02 MPK (モンスター・プレイヤー・キル)
『〈エルダー・テイル〉やめようと思った』なんて、もっともらしい独白をたれ流してはみたが、実際にやめてなんかいないのは、こうしてここで君らと喋ってる時点で明らかなんだけどさ。
あの時が分岐点のひとつだったのは、確かだろうな。
あそこでやめてたら、今こうして〈大災害〉に巻き込まれて、異世界でのサバイバルを強いられて帰れる見通しもなく、この先どうなるかもさっぱり判らない……なんてことには、なってないはずだからな。
今さら言ってもしょうがないことだが、過去を振り返って『もし』『たら』『れば』を言いたくなるのは、哀しい人の性ってヤツでさ。
まあ、ここまでの話の流れでだいたい展開読めてると思うんだけどさ、このやめようかどうかってタイミングでソウジのヤツと出会っちまって、それでうっかり「もうちょっと続けてみようかな」って気になっちまったのが、ここの分岐点の選択肢を間違えた瞬間だな。記念すべき1回目の『ソウジのせい』だ。
けど、じゃあこの時の選択を本気で後悔しているのかって言われたら……あんな惨めな気持ちのまま、醜態を晒して負け犬のように〈エルダー・テイル〉の世界を追い出されるなんて、ひでえバッドエンドだ。そのままやめてたほうが、後悔の度合いはデカかったと思う。
それに、この日からアイツと一緒に過ごした月日の楽しさや豊かさを思えば……いや、決して楽しいことばかりではなくて、苦い思い出も山ほどあって、手放しに喜べはしないんだが……でも、ここでやめなかったのは、間違いではなかったとは思ってる。
◆
自分のギルドを終わりにすることについては、特にためらいはなかった。
アキバの街のギルド会館に行って、決められた操作を何手順かして、確認を求めるメッセージにOKすれば、あっさり終了。2年かけて育ててきた俺のギルド〈アキバ幕府〉はこれにて消滅、一件落着ってなもんだ。
それでいいのかと己に問えば、悔しい気持ちがこみあげてくるのは事実さ。しかし、こうなっちまったら今さらじたばたしたってどうこうなるもんでもねえ。
所属メンバーがギルマス1人のギルドって、そんなもんギルドとは言わないだろう。ゲームシステム上は『1人ギルド』が存在することは可能だけどさ、だからってそんなものを残しておいても、よけい惨めな気分になるだけだ。
もう一度やり直すって選択肢も、あるにはあるんだろうが……まあ、無理だな。
今までの2年間を思い出してみて、もう一度これからその2年分をやり直すのかって想像しただけでも、相当重たい。そりゃただの苦行だ。
ゲームってのは楽しみのためにやるもんだ。楽しいから2年遊んでこれたんだ。ただの苦行を2年も続けられないのは判りきってる。仮にそれをやったとしても、元通りのものがもう一度手に入ったりはしないってのも、判りきってるしな。
俺のギルドが過去にめちゃくちゃにぶっ潰されたって事実は変わらないし、去って行った連中が戻ってくるわけでもないし……それに戻ってきたとして、一切わだかまりなく昔のようにやっていけるのかっていったら、そりゃ無理だろうよ。
だから、ここでちゃんと終わりにしたほうがいい。その判断は揺るがないし、後悔も無い。
残された俺のステータス画面には『所属ギルド:なし』の表示。自分で決めたこととはいえ、画面を眺めているだけでなんとも寂しい気持ちになったもんさ。
あとは〈エルダー・テイル〉からログアウトして、ゲームソフトをアンインストールすれば、この世界とは永久におさらばだ。
だが、ギルドをなくすとこまではすんなり行けたが、いざゲームそのものをやめるとなると、ためらいが生じた。
元はと言えば、俺がこうして何もかもに絶望した最悪の気分に追いこまれたのは、ギルド内での人間関係のトラブルが原因だ。〈エルダー・テイル〉というゲームそのものが嫌になったのかっていったら……それはまた別の話なんだよな。
1998年の発売から、度重なるアップデートや拡張パックによる追加要素の導入を経てきた〈エルダー・テイル〉は、10年以上に渡る歴史の蓄積にふさわしく、ちょっとやそっとじゃ遊び尽くせないほど膨大な世界が広がっている。
俺のプレイ歴は2年だが、その程度ではとても〈エルダー・テイル〉を極めただとか、遊び尽くしたとか言えたもんじゃない。攻略済みのクエストと未挑戦のクエストを比べたら、圧倒的に未挑戦のもののほうが多い。
だから、いったんゲームのことを思い浮かべてしまうと、あれもやりたいこれもやりたい、そういえばあれもやっていなかった、あの後挑戦する計画でいたのに――そういう後悔や未練が次々と出てきてしまう。身に染みついちまったゲーマーの習性だな。
あー……何かこう、きっかけを探している、って状態になったことって、ないかい?
そん時の俺が、まさしくそれでさ。
目の前に2つの選択肢があって、どちらを選ぶか迷っていて、自分ではとても決められそうにない。
かといって、そのまま立ち止まっていても何も変わらない。
先に進むためには、どちらかを必ず選ばなければいけない。そんな時って……あるだろう?
