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魔女ナタリアの物話  作者: はせ
前編 街の結界
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第2章 2.目が覚めて

第2章 2.目が覚めて


 目覚まし時計の音で目が覚めた。

 いつもは目覚ましよりも少しだけ早く起きるから、あまりこの音は聞かない。

 体を起こすと薄い黄色の掛け布団がずり下がった。

 自分の着ているものがいつものネグリジェではないことに気が付いた。

 昨日と同じ服だった。


「どうして……?」


 あ、っと思い出す。

 玄関でトモヤに会ってしまったこと。

 魔術を見られてしまったこと。


「……ぁぅう……」


 トモヤに抱きつくような形になってしまったことを思い出し、布団の端をぎゅっと掴んで顔を埋める。

 頬が熱くなるのを感じた。


 部屋を出てリビングに行っていつものように一緒に学園に行く……そんなこと……。

 でも行かないと……。


 深呼吸する。

 意を決し、ベッドから出て、服を脱ぐ。

 チェック柄のスカートを履き、シャツに袖を通してタイを締める。

 椅子に座って、机の上の鏡と向き合う。

 表情はいつも通り。

 大丈夫。

 ブラウンの髪を丁寧にブラシで梳いていき、後ろをお気に入りの白いシュシュで結わえる。

 立ち上がってブレザーを着る。

 かばんを開けて、授業で使う教科書とノートが入っているか確認してお終い。


 ……やっぱり落ち着かない。

 本当はもっと考えなきゃいけないことが沢山あるのにな。

 もう一度、深呼吸してドアを開く。


「あ、ナタリアさん、おはよう」


 ばたん。

 ドアを閉じた。

 私の体はまだ部屋の中。

 トモヤがいた。

 どうしたらいいか分からない……。


 独りでに、まだ手をかけていたノブが下った。

 ドアが開いて右手がそのまま引かれていって前のめりになった。


「きゃ」

「っと、ごめん、大丈夫?」


 トモヤだった。

 またトモヤの胸に抱きつくような風になった。

 恥ずかしい……。

 今の私はどんな顔をしているんだろう。

 トモヤの顔を見ないで、


「う、うん、だいじょうぶ」


 そう言い残して駆け足気味に階段を降りてリビングに向かう。

 朝食の時間はやっぱり気まずかった。


 投稿中もやっぱり同じように気まずい。

 ブレザーのポケットに手を入れて前を歩く白髪の少年、トモヤは何を考えているんだろう。

 何もない所から突然現れた私をどう思ったかな。

 魔術と結びつけてしまったかな。

 漫画や小説、アニメーションに出てくる魔術のイメージと似ていると思うから。

 トモヤは何も言わない。

 なかったことにしてくれているのかな。

 トモヤは優しいから……。


***


「ナタリアさん、お昼休みに屋上に来てもらってもよろしいですか?」


 朝、教室に入って席についてすぐ、月代さんがそう言ってきた。

 彼女はそれだけ言って、私の左後ろの席に着いて1限目に使う教科書を開く。

 何事も無く授業は進む。

 給食中、月代さんはあまり会話に入ってこなかった。

 この前のことが嘘であるかのように静かだった。

 給食が終わると月代さんはすぐにいなくなった。

 きっと屋上に行ったんだと思う。私も屋上へ向かった。


 屋上のドアを開けると月代さんはこの前と同じように金網のフェンスに背を預けていた。

 少し隣にトモヤまでいた。

 地べたに座って金網にもたれ掛かっている。

 2人がこちらに目を向ける。

 私は後ろ手にドアを閉めた。


 私も月代さんもトモヤも、誰も口を開かない。

 嫌な空気が漂う……。

 しばらくしてようやく月代さんが口を開いた。

 月代さんがトモヤの方を向いて言う。


「ね、私の言ったとおりでしょう、木下くん。貴方はこれから、どんどんと災いに巻き込まれていきますよ」


 その言葉にはっとした。

