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とりつきがたり  作者: 仁野久洋
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天下は脳筋が支えている

「よいか、新兵衛。うぬの身は、自分だけのものではない。この大和の国を守る為、いや、天下の太平を守るためにも、うぬは人生の全てを捧げなければならない立場にある。言っている意味は知れような?」

「そうだね。もちろん、分かっているつもりだけど」


 十兵衛の言葉には重みがあった。ここ大和の国は、先祖代々守り抜いてきた土地なのだ。途中、豊臣秀吉に召し上げられたこともあったが、現在は12500石、しっかりと復領の恩顧に与っている。領民は外地の者とほとんど交わらずに栄えてきた。400年の昔から、連綿と国内で紡がれてきた命たちは、今や大きな家族とも言えるほどの絆を築いている。戦火に焼かれることも無かった木々は太く高く多く繁り、田畑には若い娘の姿も見える。そして、結束固い人々は、みな穏やかに笑っている。この少し後、柳生石舟斎に挑むべく訪れた宮本武蔵が、しきりに首をひねったという話は有名だ。「不思議な国だ」と。


「では、いくらなんでも幽霊との結婚など認められぬということは分かってくれような?」

「は? ごめん、兄者。ちょっと何言ってんのか分からなかった。もう一度言ってもらってもいいかな?」

「えっ? けけけ、結婚、ですかっ? そんな、急に言われてもっ。心の準備とかいりますしっ」

「お前も良く聞こえてないな。兄者って、認められないって言ってなかった?」

「ちゃんと聞こえておるではないか」

「そうだけど。これって俺がもう一回聞きたいって意味じゃなく、兄者にさ、自分が言っている意味をもう一度考えてくれって意味で言ったんだけど」

「ほほう。うぬは、天下一の兵法達者であるこのわし、柳生十兵衛三厳に、とんちで挑もうと言うのだな?」

「言ってないし。どっこもとんちになってないし。どうしてそういう流れになるのか、俺には理解不能だし」

「ふ、分からぬか。まだまだだな、新兵衛。そんな様ではわしには勝てぬ」

「うん、まぁ、意味不明さでは、多分、一生かかっても勝てそうにないことは認めるけど。あと、兄者の脳味噌と腕相撲しても勝てる気がしないけど」

「それって脳筋ってことですねっ」

「はっきり言うなよ。怒られるぞ、お前」

「ふはははは。相違無い。うぬには、わしが脳味噌だけになっても勝つだろう、新兵衛よ。ふはははは」

「笑ったな。これは予想外だった」

「笑ってますねっ。こんな楽しいお兄さんなら、私も是非欲しいですっ」

「そう? 絶対いらないって言う人は沢山いたけど、欲しいって言ったやつは初めて見たよ」

「むぅっ! わしを兄にしたいと申すか! とうとう策にかかりおったな、幽霊めが! やはり新兵衛の妻となり、この柳生で毎日楽しく暮らすのが、うぬの目的だと見切ったりぃ!」

「いや、見切ってないから。いつも思うんだけど、俺、兄者と話していると疲労感がハンパない。夏だと特に。あと、策とか絶対嘘だと思う」

「えー? 楽しいじゃないですかっ。確かに見切ってはいませんけど、成仏させてくれそうな人ですねっ」

「楽しかったら、今度は成仏したくなくなるんじゃないのかな?」

「あ。そうかもっ。それは悩ましい問題ですねっ」

「幽霊のくせにそんな問題で悩めるなんて幸せなやつだよな、澄って。ある意味羨ましくなるんだけど」

「なに? 成仏? その小娘、成仏したいだけなのか? それならそうと、なぜ早く言わんのだ」

「言う暇あったか、澄?」

「ないですねっ」

「言い訳するなど、柳生家の男児としてはあるまじき。恥を知れぃ、新兵衛!」

「ダメだ。同じ言葉で話しているはずなのに、全く言葉が通じない」

「ですねっ。意思を疎通するだけなら、多分犬の方がやりやすいと思いますっ」

「今度は責任転嫁で誤魔化すか? おのれ新兵衛! そこに直れ!」

「ちょっと待ってくれ、兄者。澄の方が酷いこと言ってるぞ。なおらせるなら、俺より澄の方が先だろう?」

「あー! それって酷いですっ! 私を盾にするつもりなんですかっ! 私、もう死んでるのにっ!」

「……む?」


 ここで、ようやくにして三人の間に沈黙が訪れた。それは妙な間だった。そうなのだ。十兵衛が怒るのは、新兵衛に対してのみである。刀の柄に手をかけたまま固まった十兵衛に、新兵衛はある仮説を思いつく。まさかとは思いながらも、新兵衛は十兵衛にその仮説を真っ向からぶつけてみることにした。まともに言葉が通じない十兵衛には、下手な小細工は通用しない。今まではそれが偶然功を奏し、なんとか将軍家指南役の職務を十兵衛がこなしていたことを、新兵衛は知っていた。天下国家に号令する徳川家康の横に、そんな十兵衛が侍っている。日本は今、危ういバランスの上に成り立っていた。



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