最初の一歩だけでも、踏み出せればいい。
そうすれば、そこから先はちゃんと進んで行けるはずなのに、その最初の一歩が踏み出せない。ほんの少し、背中を押してくれるだけでいいのに。誰でもいいし、何でもいい……ってな。
まあ、そうやって何かにすがろうとしている時点でよろしくないんだが……心が参ってる時ってのは、どうしてもそういう風になっちまうもんだよな。……そんな感じだったよ。
やめるべきか、続けるべきか。
その答えを出せないまま、俺はアキバの街を出た。
街中に居たくはなかった。居続ければ高い確率で知り合いと遭遇することになる。そうなったら――それが俺のかつてのギルド関係者なら険悪なことになるだろうし、そうではない普通の知り合いだったとしても、事情を訊かれるだろう。問われれば、答えないわけにもいかない。
そういうやりとりを想像しただけでも、煩わしかった。
街のゲートをくぐって、人気を避けて脇道へ。割れたアスファルトの路面に立ち並ぶ廃ビルと、生い茂る緑の木々が同居した不可思議な光景。
見慣れたその景色の中に、アイツが――ソウジロウが居た。
といっても、この時点ではただ通りすがりに見かけただけで、知りあったわけでも言葉を交わしたわけでもない。名前だって、画面上に表示されてるから自己紹介の必要もなく判るってだけだ。
見た瞬間にコイツは初心者だと判った。なぜなら、レベルが4だったからだ。
君らも経験しただろうから判ると思うが、キャラクターを作成してゲームを開始した直後に強制的にやることになるチュートリアルクエストを全て終えると、レベルが3上がるようになっている。1+3=4だな。
見た目で判る範囲の装備も、同じ〈武士〉の俺には見覚えのある初期装備の数々だ。
――サブキャラ? ああ、そいつは初心者にしちゃ鋭い指摘だ。なるほど、言われてみれば確かにそういう可能性もあるな。
でも、新しく作った2人目以降のサブキャラ――見た目は初心者でも操作してるプレイヤーが熟練者ってケースじゃないってのは、動きを見れば判る。
微妙にドンくさいっていうか、いちいち操作法や特技の効果を確認しながらやっているような感じでさ。最も出現モンスターのレベル帯が低いアキバの街周辺に出てくる〈緑小鬼〉相手に、互角の死闘を演じちゃってるようなありさまだったんだぜ?
どう見ても、『今日ゲームを始めました』『チュートリアル終わったんで試しに外出てみました』って感じの、初心者中の初心者だったな。
見ていて、思わず懐かしくなっちまったね。ああ、俺にもこんな頃があったなあ、って。
これまでの2年間の思い出が、まるで走馬灯のように……っていうと縁起でもねえな! まあ、こう、いろいろ過去を振り返って、しみじみとしちゃったわけだよ。
そうやって俺がソウジを眺めていると、その脇を1人の〈暗殺者〉らしきプレイヤーが通りすがった。それ自体は別におかしいなことじゃない……はずなんだが、俺は不自然さを感じていた。
普通、特に用事もないどうでもいいゾーンはダッシュ移動でさっさと通り過ぎるものなんだが、その〈暗殺者〉の移動はなんか中途半端というか、ダッシュ移動と徒歩移動をこまめに繰り返していて、まるで他の誰かに移動速度を合わせているような――
そこまで考えた瞬間、俺は反射的にマップ画面を呼び出してチェックしていた。
画面に表示されているのは、自分の位置を示す中心点に、少し離れてブルーのアイコンが2つ――これはソウジロウと近づいてきた奇妙な動きの〈暗殺者〉のものだ。
そして、その〈暗殺者〉の背後から接近してくるレッドのアイコンが3つ……やっぱりかッ! こいつ、MPKを狙ってやがる! 俺はそう直感した。
MPKってのは『モンスター・プレイヤー・キル』の略だ。
PKがプレイヤーが直接プレイヤーと戦って殺害することなら、『モンスターを使って間接的かつ意図的にプレイヤーを殺害する』のがMPKだ。
やり方はいろいろあるが、今回のケースは、PKしたい対象を殺せるだけの強さを持ったモンスターに自分を狙わせた上で、PK対象の近くまで誘導して押しつける方法だな。
やられた側からすると、不意に誰かが自分の近くを通り過ぎたとたんに、絶対に勝てない高レベルモンスターに取り囲まれてボッコボコにされて殺されるという、なんとも理不尽なことになる。
この時、背後から接近してきた3体のモンスターは、いずれも〈蜥蜴人〉。レベルは25。この近辺のレベル帯と明らかにズレてるから、どっか別の場所からここまで引っ張ってきたんだろうな。わざわざご苦労なこった。
俺は心の中でこの通りすがりの〈暗殺者〉をクズだと断じた。
ゲーム的には何の得にもならないPK行為をするヤツ、それも直接己の身を晒して直接PKを挑むのではなく、MPKなんて遠回しで陰湿なことをやるヤツだからだ。
