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01   姫




 俺がアイツと出会ったのは……何年前だったかな。

 言うまでもないが、今と違って〈エルダー・テイル〉がただのオンラインRPGだった頃の話だ。


 何月の何日なんて細かい日付までは覚えちゃいないが、レベル上限が80になった時代――〈永遠のリンドレッド〉が最新の拡張パックだった時代だから――5年くらい前になるか。


 その時の俺の気分は最低最悪だった。

 〈エルダー・テイル〉を今日を限りにやめようかと、真剣に考えていたんだ。


 物事を築き上げるのには途方も無い時間と労力が必要な一方で、それを失くしてしまうのは一瞬で済むという現実を突きつけられて、何かを真面目に積み上げていく行為が心底バカバカしく思えていたのが、その時の俺の心境だ。


 一言で言うなら『絶望』だ。


 ああ、いろいろなものに絶望していたよ――『こんなこと』になっちまった今にして思えば、ずいぶんと安っぽい絶望だったとは思うが――まあ、あの頃はあの頃なりに真剣だったんだ。


 レベル80の 〈武士〉(サムライ)にして冒険者ギルド〈アキバ幕府〉のギルドマスター、通称“剣豪将軍”ことヨシテル『だった』のがその頃の俺だ。

 それが過去形なのは、今のルーグ・ヴァーミリオンを新しく作り直す前に使っていたキャラクターで、今は存在しないキャラクターだってこともあるが……その肩書きを失っちまったからだ。

 中坊の頃に当時の悪友どもと立ち上げた思い出深いギルドはすでに無く、当然俺もギルドマスターでもなんでもなくなっちまった。


 ステータス画面の『所属ギルド:なし』って無情な表示を見るたびに、なんとも言えない気分がこみあげてきたっけな……。


 もっとも、ひとつのギルドが消滅したって出来事は、その当事者にとっちゃ一大事でも、〈エルダー・テイル〉全体としては別に珍しいことでもなんでもない。

 ギルドってのは、新しいのが毎日のようにできては、その大半が半年も経たずに消えていくもんだ。そいつを思えば、2年続いた俺のギルドはまだ長続きしたほうだろう。

 日本サーバー最大のプレイヤータウン、無数のプレイヤーやギルドがひしめく群雄割拠のアキバの街で、それなりに名前の売れた中堅ギルドにまでなれたのも……自分で言うのもなんだが、よくがんばったほうじゃないかって思ってる。

 人間関係のトラブル、内輪揉めでギルドが潰れたっていうのもありがちな話だ。ゲームといっても、不特定多数の人間が同時に参加して遊ぶ MMO(大規模オンライン)-RPGでは、大半のトラブルが人間同士の問題だ。


 でもって、その内輪揉めの理由が『女』っていうのも、珍しいことじゃあない。


 ――あー……しょっぱなからいきなり、女の子らに向かってするような話じゃなくて恐縮なんだが……“姫”って知ってるかい?


 一般的な意味でのお姫様――『マイハマの〈灰姫城〉のレイネシア姫』とか、そういう地位身分が姫って人物のことじゃなくて、ゲーム系コミュニティの俗語(スラング)としての“姫”の方だ。

 “姫キャラ”“姫プレイヤー”って言ったほうが正確か?


 オンラインゲームの女性プレイヤー人口が年々増えているのは事実だが、しかし今でも男のほうが多数派だ。

 人間関係が同性同士で固まりやすいこともあって、ギルドを作ったら男だらけ、女性人口ゼロなんてことはザラにある。

 俺のギルドもそうだった。


 そんな野郎だらけのむさ苦しい集団に、女の子がたった一人加入したらどうなるのか? ってシチュエーションを想像してみてくれ。


 女の子の歓心を得たい、もっと言うなら特別な好意を得たい――そう思っちまうのは、大半の男が等しく持つ哀しい(サガ)よ。


 理屈で言えば、相手の性別が男だろうが女だろうが、一人の新人プレイヤーに過ぎない。

 ……が、野郎どもの群れの中に舞いこんだたった一人の女の子ってシチュエーションで、その子をチヤホヤするな、特別扱いするな、ってほうが……難しいんだよなァ……。


 俺のギルドでも当然のようにそうなった。そう、新しくやってきた女が“お姫様”のような扱いを受けるポジションに、だ。


 今度は視点を変えて、女の側の話だ。


 一人の女が、大勢の男どもに囲まれてチヤホヤされるお姫様的なポジションに置かれたとして、どうなると思う?


