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04   変人窟の“刀匠”多々良 (下)

◆6




 そんな凄腕職人プレイヤーである多々良っちと俺が知り合ったのは、当時の俺ことヨシテルの戦闘スタイルである“多刀流”がきっかけだったな。


 “多刀流”っていうのは、文字通り刀をたくさん使う戦法だ。

 所持可能重量をめいっぱい増やして、重量限界までいろんな種類の刀を持ち歩いて、状況に応じて使い分ける。素早い敵が出てきたら命中修正の高い刀、火が弱点の敵には火属性の刀、受けに回る時は回避や防御に修正がつく刀って具合にな。

 〈武士〉(サムライ)は二刀流ができるから、片方を攻撃重視に、もう片方を防御重視にしてバランスを取ったり、両手に防御用の刀を2本装備してガッチガチに固めたりとか、そういう使い分けもできるし、〈居合い抜き〉のような戦闘中に瞬時に武器を準備できる技もあるから、そのへんを駆使して常に最適な武器を装備することで戦いを有利に運ぶのさ。


 もっとも、メイン武器以外にも複数の予備武器を持ち歩いて、状況に応じて使い分けるくらいのことは、ある程度レベルのプレイヤーなら普通にやってることだ。特別珍しいことじゃない。


 じゃあ、なんで“多刀流”が刀使い固有の特異な戦闘スタイルになっているのか? そして、恐ろしく効率の悪い、変人がやるプレイスタイル扱いされているのか?


 〈刀魂解放〉って刀専用の特技がある。こいつを最大限に活用するのが“多刀流”の真髄よ。


 〈刀魂解放〉は、刀に秘められた真の力を引き出してどーたらとかそういう感じの設定で、装備している刀の性能を大幅に引き上げる極めて強力な特技だ。

 ただし、強力な反面、代償も大きくて、効果時間の終了と同時に装備中の刀の耐久度が0になり、使用不能になる。刀の力を全部使い果たしてしまった、ってことだな。

 もちろん、修理して耐久度を戻せばまた使えるようになるが、それには街へ帰って職人に依頼する必要がある。その戦闘中には無理だ。だから、効果時間内に敵を倒しきれなかった場合、武器が無くなっちまう。一発は強力だが、使い終わったら後が無いっていう、いかにも〈武士〉らしい特技だな。


 ここまで説明すりゃあもう判ると思うが、“多刀流”の真髄ってのは、〈刀魂解放〉の常時発動だ。効果時間が切れてぶっ壊れたら、すぐさま新しい刀にチェンジして、再び〈刀魂解放〉を発動。それが壊れたらまた次の刀。この繰り返し。


 この〈刀魂解放〉常時発動状態の時の強さといったら、それはもう病みつきになる勢いだぜぇ! 全力全開モードの時のヨシテルさんは、今の俺、〈暗殺者〉のルーグとさほど変わらない勢いで、バッサバッサとモンスターどもを斬って斬って斬りまくってたからなあ。日頃からコツコツと手間暇をかけてお金を稼いで、地道にかき集めた名刀の数々を、次から次へと使い潰していく様と来たら、もうね! たまんないね!


 ……戦闘が終わった後、大量に残った耐久度が0になった刀の残骸を前に、それを全部修理するのにかかる金額がいくらになるのか計算すると、現実逃避したくなるけど。

 うん、強いことは強いんだ、“多刀流”。だけど、効率が悪いと評判で、誰もやりたがらない理由は、これなんだな。お金の問題。


 〈エルダー・テイル〉は、インフレによるゲームバランス崩壊を防ぐために、収入と支出のバランスがかなりシビアに取られているんだ。高レベルになったからって、金が稼ぎ放題になったりはしない。レベルが上がって高難度のクエストを受けられるようになることで収入は増えるが、そのぶん、装備の修理費やら施設の維持費やら消耗品アイテムの補充なんかにも相応の金を取られるようになる。

 だから、たった1回の戦闘で何本もの武器を壊すような遊び方をしてたら、簡単に赤字になっちまう。いくら強いといったって、毎回赤字を出してたら、いずれ金が尽きて、その強さを維持できなくなる。“多刀流”スタイルの場合だと、武器の修理費を捻出できなくなった時点で戦術崩壊だ。


 っていうか、それ以前にも、“多刀流”の使い分け用にいろんな性能の刀を大量に用意しなきゃいけない時点で、その調達に金が大量にかかってるわけで……ただでさえ金のやりくりが苦しいところに、維持費まで赤字出してたらやっていけないわけで……。

 強いと言っても、見た目の数値上強いだけで実戦で使える類の強さじゃあない、机上の空論的な強さだな。

 まッ、俺は別に強さだけを求めてやってたわけじゃないからな。誰もやらないようなスタイルだからこそ、俺だけの個性的でカッコイイ遊び方になるわけでさ、充分に楽しかったよ。しょっちゅう金策に苦労する貧乏暮らしも含めてさ。


 生産職としてではなく、〈武士〉としての多々良っちも、この“多刀流”の使い手だった。

 たしか、自分の他にも“多刀流”使いがいるって噂を聞いて、どんなヤツなのかって興味を持ったのが、知り合ったきっかけだったかな?


