仕方ない
女は泣いて、男は飲むという歌があったように、忘れたいことがあるとき、おとこは飲みつぶれてしまう。
しかし、失恋には効きません。
親友は泥酔の上、僕のアパートのリビングにあるソファーを独り占めしている。
さっきから怒っている妻は
「どうしてあなたが身元引受人にならなきゃいけないの?」
と、いい加減声が大きい。
「仕方ない。親友のためだ」
警察から連絡が入ったのは午前1時過ぎ。いくら明日が休みだからといって起きている時間ではない。僕の親友が酔った挙げ句に大暴れ、警察まで出動の大騒ぎを起こした。
僕ははじめて身柄引受書というものを書いた。専門用語では「ガラウケ」というらしい。
「ご両親とか兄弟とか奥さんとかいるんじゃないの?」
「こいつの両親は学生時代に亡くなっているよ。妹さんはカナダ、本人は独身だ」
彼の素性を話すと、妻は全く違う方向を見て
「酒気帯びで、物損事故を起こして、警察で大暴れ。あなたの友人は法律というものをご存じなのかしら」
妻は嫌味が得意だ。その嫌味を捨て台詞に、さっさと寝室に向かっていった。すでに午前4時だ。朝の方がよっぽど近い。
「今夜は家庭内別居だな」
そう思いながら、哀れな親友の寝顔を眺めた。
汚れたワイシャツは警察との乱闘を物語っている。胸のポケットからはもう明日から必要のない運転免許書が顔を見せている。
こんなことする奴じゃないのに、何があったんだろう。
僕は親友にブランケットをかけ、横にあるシングルのソファーで朝を迎えることにした。
翌朝、妻は友人と買い物に行くと、テーブルには置手紙があった。不機嫌そうは殴り書きだ。多分帰りは遅い。
親友はすでに起きていた。ブランケットはきれいにたたまれ、キッチンからはおいしそうな香りがする。見てくれには合わず、フレンチトーストを作っていた。
「やっぱりハチミツはマヌカだよ。お前の嫁さんいいセンスしてるぞ」
妻が聞いたら喜びそうな台詞だが、大切なハチミツを使ってしまっている。
「まぁいいや。怒られるのは僕だ」そう思いながら、親友の作ってくれたフレンチトーストを口に運んだ。
「ところでお前、なんで酒なんて飲んで運転したんだ?」
僕は聞いた。身元引受人として権利がある。
親友は黙って窓の外を見た。秋の青空が広がっている。雲は高い。
親友は視線を戻すと
「海に連れて行ってくれないか」
そう言って、支度を始めだした。
シーズンを外した海は人影もまばら。
西からの風は波をうねらせる。
青く透き通った空を映す海面はそれ以上に透き通ったグリーンに近い色をしている。
友人は白い砂浜のちょうど波打ち際までの半分くらいのところに座って缶のビールを飲み始めた。
「迎え酒にちょうどいい」
ご機嫌だ。
僕は隣に座りチェリーコークを飲みながら水平線の方を眺めた。
親友の空き缶が3つ目になった時、
「恋人と別れた」
突然、こう切り出した
「そんなことだろうとは思ったよ」
でも、僕は慰めの言葉を用意していなかった。誰もが羨むような二人だった。「別れたか?」そんな気がしていたがそうでない方を期待していた。
そんな親友を僕は見れないでいた。ずっと水平線を見つめていた。
「別れて分かったことがある」
親友は上着の内ポケットから4つに折りたたんだ便箋を出した。
「彼女にしてあげられなかったこととか、やらなかったことを書いていたら、悲しくなってさ」
「つまり、アルコールでごまかしたということだな」
「いくつあったと思う?18個だぞ。18」
そんなこと言ったら僕の場合、桁が一つ増えそうな気がするが、親友は子供の用に純粋だ。だから失恋が感情や情緒を少しだけ狂わせている。
「騙すより、騙された方がいいしな」
その意味は聞けなかった。親友は続けて
「できなかったことを今更悔やんでもしょうがないから……」
その便箋を小さく破り、風に乗せるように空に投げ捨てた。
紙は花吹雪のように舞い上がった。
「未練が飛んでいくぞ」と、親友は大きく笑った。
僕は慌てた。
「おい、その紙、拾えよ」
仕方ない、僕は近くから拾い出した。
その時、親友はこう言った。
「大丈夫。次の女には書かなくて済むように、優しくするから」
(まったく仕方のない親友だよ)
失恋を乗り越えるには時間とそれより大きな愛に包まれること。
さぁ、心の整理がついたら、次の恋愛に走り出せぇ!!!