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Aerial Land Scaper  作者: アンドー
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I heard initial cry.

 薄暗い、ややほこりっぽい空気の中。カリカリと音を鳴らし、スプレーの噴出される音がそれに混じる。

 ──あとは最後に。

 手元の電灯の向きを調節し、小さな部品をピンセットで正しい位置にはめる。

 カチッと小気味いい音が鳴った。整備士は目に当てていた作業用のルーペを額の位置まで押し上げ、遠目から出来上がった作品を眺めた。

 完璧だ。寸分の狂いもない。

 試しにゼンマイを回してみれば、懐かしい子守歌の旋律が作業部屋に響く。

 薄汚れた手袋を外して腰のサイドバックに押し込むと、整備士は修復したオルゴールを掴んで部屋を出た。


 ──西暦4001年。世界が空中庭園都市化して500年が経過した。人は今の世を新世と呼ぶ。

 かつて資本主義と世界経済の一体化によって、競争は激化を極めた。推し進められた国際化によって、世界経済はもはや人の手には負えないほど膨れ上がってしまった。 後進国の経済発展により数多の国々に格差はな消えた。どの国も国家の水準としては等しく、それが更に拍車をかけた。ある種「格差」で成り立っていた世界は崩れたのだ。 そして世界経済の連帯に一国が倒れれば、それに連なり数十の国々が共に潰えた。

 膨れ上がり、暴走化した世界を安定化させるために生み出した解決策。

 それが世界の「空中庭園都市化」だった。


 整備士は今いる工業区から商業区へ移動する為に各区画に通じているエレベーターへ向かう。エレベーターの透明な窓から、宙に浮くレンガ造りの町並みと眼下に広がる深い森林を同時に視界に入れた。


 空中庭園都市「ヴァール・フリューゲル」は主に三つのフロア──食糧生産区、工業区、商業区に分かれている。最下層の食糧生産区で庭園都市の食糧すべてをまかない、工業区にて生活に必要なものなどを製造する。またエネルギーを賄う機材もここに存在する。そして最上層の商業区――またの名を居住区に下層でつくられたものを集約し、販売される。

 エネルギーは太陽光や風力などの自然のエネルギーから得ている。食糧からエネルギーまで、すべて必要なものはすべてこの庭園都市で生産される。言い換えれば空中庭園都市以外のものは必要ない。

 膨れ上がった世界を空中庭園都市の中に圧縮し、統治しやすく分離し隔離する。人々は閉鎖された鳥籠の中で一生を過ごしていた。

 昼下がりのやや橙を帯びた陽光の下に、整備士は銀色の髪を晒した。商業区兼居住区、庭園都市の最上部は古い伝統的なレンガ造りの街並みを残していた。幼い子供達が大通りを走り回り、遠い昔に植えられた街路樹から小鳥が飛び出す。彼はいつもと何一つ変わらないその光景を紅い眼に映しながら約束の場所に向かって真っ直ぐ歩いていく。

 南区の中央広場を抜けてしばらく歩くと、少し他の建物より古びて黒くなった外壁の工芸店にたどり着いた。その窓からは精巧に作られた金細工や素朴な味わいのある木工品などが並んで見える。

 左手で古く黒くなった取っ手を掴んで両開きの扉を開けた。扉の上部に取り付けられたベルが店の主に来客を伝える。

「遅い」

 しゃがれた声音が店の奥から投げられた。整備士は足早にカウンターの奥の部屋に入った。

「すみません」

「その程度の修理に日が暮れてどうする」

 着古した深緑のつなぎを着ている初老の男は椅子に座りながら右手を整備士に向かって出した。それに応えて整備士は先ほど修理し終えたオルゴールを手渡す。

「……ふん」

「どうでしょうか」

 おずおずと整備士は尋ねると、男は胸ポケットから片目のルーペを取り出した。

「時間をかけただけはある、というところか」

 「もっと速く仕上げなければ話にならない」と男はルーペを閉まって整備士を見上げる。整備士は気づかれないように小さく溜め息をついた。そして声のトーンを普段より落として言う。