 もっとも、多々良っちのほうは、純然たる趣味とカッコつけで“多刀流”をやっていた俺とは、また事情も状況も違っててさあ。

 多々良っちの場合は、自分で作った刀の数々を最大限に活用するためのプレイスタイルでさ、効率良く理に適ってたんだよ。

 “多刀流”に必要な大量の刀は全て自作品で、その刀の生産は〈刀匠〉のレベル上げの副産物みたいなもんだ。〈刀魂解放〉の連続発動でぶっ壊した刀の修理だって、〈刀匠〉だから自前でできる。実に効率的だ。

 そういった効率を考えずにやってた俺は、効率的でクレバーなプレイをなさっている多々良さんにバカ扱いされたっけなあ。

 でも、効率云々言い出したら、最マゾ職と名高い〈刀匠〉なんてサブ職選んでる多々良っちだって、偉そうなことを言えないわけでさ。

 まあ、効率無視の遊び方してる偏屈者のバカ同士、互いに気が合った、ってとこだな。


 それと、プレイスタイル上の利害がぴったり一致したってのもある。

 俺は“多刀流”スタイル用のいろいろな性能の刀がとにかくたくさん欲しい。あと、〈刀魂解放〉でブッ壊した刀の修理も頼みたい。

 多々良っちは〈刀匠〉のレベルを上げるために、たくさんの刀を生産したい。そのための素材や資金を集めるために、生産した刀の買い手が欲しい、って具合に。


 互いのギルドって単位で見ても、小規模生産ギルドの〈アメノマ〉じゃ戦闘が絡むクエスト、特に大規模戦闘(レイド)産の素材やレシピ集めに限界があったのに対し、かつての俺のギルド〈アキバ幕府〉はありふれた中堅規模とはいえ純正戦闘ギルドだったからお手の物よ。


 まッ、互いにいいお得意様同士だったのさ。




◆7




「なるほど……」


 俺の話が終わるまで、ずっと黙って聞いていたソウジが、ずいぶんと重々しい口調でそう漏らした。その口調があんまりにも神妙だったものだから、


「なるほど……っておまえ、ちゃんと理解できてんのか? 無理に判ったフリしなくてもいいんだぞ?」


 そう茶化してやったら、こう返してきやがった。


「はい! 多々良さんがすごい人だっていうことがよく判りました!!」


 ……って、頭の悪い小学生の感想文かよッ!


 お世辞のつもりで言ってるとしたらヘタクソ過ぎて目も当てられねえが、素直な本音として大真面目にこう言っているから困る。


 しかし、俺がさっきの話で何を一番に伝えたかったのかを考えてみりゃあ、まさにソウジの言う通りなんだよな。この無愛想な古馴染みの刀匠がどれだけすごいヤツなのかってのを知ってもらいたいっていう気持ちが、まず最初にあってだな、そいつをどうやって伝えようかと思ってあれこれとゲームの細かい数字の話を並べたわけでさ。そっちは本題じゃないんだ。

 本当、アイツは一見アホ丸出しのようでいて、不思議といつも物事の本質を正確に掴んでいやがるんだよなあ。


「この子……バカ?」


 一方で多々良っちのリアクションは冷淡そのものだ。過去のいきさつもあって、物事をよく判っていないヤツに自分を批評されることを極度に嫌う。それが誉め言葉であってもだ。

 それは仕方ないんだが、このままバッサリじゃあ、別に悪気があって言ったわけじゃないソウジが哀れだし、この場の空気も収拾がつかない。


「それでだいたい合ってるよ。さっきの話、要は俺のダチはこんなにすげえんだっていう自慢話だからな!」


 バカっていうのも合ってるけどな、とつけ足しつつソウジに同調する。


「ヨシテルまでそんなこと言って……!」

「ハハッ、いいじゃねえかよ。ほんとのことなんだし。なあ?」


「……でも」


 不意にソウジロウが切り出した。


「でも、どうしてそんなすごい人が、こんな……って言ったら失礼かもですけど、その、まるで人目を避けるような場所で、ひっそりとお店をやっているんでしょうか?」


 こっ、コイツ、いきなりタブー中のタブーに触れやがったァーッ!!


