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セレストの旅  作者: 那岐
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薬草茶4杯分の交渉

 入ってすぐは応接室を兼ねた部屋だと思われた。

 ソファとテーブルが見えるし、魔術師の秘密主義を考えれば、外部の人間を入れない部屋があって当然だ。逆にいえば、今、私が見ている部屋は、まあ、まだしも他人を入れてもよい部屋、つまり応接室の機能があるはずだ。


 ――本来ならば。


 ギデオン師の部屋のように、本と薬草とその他よく分らない様々なモノに埋め尽くされていなければ。


 いや、呆けている場合じゃない。

 軽く(と、信じたい)現実逃避しかけた自分を叱咤して、不真面目に見えない程度に笑顔を作る。中にいたのは2人。ソファにゆったりと腰かけるエルフの青年と、その傍に立つ人間の少年だ。と、すれば、ギデオン師はエルフの青年の方だろう。


「ああ、よく来たね。

 とりあえず、その辺にかけて」

 声をかけてくれたのはエルフの青年の方。よし、確定。

 足元を見すぎないようにして足元に最大限の注意を払うという高等テクニックを駆使しつつ、ソファに近付く。ギデオン師の前まで、何とか転ばずにたどり着いた自分を褒めてやりたい。


「初めまして。

“南の交易都市”から参りました、セレスト・モニエと申します。

 よろしくお願いいたします」

 言い切ってから、先ほどよりも深く頭を下げる。

「セレスト、ね。

 これによると、エリヤ・ランカムの弟子だとか?」

「はい」

「ふむ。

 あのクソガキは元気かな?」

「は……?」

 今度こそ絶句したのは、私のせいではないはずだ。

 大きく目を見開いたまま硬直した私に、ギデオン師は更に続ける。

「いや、答えは判ってるから言わなくていいよ。

 憎まれっ子、世にはばかるなんて言葉があるくらいだしね。全く、いい加減どこかで野垂れ死んでるのかと思ったのに、しぶとく生き残って“南の交易都市”で店を構えてるなんて驚いたよ。もっとも、仮にも僕の弟子が無様に野垂れ死になんて有り得ないんだけど。イゼベルもついてるんだしね。それにしてもイゼベルを落とすなんて一体どんな手を使ったんだか、僕には想像もつかないよ。まさかとは思うけど、イゼベルを泣かすような真似をしてはいないよね? いくらクソガキの馬鹿弟子とはいえさすがにそこまで馬鹿だと師としてブチ殺しにいかないといけないからね。昔からホントに……」

「お師匠、お茶が入りましたよ」

 いい香りがするお茶がテーブルに置かれ、流れる水のように淀みなく紡ぎだされる師匠への罵詈雑言がやんだ。

 先ほど、ソファのそばに立っていた少年だ。いつお茶を淹れたのだろう。全く気付かなかった。

 さすがに喉が渇いたのだろう。ギデオン師がカップに手を伸ばすのを見て、私もお茶を飲む。いわゆる紅茶ではなく、薬草茶だ。それを飲んで、ようやく思考が戻ってくる。


 それにしても、凄かった。人間とエルフという種族を考えれば当然かもしれないが、私の師匠、エリヤ師匠は外見上は壮年で、ギデオン師は青年だ。なのに、外見上は年上のエリヤ師匠をクソガキ呼ばわりの上、言いたい放題。エリヤ師匠が聞いたら頭から湯気を出して怒り狂った挙句、10倍返しくらいの勢いで言い返しそうだ。そう言えば、いつだったがギデオン師のことを「クソジジイ」と言っていたかもしれない。そう考えると、この師弟は似た者同士ということなのだろう。その両方に教えを受ける身の自分のことは、考えないでおくべきだろう。軽く落ち込みそうだ。


 ギデオン師はゆっくりと2杯の薬草茶を飲み干し、改めて私に向きなおった。

「で、セレストだったね。

 馬鹿弟子の手紙によると、外弟子って扱いにしてほしいってことだけど、詳しく話してくれる?」

「はい。

 実は、冒険者をしながら学びたいので、外弟子の形をとらせて頂きたいのです。

 もちろん、街にいる間はお手伝いも雑用もいたします。

 真語魔法についてはエリヤ師匠の下である程度学びましたので、一からギデオン師のお手を煩わせることはないはずです。」

「ある程度学んでるなら、僕について今更学ぶ必要ないんじゃない?」

「ギデオン師は薬草と魔法薬の第一人者だと伺いました。

 私が学びたいのは、主にその分野です。」

「ふうん。

 で、僕にメリットは?」

「街にいる間のお手伝いと、あと、写本を。

 ギデオン師の指示に従って写本をいたします。

 それを弟子としての労働の代わりとできないでしょうか?」

 本は基本的に手書きで写すしかないから、大量生産ができない。この写本の技術もなかなかに重宝されるのだ。案の定、ギデオン師が興味を持った。

「腕前は?」

 答える代わりに持参した本を手渡す。

 ギデオン師の著書を写したものだ。

 ギデオン師はしばらく黙ってページを捲った。

 このために細心の注意を払って写したものだ。エリヤ師匠のお墨付きは頂いたが、やはり緊張する。


「まあ、いいだろ。

 ひと月に1冊?」

「ページ数によります。

 ひと月のうち、20日は冒険者の仕事をするとして、残りの10日でできる分ですから、1日7ページでひと月に70ページくらいで」

「無理。200ページ」

「それでは、冒険者として働く時間がなくなってしまいます。

 ひと月75ページで」

「そもそも冒険者なんてしなければいいんだよ。

 180ページ」

「それでは生活が成り立ちませんし、フィールドワークができなくなります。

 78ページ」

「冒険者なんてしてたらフィールドワーク自体できない。

 フィールドワークがしたいなら、フィールドワークだけをすべきだ。

 170ページ」

「確かにフィールドワークはなかなかできないでしょう。

 しかし、私はお金を稼がなくてはならないんです。

 お金稼ぎと学問を両立させるには、他に方法がありません。

 80ページ」



 交渉は30分に及んだ。

 少年がお茶を4回淹れ直してくれた。



「よし、100ページ。

 決定だな。」

「はい。

 でも、内容によって多少考慮してくださいね」

 

 実際、写本はそれだけで勉強になるから一石二鳥なのだ。

 とはいえ、ひと月に100ページは結構ギリギリのラインだ。


 冒険者という危険な職業のため、労働は前払いなったが、ひと月100ページ分の写本と引き換えに、本の内容(知識)と雑用免除とギデオン師の講義。

うん、充分な成果だ。


今回も読んでいただき、ありがとうございます。

亀更新ですが、楽しんでいただければ幸いです。

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