“東の砦”の街へ(3)
“南の交易都市”から“東の砦”の街までは馬を無理してとばせば7日の距離だ。駅馬車なら15日。私たちのキャラバンは徒歩のスピードで進み、更に町ごとに1泊しているので30日ほどかかるらしい。今日は出発してから15日目。距離も時間もちょうど折り返し地点だ。人数も出発当初から少しずつ増え、およそ2倍になっていた。
人数が増えたことによって馬車の数も増えた。当然護衛の数も増え、今は先頭、真ん中、後ろの3つのグループに分かれて行動していた。サミュエルのチームと私は、配置換えで後ろのグループになっていた。指揮を執るのは、アーロンさんのチームの剣士で竜人のロウさんと魔術師のクロエさんだ。
せっかくクロエさんの近くに配置されたのだから、この機会に先輩魔術師の戦い方と動き方をしっかり盗むつもりだ。
私はクローディアと一緒にいることが多かったせいか、何となくサミュエルのチームの一員と見られているようだ。
剣士のサミュエル、操霊術師のジャック、神官のカイン、弓使いのクローディア。
操霊術というのは魔法の一系統で、命と生命、魔法生物に関する呪文が多い。私は魔術師、つまり真語魔法の遣い手で、こちらは神々の戦いの中で発展したという伝説のためか、蛮族と人族との戦いで研究が進んでいるためか、攻撃的な呪文が多い。サミュエルのところは魔術師がいなかったから、私が一緒にいても特に問題はでなかった。むしろ、何となくこのチームの一員になるような気になっていた。
「うん、今は私たちと一緒でいいんだけどね。
“東の砦”に着いたら、どうするの?」
「着いたら、ですか?」
ある晩、私に聞いてきたのはクローディアだった。そういえば、“東の砦”の街は“東の砦”と略されることが多い。今は夜の見張り中で、起きているのはこの焚火では私とクローディアだけだ。耳を澄ますと他のメンバーの寝息が聞こえる。
「師匠って人の許を離れたってことは、独り立ちしたってことよね?
“東の砦”を拠点に冒険者になるの?」
「いえ、独り立ちはまだまだ先です。
師匠の師匠って方が“東の砦”の魔術師ギルドにいらっしゃるので、その方に教えて頂けることになってるんです。だから、一応“東の砦”を拠点に冒険者、ですね」
「そう。じゃ、“東の砦”でいったんお別れね」
「……そうなん、ですか」
それは、私にとってかなりショックな事実だった。このメンバーで一緒にいることが、心地よくなってきたせいだ。
「実は私たちのチームは“東の砦”までの期限付きのチームなの。
まあ、もともと知り合いではあったけど、たまたまお互いのメンバーの都合が悪くなったから、一時的に組んでたの」
このチーム、結構バランス悪いでしょ? と言われて、やっと気付いた。
「前衛が少ない、ですね?」
「うん。この人数ならもう一人、前衛がいた方がいいでしょ?