「そっ、それは、その……なんだ、ほら……」


 とっさにその場を取りつくろう上手い理屈がひねり出せなくて言いよどむ俺。

 たしかに、言われてみればごもっともってェご指摘なんだが、そこは本人がいる目の前で本日初顔合わせの男に雑談の延長で気軽に喋るにはデリケートな話でだなあ……。

 ソウジのことを“基本アホのクセに時々妙に鋭い”と評してきたのは、こういう何気ないタイミングで不意討ちのようにクリティカルなことを言うからなんだよなあ。困ったもんだ。


「その、多々良っちは職人気質だからさ、こう、誰彼構わずようこそウェルカム! みたいな、節操の無い商売の仕方はしないんだよ。何でもいいからとにかく強い武器を売ってくれ、みたいなアホは相手にしない。たとえばこう、俺様のような、作った刀の性能をフルに引き出せる、刀に相応しいだけの力量を持ったプレイヤーだけを、商売相手に選ぶのさ!」


 どうにかもっともらしい理屈をひねり出して答えた。これは全くの嘘じゃあない。大雑把ではあるが一応事実、くらいの話だ。


「……なっ?」

「…………」 


 ここで俺のひどい自画自賛を挟んだボケ混じりのフリに乗っかって、それっぽい突っ込みでも入れてくれれば、この場も綺麗に収まるんだが、多々良っちはむっつりと黙りこんだままだ。いやまあ、そういう気の利いたリアクションを期待できる相手じゃないのは判っているから、いいっていやいいんだけど、やりづれぇー!


「そうなんですか! すごいですね!」


 幸いソウジはアホなので、俺の苦しい理屈を疑いもせずに信じた。何がすごいのかはよく判らんが、納得して引き下がってくれればそれでいい。

 とりあえずは一安心なんだが……なんだか場の空気が微妙なことになってしまった。




◆8




 ――で、『なんでそんな凄腕職人がこんな辺鄙(へんぴ)な所で(くす)ぶってんの?』って疑問と、それに対応する『その“大っぴらに喋りにくいデリケートな話”って何なんだ?』って疑問に対する回答なんだが……。


 いろいろ入り組んだ面倒くさい話で、何から話したものかって感じなんだが……まあ、適当に思いついたことから喋るわ。


 えーと、さっき、『生産職、その中でも〈刀匠〉は極めるのが困難な職業だ』って話をしたが、アレは話としては半分なんだよな。その残りの半分の話からしよう。


 さっきの話は、自分が〈刀匠〉をやる側の視点からの話だったが、今度の話は〈刀匠〉が作ったアイテムを買う側の話――すなわち、俺みたいな刀使いのプレイヤーの話だ。


 といっても話は簡単で、武器攻撃メインの戦闘系プレイヤーが、武器生産職のプレイヤーに対して求めることは、基本的にはたったひとつにまとめられる。


 『とにかく強い武器が欲しい』


 これだけだ。


 その“強い”っていうのが、具体的にどういうものを指すのかってところで、人によって意見が分かれるだろうが――たとえば、一発の威力がデカいのがいいのか、クリティカル率が高いのがいいのか、回避率や属性防御に修正がつく防御性能が高いのがいいのか――しかし、それは強さの中でもどの強さを重視するのかって話であって、結局は『とにかく強い武器が欲しい』ってことに変わりはない。


 ――このあたりの話は、君らにだって自分の経験で理解できると思うが、どうだい?


 強い武器があれば、それまで倒せなかった敵を倒せるようになったり、苦戦した相手に楽に勝てるようになる。そうすれば、難易度の高いクエストを攻略できるようになるから、その報酬でさらに強い武器を手に入れて、もっと強い敵に勝てるようになって……っていうサイクルの繰り返し。これは〈EXPポーション〉の世話になってるような初心者でも、歴戦のレイドプレイヤーでも、変わりない話だ。


 で、この『強い武器が欲しい』っていう視点から見た場合、〈刀匠〉というサブ職業には、他の職業には無い絶対的な価値があるのさ。

 ただし、そこには『レベルが上限に到達した〈刀匠〉に限って』という但し書きがつく。


 ――それはなぜか? 手っ取り早く実例を挙げて説明してやろう。


 〈刀匠〉は、刀系の武器しか作れないっていう激烈な制約がある代わりに、刀に関しては他の職業には無い固有の能力を持っている。

 仮にここに、30レベルの〈鍛冶屋〉と、同じく30レベルの〈刀匠〉がいたとする。この2人が刀を作った場合、当然のことながら〈刀匠〉の方が強い刀を作れる。

 しかし、ここにもう一人、40レベルの〈鍛冶屋〉がいたとしよう。その40レベルの〈鍛冶屋〉は、30レベルの〈刀匠〉よりも強い刀を作れるんだよなー。

 いくら〈刀匠〉が刀作りの専門家で他の生産職よりも強いといっても、その優位は、〈エルダー・テイル〉において装備のランクが更新される区切りとなる10レベルぶんの差を引っくり返せるほどには強くない。そうじゃなきゃゲームバランスが破綻しちまう。

 だから、中途半端なレベルの〈刀匠〉はまったくお呼びじゃあない。

 〈鍛冶屋〉みたいなメジャーな生産職は、なり手も多いし、上限レベルまで行ってるヤツの人数も多い。『強い刀が欲しかったら、上限レベルの〈鍛冶屋〉に依頼するのが一番楽で確実』っていう結論になる。


 ――ここまで話せば、次の話も判るだろう? 


