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魔女ナタリアの物話  作者: はせ
前編 街の結界
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第1章 3.未来予知

第1章 3.未来予知


 社守やしろのもり学園――。

 私がこれから1年間、中学生として過ごす学園の名前。

 でもあくまでも予定でしかない。

 場合によってはプラハに還される。


 家を出てバス停まで10分、バスに乗って約15分。

 社守学園は住宅街から少し離れ周りには緑が多い。


「忘れ物はない? って言っても今日は始業式だけだから何もないんだけどね。智也はまだかな。おーい、智也ー、置いてっちゃうぞー」


 シオリが階段の下からトモヤの部屋に向かって声をかける。

 すぐにドアが開く音がした。


「別に先に行っていいっての」


 不機嫌そうな声。


「一緒の方がいいじゃん。ねー、ナタリーもそう思うよねー?」

「え、あ、う、うん」

「あはは、そこは即答してあげないと智也が可哀想だよー」

「あぅ、ごめんなさい」


 じゃれてくるシオリを尻目に階段の方を見る。

 首元をタイで締めブレザーを着たトモヤが白い髪を揺らしながらすごい目つきで下りてくるところだった。

 

「うるせーよ」

「とーもや、いつも以上に不機嫌だね? どうしたの? 変なのー」


 トモヤの顔は不機嫌というよりもゲンナリという感じの表情に変わってた。


「トモヤは学校、好きじゃないの?」


 訊くとトモヤが首を横に振った。


「いきなり豹変するぞ。ナタリアさん、人には裏と表があるんだよ……」


 豹変……? ウラ……?

 そういえばこの間、イオリもウラという言葉を使っていた。


 外は晴天だった。

 でもまだ肌寒くてマフラーは手放せない。

 バス停までの道のりがちょっと辛かった。

 バス停には私たちと同じ制服の人たちが数人いた。

 胸元を校章が小さく飾る。

 下はチェック柄のパンツかスカート。

 その中にココア色のストレートの髪の女の子――イオリを見つけた。

 イオリも私達を見つけて手を振る。


「おはよう、みんな」

「よー」

「お早うございます、伊織」

「おはよう。…………?」


 シオリの口調に違和感を感じた。


「……なんだ、もうかよ」

「あら、お兄さん、何か言いました?」

「なんでもねーよ」

「あはは、ナタリー。栞って学校では表モードに変わるの。慣れない間は……うーん、面白いよ」


 トモヤは心の底から嫌そうに、イオリはとても楽しそうにそう言った。

 言葉遣いが丁寧語になっていた。

 呼び方もお兄さんに変わっていた。


「気持ち悪いだろ、少ししたら……いや、少ししても慣れないけど」


 バスを降りた時にトモヤがすれ違いにそう言った。


「違和感がとても……」


 トモヤに同意。

 だってあまりにもいつもと違いすぎる。



 校門から校舎まで石畳の道が一直線になっていた。

 その両端には花壇が並んでいた。

 きっと5月には綺麗な花でいっぱいになる。


「校舎、きれいよね。1年前に改装したばかりなのよ。

 シンメトリーを意識したんだって。バリアフリー、エレベーター完備。

 あ、エレベーターは怪我とかした人だけね。使ったら怒られるよ」


 説明してくれたイオリに素直に頷いた。


 今のシオリはこの学園の雰囲気に合わせたのかな? とふと思った。

 清楚のイメージになっている今のシオリはこの学園にぴったりな気がした。


 沢山の人がシオリに挨拶を交わしていく。


「おはよう、栞さん」

「栞さん、おはようございます」

「木下さん、おはよう」


 シオリは人気あるんだなあと思った。

 でも中には、


「おはよう、木下さん。お兄さんもおは――ひぃぃ、ご、ごめんなさいぃ」


 と変な声を上げて走っていってしまう男の子の姿も……。

 なんとなく理由が分かった気がした。


「ね、ナタリー」


 イオリが顔を近づけて小声で話しかけてくる。

 シオリとトモヤからちょっと距離が離れた。


「シオリのあれね。去年の入学式のときからなの。

 でね、恋人を作るぞーって言ってああなったのよ。お淑やかだとモテるとかって理由で。

 でもね、まだ会って1週間だけど分かるかな?

