崩壊前日
翌日、公一は珍しく寝坊をした。
気が付けば、もうすでに午前九時であった。今日は母親が公一を起こしにこなかった。
「もう、かあさんどうして起こしてくれなかったんだよ」
公一は責任転嫁の言葉を母に投げかけながら自室から出る。
「あれ?」
公一は当然、母親がリビングにいると思っていたがいなかった。
公一は今の時刻を思い出す。
(そうだ。九時だから、お店の準備に入ってるんだ)
適当に、冷蔵庫や台所にある食べ物に手をつける。正直、公一はその日、学校を休みたかったが、何かそれではいけない気がして、行く決心をする。
いつもよりも遅い朝食を終えて、公一は学校に行く準備をする。昨夜、何も準備をしていなかったので、少し時間がかかった。制服の袖に手を通して、着替えを完了させる。
公一は少し早足で会談を降りていった。
「あれ、いない」
下の階の本屋には誰もいなかった。九時半開店だが、その準備もされていない。もちろん父親もいない。彼はいつも朝、近所の雀荘に行っている。
確かにおかしな光景ではあったが、公一は近所に買い物でも言っているのか、散歩にでも行っているのだろうと気にせずそのまま登校した。
公一が学校についたのは、二時間目が始まる少し前だった。クラスメイトは公一が遅れて入ってきても特に騒ぎにはならない。少数の友達が「なんだ、不良にでもなったのか」とはやし立ててくるくらいだった。
その日もちろんあやねも登校していた。公一は自然に彼女を視線で追ってしまうのを必死に抑える。
(何やってんだ。未練たらしい)
公一は自責する。
今度は、なんとなく沢村旬を見る。彼ももちろん登校している。もし、自分が沢村の立場なら、告白を断られたりしたら次の日は学校を休むだろう。他人の告白現場を見ただけで遅刻するくらいだから、沢村がそんなメンタルだとは思わないが、いつもと変わらない姿をみて、おそらく成功したんだろうなと公一は思った。
その日は、その後何事もなく過ぎて、放課後を迎える。
公一はとりあえず学校での一日が終えて、気持ち的に楽になった。それがなぜなのかは本人にもわからなかった。
その日は、寄り道をせずに、まっすぐ家に帰った。
家の前に来たとき、公一は異変に気が付く。
実家の古本屋が開いていなかった。閉めるには早すぎる時間だ。
あれ? と思い。2階を見上げると、電気もついていなかった。とりあえず、中に入ってみないとわからないと思い。公一はお店のドアから中に入る。
中に入ると、もちろん電気などはついていないが、お店の置くのスペース、休憩スペースに明かりがついていた。
(なんだ。いるじゃないか)
公一は、その休憩室に入っていく。
「え?」
そのとき、その場所には母親がいると公一は思っていたが、そこにはこの時間家にいないはずの人間がいた。
「おう、公一、帰ったか。とりあえず。そこに座れ」
「父さん、酔ってるの?」
父親の前には、缶ビールがいくつか転がっていた。
公一は、小さなちゃぶ台を挟んで、その父親の前に座る。
「かあさんは?」
「出て行った」
「は?」
「だから、今朝出て行った」
「今朝って・・・」
そこで、朝の光景の理由がわかる。今朝、公一を母親が起こさなかったのも、古本屋が開いてなかったのも、そもそも母親がいなかったからだ。
「どうして急に?」
「さあな、いきなり出て行った。朝起きたら、置手紙だけおいてあった」
「それでどうしたんだよ?」
「どうもねえよ。お金は置いていくからって、だから、朝はいつも通りだ」
ということは麻雀に行っていたってことだ。
「どうするんだよ」
「は? どうもしねえよ。金はあるからな」
「それでも、お店とかは?」
「お前、高校行かないで店継げ、それで万事解決だろ?」
父親は汚い笑顔を公一に向けてくる。
その笑顔が無償に公一をいらだたせた。
「ふざけるなよ! 俺の人生なんだと思ってんだよ!」
急に、公一がそう叫んだものだから、父親は驚いていたが、次第のその顔が怒りに染まっていく。
「お前! 俺に逆らうっていうのか! お前まで俺を馬鹿にしようっていうのか!!」
公一に、まだ中身が入っているビールの缶を投げつけてくる。それが胴体に直撃して、公一の服がビールまみれになる。
父親はとまらない。
「だいだい、なんだ。俺が何をしたっていうんだ。別にいいじゃねえか。俺だって、あんなかわいくもねえやつを嫁に貰ってやったんだから感謝してほしいぜ。絶対に俺以外あんな面白みもねえ女貰うやついねえからな」
「何もしなかったからだめなんだろう」
公一はその言葉を最後に、家をダッシュで出て行く。
後ろで何か言う言葉がするが、すぐに聞こえなくなる。
公一は走って走って走った。顔には涙なのか、汗なのかわからない液体で一杯になる。足が出なくなってくる。しんどい、これが体からくるものなのか精神的にくるものなのかわからない。
気が付けば、近くの川原まできていた。その場に倒れこむように横になる。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ」
肺に空気が入ってこない。胸が痛い。体が痛い。
その場でそんな状態がかなり続いた。
やっと、息が整ってきた。
(これからどうしよう)
もう家には戻りたくない。あの父親に会いたくないのもあるが、あの家に帰るといろいろな思い出が出てきそうで嫌だった。
母親が出て行ってしまったってことは、あの生活が嫌だったということだ。公一は嫌ではなかった。
涙が出そうになる。
「何してるの?」
そのとき話しかけて来る声がする。聞き覚えがある声だ。誰なのかすぐにわかる
公一は急いで起き上がる。
「いや、別に・・・」
「隣、座ってもいい?」
公一は首肯で答える。
公一の鼻腔にいい香りが掠める。
「夜だね」
隣に座った草津川 あやねがそう言った。
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