崩壊三日前 3
「今日はお疲れ様」
「どうも」
公一は、母の言葉に愛想なく答える。
これは思春期の子供ならよくあることだろう。
公一は母からのねぎらいに、子供ならではの恥ずかしさを感じていた。
時刻は午後8時
古本の整理作業に、約三時間近くもかかってしまった。
公一は、本を運びすぎて、疲れたか細い右腕の疲労を左腕でねぎらっていた。
「じゃあ、おそくなったけど、晩ご飯にしましょうか。お父さん呼んで来るから、さきにあがってなさい。」
「わかった」
今日も父は、古本の整理作業に顔を出さなかった。
父は、いわゆる婿養子というものだ。なんでも、職のなかった父との結婚を、母の父、公一のおじいちゃんが婿養子に入ることを条件に許可したらしい。おじいちゃんには母しか子供がいなかったからだそうだ。
おじいちゃんが生きているときは、父もまだ、お店の手伝いをしていた。おじいちゃんのご機嫌を取るために。
でも、三年前におじいちゃんがなくなってからは、店番くらいはするが、それ以外はすべて母に任せきりだ。特にこういう力仕事が必要なときは、公園までゴルフの素振りをしにいくのが常であった。
「すみません」
公一が二階に上がる階段に足をかけたとき声が聞こえてきた。
その声に公一は秒で入り口を見る。
「あ! 森君、今日は開いてないのかな? 明かりがついてたから来たんだけど」
公一の目に飛び込んできたのは、あの草津川あやねである。
「えっと・・・、今日はあけてないんだけど、どうかしたの?」
「広子さんにお願いしてた本が、もしかしたらとどいてるかな?って思ってね」
(なんてかわいいんだ・・・。)
公一は、あやねの微笑みに、人生でもう何度目かの一目ぼれに落ちる。
「そうなんだ。どうなんだろう、今、かあさんちょっと出てて、すぐに帰ってくるとは思うんだけど」
公一は、手持ち無沙汰であったのと、あやねから視線をはずすために、何かを探すように自身の周りの荷物を探る。
「そうなんだ。じゃあ、広子さんが帰ってくるまでちょっと待っててもいいかな?」
「え?」
「だめ?」
「い、いいよ」
もう一度あやねから視線をはずす。
あやねは、店の中をまっすぐに公一のほうはで進んでくる。
あやねは公一の目の前まで来た。
(あやね・・・私服だ)
公一は、やっと、あやねが制服を着ていないことに気が付いた。
あやねからふんわりと漂ってくる鼻腔を刺激する香りを公一は、音を立てないで大きく吸う。
やっぱり、親に感謝しないといけないな。公一は心で再び謝辞を述べた。