 じゃあ、上限レベルに到達した〈刀匠〉がいたとしたら?

 同じレベルなら〈刀匠〉の作る刀が一番強い。そして、それが上限レベルなら、それよりレベルの高いプレイヤーは存在しない。つまり、〈刀匠〉が他の生産職の追随を許さない最強の生産職となるわけだ。


 ゆえに、『レベルが上限に到達した〈刀匠〉に限り、他に無い絶大な価値がある』という話になる。


 と、ここまで説明すりゃあ、このヤマトサーバーで最初に現れたレベルが上限に到達した〈刀匠〉であるところの多々良っちが、当時どれほどの価値を持つ存在だったかについても、判るだろう?

 登場前後でゲームバランスを変える存在だと言っても過言じゃあない。まさしく『神職人降臨!!』ってヤツだ。


 俺もさっそく、当時の上限レベルである80レベル対応のヤツを何本か作ってもらって、そいつを持ってレイドに突撃していったもんさ。そんでもって、磨きをかけた“多刀流”でバッタバッタと敵を斬り倒して大活躍よ。

 いや、自分が活躍するために、前から知り合いなのをいいことに真っ先に作ってもらったっていうのは否定しないが、それよりは宣伝をしてやろうと思ってのことでさ。

 ほら、俺がそうやってレイドの最前線で新しい武器を使って活躍してみせれば、目ざといヤツは「おい、その武器どこで手に入れたんだ?」と言ってくるだろう? そうすれば〈アメノマ〉の宣伝になるじゃないか。

 それまで、訳の判らんことをやってる集団として周囲から顧みられることのなかった多々良っちの、ひいては〈アメノマ〉の連中の苦労が報われて欲しかったんだよ。客が次々と押し寄せるような人気の店になって、そんで金もじゃんじゃん儲かって欲しいな、って。


 だから俺は、あちこちのレイドに参加しては、めいっぱい自慢してきた。ちなみに、決めゼリフはこれだ。


 「多々良はワシが育てた……!! (キリッ」


 ――あ、いや、本気でそう言ってるわけじゃなくてね? 「なんでおまえがドヤ顔で自慢してんだよ!」「別におまえが育てたわけじゃねえだろ!」って突っ込みが入ることを前提にボケてるんだからね?

 ……とまあ、そんな小ネタはさておき、当時のアキバ、ひいてはヤマトサーバー全体に、レベルが上限に到達した〈刀匠〉が現れたことが次第に知れ渡っていき、それに伴い〈アメノマ〉にもより強い武器を求めて刀使いのプレイヤーが続々とやってくるようになった。


 ――話がこれで終わってれば、〈刀匠〉多々良と生産ギルド〈アメノマ〉の出世物語ってことでめでたしめでたし、なんだが……皆さんお察しの通り、ここまでが前フリだ。


 で、ここから話がややこしくなっていくんだが……なんて説明すりゃあいいんだろうな……『需要と供給のバランス』とか、そんなような話?


 えーと、生産職の仕組みについて説明した時に、刀使いが全体のうちの7~8%くらいだって話をしたが、それを思い出してくれ。その7~8%が具体的に何人か――つまりは、〈アメノマ〉に客としてやってくる刀使いが何人になるのか、って話だ。


 ヤマトサーバーのアクティブ・ユーザーの数は大体10万人程度だと言われている。そのうちの約半数がレベル上限のプレイヤーだ。5万人だな。で、その5万人のうちの7~8%だから……大雑把に言って4千人。

 さすがにその4千人の全てが新しい刀を求めて〈アメノマ〉にやって来たわけじゃあないだろうが、しかし、少なく見積もっても千人単位の人間がやって来る計算にはなる。

 その千人単位の客に対して、アイテムを生産できる職人はたったの一人。需要と供給のバランスがまったく取れていないのが判るだろう?

 〈アメノマ〉側は当然のように客を捌ききれず、アキバの街には大量の順番待ちの客があふれた。


 とはいえ、多々良っちがせっせと刀を作り続けている限りは、時間が大量にかかったとしても、いずれは全員の元に行き渡るはずだ。それに、何をどうやりくりしたって、職人がたった一人じゃ生産速度に限界があるのは明らかなんだから、辛抱強く待つしかないだろう。

 誰も彼もがそう考えて、お行儀良く順番待ちしてくれりゃあそれで良かったんだが……そうはならなかった。


 『お客様は神様です』って言葉、あるだろう? アレは接客をする側の心構えで、お客様を神様だと思って接客しなさいっていう話なんだが……それを勘違いして、『お客様は神様、すなわち客である俺は神だ!』ってノリで、自分から俺を神扱いしろって態度を取りだすタチの悪い客って、いるだろ?

 そういう人種が、事情を察して大人しく順番待ちしてくれるはずもなく、当然のように暴れだした。〈アメノマ〉や多々良っちを攻撃し始めたんだ。


 俗に言う“炎上”ってヤツだな。


 ――なんでそこで生産ギルドや職人を攻撃しだすんだ、って突っ込みは至極もっともなんだが……欲しいアイテムが自分の元に来ない理由を、その供給元の責任ってことにしてるんだろうよ。おまえらがちゃんと仕事しないから、俺らみたいな不幸な被害者が出るんだ、とでも言いたいんじゃないのか?