接近戦ができなくもない人達だから、何とかなったんだけどね」
「本当はどんなメンバーなんですか?」
「サミュエルとカイン、ジャック、私って分かれるの。
サミュエルとカインのところは、他に槍遣いと精霊遣いがいて4人。ジャックは剣士と2人で組んでるわ。私のところはあと3人いて、剣士、神官、魔術師ね」
そうなると、メンバー構成からいって、私が入れるところはなさそうだ。
ジャックと剣士のペアのところには入れないこともないだろうが、そうすると、操霊術の回復で3人はキツいだろう。
「実は、“東の砦”に着いた後も、このチームにお邪魔してしまおうかと思ってたので、ちょっとショックです」
冗談めかしていうと、本当にね、と返された。クローディアにそう言ってもらえただけでも、よしとすべきかもしれない。
「私のところは一応“東の砦”を拠点にしてるけど、ほとんど根無し草に近いの。
だから、今回、このチームになって、あなたに会えたのは本当にラッキーだったわ」
「クローディアのチームは“東の砦”に滅多に帰ってこないんですか?」
「うちの剣士がね、旅の途中で別れてしまったご主人さまを探してるから。ご主人さまって人と別れた“東の砦”を一応の拠点にしてるだけで、情報しだいでどこに行くか判らないわ」
「……寂しくなっちゃいますね」
「そうね……」
湿っぽくなった空気を誤魔化すように、その後はいつもの薬草談義に戻った。
こんな話ができるのも“東の砦”の街までだ。
交代の時間になり、焚火の側で横になってからも、私はなかなか眠れなかった。
考えるのは、先ほどクローディアと話したことだ。
個人的にはクローディアと別れるのが一番辛いのだが、実際問題として、“東の砦”に着いてからどうするのかを、そろそろ考えた方がいいのかもしれない。
勿論、まずは魔術師ギルドに行って、師匠の師匠という方に挨拶をしなければならない。私が冒険者をしながら真語魔法の研究ができるように師匠が話をつけてくださったが、細かい点についてはまだ決まっていない。
それからチームのメンバー探しだ。
私が冒険者としての仕事と研究を両立させるためには、どんなチームに入るかが重要になってくる。
一番時間の融通がきくのはある程度大きな傭兵団に入ることだが、傭兵団に入るためには一定の実力がないといけない。よって今の私の能力では無理だ。
フリーの魔術師としてあちこちのチームに参加するという手もあるが、こちらも私に実力がないから却下。そもそもよく知らない相手に命を預けるなんて、恐ろしくてできない。
そうすると、一般的だがメンバーが固定したチームに入るのが妥当だろう。というか、それ以外にとるべき手がない。
入るチームについては、いろいろ考えなくてはならないことがある。
まず、人数。
依頼にもよるが、人数が少ないと報酬が多くなる代わりに、リスクが高くなる。逆に人数が少ないと依頼の達成が容易になることが多い代わりに報酬が少なくなる。1件の依頼について報酬がいくら、というものが多いから、頭数が増えるとどうしても報酬は減ってしまうのだ。理想的なのは3人から6人くらいだと思っている。
次はメンバー構成。
メンバーを前に立って後衛を守りつつ接近戦をする前衛と、魔法による支援や攻撃を行う後衛とに分けるとすると、前衛1に対して後衛1が基本だろう。後衛は回復や支援魔法を使う神官と、攻撃魔法を使う魔法使いの2人は欲しいから2対2で4人。欲を言えば更にもう一人前衛か、状況に応じて前衛ができる人が欲しい。そうすると、前衛2、神官1、魔法使い1、前にも立てる魔法使いか弓使い1の5人のメンバーが理想的だろう。
それから、チームの方向性。
これが、そのチームの個性というか、カラーになる部分。冒険者をする理由と言い換えてもいいかもしれない。
例えば、さっきのクローディアの話だと、クローディアのチームはご主人さまって人を探すことが主な目的らしいから、その情報が得るために動く。もちろん、生活もかかってるから普通の依頼もするんだけど、遠くへ行く依頼も積極的に受けたり、情報通と言われるような依頼人の依頼は積極的に受けてコネを作ったりもするだろう。
逆に家族を養うために冒険者をやってるような人だと、あまり町から出ないでできる仕事が多くなるだろう。
私の場合は、……これは師匠の師匠と話してみないとどうともしようがない。
あとは、メンバーの相性や性格だが、これも実際に会ってみないとどうにもならない。
幼馴染とか兄弟や血縁でチームを組む場合が多いらしいから、そういう意味では私は少し不利かもしれない。何といっても現在一人だし。
いや、現実問題としてもともとの伝手だけでチームのメンバーを揃えられるのは稀だから、そういうところに潜り込むには一人の方がかえって入りやすいかもしれない。
いずれにしても、知り合いばかりのところに一人、知らない人間が入るのは気まずいのだけど。
すべては“東の砦”の街について、魔術師ギルドに行ってからだ。
と、いうことは、私が今できることは、魔術師としての腕を磨くことと情報収集のみ。
うん。
そう考えがまとまったら、今度は素直に眠れた。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。
あと1話か2話で“東の砦”の街に到着できそうです。