PKのゲーム的なメリットは、倒した相手が死亡時にバラまく所持品や金を自分のものにできることだ。
だが、この時のソウジみたいに初期装備に身を固めた、いかにも今日ゲーム始めましたってプレイヤーが、奪うだけの価値がある資産なんか持ってるわけがねえ。
ハッキリ言ってまったく意味の無い行為だ。金やアイテムが欲しいだけなら、レベル相応のクエストをこなすほうがずっと効率がいいし、PKやるにしても、もっと資産を持ってるヤツを狙わなければ意味が無い。
ゲーム的なメリットが一切無いとなると、そんなことをあえてやる理由は、プレイヤーの気分の問題くらいだ。『ゲーム的なメリットはなくても、そうするのが楽しいから』ってのは、ゲームを遊ぶ上で重要な動機になり得る。ゲームってのは、楽しみのためにやるものだからな。
だとすると、コイツは何の得にもならないPK行為――弱者を一方的に虐殺する行為そのものが、純粋に楽しいってことだ。
さらに腹が立つのは、コイツがその手法にMPKを使っていることだ。
いや、直接PKしたとしても、相手が素人丸出しの初心者じゃあただの弱い者イジメであることに変わりねえが、それでもまだ『俺はお前を殺す』という明確な意思表示をして、自らの手を汚しているだけ、まだマシだ。
自分で直接手を下すことすらせず、格上のモンスターを押しつけて、慌てふためく様や突然の理不尽な死に戸惑い嘆く様を、遠巻きに笑いものにしようって魂胆が陰湿なんだよ。
それと、弱い者イジメをわざわざMPKでやることの陰湿さってのは、『行為を咎められた時に言い訳ができる、逃げ道を用意してる』って点にもある。
これがPKなら、『お前今PKしただろ』って指摘されたとして、言い訳しようがない。なにせ直接攻撃を加えてブッ殺したんだからな。
しかしMPKは事故や偶然を装える。『そういうつもりはなかった、事故だった』って言えるんだ。
――自分では知らないうちに、背後にモンスターを引き連れてた経験ってないかい?
モンスターから狙われていることに気づかないまま移動を続けて、知らず知らずのうちに通りすがりの誰かを巻きこんじまう事故ってのは、たまにあるんだ。
で、そういう実例があるのをいいことに、故意にやったMPKを偶然の事故だったと言い張るヤツもいる。
俺がこの手のMPKを、PKよりなお卑怯だっていうのが判るだろう?
この時ソウジにMPKを仕掛けたヤツは、明らかに故意だ。
連れてきたモンスターが自分を見失わないように、移動速度を調節してる時点で判る。背後から迫るモンスターに気づかないまま移動してるヤツの自然な動きじゃねえ。
――と、ここまでは俺の個人的な主張を喋ってきたが、そんな一方的で簡単な話で片づく問題じゃあないのが、厄介なとこなんだよな。
当然だけどよ、PKやる側にだって主張はあるんだよ。
一番大きいものが『ゲームの仕様としてPK(およびMPK)が可能である』ってことだ。
街中がPK禁止エリアになってるのは知ってるだろう? 禁止エリアを指定するってことは、裏を返せばそれ以外の場所ではやっていいってことでもある、とも言える。
ゲームの仕様として可能になっている以上、PKをするのもしないのも個人の自由だ、咎められる謂れは無い、っていうのがよくある主張だな。
個人の自由……自由ねえ……。
まッ、俺も自由は好きさ。他人に一方的に何かを押しつけられたり、強制されるのはたまらなく不愉快だ。そんなもんはクソ喰らえ、自由万歳、ってな。
だがよう、自由ってのは、もっと貴いものっていうか……それなりの責任とか、重みを伴った言葉っていうか……上手くは言えないんだが、そういう風に思うんだよな。
『弱いヤツを一方的に弄り殺しにする自由』っていうのは、どうなんだ?
自分が絶対安全で、何のリスクも背負わず代償も支払わない立場で、一方的にふりかざす自由――その自由でもって、他の誰かの自由を踏みにじるっていうのは、さ。
まあ、そういう自由があってもいいと、認めてもいい。――認めてもいいが、そのかわりに俺の側にだって、俺のやりたいようにする自由があるはずだ。
だから、この時も俺の自由にやらせてもらうことにした。
『MPKする自由』があるっていうんなら、『MPKを妨害する自由』があったっていいはずだろう?
25レベルのリザードマン3体に対し、チュートリアルを終えたばかりの4レベルの〈武士〉が戦っても勝ち目はゼロだが、同じ〈武士〉でも80レベルの〈武士〉――すなわち、かつてのこの俺様こと“剣豪将軍”ヨシテルならば、逆にリザードマンどものほうの勝ち目がゼロよ。
見てろよMPK野郎。てめえの思い通りにはさせねえ――と、気合を入れたその時、
「大丈夫ですか! 今助けます!」
4レベルのソウジロウさんが自分から25レベルのリザードマン3体に突撃を開始するという予想外のアクシデント発生ー!!
いや、だいたいのところは判るんだけどさあ!
