第2章 3.夜の会合
第2章 3.夜の会合
それからほんの少ししてコツンと窓から音がした。
月代さんが投げた小石が窓に当たった音のはず。
コチッコチッと動く時計は11時ぴったりだった。
このよく分からない雰囲気がようやく終わる。
カーテンを開けて下を見る。
月代さんが私に気づいてにこっと笑う。
トモヤも隣に立って下を見る。
服が擦れて、またちょっとどきっとしてしまう。
「さっき見ていたあれってやっぱり現実なんだ」
さっきって……。
辛うじて「うん」とだけ返す。
「GPSみたいだな」
トモヤは落ち着いて、なんだか自分がばかみたい。
「会う約束してたの? だから11時だったんだ」
「ううん」とやっぱりそれだけ返す。
次の未来は、次の未来は……。
月代さんの唇が動いて何か言っている。
たぶん、『お邪魔していいですか』とかそういう言葉。
私の行動で未来が変わる。
玄関のドアからだとシオリまで付いてきちゃう。
だから私は窓を開けることにした。
トモヤが窓のそばにいると月代さんが登ってこれないから。
トモヤの手を取ろうとして、引っ込めて、袖を掴んで「トモヤ、こっち」と後ろに軽く引く。
月代さんはトンとジャンプして塀に着地。
さらにジャンプして玄関の屋根を蹴る。
最後に窓のサッシに両手をかけて、体勢を変えて窓枠に腰掛けた。
足は向こうにあって顔だけ振り向く。
月代さんはもう一度微笑みを浮かべる。
「こんばんは、夜分遅くにごめんなさい」
「ううん、待ってた」
「あら、知っていましたか」
「お前、バケモノ?」
トモヤは驚いたような表情で呟いた。
この表情は初めて見たような気がする。
なんか新鮮。
「バケモノとは失礼ですね。とりあえず上がらせてもらっていいですか?」
「うん。あ、靴」
靴どうしよう。
受け取ってひっくり返しておけばいいのかな。
そう思って手を差し出す。
「いえ、ここに置いておきますから大丈夫ですよ」
屋根の上にものが落ちるような音がした。
玄関の屋根に落としたのかな?
月代さんはぴしっと背筋の伸ばして床に正座。
私もそうした方がいいのかなと思って椅子には座らないで月代さんの前に正座する。
トモヤも同じように私の隣に座ろうとしたところで、月代さんが真面目そうな顔で口を開いた。
「それでは、まず大事なことからです。木下くん、頭ぽんぽんはどちらで知ったのですか?」
さらに私に向いて
「あれ、いいですよね」
少し首を傾けてにこっとする。
――!?
「何覗いてんだ、てめえは!?」
座るのを止めてトモヤが叫んだ。
私もやっと恥ずかしさが消えたのにまた振り返してしまいそう。
「いえいえ。未来を見たらそうなっていただけですよ」
にこにこしたまま返してくる。
でもやっぱり月代さんの見ている未来って本物なんだ。
考えながら恥ずかしさを紛らわす。
トモヤは「ったく」と言いながら、床に座るのは止めたらしくてベッドに腰掛けた。
月代さんはこほんと小さく咳払いして、
「それでは、真面目に。木下くんはこの件についてどこまで理解してますか?」
トモヤを見上げていう。
今度はちゃんと真剣そうな顔だった。
「なにも知らん」
私もうんと頷く。
「まだ、何も話してない」
「そうですか。ではどこから話しましょうか」
「そうですね」と言って少し考えている月代さんを待つ。
「それではまず、現状を把握し合いましょう。
木下くんにとっては唐突な話になると思いますので、分からないところがあったら言って下さい。その都度説明しますね」
「わかった」
「まず、残り1ヶ月くらいでこの街が消えることについてですが――」
「わかんねーよ! ちょっと待て、いきなり何言ってんだよ、お前は」
トモヤがいきなりそう叫んだ。
月代さんは
「ですよね」
と呟く。