 少なくとも、悪い気はしないはずだ。

 誰だって大勢の人間から称賛されれば気分がいい。特別な好意を向けられて、自分だけ特別な待遇を受けられるとなったら、なおさらだ。『あなただけに特別に』ってのは詐欺師や営業のサラリーマンもよく使う、人の心をくすぐる常套句だしな。


 だが、大勢の人間にチヤホヤされる快感ってのは、麻薬みたいなもんだ。たいていは、その麻薬のような激烈な快楽体験でどんどん自分を見失って、おかしくなっちまう。


 そして、人間ってのは『慣れる』生き物だ。


 どんな強烈な刺激も、毎日受け続けていたら慣れちまって、そのうち何も感じなくなる。当たり前のことになっちまうんだな。


 ――そのことについては、まさに今の俺たちが証明しているだろう?


 〈大災害〉に巻き込まれてから、俺たちの日常はまるっきり別物に変わっちまった。

 それまでの常識が通じない世界で、右も左も判らない状況で、毎日が試行錯誤の連続で、どうにか生きてくために必死で……退屈しているヒマも余裕もなかったはずだ。


 だが、そんな異世界の生活にだって、気がつきゃ慣れちまってるだろう? 少なくとも、『この世界は娯楽がなくて退屈だ』なんて、言えちまうくらいにはな。


 それと同じように、男ばかりの集団の中でお姫様扱いされることに慣れちまったら、どうなると思う? それが特別な非日常の世界から、退屈な日常になっちまったとしたら?


 まず、自分だけが特別扱いされることが、当たり前だと思うようになる。そうすると、その特別待遇を常に、誰に対しても要求するようになる。他のヤツらと同等に扱われることのほうがおかしい、そう思うようになる。


 『特別』と『当たり前』の基準が完全に狂っちまうのさ。


 当たり前のように特別な存在として大勢の人間の上に君臨し、思うがままに振る舞う存在――それはまさに王侯貴族、『お姫様』の誕生だ。


 こうなっちまったらおしまいよ。もはや誰にも止められねえ。

 

 いや、そもそも止めようにも周囲の男どものほうから積極的にそうなるように祭りあげちまってるんだ。止めなければって発想そのものが起きない。

 それが間違ってるとも悪いとも思わず、周囲は周囲で、そのとんでもねえ暴君と化したワガママ姫のご乱行を、むしろ歓んで受け容れちまうのさ。調教済みの家畜か奴隷のように、な。


 こうして、一人の“姫”とその支配を歓迎する多数の奴隷たちによる絶対王朝、って形態のギルドが誕生するのさ。


 それの何がヤバいかって、ギルドが機能不全を起こすんだよ。


 面倒なこと、手間がかかることをやりたがらず、他人に全部押しつけるような、組織や仲間への貢献を一切しないヤツがいたとして、どうだ?

 そいつがサボってる分だけ他に負担が行ってるし、真面目にやってるヤツとサボってるヤツが同じ待遇だったら、不公平だろう?

 ましてや“姫”の場合は、同じ待遇どころか一人だけ特別待遇だ。


 それ以外の連中だって、ギルドに参加する目的が『みんなで協力してゲームを遊ぶため』ってのから、『可愛い女の子とイチャイチャしたい! あわよくば特別な関係になりたい! ゲーム? そんなもんどうでもいいんだよ!』ってなっちまったら、どうよ?


 自分じゃなんにもしないでただひたすら他人を働かせて貢がせてるだけの“姫”と、“姫”とイチャイチャするのが第一でゲーム二の次なんてギルドメンバーだらけのギルド、成立すると思うか?

 

 結論としては、ギルド崩壊だ。

 “姫”ってのはギルドクラッシャーなんだ。ギルドに存在させちゃいけない生き物なんだ。


 ――ここで話をいったん現実に戻すけどさ、今の話、身に覚えがないかい?


 俺が見聞きした範囲じゃ、君ら女子高生5人組の身内ギルドがナカスの街のトップだって話だが……意地悪な言い方になるけどよ、実力でまとめてるわけじゃあないんだろう?

