さながら月を歩くように
「ほらっシゲル!軸がずれてきてるよ!もっとこう、重心を真ん中より下に固定する感じで!」
「ひぃ!」
あの晩、股間をビショビショに濡らして屋敷の使用人たちに好奇の目で見られたニートは、
それ以来俺をお披露目までの特訓と称してシゴくようになった。
くそう、ドアの外から踊る高等テクニックでアリバイは完璧だと思ったのに!
やっぱり相当カンがいいな、こいつ。
とはいえ、ニートの踊りはただ疾いだけではない。
目をこらしてよく見ていると、動作にムダやブレがほとんどない超一流のものだった。
すでに国内ではトップレベルで、前線でも兵士たちに指導を繰り返していたらしい。
なんでこいつ、あんだけ動いてて痩せないんだろうな。
ああ見えて実は筋肉の塊だったりしたらそら恐ろしいな。
「シゲル?なんで僕のことをジロジロ見てるんd…ま、まさか!」
うん、そこで尻を押さえなくていいからな?
理不尽なシゴきに見えて冗談も混ぜてくるからなかなか憎めないんだよな。
サーミとのやりとりを見てたらそんなことないの丸分かりだろうに。
「ニートは墓穴でも掘っておけ?な?ちゃんと頭から埋めてやるから」
ブーブー言ってるニートを尻目に、身体の軸を意識してステップを再開する。
ニートは本気出したら教えるってレベルじゃなくなるけれど、テンポを落として説明してくれるぶんにはすごく分かりやすい。
今日も魔力が底つくまで練習に励むとするかね。
****
ひとしきり踊って魔力が底をつき、座り込んだところでニートと休憩する。
この世界にきて初めて飲んだ、酸味と甘みのきいた乳状の飲み物がすごく身体に染みる。
運動したあとの一杯がたまんねえー。
風呂から上がったあとに冷たくしたのを飲むのも良さそうだよな。今度用意してもらおう。
「お、ニートとシゲルはひと休みか。私も休んでいくかね」
と、たまたま通りかかった感じのティラン王も腰を下ろして用意していたミルクティ的な飲み物に口をつける。
「そういやシゲル、今まで君がいた世界の踊りって踊ったことある?」
ニートがはたと思いついたかのように聞いてくる。
そういえば、踊りそのものに慣れてなかったからこっちの踊りを覚えるのに必死だったなー。
試してみるなんてこと思いつきもしなかった。
「シゲルの世界の踊りか。私も少しはシゲルの世界の話を聞いたことはあるが、踊りは知らないな」
「踊りですか…前はステップすら踏めなかったですが、今ならやれそうな気がしますね」
そう言って、よっこらせと腰を上げる。
足はちょっと重いけれど、魔力もなんとなく1回分ぐらいは持ちそう。
もし何か魔法が出てきても大丈夫だろう。
しかし…うーん、踊りってそんなに詳しくないんだよなあ。なんか覚えてるのあったかな。
と、昔観た踊りの記憶をたぐってみる。
そうだなー。
TVでちょっとだけ観た、あれならどうだろう?
記憶通りだとすれば、足運びはたぶんこんな感じで…
かかとを上げ、つま先をすり下げて、後ろに進むような雰囲気で…
足元を見ながら、試してみる。
交互に足を滑らせる。
石造りの床面を、俯きながらするすると後ろに滑る…
あれ?
ティラン王もニートも、なんか視界の端ですごいポカン顔してるぞ?
気になって視線を上げてみる。
目の前を飛び交う、幾筋もの光の粒子たち。
なんだこれ?!
こんな魔法、いままで見たことがないぞ?!?!
慌てて動きを止めると、光の粒子は輝きを失い消えてゆく。
それにともなって動き始める国王と王子。
「シゲル…シゲル!すごいよ!こんな踊りがあったんだね!」
「私も長いこと王をやってるがこんな鮮やかな魔法は初めて見た…!」
ニートは興奮してるし、ティラン王は感動してるし。
どういうこっちゃ。
ダンスの革命児のステップは、魔法でも革命を起こしちゃったのか?
再びの魔力切れに腰をへたり込ませつつ、意外な発見に戸惑う俺なのだった。