私と月代さんは未来予知で街の未来が存在しないことを目で見てわかるけど。
トモヤには理解するのが難しいかもしれない。
「……木下くん。そのまままの意味です。街が消えます。
そしてこれは誰かさんの魔術のせいです。
ただ私達にも術式そのものはきちんとわかっていません。
いいですか。私達の、魔術の世界では意味が分からないこと、方法が分からないこと、そういうことは普通なんです。
でも私には街が消えるということだけは分かるんです。私は未来を知る魔術が得意です。
学園で行っているタロットがそれです。木下くん、それで納得して下さい。いいですか?」
一気にまくし立てる。
「納得しろって言ったって…………ナタリアさ、いや、ナタリアはどう思ってるの?」
さん付けじゃなくて、ちゃんと呼んでくれた。
ちょっとくすぐったいし恥ずかしく感じるけど、やっぱり嬉しい。
でも今は真面目に。
「えっと、トモヤ、私も、同じ。月代さんの言ってることはまちがってない。
でも、私もよく分からないことばかり。ただ街がなくなることはここに来る前から知ってた」
「来る前からって」
「私のしごとはそれを止めることだから」
トモヤは驚いた表情をした。
月代さんは「やっぱりですか」と言った。
なんとなく月代さんの立場が分かってきた気がする。
「ところで、いつの間に木下くんはナタリアさんのこと呼び捨てなんですか?」
唐突なその言葉にばっと下を向く。
いきなりなんでそんな恥ずかしいことを……。
せっかく、意識しないようにしたのに。
いや、別に恥ずかしいことじゃないはずなんだけど。
「はあ? んなこと、どーでもいいだろ」
「冗談ですよ。言ったじゃないですか、この未来は見えてたって」
月代さんがくすくす笑う。
「質の悪い女だ……」
トモヤはボヤく。
言葉の感じがなんだか照れ隠しみたいだった。
かろうじて顔をあげてみると月代さんはまた、
「でもですよ。私は理由を知っていますけど。
男の子が女の子の呼び方を変えるのは結構特別なんですよ。
妹さんとか周りの人はどう思うでしょうね?」
「うわあ」
トモヤはそれを聞いて手で顔を押さえた。
月代さんはなんだか楽しそうに笑ってる。
「ふふ、まあいいです。脱線しましたね。
ナタリアさん、私も貴女と同じでここに来たばかりで、今回のことも全くわかっていません。
ナタリアさんはどこまで調べが進んでいますか?」
「ちょっと待て、お前、去年から居ただろ」
トモヤはもう立ち直ったらしい。
「木下くん、質問が多いですね。私はいませんでしたよ」
「いや、居たから。半年くらい前に転校してきてさ。結構話題になったし」
「はあ。仕方ないですね。分かりました。……あれは人形です。
私の所属するところのボスがですね。勝手に用意してたんです。
私もここに来ることが決まるまで知りませんでした」
そう言い切って最後に
「あのタヌキおやじ……あいつのせいで大学生のはずなのに中学生なんかを……」
と嫌悪のつぶやきが聞こえた。
いつもの口調と違ってた。
月代さんも大変なんだ……。
月代さんが本当は5つ年上だって知らないトモヤは首をかしげてる。
いつか教えたほうがいいのかな?
「あ、私、今でもよく人形と入れ替わっていることがありますから。無口なときは人形だと思って下さい」
今度はころころと笑っていう。
あれ、人形だったんだ。
こっちの月代さんはよく喋るから違和感だらけ。
質問したトモヤは「人形ってなんだよ。訳わかんね……」と苦悩していた。
「さて、ナタリアさん、現状で分かっていることを教えて頂けますか?」
「うん」
と1つ頷いて、
「北の方にある工場に、」
と説明を始めようとして、
「工場……、ええと、この辺りですか?」
と言って月代さんが空中に半透明のマップを出して北の方を指さす。
魔術?
