“東の砦”の街へ(2)
長らく間があきました。
「情報とは即ち金であり、命綱である」とは師匠の座右の銘だ。
師匠は魔術師だったので、しばしば「情報」は「知識」に変わった。
そこを指摘すると、この場合は2つがほぼ同義であるという証明を延々聞かされる羽目になる。その間、私の授業は一切中止となり、途中で邪魔が入る度に中断しつつもイゼベルさまが止めるまでは絶対に止まらない。
あの3日間は本当に辛かった。イゼベルさまがご友人の看病のために家を空けていたために、止めてくれる人がいなかったのだ。ろくに食事も睡眠もとらないままに師匠は証明という名の説教を続け、私はそれを付き合わされた。隣の家の奥さんが心配してイゼベルさまを呼びに行ってくれなければ、たぶん二人とも死んでいただろう。魔術師は研究に没頭すると寝食を忘れるというが、あの時の師匠はまさにそれだった。
だから、師匠の座右の銘は、その意味とともにしっかりと私に刻み込まれている。もっともそれ以上に私に刻み込まれたのは「人の話を遮らない」、「長いものには巻かれるふりをしろ」だ。
「なるほど。
それがセレストが記録魔になった訳ですか」
いや、なかなか凄まじい師匠ですね、などと自身も魔法使いであるジャックが頷いている。きっかけは、私が持っている紙の束。旅の間、暇を見つけては私が色々と書き付けているのを見て不思議に思っていたらしい。見てもいいかと聞かれて、見せたら記録魔、情報オタクなどと言われた。もう少し、言葉を選んでほしかった。
書くことは嫌いではないし、もう癖のようなものだ。師匠の言葉を実践しているつもりはないが、影響を受けているのは間違いない。そう思って師匠の話をしたのだが、サミュエルは納得できなかったようだ。
「コラ待て、今の話でどうしてそう繋がるんだ?
師匠の理不尽な仕打ちに耐え切れず、旅に出た、って流れじゃないのか?」
「師匠は偏屈で変人ですけど、理不尽ではありませんよ?」
うちの師匠を侮辱しないでください、と睨むと、ますます混乱したようだ。
「確かに得た情報、というか知識をどう使うかが魔術師の腕の見せ所よね。
商人にとってはまさに『情報は命』だろうし」
「まあまあ、魔術師なんて変わり者が多いんだから、あまり真剣に考えちゃ、だめだよ」
「カイン、お前は今の話、理解できるのか!?
俺だけか? 理解できない俺がおかしいのか?」
「一応話としては、ね。
剣士だって、ひたすら、腕を磨くだろ? それこそ終わりなく。
あれが、魔術師は知識の探求になっただけだよ」
「いや、しかし……」
ますます混乱しだしたサミュエルを放ってクローディアが、私の手元の紙を覗き込む。
「それにしても、内容が結構ごちゃごちゃなのね?」
「一応、各地の地理的なことと、魔術と薬草に関係ありそうなことだけのつもりなんですが。まあ、気が向いたら何でも書いてるかもしれません」
本当はそこに商売のことが入ってくる。お店を開くということは商売の知識がいるが、私にはその部分の知識が足りていないからだ。
「人の記憶なんてあてになりませんからね。後で見返すと結構発見があって面白いんですよ。時々、思いがけなく役に立ちますし」
「ふうん? 例えば?」
「そうですね、クローディアに関係ありそうなところだと、珍しい薬草が生えていた場所とか?
あとは、病気用の薬は小さな町でもそれなりに引き取ってもらえるけど、傷薬はあまり引き取ってもらえないとか?」
「どうしてだ?」
クローディアに話したのに、くいついてきたのはサミュエルだった。
「まあ、そうよねぇ。ウチ、薬師だったから何となく分かるわ」
そう言って、クローディアが代わりに説明してくれた。
「小さな怪我は自分で手当てするけど、大きな怪我だと神殿か医者で治してもらうでしょ。
だから、傷薬って小さな町の薬屋じゃあまり需要ないのよ。
切らしちゃいけないけど、そんなに大量にあっても困るのね。
小さい町だったら、神殿か医者に薬草持ち込む方が確実に引き取ってもらえるわ」
「はい。例外は大きな街ですね。
大きな街は冒険者が多いので、彼らからの需要が高く、かなり大量に引き取ってもらえます」
所詮、商売は需要と供給だ。
私は“東の砦”の街を目指すのも、そのためだ。
冒険者が多く、“南の交易都市”ほどではないが、交易も盛んだ。師匠の師匠という人もいて、魔術の指南をしてくれることになっている。忌子は冒険者になる者が多いから、“東の砦”には私と同じ忌子が比較的多いだろう、というのも大きい。
人族の敵である蛮族との戦いにおいて、最前線とは言わなくとも前線に近く、重要な役割も持っているので、魔術師にしろ、薬屋にしろ、需要は高い。
私の活動の拠点として、ここほど相応しい街はなかった。
「さすがに最近はクローディアの薬草談義が多いですね」
「エルフは森の民ですからね。薬草の知識も豊富だし、薬草の処理の仕方も私の知ってるものと違うことがあって、本当に興味深いです。と、いうことで」
と、そこまで言ってクローディアの両手をしっかりと握る。
「今夜もご教授、お願いいたします!」
「あ、ええ」
若い女性が二人顔を寄せ合って熱く語り合う内容が、薬草について。
やれやれ、と男性陣が呆れたように溜息をついたのは、私たちにとってはどうでもいいことだ。