間話(2) 1.失敗
これは4月中旬の話です。3話構成です。
間話(2) 1.失敗
これはまだ街に施された術式について何の情報も得られていなかった4月中旬のこと。
薄い黄色のシーツを敷いたベッドに横になって考え事をする。
胸元にはこの間の買い物で購入した熊のぬいぐるみ。
胸に抱いたそれをぎゅっと抱きしめる。
時間は刻々と過ぎていく。
4月も中旬を過ぎていた。
プラハに居た頃の私は憂鬱な気分でいることが多かった気がする。
木下家でのホームステイと学園での生活はあっちにいる頃とは全く違って、とても楽しいものだった。
だからなのかな。
軽い気持ちで使った魔術は失敗した。
使ったことに後悔はないけれど、失敗したことには反省しないと。
未来を決定する方法はとても単純。
最初に未来を幻視して欲しい未来を1つ選ぶ。
今から未来をつなぐ道筋はあみだクジみたいなそれでいて迷路みたいになっている。
その道筋をきちんと繋げる。
変な方に行かないようにバッテンをつけて別の未来への道を塞ぐ。
最後に見落としがないか確認してお終い。
きちんとやったはずなのに、午後の授業で起きた失敗の原因はよく分からない……。
そのまま眠りついた。
夢の内容は、今日の出来事そのままだった。
***
146センチメートル。
「…………背が……伸びていない」
「ナタリー、どうかしました?」
「きゃ」って何!? 背筋に沿って指がすーっと這うような感触に驚いた。
「えっと、…………なんでも、ない」とだけ返しとく。
まだ、13才。
今後に期待――。
いつまで経っても全然伸びないけれど。
シオリもイオリもいいなあ。
なんて考えていたけれど。
シオリは本当にいたずら好き。
「そう? うーん」
――?
シオリがイオリの方を見て、何か考え事。
イオリの背後にそーっと近づいていたずら。
「きゃあ」
しゃがみ込むイオリ。
ココア色のストレートヘアが遅れて背に着地した。
「ちょっと、どこ触ってるの、栞!」
イオリは顔を染めてシオリに抗議。
一方のシオリは、
「え? 伊織、どうかしました?」
「もー、栞は!」
他の子にも同じようにいたずら。
「きゃあ、って栞さん!?」
とうのシオリは何事もなかったかのようにしている。
「まったくもう。栞ってば、口調と表情だけしか変わっていないんだから。ねえ?」
「うん、シオリ、いたずら大好きだね」
素直に頷く。
シオリは色々おもしろい。
いつも楽しそう。
身体測定が終わって廊下に出たシオリは本当に一瞬だけ、学校ではあまり見ない、とても満足そうな笑顔をした。
こういうのを隠すのも上手。
私とイオリ以外は誰も見ていなかったと思う。
***
給食の時間が終わってお昼休み。
「おりゃー」
全速力で走ってきた男の子がシオリの足元でスライディング。
クラスメイトの一人だった。
中沢くんだったと思う。
「おお、しましま」
「な、な、ななななななななななな」
もちろん、シオリは『な』を連発したいわけではないし、スタッカートの練習をしているわけでもない。
きっとそのしましまは青と白。
身体測定で目にしたものと同じだと思う。
……この国は、もしかして女の子にとって、とても危険なところ?
顔を赤らめてシオリがこっちに向かってくる。
握った手が震えていた。
あれは、恥じらい……ではなく、きっと怒り。
用があるのは私ではなくて、きっと隣のトモヤだと思う。
トモヤの耳元に顔を近づけて言う。
「智也、殺ってきて」
ドスの効いた声。
学校では珍しく、清純さは消えていた。
けれど、他の人には聞こえないように配慮された小声。
「殺れるか」
「いいから、命取ってくるの」
がしっ、とわき腹あたりを鷲掴む。
「いだだだだ、放せ、バカ! 内臓を掴むな! 分かったよ……ったく」
渋々といった感じで、けれど、トモヤはゆさゆさと体を左右に振りながら、ゆっくりと相手の男の子に向かっていく。
白い髪が一緒に揺れる。
対峙する中沢くんは、なんだかがたがた震えていた。
その周りのクラスメイトも震えていた。
さらにその周りからはささやき声。
「うわー、あいつバカだ」、「あんな可愛い妹にいたずらされたんだからなー、俺でもキれるわ」、「終わったな、あのバカ」、「木下兄の最愛の妹に手を出すなんて……」「あいつ、去年別のクラスだったから知らねーんだよ」
最愛? そういうことになっているのかな?