 ――いや、君らが言うように、職人をボロクソにぶっ叩いたって状況は何ひとつ良くはならないし、職人叩きに走った時点でおまえら被害者じゃなくて加害者の側に回ってるだろ、とか突っ込み所はいろいろあるんだが……まあ、そんな程度のことも判らないくらいどうしようもないバカなんだろうよ。そんで、バカだから、そういうことをやらかすんだろう。


 一応、最低限の弁護をするなら、同じゲーマーとして、順番待ちをさせられた連中の苛立ちについては、理解できなくもない。

 先に順番がやってきたヤツは新しい武器をさっさと手に入れて、そいつを振り回して活躍しててさ。一方自分はそれを横目に順番待ちの日々で、こうして待たされている間にもライバルは手に入れた新しい武器でどんどん活躍して、どんどん差をつけられていく……っていう状況に晒されて抱く、焦りとか、苛立ちとかさ。

 だからって、他人を攻撃していい理由にはならないけどな。そんなもん。

 それに、そんな武器ひとつくらいで大して変わんねえだろ、って思うしな。自分の腕がヘボいのを装備のせいにすんなよ、装備が足りないなら足りないなりに工夫して補ってみせるのもゲームのうちだろう、ってさ。


 〈アメノマ〉が小規模っていうか零細ギルドだったのも災いした。

 こんな大量の客が押し寄せてきたことなんて初めてで、どうしていいか判らなくなって混乱状態に陥ってしまってなあ。それでどうしても対応が後手後手になってしまって、クレーマーじみた“お客様”の怒りをより煽ったり、付け入る隙を与えてしまった面はある。その点で、〈アメノマ〉側にも過失があったと言えなくはないだろうが……そりゃ酷ってもんだ。そんな何千人もの人間が一斉に押しかけてくるような経験なんて、普通無いだろう。対応に落ち度があったとしても、仕方がないじゃないか。

 もっとも、“お客様”の言い分は、「このような事態が初めてだとかいうのはそちらの勝手な事情で客の側には関係の無いこと」「こうなることは充分に想像できたはず。事前に準備をしておかなかったのは怠慢だ」……って、おまえらどんだけ他人に完璧超人であることを求めてるんだ。


 そもそもヤツらが取ってる“お客様”的な態度からして、おかしな話なんだよ。だって、これはゲームの中の話なんだぜ? 店と客の関係っつったって、それ以前に店側も客側も互いに〈エルダー・テイル〉のプレイヤー同士だろう。同じゲームを共に遊ぶゲーム仲間じゃないか。金銭のやりとりだって、ゲーム内の擬似通貨のやりとりでしかない。

 なぜ同じゲーム仲間の苦労を労わることができないんだ。たかがゲーム内の擬似通貨を支払う程度のことで、相手に自分の思い通りに奉仕することを要求できる権利を得られると思い上がれるんだ。……なんてことをバカに言っても通じないってのは判ってはいるんだが、ええい、思い出しても腹が立つ。


 ――そんな大変な時に俺はどうしてたのかって? もちろん、打てる限りの手を打とうと努力を試みたさ。こんな状況を作ってしまったのには、多々良っちのことをあちこちで宣伝して回った自分にも責任の一端があると思っていたからな……。


 まず、騒いでる“お客様”どもに対して「てめえらギャーギャー騒ぐんじゃねえ! 大人しく待ってろ!」と鎮圧を試みてみたが、失敗に終わった。元々俺が、恥ずかしながら揉め事の仲裁に適したタイプの人間じゃあなかったっていうのは、ご覧の通りなんだが……それ以前に、俺がその時点ですでに多々良っちの作ったレベル上限の〈刀匠〉にしか作れない刀を持っていた――しかも複数――っていうのがマズかった。

 すでに手に入れてるヤツが、手に入れられなくて不満なヤツに上から目線でお説教とか、火に油を注ぐような行為でしかなかった。大失敗だ。

 いや、俺のはまだこんな騒ぎになる前に作ってもらったものだし、それに多々良っちがレベル上限に到達する前からずっと交流があったからこその話なんだが、怒り狂った連中にそんな話が通じるはずもなく……。


 次に俺は、うるさい“お客様”を黙らせるのが無理だっていうなら、その元を断てばいいと考えた。“お客様”どもは待たされてるのに腹立ててるんだから、順番待ちを無くす方向でがんばってみよう、ってな。

 アイテムを生産できるのは多々良っち一人って状況はどうにもならない。そんな気軽にレベル上限の〈刀匠〉を増員できたら誰も苦労はしない。だが、アイテムの生産に必要な素材アイテムを集めるほうなら、誰だってできる。

