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流されてインド

初めに感じたのは、周囲の圧倒的な熱さ。

熱気?

いや違う、これは人の体温から発せられるものだ。

冷たい床の感触を頬に感じる。ぼやけていた視界がはっきりしてきて、俺は呆然とする。


周囲を取り囲む、人、人、人。

それも蠢いている。

いや、これは、踊って・・・いる?

実に統一感のある動きで、俺を中心に、リズミカルに踊っている。

しかも。

肌の色が全体的に浅黒い。

そう、まるで――インド人みたいに。



「ナンなんだってばよ!!!」


俺の理解をはるかに超えた尋常ならざる事態に、思わず叫び声を上げる。

決してベタなオヤジギャグではない。素だ。

すると、いままで全力で踊っていたやつらが初めて俺に気付いたようで、動きが乱れる。

俺を中心とした輪を囲む数人が、奇声を上げてへたり込む。

うん?奇声?


「??? ????!!」「??!!!」「?ー!!」


なんだこの言語。英語とかじゃない。今まで聞いたこともないぞ?

俺の混乱はさらに深まる。

奴らにとってはあまりに異質なんだろう、腰を抜かしたままなるべく離れようとする。


だが、その中でも妙にしっかり立ってこちらを観察する男がいるのに気付いた。

周りの男たちと比べて頭ひとつ抜けて背が高いのも目立つが、その男だけがターバンを巻いていない。

年齢はだいたい40代、老けていて50代だろうか。壮年といった印象がある。

立派に整った口髭に少々恰幅がいい体型も、その男の威厳ともいえる存在感を強調していた。


男はこちらを頭から足までひとしきり見たあと、笑顔で手を差し出してきた。

すげぇ。なんつー度胸だ。俺ならその場で逃げ出す。

俺も焦る心を抑えて笑顔を作り、手を差し出して彼の手を握った。


「ナマステ」


彼は確かにこう言った。

ナマステ?

なんか聞いたことのある響きだな・・・。


「な、なますて」


ためしに同じ言葉を返してみると、彼の笑顔がぐっと深まった。握る力も強くなった。

彼の力強い掌から伝わる温もりと裏のなさそうな笑顔に、俺は不思議な安心感を覚えたのだった。


****


その後も、やはりというかなんというか、会話が通じることはなかった。

知ってる限りあらゆる言語のあいさつをしても彼はうん?と首をかしげるばかりだったし、

彼が笑顔で話しかけてきてもただの一言も分からないままだった。

しかしこのオッサン、裏表なさそうな笑顔してるよなー。

彼を見ているとなんだか安心する。いかにもいい父親っぽい雰囲気するし。


「ティラン」


オッサンは自らを指さしてこう言う。名前か?

彼を指さして「てぃらん」と呼ぶと、笑顔で頷いている。

同じ人間なんだし身ぶりはそれなりに通じるんだな、と少しだけ安心する。


「しげる」


俺も自分を指さして名前を言う。


「シゲル」


彼が指さして反応したので、笑顔でうんうんと頷く。

初めて外国人に会った日本人ってこんな感じだったんかなー。意外と楽しいぞ?



その後、彼は周囲にいたターバン達を退出させ、それと入れ替わりにひとりの女性が入ってきた。

およそ年は40代ぐらいだろう、恰幅のいい、それでいて人のよさそうなおばさんだ。

額になんかポッチみたいなのがついてる。これはいよいよインドくさいな。

さっきからなんかスパイシーな匂いするし。


彼女は俺を見て少々驚いたようだが、すぐに手を合わせて


「ナマステ」


と声をかけてくる。俺も真似をして「なますて」と手を合わせる。

その様子を見た彼女はいくらか彼と言葉を交わしていたが、おもむろに片手に抱えていた本を開いて見せてきた。


・・・うん、文字も読めない。これ、なんだ?

ちょっとしたイタズラ書きだと言われても信じるレベルだぞ?


だけどよく見ると、全部違う文字みたいだ。

もしかして、と俺はある文字を指さして、「これは何?」と聞く。日本語で。


「ヴァ」


「ヴァ」


俺もつられて声に出してみる。

彼女はぱっと笑顔になって、そうそう!ってぶんぶん頷いてる。

あ!もしかしてこれって文字の表みたいなもんなのか!


じゃあ、「これは何?」って聞き続けてたらだいたいのものの発音は分かるのかもしれない。

このおばさんも教えてくれるつもりで、本を持ってきたんだろうな。

よし、まずは言葉を習うところからだな。

せっかく拾った命なんだから、このよく分からない世界のことを知らなくちゃな。


そのやりとりを見たオッサンは安心したような笑顔をこちらに向けて、おばさんの肩を叩いて広間を出ていった。

俺はそれからもひとしきり文字を指さして「これは何?」と聞き続けるのだった。


****


おばさんがまるで降参でもするみたいに両手を挙げたところで、俺の腹が盛大に鳴った。

マズい。朝からなんも口にしてなかったからか、慣れて緊張が解けたからか。


それを聞いたおばさん、いや、名前はたぶんパルパティさんというらしいが、俺の手を握ってどこかに連れていこうとする。

いまさら逆らってもどうしようもないし、この雰囲気だと悪いようにはされないだろう。

大広間を出てしばらく廊下を歩いていると、やたらといい匂いが漂ってくる。

この香り・・・まさか・・・


連れられてたどりついた部屋には、広い敷物、そしてその上に並べてある食事らしきもの。

大きな植物の葉によそってある白い粒々にいろいろ混ざった黄色いスープ・・・

香辛料の鼻をくすぐる麻薬のような匂い・・・


「カレーじゃないか!」


俺の目がキラキラ輝く。馴染みのある食べ物、それも好物を前に頬が緩む。

そんな反応にパルパティさんはちょっと驚いたようだが、すぐに喜んでることが分かったのだろう、笑顔を取り戻す。

ちょうどそこにティランも現れ、用意された食事の前に座る。それに従って俺とパルパティさんも座る。


ティランは祈るような儀式をし、右手で上手にライスを掴み、スープの染み込んだそれを食べる。

そして左手で俺に促すようなしぐさをする。

うーん、素手ってのはちょっと・・・だけど、朝から何も食べてない俺の食欲はすでにマックスを超えている。

下手くそなりに手掴みで猛然とカレーライスを食べ始める。


うめえ!


コメは日本とまったく違う長細いものだけれど、あっさりした食感でいくらでも入っていきそうだ。

少しからい気はするけれど、倍率指定のある店で上限まで余裕でいける俺にはまったく問題のないレベルだ。

ティランとパルパティさんがほほえましく見ているなか、俺は圧倒的な勢いで完食するのだった。


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