その時ド素人だったソウジはMPKという概念を理解していなかった。俺の側から見たら、モンスターを背後に従えた〈暗殺者〉の動きはMPK狙いの誘導だと読めるが、ソウジの側からはモンスターに追われて必死で逃げているように見えたってのは、想像に難くない。
自分と敵の戦力を比較して勝率計算できるだけの知識も無いから、平気で突っ込めたんだろう。
……いや、そこは違うか。仮に知識があったとしても、アイツは突っ込むな。おバカだから。
好意的な言い方をすれば、『誰かを助けるために己の身をためらいなく捨てられるヤツ』とも言えるんだが……俺から言わせれば、アイツは考えなしの大バカ野郎だ。
――あん? いい人じゃないかって? バカ呼ばわりはひどい?
――うん、その言い分は判る……判るんだが、この後何度も何度もアイツの突撃癖の尻拭いに悩まされることになるのが、俺なんだ。そのへんのくわしい話はまた後でするとして、俺には文句を言う資格があると! 声を大にして言っておこうッ!
「スタァーップ! おいそこの〈武士〉止まれぇー!!」
俺もあわててソウジを追って突撃を開始、それと同時に挑発特技〈武士の挑戦〉を発動する。
「えっ?」
言われるままに動きを止めたソウジを追いぬいて、モンスターの前に躍り出る。挑発特技の効果もあって、3体のリザードマンは俺を攻撃目標と定めて総攻撃を開始した。まずは一安心だ。
「あのなあ! 突っこむ前に敵のレベルくらい確認しろよッ!」
一斉に殴りかかってくるリザードマンを放置して、俺は叫んだ。これも声を大にして言いたいことだ。〈エルダー・テイル〉の基本中の基本!
〈エルダー・テイル〉ではレベルを基準値としてゲームバランスを取っている――といっても、膨大な要素が複雑に連動する近代のRPGで、完璧なバランス調整というのは不可能だから例外も多いが――それでも最低限の目安として機能する程度には、数値が整備されている。敵味方のレベルや人数を比べれば、有利不利や勝ち負けがだいたい予想できるようになっているんだ。
敵の詳細なデータまで知ろうとするなら、専用のモンスター識別用特技やサブ職なんかが必要になるが……そういったものをいっさい修得していなくても、名前とレベルだけは表示されるようになっている。つまり、誰でも簡単に調べられる基礎情報だ。
いいか、大事なことなのでもう一度繰り返すぞ。知らない敵に遭遇したら、まずレベルを確認しろ。戦うかどうかの判断はそれからだ。
君らにも、ぜひ心に刻んでおいてもらいたい。よくあるセリフだが、勇気と無謀をはきちがえちゃあいかんのだ。
「おまえ今、MPK仕掛けられてたんだぞ!」
「え、えむ、ぴー……??」
「……そこから説明が必要か。えーと、あのな、MPKってのはだな――」
そのあたりの説明はさっきしたから省略な。なんにも知らないソウジロウ君にも同じことを説明してやったと思ってくれ。
その説明の間も、俺は丸腰のままモンスターに一方的に殴られっぱなしでいたが、これは意図的な演出だ。彼我のレベル差は55。3体がかりで攻撃され続けても、〈HP〉を示すゲージが目視できるかどうか微妙な量、ちまちまと減っていく程度のダメージしか受けない。だから、このモンスターどもは俺の強さを演出するための小道具――後々の布石として使わせてもらうことにした。
「あ……今のはそういうことだったんですね。あの、ところで……」
「なんだ?」
「えっと、さっきからずっと攻撃されてますけど、大丈夫なんですか?」
「ああ、別にほっといてもどうってことないが……気になるってんなら片づけようか? ちょっと待ってな」
ソウジから突っこまれた俺は、戦闘特技〈居合い抜き〉を発動した。丸腰の状態から瞬時に放たれる抜き打ちの2連撃に、目の前にいたリザードマンが即死。それと同時に、俺の左右の手には〈居合い抜き〉の効果で2本の刀が即座に準備され、武装状態への移行が完了する。
あとは得意の〈二刀流〉でもって、右、左、と攻撃をくりかえして、モンスターは全滅、戦闘終了。一方的な展開だが、レベル差が55もある戦闘なんて、こんなもんだ。
だが、こんなザコモンスターはただの前座にすぎない。本命はMPKを仕掛けてきた〈暗殺者〉だ。
「おい、素人狩って喜んでる陰険チキン野郎! 隠れて見てるんだろ!? PKやりたいんなら、俺様が相手になってやんよ! どっからでもかかってきなッ!」
ゲーム画面上にも周辺マップにもMPK野郎の姿は表示されていないが、ヤツが〈暗殺者〉用の隠密特技を使って隠れているだけだってのは簡単に想像がつく。
MPKの手順として、誘導してきたモンスターを標的に押しつける必要がある。標的の近くまで誘導が成功した段階で、隠密特技や敵愾心減少特技を使うことでモンスターの狙いを自分から標的に移し変える、っていうのがよくある手口だ。(この時はソウジが自分からモンスターに突っこんでいったせいで、その必要はなかったが)
加えて、MPKを仕掛ける側の心理として、『標的が無様に死ぬ姿を眺めたい』という欲求が必ずある。そういう人種にとって、殺すことは目的じゃあない。殺しを『愉しむ』ことこそが目的なんだ。
だから、画面にMPK野郎の姿が表示されてないっていうのは、すでにここから立ち去ってどこにも居ないと見るべきじゃあない。近くに隠れ潜んでいると見るべきだ。
現にMPK野郎が、先ほどの俺の挑発への返事としてよこしてきたのは、堂々たる一騎討ちの申し出に応じる名乗りではなく、1本の矢――おそらくは、隠密状態であることを条件に発動可能な〈暗殺者〉用の強力な奇襲特技! 案の定、隠れてやがった!