「ひぃぃ」
きっとあの鋭い目つきが中沢くんの眼を捉えているのだと思う。
中沢くんは後ずさりながら教室の外に逃げていく。
トモヤもそれを追いかけて廊下へ出て行った。
「あれ、いいの?」
「ナタリアさん、智也は優しいから大丈夫だよ」
「そうね。智也はちゃんとしてるから。見た目が危険なだけ。ほっといて大丈夫よ」
シンもイオリもそう答えてくれた。
中沢くんとトモヤがその後どうなったのかは分からないけれど、次の授業にはちゃんと戻ってきた。
「なんともなさそうじゃね?」、「いや、見えないところ、やられたんだろ」、「木下兄こえー」、「てか、栞さんが可哀想じゃん、顔面腫らせて帰って来いっての、あのバカ」
席に着く直前にトモヤが私にささやく。
「ナタリアさん、一応言っておくけど、大した事してないから。話し合いで蹴りつけた」
「そうなの?」とだけ返しておいた。
けれど、私の内心は少し違った。
ああいうのは良くないと思う。
もしかすると、男の子にはそれが分からないかもしれない。
「イオリなら、どうする?」――聞いてみた。
「私? うーん。蹴る。いつものなら栞もそうするんじゃないかな? 今は仮面を被っているから無理だけど。智也は優しいけど、優しすぎよね」
私もそう思った。
***
授業の開始を告げるチャイムがなったけれど、先生はまだ来なかった。
右の席を見ると、シオリが窓から二列目先頭の中沢くんの背を睨んでいる……のではなくて、顔を伏せていた。
予想と違った。
――演技? それとも本当?
「シオリはまだ許してない?」
「もちろんよ。殺ってしまいたいわ。お兄さんも役に立たないですし……」
小声だけど、なにか、丁寧語だといっそう怖い……。
少しだけ、力を使おう……かな。
『人を傷つけるためや陥れるために使ってはいけないよ』と魔術を教えてくれたあの人は事あるごとに言っていた。自分のことなんか棚に上げて。
でも、これは正義。
だからきっと大丈夫。
かみさまだって許してくださる。
シオリと同じように顔を伏せて、みんなから眼を隠す。
少しの不幸が中沢くんに降りかかる。
そんな未来を選択した。
友達のためにこの力を使うのは初めてかもしれない。
それもそうか……。
友達なんて呼べる人、ここに来るまでいなかったから。
遅れてきた先生が教壇に立つ。
起立、礼、着席、そして授業が始まった。
中沢くんの不幸も一緒に――。
「この問題……中沢」
「はーい」
「次はー、目が合ったな、中沢」
「またですか……」
「先生、2月3日が誕生日なんだよ。23番、誰だー?」
「わかりません!」
「また中沢か。まあいい。それなら前に出なさい。わからないところは教えるから」
「次は、そうだなー、今日は4月19日だから足して23番の人。あー、また中沢か」
「………………」――中沢くんは寝たふりをしていた。
「隣の人、起こしてやれー」
「はーい。中沢……諦めろ」
「うわー……」
そんな感じで授業が終わった。
中沢くんは机に突っ伏していた。
「いい気味いい気味―♪ でもまだ足りなーい!」
口調が崩れたシオリが隣で呟いていた。
誰かに聞かれていないのかな?
まだ足りない……のかな?
それなら、これが最後、もう一度だけ。
だから、最後の授業も同じことの繰り返し。
中沢、中沢、中沢、中沢、中沢、中沢、中沢、中沢、中沢、中沢、中沢、中沢、中沢、中沢、中沢、中沢、中沢、中沢…………。
「今日、ひどくない?」、「どんだけだよ……」、「もう可哀想を通り越しているって」「木下兄の仕業か!?」「木下兄、やべぇな」
ぽつぽつと憐れむ声が聞こえ始めてきた。
気がついたらトモヤの仕業になっていたけれど……。
…………やり過ぎた…………かな?
ゴン
「――え?」
教科書の角で頭を叩かれた中沢くんが目に入った。
「中沢! ちゃんとノートも取らないで分からないってのはどういうことだ!」
その光景に、一瞬にして教室がシーンと静まり返った。
――息を呑む。なんで……。
どうして……こんな未来……選んでいないのに……、どうして……。
昔なら上手く未来をたぐり寄せることができないこともあった。
でも今さらそんなこと……。
確定させた未来が変わっていた――。
――そんな夢だった。