「師匠。しかしお客様の品ですから、丁寧に仕上げることの方が重要なのでは?」

 師はその問いを鼻で笑った。

「速く、正確に。それが職人プロだ」

 弟子の発言を一蹴して、師は続ける。その言葉に弟子は視線を足元に落とした。

「明日は定期点検の日だ」

 部屋に掛けられたカレンダーには明日の日付に青いインクで印がつけられていた。

「……わかりました」

 弟子は一礼すると、足を出口に向ける。

「カイ、」

 自らの名を呼ばれ、弟子──カイは立ち止まった。

「あまり気落ちするな。お前の歳で知識無しにここまで出来る者は稀。それは確かだ」

 師はオルゴールを掴んだ右手をカイにわかりやすいように振る。その言葉に頬を染めながらカイは「失礼します」と今度こそ店を後にした。


 カイは真っ赤に染まりかけた空の元、食堂へ走っていた。混む時間帯を外して少し早く来たため、それほど人はいない。

「おーい、子兎ヒースフェン

 顔馴染みの店員――フランクが手を振って微笑みかける。

「だから子兎は止めろってさ」

「いいだろ? わかりやすくてさ」

 そう言いながらフランクはいつものパンに大盛のソーセージ、付け加えて少量のワインをカウンターに並べた。

「子兎ちゃんが大きくなるようにってね」

「こんなに食べられない」

「だからこんなに小さいままなんだよ」

 この都市の男性の平均身長は180cm。それに比べてカイの背丈は一回りも低い。

「もりもり食べて、明日も仕事だろ」

「夕食は軽い方が体に良いって知ってるか?」

「あれは色々な説があるって話」

 フランクはカイの使っていないフォークで大盛のソーセージの皿から一つ取り上げた。

「整備士ったって、楽な仕事じゃないんだから。色んなモノを取り扱わないといけないんだろ」

「それは専門職につけなかった僕への嫌み?」

 カイが冷めた様子でソーセージを一つかじる。

 世界中が近代化したその後。世界的な機械や情報端末の高度成長も限界が見え始めた時の空中庭園都市化は、懐古主義を活性化させるには十分だった。当時の文献では、世界中の都市で前世の頃に──つまり古き良き時代というものに──戻ろうという風潮が高まったようだ。この都市では建築物は鉄筋で出来た高層ビルから徐々にレンガづくりのものにかえられてた。ある程度の便利な物を残して、日用品も昔ながらのものに戻った。

 機械化の進んだ産業の中、ヴァール・フリューゲルでは人の手によって作られた工芸品にこそ価値があると考えられた。時計、オルゴール、アクセサリーといった精密な物に職人としての持てる技術を注ぎ込む。そうして完成した芸術作品にこそ価値がある。そうした文化の中ではそれぞれの専門家マイスターが花形を飾る。

 つまり整備士というのは脇役なのである。

「ま、専門職マイスターはセンスがいるからなあ」

「どうせ僕にはセンスないよ」

「でもさ、整備士としては優秀だって話だぜ? それに定期点検の免許ライセンスもってるし」

 フランクはカイの顔色を窺って機嫌を直そうとむりやり笑って見せた。

「あれは勉強すれば誰だって取れるよ」

 カイは最後の一口を食べきると「ごちそうさま」と席を立った。

「あれ、もう帰るのか?」

 お代を手渡しで受け取り、カイはフランクに背中を向ける。

「明日定期点検の日」

 と手を振りながらカイは明かりがついたばかりの夜道を駆け足で駆け抜けた。



 翌日早朝。カイは宿舎の自室で荷物の確認をしていた。目を保護するゴーグルの類から様々な太さや形のドライバー。細かい作業には欠かせないピンセットのようなものまで一通りそろえると所々黒く汚れた愛用のサイドバックに詰め込む。いつもの黒いつなぎを着ると更に右腕に『定期点検許可』と書かれた腕章を付け鏡の前で自分の姿を確認した。可笑しいところがないことがわかると深呼吸して気合を入れなおす。履きなれた靴を履いてまだ薄暗い街中に跳び出した。まだ肌寒い空気に体を晒して身震いしつつ区画移動用のエレベーターの元へと足を進める。

 『定期点検』とは前世の――つまり文明の利器が最も栄えていた頃に作られた遺産をもしもの時に備えて使えるように整備点検することだ。まだ国交があった時の長距離転送装置や国防のための機械は今は使う必要がないが、それでも重要な技術として大切に保管されている。それらは工業区の特別なフロアに総て隔離されていた。

 カイは指紋と眼の網膜を認証させると免許のカードをスラッシュさせ、一般人は入ることのできないその保管庫の扉を開く。扉のすぐ脇の壁に貼り付けられたリストを見ながら、サイドバッグのファスナーを開けて軍手を取り出した。今日は――『長距離転送装置』の点検のようだ。