指差すところが昨日行ったところなのか記憶と照らし合わせる。
「うん。えっと、もう少し右の、あ、ここ」
マップの中からあの場所を指指す。
「ここですね」
なにか赤い印を付けた。
マップを見ていて円状の何かが街を囲っているのに気がついた。
「月代さん、これは?」
円を指差す。
「これは結界です。私達が予想している魔術の効果範囲です」
ちょっと驚く。
この中が全部有効範囲。
本当に大規模な魔術。
どうやったらこんなに大きな範囲に影響を与えれるんだろう。
「結界?」
トモヤが首を傾げる。
「ええ。街を覆うようにして結界が張られているんです。その辺の小説に書かれているものを想像して下さい」
「テキトウだな」
「でも、間違ってないと思う」
「そうか、分かった」
「本当に、木下くんは私には反抗的なのにナタリアさんの言葉は素直に信じるんですね」
「お前、栞に似てんだよ。絶対それ猫かぶってるだろ?」
「……話を戻しますよ。とにかく、結界が張られています。
実はこれ、昨日までなかったんです。少しずつ術式が動き始めているということだと思います」
昨日までなかった。
今日はある。
私のせい?
ううん、関係ない。
私はなにもしないで逃げ帰っただけだから。
「ナタリアさん、北にある工場の他に術式がどこにあるか掴んでいますか?」
「ううん。でも東と南と西の端にあると思う」
「そうですね。私も同じ意見です。神隠しを街に対しておこなうなんて大規模な術式が必要ですからね」
「神隠し?」
「はい。言葉遊びになってしまいそうですが、そのまま理解して下さい。
神隠しは本来、人に対して起こる現象です。御存知の通り、突然、人が消えるというものですね」
日本にある不思議な現象。
前に聞いたことがあったからなんとなく知っている。
「神隠しは、人を忽然と消し去るものです。死ぬわけじゃありません。消えるんです。
普通の人からすれば、どちらも似たようなものでしょうけれど、私やナタリアさんのように未来や運命といったものを見れる側からすればそれは全く違うんです」
確かに死ぬと消えるはぜんぜん違う。
あれ?
月代さんはいつから私が未来を見れることを知っているんだろ。
「その人の未来を見ていくと、亡くなる場合は、死ぬという未来がちゃんとあるんです。
神隠しの場合は、その人の未来が突然、ぶつ切りになっているんです。
見た目で言うと紐の結び目か、千切れた感じか、ですね。ですよね?」
頷く。
そっか。
月代さんと私の未来の見え方は同じかもしれない。
私にも同じように見えているから。
でもどこまで私のことを知っているんだろう。
トモヤはなんだか納得したようなしていないような、よく分からない表情をしていた。
眉をひそめているという表現がいいのかもしれない。
「それと、神隠しの場合は生還した人の話も聞きますよね。これも行方不明と全く違います。
行方不明なら、行方をくらませている未来があって戻ってくる未来があります。
神隠しの場合は、突然消えて突然未来が復活します。途切れた映画のフィルムみたいな感じですね」
そう言って、月代さんは「イメージしにくいかもしれませんが」と付け足した。
「いや、何となくわかった。それで、これからどうするんだ? どうにかして止めるんだろ?」
「ええ。とりあえず、私達の取るべき道はまず2つ。
神隠しが起きる前に術式を止めるか、神隠しが起きてから元に戻すかですね」
「起きる前に止める」
私はすぐにそう答えた。
その方がぜったい良い。
「ですね。元に戻す方が難しそうですし」
「さて、それでは次です。すでに北側の術式は見つけているわけですが、まずそれを壊してしまうか、4つ全て見つけてから壊していくか、ですね」
「よくわかんねえけど、4つ見つけてできるだけ一緒に壊したほうがいいんじゃないか?」
うん、私もその方がいいと思う。
「一応聞きます。どうしてそう思うのですか?」
「壊しても、次の探している間に復活してそうだし。ゲームだとそうじゃん」