 この間の占いの結果を言っているんだって分かった。

 きっと私はトモヤを魔術の絡んだこの事件に巻き込んでいくんだ。

 それじゃあ、月代さんがタロットを通して見た未来は本物……。

 トモヤが立ち上がって月代さんを見る。


「ちょっと待て。いきなり何なんだよ」

「あの……」

「木下くんはナタリアさんが魔女・・なのだともう理解しているのでしょう?」


 普通の中学生の会話では出てこない単語を平然と口にした。


「あれだけ見せられて分からないわけないですよね?」

「いや、だから」

「まって……」

「ナタリアさんは黙っていて下さい。大丈夫です。この方が、この事件・・を容易に解決できるようになりますから」

「さっきから何言ってるか分からねえっての。魔女だの事件だの!」


 鋭い目つきでトモヤは月代さんを睨む。

 月代さんは気にも止めずに続ける。


「そうですね……。木下くん、昨日の夜、理解できなかったことを言って下さい。それについて回答します」

「そんなこと知るか」

「認めたくないのですか? ですが認めなくとも知られてしまった以上、木下くんには私達の側に来てもらいます。先程も言いましたが、その方が助かるのです。私もですが、ナタリアさんも」


 話が急すぎてついていけない。

 でも分かることは1つ。

 月代さんは私と同じ側に人間、つまり魔女。


「さあ、言ってみて下さい」

「っ……」


 月代さんがトモヤを促す。

 トモヤが一度だけちらりと私を見る。

 うつむいて、呟き気味に言う。


「窓から外見てたら、ナタリアさんが玄関から出てくるのが見えた。そしたら消えた。玄関で待っていたら、誰も居ないのに扉が開いた。そしたら、いきなりナタリアさんが現れた。部屋に連れてったら、変なのが部屋から出てきて、あとは任せろって言ってた。ナタリアさんを寝かせたらそいつも消えた。意味わかんねーっての」


 最初と最後のは初めて知った。

 最初のは透過の魔術を使った時で、最後のはもしかしてヴァレフォールの……。


 はあ、とため息をついて月代さんが苦言を口にする。


「ナタリアさん。あなた、本当に魔術師としての自覚があるのですか? あまりにずさんです」

「ごめんなさい……」

「いえ、いいです。木下くん、全てが魔術の一言で片付くことはわかりますよね? 透過の魔術と使い魔の使役です。どういうものかは小説などでご存知ですよね?」

「魔術って……」

「百聞は一見に如かず。木下くん、言葉で理解できなくても、見たことは理解できますよね? そして貴方は魔術を目の前で見たのでしょう? 理解できなくても構いませんが、魔術が存在するということを信じて下さい」


 そう言い切った後、月代さんが私の方に体を向ける。。


「これでこの話はお終いです。お昼休みも終わってしまいますので私は先に戻りますね」


 ドアのある私の方へと歩いてくる。

 後ろに両手をまわして、私に歩み寄りながら言う。


「きちんとした自己紹介がまだでしたね。占術協会に所属しています月代つきしろ理都りつです」


 彼女は目を一度閉じて、開ける。口元には笑顔。

 作り笑顔ではない。

 女の子らしい笑顔、友達を見つけたといったような。

 すれ違いに顔を私の背の高さに合わせて、口元に人差し指を添えて言う。


「実は私、あなたより5つ年上なんです。秘密ですよ。よろしくお願いしますね、プラハの魔術師さん」


 声が踊っていた。

 ……とし……うえ?

 プラハって……。


 取り残された私達は、しばらくの無言の後、予鈴のチャイムに急かされて教室に戻る。


 教室に入る直前にトモヤが言った。


「よく分からないけどさ、困ってることがあったら力になるから」


 その言葉がなんだかとても嬉しかった――。


***


 その日は、それからずっと同じことを考えていた。

 両手でお湯を(すく)って(こぼ)れるそれを眺める。

『よく分からないけどさ、困ってることがあったら力になるから』

 それはどれだけ信じていい言葉?