 真っ黒な飾り気のない無機質の壁は古い町並みを残した居住区と対照的だった。普通の市民ならば目を見張るその異常な部屋だが、カイは既に何度も出入りしているためそういった感覚はない。そのほかのブースを越えた先に目的の『遺産』があった。

「これだな……っと」

 整備点検といえど作業は至って簡単。

 配線を確認し、不備がないか調べる。埃が溜まらないように拭き取り必要な箇所にはオイルを注ぐ。最後に試運転をさせ、起動を確認して終了。

 カイは黒く汚した布巾を脇に置き、立ち上がって自身の腰の辺りにあるスイッチを押した。

 ここに置かれている機材の全ては使用が禁じられている。むしろ使用禁止となった技術が隔離されていると言った方が正しい。国防の為の機械というのは戦車であり戦闘機である。空中庭園都市化してからは他国の干渉は一切禁じられているため、大型兵器は世界中で禁止された。ここにある殆どはそういった人殺しの大型機械だが、例外がいくつかある。

 その一つが転送装置だ。前世にとある物理学者が物体の構成要素を粒子化して遠隔地へ飛ばし再構築するという技術を発見した。それは時間と距離を越えて移動することを可能にして、前世では大活躍していたそうだ。

 しかし空中庭園都市化した今、転送装置は外の世界に通じる危険性から基本的に使えない事になっている。

 だから試運転と言えど、実際に物や人を転送させることは出来ない。

 ブーンという起動音とともに電源ランプが点灯し、長距離転送装置の起動を確認する。

 ──無事起動を確認。頭上に目的地にデフォルトとして指定されている『世界連盟』の文字が点灯した。

 カイは主電源をオフにしようと手を伸ばした。

「――転送を確認、転送を確認。主電源を落とさないで下さい。繰り返します、転送を――」

 耳慣れない音声に視線を上げる。

 転送ってどういうことだ。変なところには何も触っていないはずだが……

 上部のアンテナが点灯し、何かをキャッチした。何百年ぶりに稼働した装置の隙間から空気の噴出される大きな音がする。

「転送完了、転送完了。ハッチが開きます。ハッチの前に立たないでください」

 一瞬思考が停止するも、慌ててその場から工具一式を掴んで立ち上がる。

 何が来るのだろうか。そもそも稼働している転送装置なんてあるわけない。国際的に使用禁止になったはずなのだから。

 ハッチが開き、その中が明らかになる。

 その中にいたのはボブショートに揃えられた黒髪の少女。目の色は深い緑、そして肌の色は――褐色。そして丹念に織り込まれたであろう赤を基調とした極彩色のワンピース。肩から白い皮のようなものでできた鞄をかけている。

 コーカソイド、碧眼、金髪が普通のこの都市では、彼女の姿は明らかに異端だ。

「―――――?」

 聞きなれない言語。語尾が上がっていることから、疑問形であることが推測される。

「なにをいってるんだ?」

 と言ってからこちらの言葉も相手に通用しないだろう。外国語などこの庭園都市には存在しない上、勉強する必要性が全くない。

 彼女はハッチから出てカイの方に歩み寄る。カイはどうしたら良いかもわからず、その場で狼狽えるだけだった。彼女は肩から掛けられている鞄から小さな丸いものを二つ取り出すとそっと自分の耳に付けた。

「……?」

「――コ、コンニチハ?」

 怪訝に彼女をみつめると突然彼女の口から聞きなれた言葉が飛び出した。発音は正直なっていないが。

「喋れるのか……?」

 空中庭園都市化する以前、あらゆる言語に対応したインターフェースを搭載した機械が存在していたらしい。今では使用価値もないので一般には見かけない。使用禁止ではないので、この部屋に置かれているわけでもない。マニアの家にならもしかしたら残っているかもしれないという代物だ。

「あ、やっぱり旧ドイツ語圏で合ってたのね」

 耳を弄りながら彼女は安心したように微笑んだ。確かにこの都市は遠い昔、ドイツという国に含まれていたと聞いている。

「君はいったいどこから――」

 有無を言わさず彼女はカイの手を取った。

「お願いがあるの」

 手の温かさが伝わって、『彼女』は紛れもなく『人間』なんだと再認識する。更に相手が女の子だということもあって普段より脈が速くなる。おそらく彼女の、まっすぐ自分を見つめる緑の目のせいもあったのだろうが、初めて見る異国の女性の姿は奇妙というよりも斬新で、どこか魅かれるものがあった。

「お願い……私の国を救って」

 手からドライバーの一つが落ち、無機質な音が響いた。






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