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呪われた王子様

「ああ、これは……ご愁傷様です、呪われましたね」


 黒いローブ姿の魔術師はとても陽気にサクっとあっさりそう言い放った。それを聞いた当事者のカエルと銀髪の側近は呆然とし、その場に立ち会っていた国王や王妃、宰相は言葉を詰まらせて固まった。人払いされた執務室では魔術師を除いた全員がしばらく微妙な顔で沈黙した。


 遡ること少し前――――


 今朝の珍事件にレインはルナファルド王子だと断固言い張るカエルを抱えて急ぎ国王の元へと飛んで行った。事態を知った国王は直ぐに公にならぬよう人払いをし執務室に王妃と宰相だけを呼び出して魔術師の要請をした。 

 魔術師の到着を待つ間、レインは急に呼び出されて事態が飲み込めない王妃と宰相にもう一度これまでの流れを説明したのだが朝来た時には既に王子はカエルの姿だったので別段、禄に話す事はなかった。被害者である本人も寝入るまでは異常はなく違和感に気付いて目を覚ました時には既にこんな姿になっていたらしい。ちなみにカエルは下手にうろちょろして踏んづけられないよう今はレインの頭上へ座り、なぜか偉そうに仰け反っていた。

 全く容量を得ない話に国王や王妃、宰相は先程からふんぞり返っているカエルへ生温い視線を送っていた。向かい側にやたらと個性が強いオーラを出している面子三人組に凝視されたレインは居心地悪く常に視線を彷徨わせていた。その一方で頭の上のカエルはどこ吹く風で呑気に欠伸をしていた。

 

「どう見てもただのカエルにしか見えないんだけど……本当にルナファルドなの?」

「うーん、実は余もまだ半信半疑だ。レインが嘘をついているとは思えないがな」

「そうですの、何せカエルじゃからの」


 目の前でやり取りされる三人の会話を聞いたカエルは心外だとばかりに立ち上がって抗議した。


「なっ!? 三人とも疑っているんですか!! 俺は正真正銘お二人の息子のルナファルドです!!」

「いや、でもなぁ、レインの頭上で偉そうなカエルに喋られてもな。威厳もへったくれもないし……実感もないな」

「そうよ! 私の息子がカエルだなんて!! 私のルナはそんな気色悪いゲテモノじゃないわ」

「そうですの、何せカエルじゃからの」


「…………人事だと思って言いたい放題……それなら信じて貰えるように証明するしかないようですね」


 カエルは目を細めて三人を見下ろしながら腕を組んで考え込んだ。その中でレインだけは我関せずにこれから始まる展開を大人しく傍観する事に徹した。

 やがてカエルは何か閃いたいのか目を光らせて大きな口元を釣り上げる。その顔はとても悪事を企むような巨悪顔だった。


「えっとそう言えば父上――――」

「何だ? まさかカエルに父と呼ばれる日が来ようとは……」

「うるさいです、それよりも一週間前に酔った父上が口を滑らせた内容を覚えてますか?」

 

 すると国王はギョッとして思わず身を乗り出した。


「…………ッ!? お、おい、お前それはっ!!」

「城下に住んでいる母上専属の仕立て屋である未亡人のラミア婦人でしたっけ? 何でも父上はそのラミア婦人のおっぱ……」

「うがぁぁぁあああーーーーーーッ!!」

 

 国王は突然奇声を上げて会話を途中でぶった斬った。そして間髪入れずにレイン目掛けて飛び掛かってきた。容姿もカッコイイ渋めのダンディーな国王がその顔を歪めて鬼気迫る状況にさすがのレインも恐怖に慄き瞬時にソファから飛び退いた。


