第3章 2.帰り道
第3章 2.帰り道
「私は帰りこちらですので」
歓楽街からの帰りの途中の交差点で私達は月代さんと別れた。
月代さんは街灯の少ない道へ入っていった。
楽しい話題ばかりしてくれた。
きっと月代さんの優しさなんだと思う。
私達は横断歩道の前で信号が変わるのを待つ。
夜遅い時間だけど車の通りはまだある。
満タンの赤いゲージが一つまた一つと減っていく。
「にゃー」
猫さん?
右の塀の上に白い猫がいた。
額には三日月型の黒い模様。
可愛い子猫。
目が合った。
逸らされる。
たしか敵対心がないという意思表示。
心の中でなんとなく月猫さんと名前をつけた。
トンと跳び下りて足に擦り寄ってくる。
「ん? 猫」
「うん、月猫さん」
「つきねこ? ああ、そういうことか」
しゃがんで手を伸ばす。
逃げられちゃわないようにそっと。
眉間の辺りを撫でてあげる。
くすぐったそうに撫でさせてくれる。
飼い猫なのかな。
ぴょんと胸に跳んできた。
「わ」
慌てて両手で抱きとめる。
人懐っこい。
私の胸の中で「にゃー」と鳴く。
だから私も「にゃー」と返した。
顎の下辺りを撫でてあげる。
気持よさそう。
すりすりしてきたり。
もう、本当にかわいいな。
「人懐っこいんだな」
トモヤが手を伸ばす。
月猫さんは猫パンチ。
「痛っ。なんだよ、ケチなやつ」
トモヤは目、怖いもんね、月猫さん。
月猫さんが肩によじ登ってくる。
ん、おヒゲが耳に触れてくすぐったい。
「貴方たち、手くらい繋いで帰ったらどうなの?」
――人語!?
胸を蹴って今度はトモヤの肩に跳ぶ。
「な、お前!?」
伸びてくるトモヤの手をかいくぐって、ぴょんと跳んで塀を超えてどこかに行ってしまった。
「あのやろ、逃げやがって。ったく」
信号はまだ赤のゲージを1つ残していた。
月猫さんの言ったこと、どうしよう……。きっと月代さんの使い魔だと、思う。
胸の前に置いた左手を右手で握って、トモヤを見やる。
「………………えーと、ナタリア」
そう呟いたあと、右手が差し出された。
なんとなく、トモヤが何を言われたのか分かった。
同じことだ。
月代さんは何を考えてるんだろ。
もう、ばか。
魔術を使う時に手に触れることはあるのに。
今日だって何度も。
でも改まるとドキドキする。
一度ゆっくりと深呼吸。
左手を少し前に出した。
「よろしく、おねがいします」
もう、自分で言っていてわけわかんない。
「こちらこそ、よろしく。ってなんかこれ変」
「そうだね」
ちょっとだけ笑い合う。
指先が触れる。
ためらいがちに私の手が包み込まれる。
伝わる暖かさ。
そこで赤信号が緑色に変わった。
手を繋いで歩く。
トモヤはどんな理由で私に手を差し出したんだろう。
私はどんな理由でトモヤの手と手を繋いでいるんだろう。
知りたいな――トモヤは今、どう思っているんだろう。
加速の魔術を解いてしまった。
長くこうしていたいと思った。
「なんだか色々あるんだな」
しばらく沈黙の後、トモヤがそう口にした。
「いろいろ?」
「いや、街が消えるとか魔術とか、今日のこととか」
「あ、うん。……巻き込んじゃってごめんなさい」
「いや、気にしないでいいって」
「でも……」
「いいからさ」
「…………」
「…………」
「ナタリアはこの魔術を止めるために来たんだよな」
「うん」
「ナタリアは前からこうしていたの?」
「うん。でも他にもいろいろ」
「いろいろ?」
「うん」
「そうなんだ。ナタリアみたいになりたいな。正義の味方みたいでかっこいいじゃん」
首を横に振った。
「そんなことないよ」
「そう?」
「うん。それにいいこともあまりない」
「どうして?」
「物心ついた時からこういう眼だったの」
「街を見下ろすことができるやつ?」
この話は、誰にもするつもりはなかったのに……。
「うん。あっちだと街中全部、観えてた。ここだとあまり広くは見えないけど」
「へー、すごいじゃん」
誰にも話したことがなかったのに。
「便利かもしれないけど、そうでもない」
「…………」
私の一番、――――。
「私だけじゃなくて、大人の人達にとってもそうだから。
街でどんなことが起きているのかとかどんな魔術師が街に入ったかとかそういうのを観るのが仕事だったから」
「…………」
「人ってね、よく傷つけあうんだよ。私は、観たくなかった」
「…………そうなんだ」
―――――弱い部分。
「ごめんなさい、嫌な話しちゃって」
「いや……大丈夫。色々あるんだな」
「うん、いろいろある」
暗い話。どうして話したんだろ。知って欲しかったから?
トモヤはこんな話をされてどう思ったんだろう。
分からないことだらけ。
無言の帰り道。手はつないだまま。
もっと楽しいお話しをできればいいのに。私は、だめだなぁ。
もう少しで家につく。
トモヤが急に立ち止まる。
顔を見上げる。トモヤの表情は真剣だった。
「てきとうな言っちゃってごめんな。何も知らなくて」
「ううん、気にしてない。私こそごめんなさい。でも、こっちは楽しいことが多くて、私はしあわせだから」
しあわせなのは本当。
「そっか。なら、さっさと面倒ごと片付けちゃおう。
ナタリアと月代さんならできそうじゃん。それでさ、もっと楽しもう」
「うん」
そうだね。トモヤの言うとおりだ。だから、絶対に止めないと。
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残りは南と西の2つ。
明日は街の南側にある港。
黒い影、術式を守る使い魔。
今日は、死んだ人まで出てきちゃった。
明日は、大丈夫かな。