 トモヤは優しいから。

 月代さんはトモヤを巻き込もうとしている。

 どうしてだろ。

 その方が都合がいいって言っていたけれど。

 ミスしてバレたのは私の責任だけど、記憶を消してしまえばいいだけなのに。

 そうはしない方がいいんだよね。

 私には見えてなくて月代さんには見えている未来。

 未来のトモヤはどんな風なんだろ。

 私が未来を確定しないでそのまま未来(さき)に進んだら、その時の私はどうしているのかな。

 (こぼ)れるお湯から視点をずらして未来に視線を移す。

 あみだくじのような迷路のようなアリの巣のような今と無限の未来をつなぐ道。

 ほんの少しの先の未来。

 月代さんだ。

 ここは、私の部屋? 私と月代さんと、それとトモヤもいる未来、いない未来。月代さんが来る前は……ううん、やめよ。

 目を閉じる。

 そのまま息を止めて全身をお湯の中に沈める。

 リビングから聞こえてくるテレビの音声、シオリの声がぼやけて聞こえる。

 不思議な感覚。

 私がしたいようにすればいいんだ。

 そうすることで月代さんが見た未来にたどり着くのかもしれないから。

 それでいいんだよね?

 それなら私がしたいことはトモヤと……。

 どうしてそう思うのか分からない。

 自分のことなのに不思議。

 あの人と似ているから?

 2年間一緒にいたあの人と。

 口が悪くて、でも優しくて。


 お風呂をあがって、いつものようにネグリジェを着て髪を()かす。

 でも今日はいつもと違ってお気に入りのシュシュで髪を結わえる。

 なんとなく、そうしたいと思った。


「ナタリアさん、あがったとこ?」

「うん、あの……」


 廊下でばったりトモヤとあった。

 言わないと。

 でも急に恥ずかしくなって顔を伏せてしまう。

 さっきまでなんともなかったのに。

 そもそも恥ずかしいとかそういうことじゃないのに。

 よく分からない。

 なんか体が火照る。

 これはなに?

 お風呂あがりだから?

 いや、そうじゃなくて、本当にいいの?

 トモヤとで。

 違う違う。

 これは月代さんがトモヤを巻き込むほうが都合がいいっていうからで。

 もっと魔術師らしくドライに。

 じゃなくて違う違う違う。

 そういう風に考えちゃうのは嫌だって。

 だから、私がトモヤとそうしようと思うのは……。

 やっぱり、よく、わからない……。

 頭の中がぐるぐる混乱してきた…………。


「ナタリアさん?」


 必要なことだけ言おう。

 顔を上げる。


「トモヤ、11時ちょっと前に、部屋に来てもらってもいい?」

「え、ああ、何も予定ないし、いいけど?」

「うん、それじゃあ、また」


 急いで部屋に向かう。

 心の準備とか、もっと必要だった気がするけれど。

 いちおう言えた。

 ぱたんとドアを閉めて、ドアに背をつけて膝を抱えて座りこむ。

 次に言わなきゃいけないこと。

 断られるのが怖い。

 未来を見てしまいたい。

 確定してしまえば簡単。

 でも決めてしまいたくない。

 決めるのはトモヤがすることだと思う。

 だからきっと私が決めちゃだめ。


 約束までの時間が長すぎた。


***


 11時まであと15分。

 もう少しで、来てしまう。

 すぐにこんこんと音がした。


「やっぱりあれのこと?」

「うん」


 短くそう答える。

 ネグリジェの端をぎゅっと掴む。

 最初に言わなきゃいけないことは。


「巻き込んじゃってごめんなさい」

「いいよ。でも魔術とかって本当にあるんだよな。月代さんの言った通り目で見ちゃったしさ」

「……うん」


 左手を胸の辺りで握って、トモヤの目を見る。


「トモヤ。その前に。わたしと、契約、して」

「けい、やく?」


 戸惑ったような声が返ってきた。


「うん。そうすれば私と、トモヤは、その、魔術的に繋がるから。わたしは、トモヤと、したい」


 言っていてやっぱり恥ずかしくなって伏せてしまう。

 なんなんだろ、ほんとうに変なの。


「いや、えーと、それはどんな風に?」


 やっぱり戸惑ったような声。

 顔が見えないから不安になる。


「して、くれるの?」


 顔を上げてトモヤの顔を見る。

 その顔は赤かった。

 どうしてだろ?