「お前っ!! 何を言い出すんだ!!!! その件は二人だけの秘密にすると約束したではないか!!」

「陛下、落ち着いて下さい、私は関係ないですよ!! ちょっとルナ!! 私を巻き込まないでくださいよ!!」

「レイン!! いいからそのカエルをさっさと余に引き渡せ!! 簀巻きにして捨ててやる!!」

「お待ちになって陛下!? 何やら聞き捨てならない不穏な話が聞こえましたが? 私の可愛がっているラミアが何ですって……??」


 様子を伺っていた王妃も参戦して更に状況が悪化した。レインを追いかけ回していた国王は目が据わっている王妃に捕まって、さっきとは逆に迫られる立場になってしまった。

 矛先が変わってレインが呼吸を整いて落ち着いていると頭上にへばりついていたカエルは今度は王妃に標的を移す事にした。


「これでも父上は俺が息子ではないと? さて次は母上ですね――――」


 王妃に胸ぐらを掴まれていた国王は苦虫を噛み潰したような苦悶な表情でカエルを睨み、王妃もカエルの動向が気になって掴んでいる手の力を緩めて注目した。


「確か三日前に母上は俺に口裏を合わせるようにお願いされましたよね。不在を誤魔化す為の裏工作に協力してくれと」


 その途端王妃の肩がビクンッと跳ねたのが誰の目にも分かった。


「ちょ、ちょっと待ちなさい!!」

「えーと、確か近衛騎士隊長ウォーロックの何とかを愛でる会でしたっけ? 隠れ会員の母上はその会に出席する為にお忍びで――――」

「ぎゃあああああーーーーッ!! この馬鹿カエル何を言い出すのよ!!!!」


 顔を真っ赤にした王妃は奇声を上げて、机の上にあった分厚い決裁前の書類の束をレインに向けて投げつけてきた。レインは「またですか!」と呆れながら軽快に飛んでくる書類の攻撃を躱し続ける。その隣では国王が顔色を変えて「あ゛あーー! やっと仕分けした書類がぁぁーー!!」と嘆き叫んでいた。


「おい、ウォーロックを愛でる会だと? 何だそのいかがわしいネーミングの会は!! 奴とはどういう関係なんだ!!」

 

 ゴソゴソと書類を掻き集めながら国王は王妃に問い詰める。しかし王妃は聞こえない振りをしているのかまるっきり無視を決め込んでいた。


「ちょっとレイン!! そのカエルを寄越しなさい!! 私の薔薇園の肥料にするから!!」


 その頃、目の前で繰り広げられている騒動から一人外れていた老年の宰相は呑気にお茶を嗜んで温かい目で観戦していた。やがて見るに見兼ねてか「コホンッ」と軽く咳払いして重い腰を上げた。


「はいはい、皆さんどうか落ち着きなされ。今はそんな事で揉めている場合じゃないですぞ! 最優先事項はそこのカエルではなかったですかの」


 すると今まで騒がしかった執務室が一瞬で静まり返って、騒動の中心だった三人と一匹は宰相へ一斉に視線を寄越した。


「ふぉ、ふぉ、ふぉ、陛下も王妃様もまだまだお若くてよろしゅうございますの。喧嘩する程仲が良いと申しますし。ふぉ、ふぉ、ふぉ」

 

 宰相は豊かな白い顎髭をゆったりと撫でながら朗らかに微笑んだ。


「ああ、ちなみに宰相はその歳で女装癖がある」

「ふぉ、ふぉ……ぶはっ!!??」


 最後に爆弾発言が投下されると国王と王妃、レインはドン引きして脱兎の如く部屋の隅へと逃げ出した。そして軽蔑を込めた冷ややかな視線を送る。

   

「お、おお王子っ!! 何で知って……いえ、何て事を仰るんですか!! あれは全くの誤解じゃ!?」

「へー、その割には鏡の前で楽しそうにしてた様子だったけどな」

「ぐはっ!!」


 その時、もはやカオスと化した執務室の異様な雰囲気をかき消すように漸く待ち望んでいた魔術師がやってきた。


「どうもお待たせしました。魔術師のサルフィードと申します」


 黒いローブ姿で現れた男は徐にフードから顔を出すと、国王と王妃の前へ跪いた。彼の登場で国王達はこれ幸いと今までの事をまるっきり無かったように暗黙の了解で決めたせいかあっという間に平常心を取り戻していた。そして厄介事を持ち出した元凶のカエル……元いカエルの姿になってしまった王子の問題に取り掛かるのであった。

 国王から簡単にあらましを聞いた魔術師サルフィードは早速レインの頭上に座っているカエルと向き合った。

 レインは目の前に立った魔術師をそれとなく観察する。魔術師と聞いて年寄りが来ると想像していたがまだ二十代前半に見える青年だった。色白で短く切りそろえた栗色の髪、少し垂れ気味の瞳の色は淡い緑色で割と整った顔立ちをしていた。

 じっとサルフィードを見つめていたレインは彼の瞳が妖しく光ったのに気付き、咄嗟に主人である王子を守ろうと体を身構えた。


「あ、申し訳ありません。瞳に魔力をこめたせいで誤解させてしまったようですね」

「……左様でしたか。こちらも無意識に体が反応するように慣れてしまっているのですみません」

「サルフィードと言ったな。で、なぜ俺がカエルなんかになってしまったんだ?」


 そして魔術師はにっこりと微笑むと冒頭のセリフを口にしたのだった。

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