 初心者ばかりたった5人のギルドが、アキバの〈円卓会議〉やミナミの〈Plant Hwyaden〉みたいなことをやっているとは、とても思えないからな。

 こうして直接会って話していても、君らの集まりって『大規模ギルドを統率する力量を備えた超実力派の5人組による少数精鋭ギルド』みたいな風にはとても見えないしな。良くも悪くも歳相応の普通の女の子たちにしか見えない。


 俺が見た感じじゃ、周囲の連中にナカスの街をひとつにまとめるための『象徴』として担がれてるみたいだが……その状況、さっきの話と同じじゃないか?


 ――いやいや、悪口を言いたいわけじゃあない。


 君らが周囲からチヤホヤされてるうちに増長して暴君になった“姫”だって、そんな風には全然見えないし、そんなことを言うつもりもないさ。

 拾われてからたった数日程度の付き合いでしかないが、それでも君らが今時珍しいくらいにいい子だっていうのは、ここのいい意味でゆるーいアットホームな雰囲気からも伝わってくる。こんな世界でも毎日楽しそうにしてるあたりのブレなさとかすげータフだし、そういうところが自然と周囲を明るくするからこそ、みんなに希望の象徴のように慕われてるんだろうなーみたいなのは、なんとなく判るしな。


 まあ、なんていうか、ちょっと心配になっただけだ。

 人は良くも悪くも変わっちまう生き物だからな。今は大丈夫でも、先のことまでは判らない。俺だって、変わらずにずっと、あの頃のままで居られたら、どんなに良かったかって……。

 

 ――あ、いや、その話はいいや。戻そう。


 えーと、今説明したケースは、自然発生型の“姫”だな。

 男だらけの環境にやってきた女の子からの特別な好意が欲しくて特別扱いしてしまった男どもと、そんな男どもにチヤホヤされてるうちに自分を見失ってしまった女、ってパターンだな。


 これはまだマシなほうだ。何がマシかって、悪人がいない。


 男の側にあったのはせいぜい下心くらいで、悪だって咎められるほどのことじゃない。そんなのは誰にだってある。

 女の側も、本人にそんな気全然ないのに巻き込まれちまっただけだ。

 ただ、悪意はなくても結果的には不幸を量産しちまうから、そういう意味では悪だとしても。


 本当に危険なのは、最初から“姫”として完成してしまっている“真の姫”だ。


 ゲームを一緒に遊ぶ仲間を探しにギルドに参加するんじゃなくて、最初から大勢の男どもにチヤホヤされてお姫様気分を味わうことを目的に、男の群れの中に自分から積極的に飛びこんでいくタイプの女性プレイヤーだ。


 俺のギルドに来たのもそのタイプだったよ。


 マメにチャットに現れては、甘ったるい猫撫で声で可愛さアピール繰り返して、女慣れしてない男どものハートをキャッチ。

 繊細でか弱い悩み多き乙女ってキャラ設定で、同情誘うような自分語りやお悩み相談を始めて、困ってる人がいたら助けてあげたいって思うような優しい連中の純粋な善意につけこんで……あー思い出しただけでも腹が立つ! めいっぱいあざといキャラ作りしやがって、あンの陰険腹黒女が……!


 自然発生型の“姫”と比べて、最初から完成された“真の姫”がよりヤバいのは、その積極性だ。


 自然発生型の“姫”が状況に流されてそうなってしまっただけの結果論で、事故や不可抗力に近いのに対し、“真の姫”はその目的を達成するために積極的に状況に介入し、自分の思い通りになるようにギルドを作り変えていこうとするからな。


 “真の姫”はすでに麻薬のような快楽体験にすっかりハマっちまっている。

 何が良くて何が悪いのか、やっていいことといけないこと、そんな倫理観やバランス感覚なんてとっくにブッ壊れちまってるエゴの怪物だ。

 ただひたすらに、己が周囲から称賛される快楽を求めて、どこまでも手段を激化させて、周囲の人間関係をメチャメチャにブッ壊していくのさ。


 そして、あらかた壊し終わったら――己の欲望を満たすのに充分な快楽をその集団から得られなくなったら――また別の集団を探して、そこに寄生して、同じことを繰り返す。どこまでも、何回も。


 具体的にどうギルドクラッシュするのかっていえば――あまり細かく話すとみんなドン引きしちゃいそうで恐いんだが――まあ、当たり障りのない実例をひとつ挙げるとするなら、ギルドの男同士を互いに食い合わせて『共食い』をさせる、とかだな。