 栞って智也のこと結構好きなのよね、いつも一緒にいるの。

 智也はあの目つきでしょ? 近づく男の子みんな逃げるの。恋人なんてできるわけないよね」


 ころころ笑う。


「うん、そうだね」


 私も少し笑いがこぼれた。


「でしょ。……ほんと、栞ってば、1年経って板についきたわ」


 さっきの予想はまったく的外れだったみたい。



「よっ」と後ろから声がかかった。

 少し短めの黒髪の男の子だった。


「よー」とトモヤが返す。

「信一くん、おはよう」

「おはよー、伊織さん、元気してた?」

「お久しぶりです、(しん)

「久しぶり。てか、栞さんは相変わらずだね。今年もそれでいくの?」

「あら、なにが? どういうことかしら?」

「いや、なんでもない……」


 この間シオリが言っていた佳乃信一くん。

 やっぱり、みんなそういう反応なんだ。


「ほら、土曜日に言っていた、ナタリアさん。私はナタリーって呼ばせてもらってる」

「智也と栞さんのところにホームステイに来ている、だったよね?」


 イオリが紹介してくれて私達は簡単に自己紹介を交した。

 シンも話しやすい人だなと印象を受けた。



 新学期初日はシオリの言ったとおり特に何もなかった。

 ホームルームで自己紹介とクラス委員決めをして終わり。

 クラス担任は赤城篠(あかぎしの)先生。

 茶色の髪を肩くらいの長さにした美人の先生だった。


 席はあいうえお順。

 私の右の席がシオリで、その後ろにトモヤ。

 私の左の席はイオリだった。

 シンは窓際の一番後ろの席だった。


 私の自己紹介の時はやっぱりクラスからざわついた。

 何か聞こえてくる言葉が恥ずかしかったような気がする。


「はい、みんな、静かにするのよ。ナタリアさんは日本に来て間もないわ。

 慣れないことも沢山あるから困っていることがあったら助けてあげなさいね」


 と先生がみんなを静めて自己紹介を再開させた。


***


 学園が始まって数日経った。

 お昼の給食のときは机を並べ替えて4つの机くっつける。

 班は正面のイオリ、斜め前の月代(つきしろ)さん、そして須藤くん。

 月代さんはさらさらの黒髪で毛先を切り揃えた髪型だった。

 とても落ち着いた印象だった。

 なんとなく日本人形のようなイメージをもった。

 

 お昼休みにはいつも月代さんの席の周りに小さな人集りができる。

 人集りの原因は月代さんのタロット占い。

 今も占いの真っ最中。

 私たちはその喧騒から逃れるようにシンの席近くに集まっていた。


 一筆書きの六芒星の上で22枚の大アルカナのカードがシャッフルされる。

 10枚のカードが特殊な十字の形に並べられる。

 ケルト十字の配置だった。

 組合せの数は100兆のさらに一桁上。

 有限だけど無数に近い未来を占える。

 私には使いこなせない。

 もしも本物の未来を見ているのならとてもすごい。

 私の未来予知とタロットによる未来予知には決定的な違いがある。

 