 俺はギルマス権限を発動してギルドの連中を使ったり、あとは知り合いの生産ギルドなんかにも声かけてまわって、少しでも助けになればと思ってがんばってみた。一方的に駆り出されたメンバーには申し訳無いが、俺以外にも〈アメノマ〉の世話になってるヤツは何人も居たし、何より緊急事態だ、多少のことは大目に見てもらわないとな。


 この試みは、最初のうちは上手く行った。素材の供給ペースが上がることで、生産ペースも上がっていったし、順番待ち状態の刀使いの中にも、素材集めを手伝ってくれるプレイヤーが現れだしたからだ。それをきっかけに、一時は『みんなで協力してがんばっていこう!』っていう、いい感じの雰囲気になりかけたんだが……。


 しかし結局は、“お客様”どもの槍玉に上げられて、炎上騒ぎをより大きくする燃料になっちまった。

 原因は、完成した刀を手伝ってくれたプレイヤー優先で配布したからだ。

 

 ――いや、俺もそれは当然のことだろう、って思うんだけどさあ。

 だってそんな、何もしないでただボケッと口開けてエサが運ばれてくるのを待ってるだけ……ならまだしも、ギャーギャー文句ばっか言ってるクソうるせえクレーマーと、手伝いをしてくれた連中とだったら、どっち優先になるかっていったらなあ? 手伝ってくれた連中は大なり小なり自腹切ってるわけなんだしさあ、それを無視したら彼らに申し訳が立たないだろう。

 だが、“お客様”どもからすれば、それは不公平な差別、依怙贔屓ってことになるらしい。きちんと順番を守れ、と。


 そして、“お客様”は〈アメノマ〉や多々良っちだけでなく、手伝ってくれた刀使いまで攻撃しだした。連中に言わせれば、決められた順番を守ろうとせずに不当な工作を行って自分だけ利益を得ようとした抜け駆け野郎であり言語道断、ということになるらしい。

 そりゃあ実際のところは、手伝ってくれたヤツらの中には、自分が優先的にアイテムゲットしようって下心で手伝ってたヤツもいるとは思う。が、本音がどうあれ、手伝ってくれたことには変わりないんだ。何もしないで文句ばっかり言ってたヤツらよりはよっぽど上等だろうよ。

 もちろん、純粋に善意や好意で手伝ってくれた人も大勢いたさ。だが、そんな風に訳の判らん言いがかりをつけられて攻撃されたんじゃ、たまったもんじゃあない。一時期発生した『みんなで協力してがんばっていこう!』的な雰囲気は跡形もなく消え失せて、手伝ってくれる人はいなくなっちまった……。


 ――ああ、そうだ、一応誤解の無いように言っておくと、そんな頭のおかしい“お客様”なんて全体のごく一部だからな? 大半のプレイヤーはまともだよ。困ってるのを見かねて、手伝ってくれたヤツだって大勢いたわけだしさ。

 ただ、全体のごく一部――仮に1割がバカだったとして、その一部ってのを千人に当てはめると百人に、2千人なら2百人になっちまうんだよな……。

 数は力とはよく言ったもんで、母数が千や万の単位にまで大きくなると、たとえその大半の9割がまともだったとしても、残りの1割のバカが暴れ回るだけでも充分に環境を破壊できてしまうんだよなァ……。


 ――ちょっと想像してみてもらいたいんだが、百人単位の人間に一斉に攻撃されて、延々ボロクソ言われまくる状況って、どうよ? たった一人の人間が処理できる限界を明らかに超えていると思わないか?

 普通は耐えられない。多々良っちも例外じゃなかった。ある日を境にゲームにログインしてこなくなっちまった。まあ、無理も無い……傍から見てても、痛々しいくらいだったからな……。


 多々良っちが持ち得る限りの全てを尽くしてがんばっていたことは、この俺が証言する。最マゾ職と名高い〈刀匠〉を極めたことからも判るように、大きな目標に対して、細かいことをひとつひとつ積み上げていくことを苦にするタイプじゃないんだ。千人以上の客を相手に刀を大量に作らなきゃいけないってだけのことなら、どうということもなく乗り越えていただろう。

 それに、生産職のプレイヤーにとって、自分の作ったアイテムが誰かの役に立つっていうのは嬉しいことなんだ。期待や感謝の気持ちを寄せられれば、それに応えるためにがんばろうという気にもなれる。

 だからこそ、自分の人格や尊厳や努力の全てを否定されて、アイテム製造マシーンのように扱われれば、そりゃ心も折れるってもんだがな……。


 多々良っちの脱落を受けて、〈アメノマ〉は無期限休業となった。唯一のレベル上限の〈刀匠〉であるギルドマスターがいなくなってしまっては、そうせざるを得ない。残された〈アメノマ〉のメンバーも精神的に限界だったというのもある。休業にして、外界との接触を断って、事態が沈静化するのを待ちたい、といったところだろう。


 だが、無期限休業の報せを受けて、“お客様”どもの炎上騒動は鎮火するどころか、より激しく燃え上がった。

 いわく、「一部の人間にだけ刀を作って残りの大多数を放置するのはあまりにも不公平な行いだ」とか、「生産ギルドは全てのプレイヤーに対して平等に取引すべきだ」とか、「不当な差別は許されない」とか、そんな感じのことをいろいろ並べていたっけな……。 

 全体的な論調としては、公平や平等ってあたりを論点にして、〈アメノマ〉の行いは不公平で不平等で悪である、と。それで、自分たちは不幸な被害者なんだと。まあ、相変わらずのバカのひとつ覚えって感じだったね。

 フン、公平、平等ねえ……。


 ば~~~~~っかじゃねえの!!