 でも、私も同じだと思う。

 本当に、気恥ずかしい。

 トモヤは目を外してそっぽを向いてしまう。

 でも、ポンと私の頭の上にトモヤの手が乗る。


「ん」

「ああ、いいよ。ナタリアさん、困ってそうだし。力になるって言っただろ」

「ほんとうに、いいの? 色んなことに巻き込んじゃうよ?」

「いいよ。それに知らないままなの、ヤだしさ」


 嬉しかった。

 ホっとして。

 なんだか目頭が熱くなって。

 涙が流れそうになって慌てて目を閉じた。

 ぽんぽんと頭に優しい感触。


「それじゃあ、やろうか」

「うん。えっと、とても、簡単。私の言うとおりにして」


 トモヤはすぐに頷いてくれた。

 1拍置く。

 きちんと目を合わせる。

 足元に魔法陣があることを幻視する。


「その目、」と言うトモヤにだめ、と首を振る。


 集中する。


「名前を、教えて」


 変な儀式だと思う。


「え? ああ、智也、だ」


 もう知っているのに。


「私は、ナタリア」


 これで2回目。

 私たちは名前を教えあった。

 目を閉じる。

 指を絡めて胸の前で両手を組む。

 心のなかでトモヤの名前を何度も何度も繰り返す。

 私の中にトモヤの名前を刻みつける。

 何度も何度も。


 魔法陣を消して目を開けた。

 ちゃんとできた、トモヤと、契約。

 なんだか嬉しい。

 やっぱり目頭が熱くなる。


「ナタリアさん、」

「ううん、もうさん(・・)は、だめ。ナタリア、って呼んで」

「……ナタリア」

「うん」


 さん付けは距離があるみたいで、もう嫌だから。

 刻んだ名前が薄れそうで嫌だから。

 ナタリーもだめ。

 本当の名前がよかったから。

 

「ナタリアの目、綺麗だな」


 褒める人なんて居ないのに。

 恥ずかしくて、また一瞬だけ顔を伏せてしまって、また上げる。

 もう、ちゃんと説明しないとだめだよね。


「この眼は、魔眼ってみんな呼んでる。私が観ているもの、見せるね。トモヤ、ベッドに、座って」


 ベッドに腰掛けたトモヤの前に立って両手を差し出す。


「トモヤ、手を出して、両手」

「こうか?」


 差し出された手を握る。

 暖かい。

 私たちを中心に魔法陣を幻視した。

 いつものように、街を()る。


「トモヤ、目を、閉じて。観える?」


 トモヤの手の力が少しだけ強くなる。


「これ、家? それに道路とか……ちょっと分かりにくいけれど」


 私が()ているものと少し違う。

 トモヤは魔術師じゃないから、かな。

 もっと近くに。

 街から視点を外して前を見る。

 トモヤの顔が近づく。

 どきどきする。

 変なの変なの。

 きっと昨日のことと今日のことのせい。

 目を閉じて、思い切って、トモヤの額に額をこつんと合わせる。

 トモヤが体を少しだけこわばったのが伝わってきた。

 もう一度、目を開けて街を観る。

 近すぎて、お互い呟くように(ささや)くように声を掛け合う。


「これなら、どうかな? 観える?」

「ああ、うん。さっきより、はっきりしてる」

「右の通り。月代さん、来ている。わかる?」

「月代さん? 本当だ。今、こっちに向かってきてる?」

「うん、きっと、大事な話し」


 街を観るのを止めた途端、やっぱりトモヤの顔が間近にあって、熱くなる。

 トモヤも顔を赤らめてお互いの手が離れてしまう。


 トモヤはそっぽを向いて窓の方に目を向けた。

 私は3歩下がって、胸に手を当てて(うつむ)いた。

 

 11時になるまでそうしてた。



---


 ドキドキした。

 でも、トモヤを巻き込んでしまった。

 月代さんが来る。

 私とトモヤと月代さん。

 どんな話をするんだろう。やっぱり魔術がらみだよね。

 

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