 私のは未来を選択するためにある。

 起こりうる未来が沢山見える。

 その中から確定させたい未来を一つ選ぶ。


 タロットを使った未来予知は、一番起こりうる可能性の高い未来のみを見る。

 さらにそれに抗うための最も効果的な手段をたったひとつだけ明らかにする。


 占いのこともあの人が教えてくれた。

 あの人は未来確定にタロットを使っていた。

 懐かしい。

 久しぶりに思い出した。

 今頃、何をやっているんだろう。


 トントンと肩を叩かれて振り向く。

 シオリだった。


「あの、ごめんなさい。何?」

「伊織……、私、ナタリーに完全にスルーされて……ました」

「はいはい、よしよし」


 シオリがイオリに抱きつく。

 イオリはそんなシオリの頭を撫でる。

 この辺りはいつもと変わらないみたい。


「ナタリアさん、気にしないでいいよ。どうでもいい話だったから」


 トモヤがフォローしてくれた。

 イオリが月代さんの方を見て、


「あれね。結構、当たるらしいよ」

「そうなの?」

「うん。占ってもらったことがあるわけじゃないけど。友達がいうには、ね」

「お兄さん、占ってもらっては?」

「お前が占ってもらえよ。で、化けの皮を剥がされて来い」

「あはは、智也、ひどいよ、それー」


 シンの言葉にみんなが笑った。


 ――やっぱり気になることがあった。

 月代さんが見ている未来は本物なのかな。

 もしそうだとしたら、6月以降の未来が見えないこと、月代さんはどう思う?


***


 数日経った日のこと。

 

「実は……お願いがあるの……」


 シオリの態度がなんだかしおらしかった。

 うつむき、少しだけ上目遣い。

 その先にはシンの顔。

 未だにシオリのこの雰囲気や言葉遣いに違和感を感じてしまう。

 シオリの名前に相応しいような気もするのだけれど。


 シンは逃げ腰になってちょっと警戒している。

 シオリは小さないたずらが好きだから。

 今度は何を思いついたんだろう。

 

「えーと、栞さん、なに? 嫌な予感しかしないんだけれど」

「せっかく、理都りつさんがクラスメイトになったのですから、やっぱりお兄さんを占って頂きたいなと思いまして」

「りつ? ああ、月代さんのこと? おっけー」


 途端にトモヤはこの場から逃げ出そうとする。

 シンはその手をがっちり掴んで放さない。


「智也が逃げたら俺が犠牲になっちゃうじゃん」

「ぜひ、犠牲になってくれ……」

「私は興味あるけど、智也も信一くんもどうして嫌なのー?」


 イオリが楽しそうに言う。イオリもトモヤを占わせようとしている?