だが、その奇襲も俺の読みの範疇だ。この手の陰険野郎が正々堂々と戦うわけがねえってのはお約束だからな。
君らだって今、予想通りの展開だって思っただろう? 顔がちっとも驚いてないもんな。判るぜ。
「見え透いてるんだよッ、マヌケが!」
俺はあらかじめ準備していた〈矢斬り〉を発動させて、飛来する矢を防いだ。敵の飛び道具を手持ちの武器で斬り払って射撃を無効化する防御特技だ。
そして〈矢斬り〉の発動に連動して、攻撃してきた相手に矢弾を跳ね返す反撃特技〈矢返し〉が発動する。飛んできた矢は、動画を逆再生するように元の軌道をなぞって、少し離れた廃ビルの陰から上半身を乗り出して弓を構えてるMPK野郎の元へ帰っていった。
どうだ見たかこの野郎ッ! 俺が〈矢斬り〉や〈矢返し〉みたいなプレイヤー間でイマイチ評価の高くない特技を地味に鍛えていたのも、物陰に隠れて遠くから一方的に狙い撃ってくるようなヤツに――それがモンスターよりも陰険なプレイヤーならなおさらだ――カウンターが決まると、スカッとザマ見ろな最高気分に浸れるからなんだよなっ!
特にPVP(プレイヤー同士でやる対人戦闘)じゃ、プレイヤー間であまり評価されてないことが逆に奇襲性を増していて、相手の動揺を誘うのにも最適なのさ!
――君らも、ここぞって時の決め技が不発に終わったことくらい、あるだろう?
そういう時って、精神的ショックもでかいし、戦闘の組み立ての計算が一気に狂うこともあって、立て直すのに苦労するよな。
だから、もし今後の成長で余裕があったら、こういう隠し玉的な技をこっそり仕込んでおくのもいい手だぜ。駆け引きってのは数値の強弱だけで決まるもんじゃないからな。数値の強弱が全てだと思いこんでる単純ゴリ押し野郎ほど、こういう搦め手に面白いようにハマってくれるぜぇー。
――とまあ、そんな具合に〈矢斬り〉のカウンターを華麗に決めた俺は、すかさず全力ダッシュで追撃を開始した。
「汚ねえ矢ァ飛ばして、ご丁寧に自分の位置を知らせてくれてありがとよ! 攻撃してくるってことは、交戦の意思ありってことだよなァ? さあ、俺様と勝負だあ!」
一直線に突進してくる俺を見たMPK野郎は、あわてて隠れていた廃ビルの陰から飛び出して、アキバの街――PK禁止の安全ゾーンを目指して、一目散に逃げ出した。
まッ、ああいう陰湿な手口を好む輩に、己の身を晒して直接やりあう度胸なんて無いのもお約束だし……そういう度胸の無さに揺さぶりをかけるために、こっちの強さをアピールする演出入れたり、奇襲を先読みして潰したりして、勝ち目が薄いと思わせて逃げだすように仕向けたんだしな。
俺も向こうも80レベル同士だったから、まともに正面から一騎討ちをしたら――レベルが一緒でも装備やスキルの差や、互いの相性もあるから一概に互角とは言えないとしても――少なくとも必勝とはいかないだろう。この展開で、オチが返り討ちに遭いましたってんじゃあ、いくらなんでも格好がつかない。
それに、ここでMPK野郎をブッ殺したところで、死んでも無限に復活できる仕様の〈エルダー・テイル〉じゃたいした意味は無い。重武装の〈武士〉と軽装で俊敏な〈暗殺者〉とでは足の速さじゃ勝ち目は無いっていうのも初めっから判ってる。
ここは追い払えればそれで充分って判断だな。
「カッコつけやがって、ヒーロー気取りかよ! だせえんだよ、バーカ!」
どうやら俺が追いつけないと判ったせいか、MPK野郎はとたんに元気になって威勢のいいこと抜かしてきやがった。
「は? ゲームの中ですらカッコ良く生きられない陰険チキン野郎が何言ってんの? みっともない捨てゼリフ吐いて全力で逃げだすって、それこそヒーローにやられるザコキャラまんまの行動じゃねーか! てめえのほうがよっぽどだせえんだよ、バーカ!」
だが、俺様はリアル挑発特技の応酬だって得意なんだぜ? 気分良く言い逃げなんてさせるものかよ! 何倍にもして言い返してやったぜ!
