“東の砦”の街へ(4)
冒険者という職業が成り立つためには、冒険者に仕事を依頼する依頼人が必要だ。当然、冒険者と依頼人の仲介をする者も必要になる。
小さな村なら、村長がその役目を担うが、大きな街だとそうはいかない。
ある程度――具体的に言うと、複数の冒険者が拠点とする程に大きな街では、「世話役」がその役を負う。
依頼人は「世話役」に依頼をし、冒険者は「世話役」から依頼を請ける。
「世話役」となるのは、顔が広く、人望のある人物。当然、人を見る目も必要だ。
多くは、冒険者をはじめとする人が多く集まる宿屋や酒場の主が「世話役」となることが多い。が、街によっては図書館の館長や占い師が「世話役」のこともあるらしい。
「世話役」をしてたら占いなんていつするのだろう。
「世話役」になるのは簡単で、周りにそう言うだけでいい。だが、実際に「世話役」を続けるのはなかなかに大変だ。
だから、「世話役」であるというのは一種のステータスで、地元の名士だという証でもある。
「“東の砦”世話役?
根無し草の私じゃ、全部は分からないわね……」
“東の砦”の街のように大きな街だと、「世話役」も複数存在する。
クローディアに“東の砦”の街の世話役を尋ねると、彼女は更にサミュエルに尋ねてくれた。
「ねえ、地元民?
『金の雲雀亭』と『跳ねる子猫亭』、『黄昏の百合亭』、『リーシャの酒場』……。
あと、どこがあったかしら?」
「あとは、『太古の雨亭』、『真紅の狐亭』、『翡翠の歌声亭』……?
小さいところがまだあるかもしれないけど、主なところはこんなもんだな。
セレスト、まだどこに行くか決まってなかったんだっけ?」
サミュエルに問われて頷く。
「まずは行ってから、と思って。
どちらにお世話になるにしろ、新しい師匠に伺わないとなんとも言えないんですが……。
でも、どんな所があるのか、話だけは聞いておこうと思って」
「ああ、なるほどね。
一応いくつか挙げたけどね、実際、このうちの2つは除外だな」
「2つ?」
「そう。
まず、『黄昏の百合亭』は酒場なんだけど、高級住宅地に近いせいか全体的にいろいろと値がはるんだ。お金持ち相手の割りのいい仕事が多い代わりに、仕事が少ないし、簡単な仕事でもそれなりに腕の立つ者が求められる。
駆け出しの俺たちが行っても門前払いだし、そもそも俺たちが請けられる仕事がない。よって、ここは除外」
要するにお金持ちご用達ってことだろうか。
「まあ、お抱えの冒険者が少なすぎて、しょっちゅう他の世話役に依頼回してるからね。
むしろ、依頼の仲介のための世話役というべきかな、この場合。
いつかは『黄昏の百合亭』の依頼を請けて一攫千金、もしくは上とのコネを作るっていうのが冒険者たちの夢なんだよ」
カインがつけたし、ジャックも頷いている。
高値の花、と。
「もうひとつ。
『リーシャの酒場』も除外な」
これには私以外の3人が深く頷いている。
「なんていうか、ガラが悪いのよねぇ」
「治安の悪い場所にありますからね」
「報酬をもらってでてきた冒険者が襲われて、報酬全部巻き上げられたことがあるとか」
「ある意味、『黄昏の百合亭』とは正反対ってこと、ですか?」
「まあ、そう。
歓楽街の外れにある酒場兼雑貨屋で、使い方によっては便利なんだが。
あの辺は一人で歩けたもんじゃないし、お勧めできない」
「了解です。
あえて、危ない橋を渡る趣味はありませんし」
「ま、依頼を請けないまでも、裏への窓口としては便利だから、覚えておくといいさ」
「そうします。
で、残りは?」
「あとは、まあ、マスターや店の雰囲気に馴染めるかどうか?」
「そうだね、残りはみんな酒場か、酒場兼宿屋だしね」
「女性の世話役がいいなら『翡翠の歌声亭』ですね」
確かに同性だとちょっと安心かもしれない。
「女冒険者が多いのは『太古の雨亭』か『翡翠の歌声亭』だな」
「『太古の雨亭』の女冒険者はカッコいい2代目目当てばかりよ?」
それはちょっと遠慮したい。女同士のドロドロは近付きたくない。
「あとは……エンブレムで決めたって話も聞いたよ。『跳ねる子猫亭』と『金の雲雀亭』ね」
「誰だ、その馬鹿は?」
「リチャードとレネの兄妹。
レネが『金の雲雀』のエンブレム見て決めたって。
『跳ねる子猫亭』の方は誰かは知らないけど」
「エンブレム、ですか?」
「んー、看板のレリーフ?」
「大抵はそうだよね」
「だが、それ以上に大事な意味があって、世話役は、自分のところに所属してる冒険者に同じデザインのブローチやピンを渡すんだ。それをエンブレムって言ってる。
それは誰でももらえる訳じゃなくて、いくつも依頼をこなして、能力や人柄を世話役が認めた冒険者でないともらえない。
そこには冒険者の名前も入っていて、まあ、一種のお墨付きだな」
「もらうのは大変だけど、世話役が能力と人柄を認めた証明みたいなものだから、それだけの価値はあるわよ」
そうなると、まずはエンブレムをもらうを目指すべき、と。
「まあ、エンブレムなんてまだまだ先の話だからね。
で、セレストは僕たちと同じところに来るでしょ?
クローディアも一緒だし」
「せっかく仲良くなれたので、できればそうしたいですけど。
どこですか?」
「『金の雲雀亭』ってところよ。
宿屋兼酒場ね。世話役は主人のラナルフさんだけど、家族経営だから奥さんが代わりにやることもあるの」
「魔術師ギルドからは遠いです?」
「まあまあ、かな。
ギルドの職員であの辺に住んでた人がいたはずだ」
それなら問題ないだろう。
あとは、宿から近いか、だけど。
「あと、宿屋で『空を泳ぐ魚亭』が近いといいんですが、ご存知ですか?」
これには4人とも首を振ったので、着いてから探そう。
そんな話をしてから2日後、“東の砦”の街が見えてきた。
いや、正確には街をぐるりと取り囲む高い塀が見えてきた。
私たちが歩く道も広くなり、道の両脇には畑が広がり、ところどころに農家も見える。
さらに翌日、“南の交易都市”を出発してからちょうど30日。
私たちは“東の砦”の街に到着した。
今回も読んでいただき、ありがとうございました!