「えー、どうしてってもなあ。特に悩みないし」

「あら、それは嘘よね」


 シンの回答にシオリが間髪入れずにそう言った。


「え、そうなの? 信一くん、なにか悩みあるの? 聞こうか?」

「いやいやいや、いいって。えーと、あれだよ。今年は部活、レギュラー取りたいなあとか、そういうの。練習あるのみでしょ!」

「信一くんなら余裕じゃない」

「放せっての」

「いやぁ、3年に上手い人、結構いるから」

「シンはいつから野球やっているの?」

「放せってば」

「小学校の5年生だよ。今年で4年目」

「そうなんだ」

「無視すんな! 放せ、こら」

「さ、連れて行きましょう。丁度、終わったようですし」


 クラスメイトの女の子が月代さんにお礼を言って立ち去るところだった。

 腕をブンブン振り回して解こうとしているトモヤが無理やり連れて行かれた。

 シオリは少しだけ遅れて行って月代さんと向き合う。


「理都さん、お願いがあるの。私のお兄さんのことなのですけれど。心配なことがあって……お兄さんの行く末を占ってもらえませんか?」

「はあ?」

「いいですよ、座って下さい」


「栞ってば、適当過ぎよ」


 イオリは笑いを堪えて苦しそう。

 トモヤは私に背を向ける形で席に座らされる。

 きっと、とても不機嫌な表情をしているのだと思う。

 月代さんは構わず机の上で22枚のタロットを切る。

 細長い指が丁寧にカードを混ぜていく。


「質問の内容が明確でないと、占いの結果も明確なものにならないですけれど、いいですか?」

「ああ、なんでも構わないよ。さっさとやってくれ」


 もう、諦めてしまったという感じで不貞腐れたように答える。


「それでしたら、簡単なやり方で占います」


 切ったカードの上から3枚を取って三角形に並べる。

 残った19枚を手にとって伏せたまま扇状に広げてトモヤの前に差し出す。


「木下くん、このカードの中から1枚好きものを選んで下さい」


 素直に1枚取り、月代さんに差し出す。

 その1枚を机の上において4枚のカードを表に反す。

 最後の1枚を開き終えた瞬間、月代さんが息を呑んだように見えた。


「……どうした?」

「あ、いえ。すいません。もう一度、やり直させてもらってもいいですか?」

「? 別にいいけど」


 同じように切って、今度は10枚を取りケルト十字の形にカードを並べた。

 1枚ずつカードを表にしていく。


「うそ……」と呟いたように見えた。顔を上げ、トモヤではなく、イオリと私がいるこちらを見た。

 目が合った。

 ――――私?

 けれど、それも一瞬のこと。


「そうですね。木下くん」

「うん?」


 カードを戻し、木製のケースに入れて机に仕舞う。

 月代さんは立ち上がって、トモヤの耳に顔を近づけ何かを口ずさんだ。

 切り揃えられた月代さんの黒髪がさらりと流れる。

 流れる髪の合間から、月代さんが横目に私を見た気がした。

 そのまま月代さんは教室を出て行ってしまう。

 教室の隅の方にいた私からはカードが見えなかった。

 どんな結果が出たんだろ。

 ちょっと気になる。


「ねえ、お兄さん。なんて言われたの?」

「え? ああ。さあな」

「まさか、あまりにも悲惨な未来が……」

「……いや、そういうわけじゃないけど。てか、俺、あの女、嫌いだ」

「智也、そんなに酷い内容だったの?」


 最後にシンがそう尋ねたけれど、トモヤはそれに答えず私を見ていた。

 ――なんだろう?


***


 夜、お風呂から上がったあと、ネグリジェをまとった姿で机に向かう。

 数学の教科書とノートを広げる。

 宿題に出された章末問題。

 計算問題は公式を当てはめるだけだから簡単。

 でも文章問題が難しい。

 日本語だとすんなり頭に入ってこない。


 頭を捻らせているとコンコンとドアをノックする音がした。


「ナタリアさん、ちょっといい?」


 トモヤの声だ。

 どうしたんだろ?

 トモヤが来るの初めてだった。


「うん、いいよ」


 立ち上がってドアを開ける。

 トモヤは難しい顔をしていた。

 本当にどうしたんだろ。


 どこに座ってもらおうか。

 私が椅子でトモヤがベッドか、その逆か。

 それとも一緒にカーペットの上に座ろうか。

 迷っても意味ないよね。

 結局、最初の案にした。


「あの、ベッドでいい?」

「わりぃな」


 私は椅子に座って、トモヤはベッドに座って向き合う。

 少しの沈黙。

 どうしたらいいんだろう。


 そうしていたらトモヤが口を開いてくれた。


「大したことじゃないんだけどさ」


 また沈黙。


 言いたいことがあるんだよね。

 私は黙って続きを待った。


「今日の、ほら、占い。あの女……『新しい出会いが災い』って言ってた。で、離れたほうが良いって」

「新しい出会い?」


 トモヤが新しく出会った人は……。


「――私?」


 私との出会いが災いで、私と離れることが解決の鍵?

 月代さんはどんな未来を見たのかな……。

 私がトモヤを傷つける? どんな風に? なんで?

 災い……良くないことって意味だから……。


「いや、俺は信じてない。所詮、占いだしさ。つーか、あの女、嫌いになった」


 確かに単にそういうカードが出ただけかもしれない。

 だからトモヤが月代さんを嫌いになることもない。


「トモヤ、カードがそう示しただけだから……。きっと、月代さんに悪気はないよ」

「いいや、含むような感じで言ってたし。なんか、癪に触った。

 ごめん、変なこと言って。ナタリアさんとは、これからも今まで通りだから。じゃ、戻るわ」

「う、うん。私は別に気にしてないから大丈夫」


 ……気にした方がいいのかな。

 月代さんの見たトモヤの未来は本物? 偽物?