――え? そんなもの何の自慢にもならない? っていうか、そんなんだからミナミ敵に回して賞金かけられるんだって? えー、あのー……すいません、もう少し、その、手心を加えて欲しいっていうか、あまりクリティカルな指摘をされると心が痛いっていうか――え? そんなのどうでもいいから早く続き喋れ? あ、はい、すいません。
えー、そんなわけで、MPK野郎を追っ払ってソウジの元へ戻ってきました、と。
「まったく、つまんねえヤツがいたもんだ。なあ?」
「えっと、助けて頂いて、ありがとうございます」
「ああいう陰湿なやり口にムカついたから邪魔してやっただけで、助けたのはついでみたいなもんだ。別に礼を言われるようなことじゃねえよ」
改まって礼を言われると正直照れくさい。だからって、照れ隠しに言ってるわけじゃなくて、ムカついたからというのは俺の本音で純粋な動機だ。感謝や賞賛が欲しくてやったわけじゃない。
……べっ、別にアンタのためにやってあげたんじゃないんだからねっ! 本当なんだからねっ! ――あ、ツンデレアピールとかいらないっすか?
「でも、助けてもらったことには変わりありません。ありがとうございました」
ボイスチャットから聞こえてきた、ちょうど声変わりの時期の野郎にありがちな微妙な感じの声からすると、たぶん中学生くらいの齢なんだろう。その若さからは不釣合いな、育ちや品の良さを感じさせる礼儀正しさでもって、ソウジは重ねて礼を言った。
そんなソウジに、俺はコイツがバカなのか賢いのかよく判らなくなったな。
「まあ、その話はいいや。それより、ああいう陰険野郎はしつこいと相場が決まってる。また引き返してこないとも限らないから、一緒についててやろうか?」
「そんなことまでしてもらって、いいんですか?」
「いや……ヒマでやることもないし……」
このまま俺が立ち去った後、一人になったソウジが報復のPKをされたら、俺の努力が台無しだからな。一応念のためってヤツだ。それに、ヒマなのは本当だし……いやほらギルドなくなっちゃったばっかりでさ……。
それで、そのままソウジのプレイを横で見守ることになったんだが……見守っていたのは最初の5分くらいだったな。
なんていうかさ、こう、みんなで集まってゲームなりスポーツなり何なりやってるシチュエーションで、一人ヘタクソなヤツがいたとしてさ。そのヘタクソが失敗し続けるのを黙って見てるのも、やらしいじゃん? 「こうするといいぞ」みたいに、アドバイスとかするよな?
で、口で説明しても上手く伝わらないことも多くてさ、そういう時は、「じゃあちょっと貸してみろよ」ってゲーム機なりボールなりを拝借して、直接教えたりするよな?
つまりはそういうことでさ。
ソウジのあまりのへっぽこプレイっぷりに、ついつい横から控えめに口を出してはみたものの、口で言っただけじゃ今ひとつ伝わらなくて、「じゃあちょっとお手本見せてやるよ」と、〈師範システム〉使ってレベルをソウジに合わせてパーティ組んで……気がついたら、一緒になって遊んじまってたよ。
――いや、初心者相手に上級者ぶって偉そうにアドバイスとか、そういう押しつけがましいのが死ぬほどうっざい行為だってのは、俺だって判ってる。
そもそも俺はそんな見ず知らずのヤツにまで押し売りしてまわるほど親切心にあふれた人間でもねえし、ちょっとでもうざがってるように見えたら、無理してまで関わろうとは思わねえよ。
親切の押し売りとか、やるのもやられるのも面倒くせえ。
だがなあ――ここでもまた『ソウジのせい』なんだが――アイツがあんまりにも無知すぎるのと、素直すぎるのとでなあ。
ひとつ何かを教えてやるたんびに、新鮮な感動を全面に出して驚きと感謝を連発して、もっともっととせがむもんだから、俺もついつい乗せられちまってさあ。
つっても、その日俺が説明したことなんて、全然大した知識でもなんでもないんだけどな。だって、レベル1ケタで受けられるクエストに、そんな特別な知識とかテクニックとか、要求されたりしないだろ?
「お前、ほんとなんにも知らねえんだな」
あまりの無知っぷりに、そう突っこんでみたらさ、アイツなんて返したと思う?
「そんなことありませんよ! ちゃんと説明書も読みましたし、公式サイトだって隅々まで見ました!」
って自信満々に言うんだけどよ、だーからそれをなにも知らねえって言うんだよッ。
――君ら、〈エルダー・テイル〉の説明書や公式サイト、隅々まで見たことある? あれ、ぶっちゃけ役に立つ情報載ってないよな? 操作説明くらいか? そのまま通じる有益な情報って。
まあ当然っていや当然なんだけどさ。
〈エルダー・テイル〉って年イチくらいのペースで拡張パックが出てて、そのたびに新要素がガンガンに追加されるし、それ以外にもこまめにパッチが当たってちょくちょく調整や追加が入るから、ゲーム内の要素がほぼリアルタイムに近い勢いで流動的に変わりまくってるんだよな。
その更新速度に対して、本体付属の説明書――紙媒体の印刷物が追いつくわけがない。
そういったリアルタイム性に対応するためにあるのが公式サイトなんだが、そっちはそっちで突っこんだ内容を書くわけにはいかないってのも、判るよな?