 だって、連中の本音を突き詰めれば、俺が最初に説明した武器戦闘系プレイヤーの欲求、『とにかく強い武器が欲しい』ってとこに行き着くんだぜ?

 強い武器が欲しいから、こんな自分の番がいつになるか判らない千人単位の順番待ちに参加して、遅い遅いと文句を言い、自分より先に手に入れたヤツが活躍してるのを見て嫉妬して、とにかく世の中が自分の思い通りにならないことに一方的に腹を立てて、それを自分以外の誰かや何かのせいにして、逆ギレしてダダこねてるだけだろ?

 だけど、それじゃあんまりにも格好がつかないから、公平だの平等だのもっともらしい理屈を並べて、正義の代弁者ヅラして自分を正当化して、さも立派な人間のようなツラをして、その一方で他人を悪だと勝手に(おとし)めて叩いてるんだ。

 それで、連中がそうやって行動を起こしたことで、お望み通りに強い武器が手に入ったのかっていったら、手に入らなくなっちまったじゃねえか。大人しく順番待ちしてりゃあ、いつかは手に入ったのによ。


 言ってしまえば、金の卵を産む鶏をよってたかって絞め殺すような真似をしたんだ。そんなもん、バカとしか言い様がねえだろ。なあ?

 だけど、ヤツらはバカだから自分に落ち度があったなんてこれっぽっちも思っちゃいねえ。しまいにゃアイツらなんて言いだしたと思う?


「最高レベルの刀を全員分作れないなら、すでに刀を買ったヤツは刀を廃棄すべき。多々良は責任取ってキャラ削除して引退しろ」……だとよ。


 ――って、ちょっ、君ら、こんな狭いとこで武器振り回しちゃダメだって! ああ、いや、腹立つのは判らんでもないけどさあ……いや、不愉快な話を長々とした俺が悪かった。頼むから、とりあえず落ち着いてくれ。……な?


 ――ああ……でも、なんていうか、こういうこと言ったらアレかもしんないけど……そうやって腹を立ててる君らを見てたら、俺ァ少し嬉しくなっちまったね。

 いや、だってさ、俺の知り合いだっていうだけの、一度も会ったことのない見ず知らずの多々良っちのために怒ってくれたんだろう?

 ――ああ、そうだなあ、もしアキバの街にみんなで行く機会があったら、多々良っちのことを紹介してやるよ。こんな炎上騒動があったせいもあって人見知りが激しくて、無口で無愛想だけど、気のいいヤツだからさ。アイツあんなだからあんま友達いないみたいだし、もし良かったら友達になってやってくれよな。きっと喜ぶ。


 ――そんなお怒りの皆さんの気晴らしに……なるかどうかは判らないが、そういう系の話もしようか。

 この炎上騒動のしばらく後の話なんだが、俺がギルドのメンツと狩りに行ったら、その狩場でたまたま“お客様”のうちの何人かと出くわしたことがあった。俺は速攻ダッシュで連中が狩ってるとこに割り込んでってモンスターぶっ倒してやってだな、


「見ろよこの刀の切れ味、最高だね! それにひきかえ、おまえらときたら、カスい性能のションベン刀でチマチマ狩りとかヒマくさい作業しちゃって、ご苦労さん!」


 と煽ってやった。ハッキリ言うとあからさまに喧嘩を売りに行った。

 買ってくれるかどうかは不安だったんだけど、あんな騒動やらかす沸点の低いバカだけあって、期待に違わぬ頭の悪さを発揮して売り言葉に買い言葉、「なんだこの野郎」「喧嘩売ってるのか」とヒートアップ。


「頭の悪い騒動やらかして刀買えなかったてめえらバカどもに、俺が刀の代わりに喧嘩を売ってやるからありがたく買いな! なあ、この刀が欲しいんだろう? 俺を倒して奪ってみろよ!」


 と、丁重に喧嘩を売らせて頂いた上で、まあ、その、ボッコボコにしてやった的な話がございまして。やらかしたバカどももそれなりに酷い目に遭いました、ってことで少しは腹の虫が治まってくれるとありがたいんだけど、どうだろうねえ?