 えーと、話を判りやすくするために、仮にここに〈キノコ王国〉という冒険者ギルドがあるとしよう。

 そのギルドに君臨して、周囲の男どもの歓心を一手に集めてギルドの人気者として君臨している“姫”が、〈ピーチ姫〉だとする。


 現状の刺激に物足りなくなった〈ピーチ姫〉は、退屈な日常に変化と刺激を与えようと考える。

 そのために、まずギルドメンバーの中から一人の男〈マリオ〉を選んで特別待遇を与える。彼氏的なポジションに置くわけだな。


 この『彼氏待遇』には、ゲームプレイ上での特別優遇措置だとか、みんなが集まってるチャットで特別な関係性を演出したトークで周囲にラヴアピールして嫉妬と羨望を集めてみせたりだとか、そういったゲーム上でのやりとりだけに限らず、ゲーム外の話――つまりゲームを遊んでいるプレイヤー同士のダイレクトな関係に踏み込むケースも多々あるんだが――そのへんを掘り下げると話が一気に生臭くなって18禁って感じになっちまうので、ここでは触れないでおく。


 まあ、察してくれ。察してください。


 さて、めでたく彼氏待遇のポジションをゲットした〈マリオ〉君。彼の心境はどうだろうか?

 憧れだった高嶺の花〈ピーチ姫〉の特別な寵愛を手に入れて、歓びのあまりそこらのブロック叩いたら生えてきた蔦につかまって天にも昇ろうって心地じゃないだろうか?

 そして、“姫”の特別な寵愛をより一層手に入れ、独占するために、より一層“姫”への忠誠と奉仕に傾倒していく。


 一方で、特別な存在だった“姫”を〈マリオ〉に奪われた、他のギルドメンバーの心境はどうだろうか?

 当然面白くはないだろう。憧れの“姫”を取られちゃったんだからな。

 彼らは〈マリオ〉への怒りと嫉妬を募らせると同時に、“姫”の心を自分たちの元へと取り戻すため、より一層“姫”への忠誠と奉仕に傾倒していく。


 そして、そんな感動に打ち震える〈マリオ〉君と、嫉妬に歪む〈キノコ王国〉のその他大勢のリアクションを見てだな、〈ピーチ姫〉は『チヤホヤされたい願望』を満たすと同時に、『自らが愚民どもに与えてやったものの価値の大きさ』や、ひいては『自分の女としての価値の高さ』を実感して、満足を得る。


 しかし、さっきも言ったように、人間ってのは『慣れる』生き物だ。


 『〈マリオ〉が彼氏待遇になる』という一大イベントで激震が走った〈キノコ王国〉も、何日かすればそれもただの日常になってしまう。

 日常では得られない激烈な刺激を求めて“姫”をやっている〈ピーチ姫〉にとって、それは面白くない。


 よって、次の手を打つことになる。


 〈マリオ〉に飽きた〈ピーチ姫〉は、ギルド内の別の男――仮に〈ルイージ〉としようか――に手を出す。たいていは『〈マリオ〉には内緒よ』という設定がつく。


 この秘密の関係は、退屈だった日常に新たな刺激をもたらしてくれる。

 

 〈ルイージ〉の立場から見ても、これは悪い話じゃあない。むしろ、降って湧いた幸運だ。〈マリオ〉に独占されていた〈ピーチ姫〉が自分のモノになるんだから。


 〈ピーチ姫〉をモノにすることで、ギルド内の男のヒエラルキー最上位に位置していた〈マリオ〉に取って代わって自分が最上位になり、それまで我が物顔で振る舞っていた〈マリオ〉を蹴落とせる快感までセットだ。『マリオざまぁwww』って感じで、最高の気分だろう。

 そんな〈ルイージ〉を見て、〈ピーチ姫〉もご満悦だ。


 ――なーんかみんなのテンションがみるみる下がってるけど……いや、そんなんで人生最高の気分になっちゃう人間の話を聞いてげんなりする気持ちは判るし、その感覚は正しいとも思う。


 こういう浅ましい優越感に何の疑問も嫌悪感も持たなくなったら、人間おしまいだ。


 だが、浅ましいヤツらだって蔑むだけで片づけないで、そういう人間が存在するっていうこと、あるいは置かれた環境によってそういう風に変わってしまう人間がいるってことは、心の片隅にでも覚えておいて欲しい。