 もしかするとあの事かもしれない。

 魔術が関わるあの事件の……。


 でも再認識した――トモヤはやっぱり優しいと思う。

 シオリといるといつも怒っているように見えちゃうけれど。


 ドアを出る前にトモヤが振り返る。


「宿題、分からないところがあるなら栞に聞いてみ。あいつ、意味わかんねーけど、去年とかクラストップだったから」

「え!?」


 さすがにちょっとびっくりした。


***


 昨日の月代さんの占いの結果が気になっていた。


 トモヤが私から離れる未来を辿って未来を予知してみた。

 それはシオリがとても悲しそうにしている未来だった。

 けれどその未来を辿っていくとやっぱりその先の未来は存在しなかった。

 街は未来から切り取られてたままだった。


 そんなことがあったから、給食の時間、私は悩んでしまっていた。

 トモヤはああ言っていたけれど、月代さんはすごく落ち着いた印象があって、いたずらにあんなことを言うなんて思えなかった。


「ナタリアさん、なにか?」


 声をかけられて、私は斜め左に座る月代さんをじっと見ていたことに気がついた。

 慌てて、「何でもない」と答え、紛らわしにコッペパンを一口大に千切って口に運ぶ。


「ナタリアさん。いくつか聞いてもよろしいですか?」

「うん。なんでも聞いて」

「それではお言葉に甘えて。ナタリアさんは日本語、とても流暢ですよね。

 以前、日本人の方に教えて頂いたと仰っていましたけれど、どのような方でした?」


 あの人のこと……?

 日本語を教えてくれた人、同時に色々な魔術を教えてくれたあの人のことを思い出しながら口にする。


「えっと、男の人で、私が会ったときは……私が10才のときで、その人は20代くらいだったと思う。

 仕事……みたいなのでチェコに来ていたの」

「仕事場かどこかでお会いしたのですか?」

「私も丁度夏休みのときで、観光地でお手伝いしていて、そのときに」

「そうなんですか。優しい方でした?」

「うん。でも――」


 優しいかどうかならそうだけれど。


「――口がとても悪かったかな。私にじゃなくて、周りの人にだけだけど」

「そうでしたか」


 そう答えた月代さんはいつもとは違って、一瞬だけ優しい目をして、今度は悲しそうな表情をした。

 やっぱりそれも一瞬だけだった。


 占いのことも話題を出してみようと思った。


「他にもタロットについても」

「そうなのですか? それでは私のことを占って戴けませんか?

 自分を占うことって簡単ではないでしょう? 都合よく解釈してしまいますから」


 その後すぐこの話題は終わってしまった。

 うまく躱されたような気がした。

 月代さんの見ている未来は魔術が見せる本当の未来なのか、カードから読み取っただけのただの空想なのか、知りたかった。


***


 放課後、私は1人になった。

 6限目の授業が終わってすぐにトモヤは教室を出ていった。

 シンは野球の練習。

 シオリとイオリはクラス委員長の集まりがあると言って行ってしまった。


 私達のクラスの委員長と副委員長がシオリとイオリだった。

 どちらも立候補だった。

 去年と同じらしい。

 前に少し意外だったと聞いてみたことがあった。

 確か、


『クラス委員長? へへー、色々特権があるからねー。

 みんなが同じクラスなのも私の功績なのよ♪ 雑用は智也がやってくれるしね』


 と言っていたような気がする。

 先に帰っていていいよ、と言われたけれど学園の中を宛もなく歩くことにした。

 廊下を歩いていると白い髪が角を曲がるのが見えた。


 トモヤかな?

