであるが、澄にエロい気持ちはない。大変残念なことである。だが、この物語も当世ライトノベルであるので、美少女とのこうしたドキドキお泊り回は外せない。水着回など、さらに絶対に外せない。ご期待下さい。

 しかし、ドキドキお泊り回は、この二人では成立しない。期待を裏切ってごめんなさい。裏切りはやっ。


「ふあぁー、しーんべー」

「なんだよ、うるさいな」

 

 床に落ち着いてしばらくすると、澄がもじょもじょと動き出した。澄に背中を向けて寝ている新兵衛の首筋に、ひんやりとした吐息がかかる。新兵衛は「うわ。ぞっとする」と首を縮めた。これで妖艶な桃色吐息であればまだなんとかなるのだが、澄のあっけらかんとした声では色っぽく感じない。これでは間違いが起こらない。ここには間違った声優さんを期待する。


「ねーむーくーなーいー」

「ほら見ろ。だから無理しなくていいって言ったんだ」

「違うもん。まだ眠くないだけだもん。私、ちゃんと眠れるもんっ」

「あーそーかよ。んじゃ、そろそろ本気出してくれないか? 全力で目を瞑ってれば、そのうち眠れるかも知れないし」

「嘘ですっ。私、騙されないですよっ」

「人聞きの悪いこと言うなよ。いいか。眠るには、まず目を閉じないと始まらない。だろ?」

「う。それはそうですけどっ」

「じゃあ頑張れ。俺は寝る」

「あー! 待って待って、しんべー! そうだ! お話しましょうよっ! 話してるうちに眠くなること間違いなしですからっ!」

「話? だってお前、何を聞いても分かりませんって言うじゃんか」

「うっ。それは、その……。そ、そうですっ。新兵衛のことを知りたいですっ。新兵衛のこと、何か話して欲しいですっ」

「ねーよ、別に。俺、ずっとのんびり平和に暮らしてきたし」

「え~? あ、じゃあ、私がお伽噺をしてあげますっ。これで新兵衛もぐっすりですっ」

「いや、お前が黙っててくれればそれでぐっすりなんだけど」

「じゃあ行きますよっ。私、これでも創作話は得意なんですからっ」

「無視かよ。そして、今から作るのかよ……。あー、もー、分かったからちゃっちゃと話してもう寝ろよ」

「ふっふーん。期待してないですねぇ、しんべー? 甘い。甘いのですっ。私のお話を聞いたなら、もうやめられなくなるのですっ。続きは? 続きは? って飢えた獣のようにはぁはぁと呼吸を乱し、先を促すようになるのですっ。それを書き留めた新兵衛の本は売れに売れ、ついには文壇界の巨匠と呼ばれることに」

「それ、話始まってんの? 俺が主人公なの、その話?」

「そうです。あれは15年前。新兵衛が生まれた時のお話ですっ」

「いきなり遡ったな。なんで今日初めて出会ったお前が、俺のことを語るんだよ」

「しっ。黙って聞くのですっ。これはしんべーも知らなかった、恐ろしい出生に関わるお話ですっ」

「人の出生を勝手に禍々しい感じにしてんじゃねぇ」

「あれは、昔むかしのことなのですっ」

「ベタな始まり方してるけど」

「その日、おじいさんは山へシバかれに」

「何やったんだよ、俺のじいさん! 誰がシバこうとしてんだよ!」

「おばあさんは、川へ命の選択に」

「こええよ、俺のばあさん! 誰の命を奪おうとしてんだよ!」

「その時、川の上流から、新兵衛が流れて来たのです。『がはっ。げへへ』と」

「むき出しで流れてんのかよ! 絶対死ぬだろ、新生児が川で流されてちゃ!」

「その時、おばあさんに選択された人間が、川に逃れて新兵衛を」

「俺を助けた人、おばあさんに殺されるとこだったのかよ! 誰に感謝したらいいのか複雑だなそれ!」

「もー。どうして黙って聞けないのですかっ、しんべーはっ?」

「黙ってられるか! そんな生い立ちイヤ過ぎるだろフツー!」

「ぶはぁ――――! ぶほ、ぶほっ!」

「え?」


 その時、どこかからむせる声がした。噴き出すのをずっと堪えていたような、そんな感じの咳き込み方だ。


「誰だっ!」


 新兵衛の枕元に置いていた〈命石〉が真っ赤な光を放っている。その光は袋までも突き抜けて、部屋の全てを等しく赤く染めていた。


「魔性生物? まさか!」


 新兵衛が布団を跳ね上げ立ち上がった。


「……ぶは、ぶは。……ふぅ」


 煌々と差す月光が、部屋の障子に廊下に立つ人影を映している。その人影には、明らかにおかしいところがあった。人間の影ながら、頭からは二本の角があるらしいことが見て取れたのだ。人影は障子をゆっくりと引き開けると、その全貌を現した。


「……相変わらず馬鹿な話をしているな、澄」

「何?」

「私を、知っているのですっ?」


 真っ赤な羽織に朱鞘の刀。それは、山から柳生城を見ていた男で間違いなかった。


「ああ、そうだとも。俺の名は業刹ごうせつ。人間どもが、”魔性生物”と呼ぶ者だ」


 業刹は斜に構え、その赤い瞳で新兵衛をぎろりと睨んだ。


「……業刹、か。信じられない。まさか、魔性生物が大和の最奥、この柳生城にまで侵入してくるなんて、な」


 新兵衛の頬を汗がつつ、と伝っていった。


「でも……」


 と澄が呟いた。


「業刹さん、でしたっけっ? そういう緊迫したセリフは、笑いすぎた涙の跡が乾いてからにした方がいいのですっ」

「何? あ、うああああ!」


 澄に指摘された業刹は、慌ててごしごしと目尻を拭った。


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