 『異常な状況下で自分を保つ』っていうのは、とても難しいことなんだ。

 世の中そう誰もが『どんな時も決して揺るがない強固な自分』なんてご立派なものを持ってるわけじゃないからな……。


 決して他人事じゃないぜ?  身近な例を出せば、ススキノの街が無法地帯になっちまったことは知っているだろう? この〈大災害〉の世界こそ、まさしくその異常な状況下ってヤツだ。

 この先何が起きるか判ったもんじゃないからな……。よけいなお世話かもしれないが、何があってもいいように心構えをしておいて損は無いと思うぜ。


 ――さて、秘密の関係の成立で〈ピーチ姫〉の二股による三角関係が成立したわけだが、こんな秘密、いつまでも隠し通せるもんじゃねえ。


 っていうかぶっちゃけすぐ発覚する。発覚するんだが――〈ピーチ姫〉にとってはそれは何ら問題ではない。むしろ期待通りの展開だ。

 退屈な日常に刺激をもたらす、新たなイベントの発生だからな。


 ショックなのは期待を裏切られたのは〈マリオ〉と〈ルイージ〉の2人だな。『実は二股かけられてました』とか最悪の展開だよな。


 ここで2人の男たちが一致団結して〈ピーチ姫〉の手酷い裏切りを糾弾し、それを理由にギルドから追放する展開になれば、被害はまだ少なくてすむんだが……その程度のことで“姫”の地位を失うようなヌルい女に“姫”は務まらねえ。

 巧みに2人の間を泳ぎ渡り、男同士が『共食い』するように仕向けるのが定番よ。


 こうやって第三者の視点で冷静に見れば、全ての元凶は〈ピーチ姫〉だと判るが――


 〈マリオ〉からしてみたら、かつてはギルドの仲間だった〈ルイージ〉に裏切られ、男としての屈辱を舐めさせられたって怨恨が生まれてるし、〈ルイージ〉の側だって〈マリオ〉から怨念剥き出しで攻撃されれば、元々我が物顔で〈ピーチ姫〉を独占していた〈マリオ〉に対する恨みや嫉妬と、その裏返しの優越感があるから――


 売り言葉に買い言葉、泥沼バトルの開始だ。


 その結果、〈キノコ王国〉には『〈ピーチ姫〉を巡って争う〈マリオ〉と〈ルイージ〉』という新たな構図が生まれるわけだが――


 これこそまさに“姫”にとっての至福。

 自分を愛する2人の男が全力で戦争をおっぱじめるなんて、最高に燃えるシチュエーションってヤツだ。


 口では『やめてー、わたしのためにあらそわないでー』とか言って、あくまで自分は状況に巻きこまれただけの被害者ヅラしてどっちにもいい顔しつつ、『戦え! もっと戦え! 勝ったほうをあたしが全身全霊で愛してあげる! アハハハハ!』ってな具合に煽って、安全な場所から高みの見物さ。

 

 こうして三角関係に発展することで、退屈な日常に新たな変化と刺激がもたらされたわけだが、それも続けばやっぱり飽きてくる。


 ――この時点でだいたいオチが見えてると思うが、次に〈ピーチ姫〉はさらに新しい3人目の男――仮名〈クッパ大王〉にコナをかけに行く。


 3人目に話を持ってく際によくあるパターンとしては、『対立を続ける2人の争いに心を痛めている』『私はこんな争いは望んでいない、2人ことはどちらも平等に好きだから、元通り仲良くして欲しい』的な設定でだな、『お悩み相談』って形式を取る手だな。

 その際に、『このままでは私もつらいし、これ以上みんなを傷つけたくないからギルドやめます』って自分の引退をチラつかせて、このままだと“姫”がいなくなるっていう危機感を煽るのも定番だ。


 この手は極めて有効だ。


 何が有効かって、『相談相手が善人であるほど効く』からだ。

 恐怖に震えて、あるいは悩むことに疲れて、今にも限界で崩れ落ちてしまいそうな、そんな女の涙を見て、その女のために自分を捨てられるような男……心からの善意と誠意で、親身になって相談に乗って、問題の解決に全力を尽くしてくれるような男にほど、有効だからだ。


 “姫”の立場から見ても、下心を抱いて見返り欲しさに寄ってくる下卑た男が寄せる好意や称賛よりも、純粋に自分のために誠心誠意尽くしてくれる善良な男のもののほうが、より魅力的で刺激的で快感なのは、道理だろう?


