旅立ち(2)
師匠の家を出て向かったのはメリッサさんの酒場だ。
この街を出るにあたってたった一人で歩いて出るほど馬鹿ではない。
そんなことをしたら、危険な動物か蛮族の餌食になるのは間違いない。
駅馬車に乗ってもいいが、料金が少々高い。ただでさえ少ない所持金を減らすのは得策ではなかった。
私がとったのは、冒険者としてキャラバンの護衛になる方法だ。
そのキャラバンの受付をしているのがメリッサさんの酒場だ。
行商人や旅芸人、駅馬車に乗るほどの持ち合わせがない者は徒党を組んで町と町の間を移動する。それをキャラバンというが、それを護衛するのだ。もともと懐に余裕のない者たちが集まっているから、報酬は多くはない。代わりに私のような駆け出しの魔術師が潜り込むこともできる。護衛でない者の中にも腕に覚えのある者はいるから、護衛としての報酬は夜間の見張りの報酬と言い換えることもできた。
酒場に向かう道すがら、街並みを目に焼き付けるようにして歩く。
朝早い時間なので人通りは多くない。知人には先日送別会を開いてもらい、見送りはいらないと言ってあったので、今更別れを惜しむ人はいない。
結局、この街で10年を過ごしたが、最初から最後まで「人間」で通したことになる。忌子だとばれなかったことは有り難いが、優しかった人たちを騙したようで、少し心が痛んだ。
酒場の前には、既に多くの人が集まっていた。
メリッサさんに挨拶すると、今回のキャラバンのまとめ役という男の元に案内された。
戦士風で目つきが鋭いので、ただ見られているだけで睨まれたような気分になった。
「アーロン、こっちはセレスト。魔術師ね。キャラバンの護衛は初めてだからいろいろ教えてやって」
「よろしくお願いします」
メリッサさんに紹介してもらい、慌てて頭を下げた。
「よろしく。魔術師ということだが、どの程度使える? <雷>は?」
言われて顔が引き攣った。魔術の呪文には第1位から第15位まであって、第1位が一番下、第15位が一番上だ。位が上がるほど難易度が上がり、威力も大きくなる。<雷>は第4位に属する呪文だから、一人前の魔術師なら使えて当たり前だ。半人前だと自己申告するようで情けないが、仕方ない。
「いえ、申し訳ありません。第2位までです」
「とすると、<魔力の刃>と<眠りの砂>、<灯火>は使えるな?」
「はい」
その辺が一番使うから心しておけということか。
そのまま、護衛が集まっているあたりに移動する。
このキャラバンは剣士のアーロンさんとそのチームが固定の護衛で、彼らがまとめ役になっているらしい。アーロンさんのチームは全部で5人。服装から判断すると戦士が2人、神官が1人、精霊遣いいが1人、魔術師が1人のようだ。彼らの以外の護衛は私と一緒でいかにも駆け出しといった様子で年も若そうだった。
他には3人のチームがひとつ。あとは私も含めて単独参加が3人。
アーロンさんのチームの魔術師に注意事項などを聞いて出発時間を待った。
内容は、師匠から耳にタコができるほど聞かされていたことだったので、何とかなりそうだ。まあ、理論と実践は違う訳だけど。
出発までにもうひとつ、4人のチームが加わり、護衛は全部で15人、護衛対象は26人の総勢41人で次の町を目指すことになる。ついでに荷馬車が5台と馬が4頭。ここは南の交易都市だけあって、キャラバンの規模も大きいのだそうだ。
簡単な自己紹介が済むと、アーロンさんの指示で荷馬車ごと、4つに分かれた。こうすると、ひとつの荷馬車につき、護衛は3人から4人。互いによく知らない駆け出し冒険者が、連携をとって戦うことなんてできるはずもないので、基本的には荷馬車2台ずつが連携することになった。
アーロンさんは先頭のグループ。ここに、同じチームの神官と精霊遣いが加わり、4人のチームと私で8人。後ろのグループはアーロンさんのチームのもうひとりの戦士と魔術師に、女性ばかりの3人のチームと単独参加の2人が加わって7人。馬車ごとに見ると実は偏りがあるけど、2台一緒ならバランスが良くなった。なるほど、こんなやり方もあるのか。
護衛は徒歩か馬で馬車を囲み、護衛以外でも多少は戦える者は周りを歩いていく。行商人のお兄さんの方が私よりもずっと強そうだな、と思って、また落ち込みそうになった。
こそっと第1話を載せたところ、早速「お気に入り」登録してくださった方がいてびっくりです。
読んでいただき、ありがとうございました!