 あの髪の色はトモヤしかいない。


 追いかけた。

 やっぱりトモヤだと確信して背に声をかける。


「トモヤ」

「ん? ああ、ナタリアさん」


 隣について歩く。


「まだ帰っていなかったんだね」

「帰ってもやることないしな。一人で街、歩いてると変なのに絡まれるし」

「そうなの?」

「この髪の色が悪い。頭の悪そうな高校生とかが絡んでくる」


 そういえばこの間そんなことがあった。

 でも私はトモヤの髪は良いと思う。


「大変なんだね。きれいなのに」

「え、ああ、そう言ってくれるの、ナタリアさんくらいだわ」


 そういえば、どこに向かっているんだろう?

 階段をどんどん昇っていっている。

 家庭科室や工作室のある1階、1年生の教室がある2階、2年生の教室がある3階、3年生の教室がある4階、そして屋上に続く階段を上る。


「どこ行くの?」

「屋上」

「えっと、立入禁止って先生が……」

「そうだったか? って言っても行きたくて行くんじゃないんだよ。呼び出された」


 もしかしてケンカとか……?

 なんとなくそう思った。


「あの、私、一緒にいない方がいいよね?」

「いや、別にいいんじゃない? 逆に都合がいいかも」


 ――トモヤの目は鋭くなったような気がした。


 屋上のドアを開ける。

 金網が四方をぐるりと囲うだけの屋上。

 金網に寄りかかるように女の子がいた。

 午後3時半過ぎ。

 まだ暖かい風がさらさらの黒髪を横に凪ぐ。

 月代さんだ。


「ナタリアさんも来てしまったのですね」

「そこでばったり会った。別に構わないだろ」

「木下くんがそう仰るのでしたら。ですが、ここに来て頂く必要もなかったようですね」

「いきなり意味が分からねえっての。どういう意味?」


 刺のある言葉遣い。

 本当に不機嫌そう。


「先日のことです。私の忠告は無視しているようですし。

 あのことはナタリアさんにお話したのですか?」

「したよ。けど、そもそも占いなんざ信じねえし、どうでもいい」

「そうですか。実は私も考え直しました。あのときの忠告はなかった事にして下さい。ごめんなさい」


 月代さんは畏まったように左手の上に右手を重ね、深々と頭を下げてそう言った。


「どういうことだよ?」

「今までの通りお二人仲良くしてください、ということです。

 あ、ですがナタリアさんと一緒にいると災いが降りかかります。これは事実です」


 はっきりと言い放つ。

 私はどうすればいいのか分からなくてそのまま聞いているだけだった。

 隣に立つトモヤは不機嫌そうな顔をしてこめかみの辺りに手を当てた。


「あー、ちょっと待った。つまり? 災いが降りかかるからナタリアさんと一緒にいるな?

 でもやっぱり仲良くしろ? で、災いが降りかかる?」

「はい」

「はいって……月代さんってさー。頭、悪い?」

「失礼な方ですね。貴方の妹には負けますが、それでもいつも3位にはいます」

「ああ、そう……(こいつ、勉強はできるけど頭が悪いのか。あのバカと同類……?)」

 

 後半は呟くような小声だった。

 きっと、月代さんの耳には届かなかったと思う。

 でも私もよく分からない。

 月代さんが言っていることはどういうこと?


「普通さ、占いの……解釈? が間違っていたから、前言撤回します、だろ」

「さらに失礼ですね。私の占いは間違っていませんよ。それでは私は行きますね。それとナタリアさん」


 自分の占いは間違っていないとはっきり言い切った。

 それは自信家だから?

 それとも本物の未来を見ているから?

 本物だったら私はトモヤを傷つけてしまう?

 すれ違いに唇が動いた。


「ナタリアさんとは気が合いそうです。今度、ゆっくりお話しましょう」


 最後は微笑んでいた。

 月代さんの笑顔を初めて見たような気がした。

 そのまま屋上から出ていった。



---


 私はトモヤと一緒にいていいのかな。

 月代さん、あなたはどんな未来を見たの?


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