 自己陶酔のためだけに、他人の善意につけこんで平然と利用し、平然と使い捨てる。自分がそうするのは当然の権利だと思っていて、微塵も罪悪感を抱かない――


 そういう生き物が“姫”だ。


 そしてさらにこの後どうなるかってことについては……もう大体想像できるよな?

 〈クッパ〉の次は〈キノピオ〉、〈キノピオ〉の次は〈ドンキーコング〉ってな感じに、次から次へと寄生する男を乗り換えていく。


 “姫”は自分にとって都合のいい男を直感的に嗅ぎ分けるセンサーのようなものを持っている。

 まるでアフリカのサバンナの肉食獣のように、群れの中で最も力の劣る個体に的確に狙いをつけ、一頭ずつ確実に獲物を狩っていくんだ。


 その繰り返しのたびに、かつては一緒にゲームを楽しんでいた仲間だった者たちが、憎しみ、いがみ合い、潰し合い……それが限界に達した時が、ギルドが崩壊する時だ。


 こうして、冒険者ギルド〈キノコ王国〉は跡形もなく消滅しました。

 一方〈ピーチ姫〉は、また別の王国を探して旅立って行き、そして新たに見つけた王国で同じことを繰り返すのでしたとさ。めでたしめでたし。


 ――あー……みんなドン引きしてる? ……してるよね、やっぱり。


 まあ、その、しょうがないとは思うけど……もちろん、〈エルダー・テイル〉をプレイしている人間がこんなひどいヤツばかりってことはないし、それはみんなも知ってると思うけど……でも、中にはこういう人間もいる、決して善男善女ばかりの集まりじゃないってのは――


 ちょっと重たいけど、現実だ。


 で、妙に具体的な例え話から察しがつくと思うが、俺のギルドのたどった末路も、だいたいさっき説明したような感じのそれだ。


 いや、実際はさっきのは具体例のひとつに過ぎなくて、話の内容も〈キノコ王国〉って架空のギルドの話に置き換えて話をぼかしてたりと、君らに配慮して相当マイルドにアレンジしたつもりだったんだが……それでも生臭さは消しきれなかったっぽいね……まあ、その、正直すまんかった。

 

 ――『その時、俺は何をしていたのか』って? ああ……そいつはいい質問で、痛い指摘だ。


 『自分のギルドが崩壊していくのを黙って見ていたのか?』って疑問は当然だよな。

 もっと言うと、『“姫”の誘惑に引っかかってギルドを潰した張本人がお前なんだろ?』って疑問な。


 その2つの問いの答えは、どちらも『NO』だ。

 俺は“姫”の言いなりになって自分のギルドを潰すような真似はしちゃいねえ。


 ――いや……そんな疑いの眼差しで見つめないでくれよう……傷ついちゃうじゃないか……。


 そりゃさあ! 俺だって木や石でできてるわけじゃねえからよう! 歳若い健全な男子としては、可愛い女の子は大好きだし、女の子から特別な好意を向けられれば嬉しいし、いい気にだってなるさ!

 そのへんは人並みにやることはやってるつもりだし、ついつい火遊びに夢中になって手痛い思いをした若気の至り的な恥ずかしい過去だってあるし、色恋沙汰について偉そうに聖人君子気取りでカッコ良く語る資格なんざねえんだけどさあ!


 けどさ、そりゃプライベートの話だぜ。ゲームの話とは別だ。


 俺が何のために〈エルダー・テイル〉をプレイしてるのかって言ったら、そりゃゲームを遊ぶためだ。ナンパしに来てるんじゃない。

 そこんとこを切り分けられないプレイヤーが多いのは事実だが、俺は切り分けてる。女の子とゲーム以外の遊びをしたけりゃ、電源落として誰か誘ってどっか行くって。


 俺はゲーマーで、ゲームを愛していて、ゲームに特別な思い入れがあるんだ。〈エルダー・テイル〉を遊ぶ時間っていうのは、純粋にゲームを楽しむためだけにある時間なんだ。


 そのゲーマーとしての俺から見て、戦力として役に立たないわ、知識も無いわ、実力不足なら実力不足なりに努力しようって気があるなら応援する気にもなるが当然そんなつもりも無いわ、そもそもゲームに参加しないでチャットで周囲に男集めてイチャイチャするのに夢中だとか――


 そんな女のどこに好意を抱く要素があるんだ?