「ゲーム、ですか。オンラインゲーム? さすがネット廃人ですね。妹さんが心配してましたよ?」
「あのやろう……」
「ネットハイジン?」 ――前にもシオリがそんなことを言っていた気がする。
「違うから……。普通だ、普通。人並みにやっているだけだよ」
「本当ですか? でも、まあいいです。確かにその可能性もありますね」
私も同じ考え。
「よくわからないけど、あれは門を開けるための術式だと思うから、壊してもまた戻せばいいと思うから。
できるだけ一緒に壊したほうがいいと思う」
「なるほど。それではまずは場所の特定。それが分かってから術式を壊しに行きましょう」
でも、術式に近づきたくても使い魔がいるから。
そっか。
このことはまだ言ってない。
「でも、とても強そうだった」
「強そう?」
「術式を守っている使い魔」
「そんなのがいるんですか。……いえ、当たり前ですね。そうですか。
でも、きっと大丈夫。別に倒す必要はありません。
術式を壊すことが目的ですから。それならなんとかなると思います」
「本当かよ。どうやって?」
私も同じく疑問。
あの使い魔は本当に強そうだった。
私の魔術だと相手にできない。
あとから見たけど倒せる未来が見えなかったから。
「簡単です。私はその使い魔の相手をして引きつけます。
倒すことはできないと思いますから、囮になるということです。
ナタリアさんは私のアシスト。その間に木下くんが術式を壊して下さい」
「俺が!? 魔術とかさっぱりなんだけど」
トモヤにあまり危険なことさせたくない……巻き込んだのは私だけど……。
「大丈夫ですよ。術式なんて簡単に壊れるんです。例えば魔法陣にほんの少し傷をつけるだけでもいいんです」
「あー、よくわかんなんだけど、どうやって傷つけるんだ?」
「そうですねぇ。ナタリアさんは何かいいもの持っていますか? 木下くんに使えそうなもの」
トモヤに使えそうなの……と少し考えて、首を横に振る。
「プラハにいるときなら効果のあるものはいくつかあったけれど、ここでは全然……」
「そうですか。うーん。木下くん、剣道とか得意ですか?」
「やったこともないけど?」
「そうですか。何振りか霊刀は持っているんですが。お貸しするわけにもいきませんね。
霊刀は振り方それぞれに魔術的意味を持ちますから。一朝一夕には使いこなせないです。わかりました。何か探しておきますね」
刀……ジャパニーズ サムライ ソード……トモヤが持っているところ、見てみたかったな。
突然、コンコンとドアをノックする音がした。
「ナータリー♪ 起きてるー?」
シオリだ。
「うん」――あ……答えちゃった。
月代さんはすぐに立ち上がって窓を開けた。
トモヤは「やばっ」と声を上げて立ち上がる。
「ナタリアさん、木下くん、それではまた明日お会いしましょう。それと木下くん、無駄ですよ」
そう言って窓から出て行ってしまった。
「入るよー」という声と一緒にドアが開いた。
シオリの目が見開いた。
「智也!? なにやって……。いや、おにーちゃん、私のナタリーに何しているの!?」
途中からシオリの声が可愛くなっていた。
「言い直すなよ……、何もしてねえよ。ただ話ししてただけだ」
「ふーん。まあ、仲いいのはいいけどー」
「で、何しに来たんだよ?」
「何よその、2人の時間を邪魔するな、みたいな言い方ー。混ぜてよー」
「ふたっ……、妙な言い方するな! つーか、もう寝るから」
うんうんと私も頷く。
……2人の……時間……。
月代さんが来るまではそうだった。
「んー、なんか2人とも分かりやすいね」
シオリの考えていることと私達は、ちょっと違う……と思う、きっと。
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話の続きは明日。
怖いけれど、きっと、残り3つの術式を探すことになる。
月代さんはどうするつもりなんだろう。