公式サイトにあんまり具体的な攻略法を書いたらネタバレもいいとこだし、そんなのあったら大半のヤツがその通りにしかプレイしなくなるだろうから、プレイヤーの遊び方の自由を奪うことにもなる。それと、いくら正当な評価だっつっても、このクエストは苦労の割に実入りが少ないからやめとけとか、この追加特技はしょっぱい性能だから鍛える価値無しだとか、自分とこの商品に批判的な内容を書くわけにもいかないだろう?
だから、学校の教科書の文面みたいな当たり障りの無い内容――イコール、大して役に立たない内容にならざるを得ないんだよな。
まあ、素人なりに一生懸命勉強しようとした意欲は買う。きっとコイツは学校の勉強も毎日予習復習を欠かさないタイプだろう。そう思ってためしに話を振ってみたら、「えっ? なんでそんなことまで判るんですか?」って、どこまで天然なんだコイツは。
――そんな余談はさておき、さっき君らに説明したような、公式の付属物が役に立たない仕組みをソウジのヤツにも説明した上で、
「俺がさっき説明したことだって、そこらの攻略サイトやまとめwikiの初心者FAQのページでも見れば、どこにでも書いてあるようなことばっかりだぜ? そのくらいのことはちゃんと自分で調べておいたほうがいいぞ?」
最大限の親切のつもりでこう言った。こんな様子じゃ、今後ゲーム続けていく上で苦労しそうだって思ったからな。
ソロでやってるぶんには、無知だろうがそれで失敗しようが自分一人だけのことだから、何をやらかそうがそいつの自由で自己責任ってことですむけど、誰かとパーティ組んでやるとなったら、そうはいかねえ。最低限の知識がなければ、パーティ内での共通理解や連携プレイが成立しないからな。
この先出会う人間がイチから親切に教えてくれるようなヤツとは限らないだろうし、それに教えてくれるとしても、その教えるって行為に割く労力や時間のぶんだけ、周囲に負担をかけちまうわけだし。
それに対するソウジの返答は、極めて素直なものだった。
「でも、遊ぶ前に攻略法を調べちゃったら、楽しみがなくなっちゃうじゃないですか。それでどこまでやれるのかは判りませんけど……やっぱり、自分の力でがんばってみたいんです」
……正論だな。それも、ど真ん中ストレートの。
〈エルダー・テイル〉の現実ってのを考えると話はまた変わってくるが……少なくとも、理念や理想の話としては、ソウジの言い分は完璧に正しい。
広大な未知の世界を、試行錯誤や創意工夫を繰り返しながら、己の知恵と力で切り拓いていく……それはRPGの遊び方や愉しみの全てではないにせよ、大きな魅力を占める部分だ。自分がゲーマーだと自認するなら、この言い分を認めないわけにはいかない。
「あー……ああ、うん、それはまあ、その通り……なんだけど……うーん……」
だから、俺は言いよどんでしまった。
唐突に投げかけられた、このキラキラと輝かんばかりの純粋でまっすぐな物言いは、あの時の俺が忘れかけていたものだった。
ズタボロになっていく自分のギルドをどうにか建て直そうっていうばっかりで、〈エルダー・テイル〉にログインしてもゲームを遊ばずにギルド内の政治にばかり明け暮れて、そんな日々を何ヶ月も続けるうちにすっかり疲れきってしまって、もう限界だ、こんなのやめてやるって、すっかりやさぐれていた俺が忘れかけていたもので――
――ほら、なんていうか、『ああ、思えば俺にもこんな頃があったなあ』っていう、よくあるアレでさ。
君らもご存知の通り、俺はミナミに真っ向から喧嘩を売っちまうような、周囲の顔色伺って大勢の言いなりになるのが大嫌いな根性曲がりのひねくれ者だから、〈エルダー・テイル〉のプレイスタイルだって、攻略サイトに載ってる内容を丸写ししたような決まりきった構築にお決まりの装備で固めるなんて、周囲を見渡しゃ誰でもやってるようなのはまっぴらごめんってなもんでさァ。
上手いヤツを参考にするのはいいけど、人の真似ばかりしててもつまらない、自分なりのやり方を工夫して上手くやるのが楽しいんだ、ってうそぶいて。さっきの話で言うと、〈矢斬り〉みたいなマイナーな特技ひそかに鍛えて、要所で決めてみせていい気になっちゃうような、そういう感じでさ。
もちろん、そんなの最初から上手くいくはずはなくて、失敗の連続で、どうしようもないバカばっかりやっていたけど……そういう苦労や失敗も全部ひっくるめて、楽しい時間だったなあって。
アイツの何気ない言葉は、そういった楽しかった過去の思い出を、忘れかけていた初心を思いださせてくれた。
ゲームのこと、なんにも知らないド素人のクセに、ゲームを楽しむのに必要な本当に大切なことだけは、最初の時点でしっかりと持っていやがったんだ。
後に、ごく短期間に無数の伝説的偉業を成し遂げたソウジのことを、やっかみ半分に『天才』って言うヤツは大勢いたけど、アイツのどこらへんが天才なのかっていったら、その本質はこういう部分じゃないかって、俺は思うぜ。
――と、割と手放しにソウジを誉めちまったが、ソウジの言ってることはあくまで『理想』なんだよな。『現実』ではない。
じゃあ『現実』ってのは何かっていったら、『無知なヤツは足手まといでみんなの迷惑だ』『そのくらいの知識は自分で攻略サイト調べるとかして学習しとけよ、知ってて当然なんだから』っていう話だわな。
ソウジがその理想を抱いたまんまゲームを続けたら、いずれこの現実の壁にブチ当たるだろうってのは、容易に想像できることだ。
平然と無知を振りかざして周囲の足を引っ張る迷惑プレイヤーって評価をされて、お前みたいなヤツとはやりたくないって、パーティ組むのを拒否されたり、どこのギルドにも入れてもらえなくて……自分で言っててなんだが、悲惨な末路だ。
あるいは、俺がさっき言ったように、事前に攻略サイトを漁って情報収集するようにしたら?