 俺も言い寄られたりはしたんだよな。「判らないところがあるから教えて欲しいんですぅ」みたいな感じで来てたんだけどさ、俺からすると「そんなもんいちいち人に訊いてんじゃねえ! 自分で調べろ!」ってなもんでさ。

 素人でもちょっと調べりゃ判るような初歩的なこと、それなりに遊んでたら知ってて当然のこと訊いてくるとかどんだけ向上心ないの? 人頼る前に少しくらいは自分なりに努力しようと思わないの? 自分なりにやってみてそれでも判らなかったっていうなら俺も別にいいんだけどさー。


 どっかの大規模戦闘イベント攻略した時なんかも、「さすがギルマスはすごいですぅ、尊敬しちゃいますぅ」みたいな感じでめっちゃ持ち上げられたりしたけどさー。

 お前、何がどう具体的にすごいのか判りもせずに適当に言ってるだろう、と。

 攻撃面ではかなり上手いこと行ってて一見派手に勝ってるようには見えたけど、攻撃重視で前のめりに行き過ぎて味方の被害も大きくて、皺寄せ行っちまった後衛連中に後で謝って報酬多めに分配してやらないとなーって、勝ちはしたが課題の残る戦闘だったなって反省してたところに、尊敬の眼差し全開で誉めまくられても、そういう状況じゃねえだろうが、遠回しに皮肉ってんのかこのアマ、としか思えなかったりさー。


 俺としては、相手の性別が男か女かなんて、そんなゲームに関係無い部分はどうでもよくて、まず相手が一緒にゲームを遊ぶ仲間として信頼できるかどうかってのが第一だから、平然と無知を振りかざして周囲の足を引っ張る上に努力して改善する気ゼロのアホは正直あんまり相手にしたくない感じなんだなー。


 こんな具合にまるっきり噛み合わなかったから、そのうち言い寄って来なくなったよ。俺の方も相手にするの面倒くさいから無視してたし。


 ――無視してたせいで、俺の預かり知らないところでギルドがどんどん食い荒らされていって、手遅れになるまで気づきもしなかったんだから、俺の対応も大失敗だったんだけど。


 違和感に気づいたのは、目に見えて出席率が落ちだしてからのことだったな。パーティ編成しようにも人がいない。声かけても誰も来ない。

 それで原因探ってったら、どいつもこいつもゲームそっちのけで“姫”を囲んでイチャついてるわけだ。


 もちろん、ギルドマスターとしてはそんなものを見過ごすわけにはいかない。


 その“姫”や取り巻きに対して、お前らは何をやっているのかと。みんなでお喋りして、楽しく交流することを悪いとは言わないが、ギルドメンバーとしての最低限の活動までサボって、ただダベりに来ているような有り様はどうなんだ、と問い質した。


 ギルドの規模がある程度以上になると、施設の維持費など諸々の経費の負担も大きくなって、何もしないでいると資産が目減りしていく一方だ。

 そうしたギルドを維持していくための必要経費は、当然ギルドメンバーの稼ぎで賄っている。

 ギルドに籍だけ置いて、ギルドの施設や資産なんかの恩恵を受けておきながら、その恩恵に対する代価を払わないヤツがいるっていうのは、大問題だ。


 サボってるヤツの分まで、真面目にやってるヤツが負担するのは、あきらかに不公平だろう?


 そういったことを説明して、「今のお前らの態度は問題がある」と。「改めてくれるんならそれでいいが、ギルドに貢献する気の無いヤツには、それなりの措置を取らなきゃならない」と結んだ。


 で、「そちらにはそちらの言い分があるだろうから、言いたいことがあれば言ってくれ」と、返事を要求した。

 そんなにおかしなことは言ってないと思ってるんだが、どう思う? 


 俺は話をする前に、相手の回答を何種類か予想して、その回答ごとにどういう対処をするかってとこまで考えていたんだが……あの女の回答は俺の想像を超えたものだった。


「やだ……恐い……」


 って、はぁぁぁーッ!? てめえの気分や感想なんぞ誰も訊いてねえだろうがァーッ! 質問に答えることもできねえのかこンの腐れ脳ミソがッ!


