華麗の王子様
「王子が帰ってくる?」
この世界に来て数ヶ月が過ぎ、わりと普通に話せるようになったある日の昼食で、
ティラン王が俺にそんな話題を振ってきた。
そうそう、ティランはあの貫禄からそうじゃないかなと思ってたけど、国王だった。
この九州一円を支配するシヴァ王国の王にしてはえらく余裕のある日常に見えるのだけれど、
国王のやるべき仕事だけやってあとは重臣たちに任せているらしい。
それで国が回るんだからすげーよな。
「そうだ。ずっと前線で魔物の進入を防いでもらっていたのだが、シゲルが来たからな。
早く会ってみたいとかで指揮官を交代して近いうちに戻ってくる。」
へえー。前線っつったらあの日本でいう関門海峡のところか。
すごい流れが激しいらしくてほとんどの魔物はあの海からこっちに来ないみたいだけど、
ときどき空を飛んでくるらしいからな。王子の指揮も欲しいとこだろうな。
だけど、俺に会ってみたいってなんか珍獣扱いみたいだな。
まあ話に聞く限りだと、ある踊りでなにかが出てくる現象は知られていたみたいだけれど、
まるっきりランダムでしか召喚できなくて、今までガラクタばっかりだったらしいもんな。
それでも魔物との争いで決め手がないものだから、
人数増やして訓練すれば生き物も出てくるんじゃないか?ってティラン王が計画して実験したら、
俺が出てきました、といういきさつなんだから、そりゃ王子も興味津々だろうな。
「王子かー。ティラン王みたいな人なら仲良くなれるかも。名前はなんて言うんですか?」
ティラン王は相変わらずフレンドリーな笑顔で分け隔てなく親しんでくれている。
敬語を使っちゃうのは、やっぱり親父ぐらい年上ってのもあるし、
それにこのおっさん、いやティラン王は向こうじゃ見たことない尊敬できる大人だからなんだよな。
家族みたいに暮らして接すれば接するほど、こんな男が父親だったら良かったと思う。
無いものねだりだとは分かってはいるけどな。
生まれは選べないけれど、こうして違う世界でまったく違う大人に育てられるっていうのは、
ものすごいカルチャーショックだわ。
「そうだな。私に似てるかどうかは妻に聞いてみるといい。名前はニートだ。」
ニート…プププ。
日本で暮らしていたときのなじみある単語につい口の端が歪んでしまうのを必死に抑える。
しかし働きもせず教育も受けない、ってイメージとは真逆の働きっぷりだよな。
むしろ俺がニートっぽい。勉強はしてるけれども。
「ニートは踊りが優秀でな。帰ってきたら一度教わってみるといい。
あいつはこの国でも5本の指に入るほどの名手だし、何より素早いからな。参考になるだろう。」
そう、俺もパルパティさんに踊りを習えないか頼んで、練習をしているのだった。
パルパティさんにはビクラムさんという渋いイケメンのおっさんを紹介されて、一から指導を受けてる。
なにせ踊りといえば盆踊りぐらいしか縁のない日本人だもんで、すげー手間取ってはいるけど、
基礎の踊りでもちょろっと魔法が出たりして、目に見えるだけに上達が楽しい。
渋い感じだから怖いのかと思ったらビクラムさん実はめっちゃ優しいおっさんだしな。
だけど王子の踊りかあ。前線を支えてきたっていうぐらいだから相当なのかな。
身内のひいき目みたいなのはティラン王に限ってはないだろうし。
あ、ビクラムさんにはいちおう剣技も教わってる。
踊りによる魔法が決め手になる世界ではあるのだけれど、身を守るためには剣も扱えないといけないしな。
ビクラムさんは剣のほうが優秀らしくて、見よう見まねで振ってるけど音が違う。違いすぎる。
このおっさん踊らなくても剣で十分魔物潰せるんじゃないかなあ。
護衛についてもらうには頼もしいおっさんだ。
****
「シゲルってのは君かい?!」
パルパティさんにこの世界のマナーを習っていた最中に、後ろから聞こえる声。
聞いたことのない若くて明るい声。
後ろを振り向いてみると、ラフな格好をしたおっさん。
「ナマステ~」
手を合わせてあいさつする姿はヒゲもじゃで小太りだけど、声は若いな?
カレー臭はするけど、加齢臭はない。…決してギャグじゃないぞ?
「ナマステ。あなたは誰ですか?」
「ああごめんごめん。まずは自己紹介が先だったね!俺はニート!この国の王子だよ!
親父が国王なんだけど、召喚された異邦人ってのは君だよね?!」
なんかやたら語尾にビックリマークのつくテンションの高さだけど、これが王子かー。
おっさんっぽく見えるのはヒゲ姿に慣れてない日本人だから仕方ないのかな。
こんな小太りで踊れるのか?
「そうですよ。ニート王子のことは先日聞きました。踊りが上手だとか」
「ん?そうだね~、ちょっと見てみる?」
じろじろと遠慮なく見る俺の視線におかまいなしに、基礎魔法の踊りのパターンを…
すごい勢いで踊り始めるニート。
ちょ、ニート、早ぇ!残像しか見えねぇよ!
赤いツノとか見えないかなーと気を取り直して観察し始めたころにちょうど踊り終えるニート。
そして地面から噴出する水しぶき。
「うあぁ…」
「ちょっと暑くなってきたからね。これは会えた記念にってことで!」
確かにこの世界の日本は、ちょうどまだ5月だというのにじっとりと汗ばむ暑さだ。
水しぶきがキラキラ舞う屋敷は確かにちょっとだけ涼しく感じられる。
だけど問題はここが生活空間なことで…
「ニート!敷物が濡れちゃったじゃない!あーあ本だって台無しにして!!」
「ママ!!ごめんなさい愛してる!!!」
パルパティさんって素だとこんな感じなんだなー。どこにでもいるお母ちゃんじゃん。
そしてニートはフォローになってないし。
クスッと笑う俺を横目に見てバチコン☆とウインクするニート。
こいつ、結構いい奴かもしんない。
苦笑いしながらそう思う俺なのだった。




