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とりつきがたり  作者: 仁野久洋
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〈命石〉は魑魅魍魎を寄せ付けない

「……兄者。もしかして、澄って兄者の好みなの? ひょっとしてだけどさ。難癖つけて俺を斬れば、澄が手に入るとか思ってない?」

「えっ? いやですっ! 私、新兵衛さん大好きですっ! 死なれちゃったら困りますっ!」

「うわっ! 抱きついてくるなよ、澄! なんかゾクッとくるんだよ!」

「へぶろぅっ!」

「え?」


 がららららん、と十兵衛の刀が広間の床を転がった。そして、十兵衛は床に手を付いた。


「兄者?」

「……そうか。澄ちゃんは、新兵衛のことが好きなのか……」


 十兵衛は項垂れて「くっ」と呻くと涙した。そう言えば、澄はロリコン受けしそうな容姿を持っている。実は十兵衛のドストライクにはまっていた。最初に放った「許さん」という一言には、「そんな可愛い少女がお前のものだなど認めぬぞ。その娘は、わしにこそ相応しい。幽霊だとて関係無し。けしからん。なんとけしからんのだ新兵衛よ。わしはうぬを許さぬぞ!」という意味が込められていた。お前が一番許されない。


「図星だったのかよ!」


 新兵衛の絶叫が、奥の院の醸し出す、厳粛な空気を切り裂いた。

 新兵衛と澄にとって、大人は危険な存在だった。新兵衛はショタコンに狙われ、澄はロリコンに狙われるのだ。こんなに悲しいことはない。だが、需要には供給が必要だ。膨れ上がり満たされない需要は暴走し、悲惨な事態を招きかねない。だから、二人には是非人々の夢想を叶える人柱となることを望むのだ。誰がだよ。無理だろ常考。



   *   *   *



「それにしても、どうしたものか。澄。うぬは、何故なにゆえに新兵衛にとり憑いた? 離れてはくれぬのか?」


 すぐに立ち直った十兵衛は、居住まいを正して正座すると、声を落として問いかけた。


「何故、と聞かれてもわかりませんけど……。あと、離れたくても離れられないみたい、なんですよねっ。てへっ」

「何? なんで?」


 てへぺろとばかりに舌を出して頭をこちんと叩く澄に、新兵衛が蒼褪めた。これが本当であれば、これからは四六時中、澄と一緒にいなければならないことになる。別にやましいことなど新兵衛には無かったが、幽霊がいつも一緒ではやはり不安になって当然だ。


「分かりませんっ」

「おいっ!」


 快活に絶望的な答えを寄こす澄に、新兵衛は思い切り突っ込んだ。


「さっきから、分かりませんばかりだが……。分からぬと言えば、新兵衛。うぬの〈命石〉はどうしておる?」

「うん。何も反応してないけど」

「わしのもだ。こんなことが有り得ようか? 我らの〈命石〉は、この大和を故郷と定めてこの方、一族が連綿と受け継いできたものである。そんじょそこらの〈命石〉とは、わけが違うはずなのだが……」

 

 新兵衛と十兵衛は、二人して腰の帯より提げられた紫の袋を見遣った。


「あ。そうそう、その〈命石〉って何ですかぁ? さっきから気になっていたんですけれど」

 

 澄も二人の袋をひょいと覗き込む。興味津々なその様子は、子犬がじゃれているようだ。十兵衛が「萌え。フヒヒヒ」と小さく呟きニタリと笑んだ。新兵衛はますます蒼褪めた。「ひ」とか思わず言ってしまったところを見ると、相当引いているのだろう。新兵衛はこの変態と縁を切る方法を、真剣に考え始めた。


「う、うむ。これは、魔を払う〈輝石きせき〉という石である。生まれると同時に親より持たされ、死ぬと一旦墓に添えられる。一族に誰か生まれれば、その輝石がまたその子に与えられ、輪廻循環していく石なのだ」

「これには不思議な力が宿ってる。特に魑魅魍魎の類には物凄く反応して眩く光り出したりする。それの善悪なんか関係無く、”人ではないもの”を教えてくれる。この力で、ご先祖様たちが俺たちを守ってくれるんだ。なのに」と新兵衛が澄をジト目で睨んだ。


「なるほどですっ。つまり、幽霊である私にも、反応しなくちゃおかしいですねっ。それで新兵衛は悩んでたんだ。納得ですっ」


 澄が「ああ、すっきりですっ」と言って、にっこり笑って手を打った。新兵衛が大手門のところで首を捻っていたことを、澄は見逃していなかった。


「意外と飲み込みが早いな、澄。てっきり馬鹿だと思ってた」

「またそういう失礼なこと言ってぇ!」


 澄がまたしても「きーっ」と怒って新兵衛をぽかぽか叩いた。それをよだれを垂らして羨ましそうに横目で見ながら、十兵衛があとを受ける。


「じゅる。そういうことだ。この国の者は、みなこの〈命石〉を持っている。この力で、大和の国は〈魔性生物ませいせいぶつ〉の侵攻を防いできた。だから、この国の民は幽霊も滅多に見ない。そんなものが白昼堂々往来に出てきた日には、街が大混乱することであろうな」


 ぎろりと十兵衛に睨まれた新兵衛は、さっと目をそらして汗を拭った。すでに街を地獄絵図と化してきたことが十兵衛に知れるのも時間の問題だったが、お仕置きの時間は後に伸ばせるだけ伸ばしたいのが新兵衛の本音だった。

 そう。京に近いここ大和では、その昔、たいそう魔性生物の被害が出ている。略して”魔物”とも呼ばれる正体不明の異形のものは、都で悪事を働いた。高名な陰陽師によって大半は鎮められたが、大和に逃げおおせた魔物も相当いた。

 その時、責任を感じた陰陽師から授けられた魔除けの技術が〈命石〉。秘法により生成された〈輝石〉という淡く光る石を元に、〈命石〉を作り出す。大和の民には、これによって魔性生物を追い払ったという歴史がある。



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