その場合は、無知な足手まとい呼ばわりはされないだろうが……攻略サイトに書かれたおすすめのクエストをこなして、おすすめの装備を集めて、おすすめのスキルを鍛えて……他人が敷いたレールの上をただなぞるだけのプレイをして、そういうやり方で周囲に認められて、どこかのギルドに所属して上手くやっていけたとして……それでソウジは〈エルダー・テイル〉を楽しめるのか?
それでも楽しめはするかもしれないが、それはアイツが求めていたものとは違うだろう。
どっちにしても、美しい理想がミもフタもない現実に敗北しちまう展開だな。
まあ、『夢みたいな理想ばかり追ってないで、現実を直視して折り合いをつけろ』っていうのも、正論には違いない。
だがよう、現実社会の話ならともかく、これはゲームの話だぜ? 現実なら、夢じゃ腹は膨れないからしょうがないとしても、仮想の世界でくらい、綺麗な夢を見たっていいじゃないかって、思うんだよな。
――なあ、これ、どうすればいいと思う?
その答えを、俺は知っているし、君らも知っているはずだ。
――何のことだって? もったいぶってないで教えろ?
じゃあ君ら、周りをじっくりと見渡してみな。すぐ隣に『答え』があるぜ?
――そう、『仲間』だ。君ら仲良し5人組みたいに、一緒に遊んでくれる仲間がいればいい。
互いのやりたいことを理解して、その意思を尊重して、無知さから来る失敗も笑って許してやれて、苦楽を共にしながらがんばっていける、そんな仲間がな。
俺がまだ初心者だった頃もそうだった。
俺にも仲間がいた。当時クラスや部活が一緒だった悪友たちと、一緒に〈エルダー・テイル〉を遊んでみようって話になって、みんなでパーティ組んで、ギルド立ち上げて、右も左も判らないまま好き勝手遊んで、迷惑かけたり失敗することも多かったけど、その失敗も一緒に笑い合えるような――
もっとも、その仲間とやらは居なくなっちまったんだけどな、ハハッ。
それでいろいろ嫌になってやめようかって思ったものの未練もあって、続けるのかやめるのか、どちらにも決めきれなくて、『きっかけ』を探してフラフラしていて出くわしたのがソウジのヤツで……ああ、そうか、もしかしてこれがその『きっかけ』じゃあないのかと、ようやく気づいたんだ。
コイツとなら――無知な素人だけど、それゆえにまだ何色にも染まっていない真っ白でまっすぐなこのソウジロウとなら――俺も、過去の嫌な思い出を忘れて、もう一度まっさらな気持ちで、純粋にゲームを楽しめるかもしれない。
今日たまたま出会ったばかりの初心者に、自分の命運を託すっていうのもどうかと思うが、いつまでもうじうじ悩んでるよりは、今日ここでスパッと決めちまったほうがいっそ手っ取り早いし、後腐れも無い。
よし決めたッ! コイツに『俺と組まないか』って誘ってみて、YESなら続行、NOなら終了!
突然黙りこんで、過去の回想やら自分の脳内世界にどっぷり浸かって考えこんでる俺を不安に思ったのだろうか、「あの、大丈夫ですか?」と不安そうに話しかけてきたソウジの声で現実に引き戻された俺は、さっそく行動に出ることにした。
「……ああ、悪い。ちょっと考え事をしててさ。それで、えーと、今日会ったばかりのヤツに言うようなことじゃないかもしれないが、ひとつ頼みがあるんだ。気にいらなかったら、遠慮なく断ってくれていい。まあ、話半分にでも聞いてくれないか。あのさ――」
――それでどうなったのかって? そりゃあ、俺が〈大災害〉に巻きこまれて、こうしてここに居るっていうことが、その答えだろう? もし俺があの日を限りに〈エルダー・テイル〉を辞めていたら、ここに居るはずがないからなっ。
――まッ、そんなわけで、いろいろあったが、これが俺とソウジがコンビを組むことになったきっかけで……そして、俺が〈エルダー・テイル〉を続けることを決めたきっかけの話さ。