 ……と、当時の俺はブチ切れたわけだが、それに対してまた周囲の男どもが、「大丈夫?」とか猫撫で声で“姫”に語りかけたりな。

 かと思えば、「そんな言い方することないだろう」「彼女、恐がっているじゃないか」「ギルマス、ちょっとやり過ぎだよ」みたいに、口々に俺に詰め寄ってきて……おいコラちょっと待て、なんで俺が一方的に悪いみたいなことになってんだ!? っざっけんなコラァー!!


「いいの……ごめんなさい、わたしが悪いの……ギルマスを怒らせるようなこと言っちゃったから……」


 てめーはてめーでなんで被害者ぶってんだぁぁーッ!! つーかギルドの運営の問題についての話してんのに、勝手に俺の気分の問題に矮小化させてんじゃねぇぇーッ!!


 ――とまあ、ぐだぐだな有り様だったわけよ。

 そして、それは全くもって“姫”の狙い通りの展開だった。


 物事の道理の是非の話をすりゃあ、“姫”とその取り巻きの側に後ろ暗いことが多いのは、判りきった話でさ。

 だから、意図的に話をすりかえて、感情に訴えかける方向で攻めてきた、と。


 そんなふうに最初っからまともに答える気の無い相手に、まともにやろうとしたって、噛み合うわけがない。

 それで俺は、まんまと乗せられて怒りを爆発させて――それは向こうからしたら注文通りのリアクションだ。


 俺は俺で、未熟で力不足だったってことだ。


 元々周囲の人間を上手く味方につけることはあの女の方が上で、だからこそ、さっきの場面でどいつもこいつも“姫”をかばって俺をなじるような展開になってたわけだし、また俺は俺で向こうの狙い通りにブチ切れちまったもんだから、俺が横暴な支配者で“姫”が被害者って構図がどんどん強化されて、周囲にもそう認知されていった。


 そんなことを繰り返すうちに、俺はただ独り蚊帳の外に置かれて、完全に孤立しちまった。


 ギルドマスターが自分のギルド内でハブられてぼっちとか、もうね……どんな惨状だっての。

 もちろん俺だってそんな境遇に大人しく甘んじていたわけじゃなくて、目一杯抵抗は試みたが……まあ、焼け石に水だったな。


 ――いや、思い出美化するのはやめよう。訂正する。

 俺の抵抗は状況を悪化させる役にしか立たなかった、って断言しとく。


 介入すればするほど、より状況が混乱していくっていうか、“姫”に利用されて混乱させられていく有り様だったからな。


 でも当時は、“姫”って人種の存在も知らなくて、一体自分の何がどう悪かったのか、どこで何を間違えたのかもサッパリ判らなくて、状況を悪化させるだけの空回りの努力を続けては、周囲の人間の敵意ばかりを買って――


 あがけばあがくほど深く沈んでいく、底なし沼にハマったような状態だった。


 そんなわけで、俺のギルド内の人間関係が“姫”に壊されていくプロセス――さっきの〈キノコ王国〉のような展開は、いつの間にかギルド内で孤立していた俺とは無関係なところで起きた。


 大まかな流れとしては、まず最初に辞めていったのは、真面目でやる気があって有能な連中だった。真面目にやってるヤツほどバカを見るギルドで誰ががんばる気になれるのかって考えたら、当然の反応だ。

 そして、真面目でやる気があって有能な人材を欲しがるギルドはどこにでもある。そいつらはみんな、別のギルドに移っていった。


 次に、ギルド内の内輪揉め――さっき説明したような流れの中で、ギルド内の主導権争いに敗れて脱落したヤツらが辞めていった。


 そして最後に、“姫”とその取り巻き――つまり、俺以外の全員が、辞めた。


 その上で、“姫”を中心にした新しいギルドを作った。


 ギルドマスターを辞めさせて追い払うには、ギルドマスター本人――この場合は俺の同意を得ない限り不可能だ。別の人間にギルドマスターの地位や権限を引き継ぐゲームシステム上の手続きが必要になるからな。

 だが、ギルドの邪魔者が俺一人だけなら、追い出すよりも全員で新天地を作って移り住んだほうが手っ取り早いってことだ。


 自分のギルドで何が起きていたのかを知ったのは、全てが終わった後のことだった。

 もちろん悔やんだが、後悔役に立たず、何もかもが遅すぎた。


 かくして、俺のギルドは〈エルダー・テイル〉の世界から消滅し――そして、俺自身もまた〈エルダー・テイル〉の引退を決意したんだ。




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