 もっとも、俺的にはこの手の“武勇伝”は、できれば隠しておきたい恥ずかしい過去なんだけどね……。いや、だって、こんなことしたって何の解決にもなってないじゃん。意味無いよな。

 それに、『ムカつくヤツらがいたからボコってやった』なんて行動、幼稚さ加減ではあの“お客様”連中と大して変わらない。自分の気に入らないことがあったから、その腹癒(はらい)せに他人をぶっ叩くって点では、まるっきり一緒なわけでさ……。

 ただまあ、当時の俺の心境としては、そうでもしなけりゃ収まりがつかなかったのも事実で……ついカッとなってやっちまった。もう何年も前の話で、その頃の俺はまだケツの青いクソガキだったってことで、大目に見てもらいたいな。


 ――え? それじゃあ今の俺はどうなのかって言われたら……改めてそう言われると、困るな……うーん、自分の友人を不当に傷つけられて、黙って大人しくしていられる自信は……正直言って、あんまり無いな……。

 考えてみりゃあ、ほんのちょっと前だって、ミナミの街でついカッとなってやらかして、それでここまで逃げてくるハメになったわけだし……まあいいや、その話は今は置いとこう。


 その後の顛末(てんまつ)を話そう。まあ、これ以上ムカつかせても悪いから、ざっと簡単に。


 多々良っちが消えた後の炎上騒動は、いくつかの大手生産ギルドがレベル上限の〈刀匠〉の育成に乗り出し、それを達成したことによって自然消滅していった。

 需要に対して供給が追いつかなかったことが原因なんだから、〈刀匠〉の数が増えて供給が追いつき、欲しい人間のところに充分に行き渡るようになれば、解決する。単純な話だな。

 皮肉なことに、この炎上騒動がきっかけとなって、それまで趣味に走った暇人がやるような職で実用職ではないと見做(みな)されていた〈刀匠〉の価値が再評価されたのさ。これだけの騒ぎを引き起こすくらいに凄いんだと。

 そこに〈海洋機構〉をはじめとする名だたる大手生産系ギルドが、新たな商売のチャンスを見出して素早く反応した。〈刀匠〉を上限レベルにまで育成するのは楽なことじゃあないが、しかし大手ギルドがその有り余るリソースを注ぎ込んでやれば、〈アメノマ〉のような零細ギルドが地道にコツコツがんばるのとは比べものにならない効率や速度で育成ができる。

 千人単位の客に一斉に押しかけられたところで、大手ギルドは大量の客を相手にするのだって慣れたものだ。そういう前例は過去に何度もあったし、ノウハウの蓄積もマニュアルの整備もバッチリで、滞りなく客の注文を捌いていった。

 その客の中に悪質なクレーマーがいる問題も、大手ギルドからしたら日常茶飯事だ。苦情処理担当の優秀なスタッフの有無を言わせぬ的確な対応で、炎上なんてしそうな気配すら見せない。


 俺はそうした一連の動きを傍観者として眺めて、「ああ、大手ギルドってのは、伊達に大手じゃないんだなあ。そう言われるだけの圧倒的な違いがあるんだなあ」と、ただの友人知人の集まりの延長でおおよそ“組織”なんてものとはほど遠い自分のギルドや、規模としては零細生産ギルドに過ぎない〈アメノマ〉との差を痛感させられたっけなあ……。


 〈エルダー・テイル〉世界の時間の流れは相当に早い。世間を賑わせた最新のニュースも、すぐにそれよりもさらに新しいニュースに上書きされて、古い話題となって消えていく。

 この一連の炎上騒動もそうで、事態の沈静化とともに、上限レベルに到達した〈刀匠〉の存在が変革をもたらしたことも、〈アメノマ〉や多々良の名前も、急速に忘れ去られていった。まるで最初からそんなものは存在しなかったかのように。


 もっとも、これは世間に忘れてもらったほうがありがたい話だから、悪くはなかった。炎上騒動が完全に消滅したことで、多々良っちも無事〈エルダー・テイル〉に帰ってこれたのだから。

 俺は、もしかしたらあのまま引退してしまうんじゃないかと密かに心配していたが、そこまでの事態にならずにすんだのは不幸中の幸いだった。まあ、彼女には自分のギルドや仲間たちがいたから、帰ってこれる場所があったから、良かったんだろう。


 ただ、残念ながら全てが元通りとはいかなかった。


 活動を再開した〈アメノマ〉は、アキバの生産ギルド街に置いていた拠点を引き払って、〈変人窟〉の地下に引きこもっちまった。華やかな表舞台に背を向けて、ひっそりと人目を避けるように隠れ潜んで、気心の知れた古馴染みだけを相手に細々と商売するようなギルド――要するに、今の〈アメノマ〉のようになったのさ。


 『一見さんお断り』っていうお店、あるだろう? 京都の上等な料亭とかそういう感じの。ああいう店って、なーんかお高く止まってて嫌な感じだなあって思ってたけど、『頭の悪い神様気取りの“お客様”に店を荒らされないための防衛策』って意味もあるんだろうなって、理解したよ。


 ちょいと長くなっちまったが、これが2つの疑問への回答さ。





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